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ショートショート9月~3回目

あったまワリーな!

作者: たかさば

「こんにちは。今月の成果、いただきに参りました」


 朝、洗面所でざぶざぶと顔を洗う俺の耳に、やや無機質な声が聞こえてきた。


 ……この声は。


「で、今日は何を持ってきた?」


 少々におうタオルで顔を拭ったあと、声のするほうに顔を向けると…気持ちの悪い銀色の皮膚、どこを見ているのかわからない目玉にすだれハゲ、小学生並の身長にひょろひょろとした手足。


 このみすぼらしい貧弱な物体は、一年前に街角で出会った宇宙人だ。


 通常、宇宙人を見かけた人間ってのはパニックになっちまって、話すらできないらしいんだけどさ。俺はわりかしSF物の小説を読むから、こういうのには少々耐性があって…話を聞いてやることにしたんだ。なんでも人体研究をしているだとかで、俺の細胞を分けて欲しいんだとよ。対価はきちんと払うというので、その日から取引をしているんだ。……俺って、優しいだろ?


「民家の屋根裏で見つけた紙幣と、道端に転がっている硬貨を」


 地球上の物質であれば何でも検知と収集ができるというので、俺は金と自分の細胞を交換しているのさ。おかげで・・・つまんねえ引きこもり生活にも潤いが出てね。


「変な金じゃねえよな?」

「紙幣は田舎の山奥で孤独死している人の家の屋根裏にあったものです。大きな硬貨は汚れを落としましたが、町の中に放置されていたものです」


 差し出された札束を受け取り…、チッ…旧一万円札か。地味に使いにくいんだよな…。両替できないこともあるし、怪しまれるからな……。

 小銭は…よし、500円玉ばかりだな。前に硬貨という硬貨を全部集めてきやがってひどい目に遭ったんだ。外国のやつに一円玉、衣装ケースいっぱいの使えねえ小銭の仕分けで三日もかかってさ。


「この札は手間がかかる。これじゃあ、いつも通りの細胞量は渡せねえな」

「そんな。前回はこれと同じもので左腕一本くれたじゃないですか。ちゃんと再生もしてあげた、なのになぜ。今回は足を一本くれると言った、だから用意したのです」


 ふん、前回の金で苦労したから、今文句を言ってるんだよ。せっかくいい信頼関係を築けてたのに、ミユキちゃんに怪しげな目を向けられた俺のハートブレイク…宇宙人の責任は重い。

 つかさあ、人間界の常識もわかってねえ奴が一人前に貴重な人間様にたてつくなよって話だよな。がたがた抜かすと…分けてやんねえぞ?


「あのさ、前から言ってるけど体ってのは唯一無二なんだよ。長年一緒に成長してきた、俺の体だぜ?28年間の生活が染み込んだ細胞の塊をさ、切り取って持って行かれるのって相当な事だと思うけど?再生したところで、それは俺と共に生きてきた腕じゃないわけだ。腕を一本、生きたまま渡す俺に対して礼儀がなってないんだよ。まあ、ただの宇宙人にはわかんねえかもしんねえけど、ここは義理人情を重んじる日本という国だからな。誇り高き日本人の生きた細胞が欲しいなら、もっと誠意ってやつを見せてもらいたいね!」

「では、どうしたらいいですか」


 何もしらねえくせに図々しいことを抜かすキモイ宇宙人に……正しい取引のあり方ってのを伝授してやるか。


「そうだな……じゃあ、この金に追加して、暇つぶしになるような女をくれ。文句を言わない、俺の言う事を聞くやつな。人間牧場の不良品がいるって言ってただろう、それを一匹…いや、二匹ほしいな。いろいろと研究もしたいんだ、若い個体と成熟した個体を持ってこい」


 貴重な俺という個体の、ぷりっぷりの細胞を提供するためには…ストレスが大敵だ。毎日毎時間大喜びしてなきゃ、細胞の一つ一つが生き生きしないからな。24時間幸せだなあと思えなきゃ、繊細な俺の細胞は本来の輝きを放てない。……こいつは一番良い状態の細胞が欲しいとか言っていたからな、これは取引をする上で無視することはできない、れっきとした提供側の要求なのさ。


「そんな。あれは値段が高くて、一般的な宇宙人には手が出ない贅沢品です。紙幣を後日追加で持ってきますから、それでお願いします」

「メスが二匹いたら生の生殖活動データだって渡せるし、運が良ければ増殖だって可能なんだぞ?きっちり管理されていてまず捕獲不可能な日本人のフリー素材が手に入るんだ、しかも生命が芽生えて育って行く神秘が手に入るんだぞ?どう考えても利益になる展開しかねえだろ。借金してでもここに女を連れてくるべきだね!…つか、俺のことイライラさせんなよ。貴重な提供者がお望みなんだから、何とかしろっての。頭悪いね、そんなんで地球人と交渉しようとしてんのかよ。お前らは提供してもらってる側だって自覚しろって」


 珍しくごねてきやがったので、少々強めに釘をさす。なんだかんだ言ってこっちが貴重であることは間違いないんだ、俺には一切の妥協をする気はない。


「自覚という考え方がわかりません。地球上のものを手に入れるためには、地球上のもので対価をお支払いするべきです。宇宙の流通対価を使うことはできません。本日の取引はできないので、来週紙幣を持ってきます。今日は取引せずに帰ります」

「おいおい、約束したのは今日だろ?俺は今日提供するつもりで準備をしていた、俺は今日の取引を希望していた!!それができないなら迷惑料も発生する!!今日の取引用の金は迷惑料としてもらうから置いていってもらうからな!!」


 来週になったら俺の飯を食う金がなくなる。めんどくせえ金だが、置いて行ってもらわねば俺は飢えてしまう。今日の収入を見込んで昨日姉ちゃんに全部渡しちまったからな。


「迷惑料という考え方がわかりません。何も物質の取引が発生していないのに、紙幣と硬貨を置いて行く事はできません」


 あー、めんどくせえな、金だけ置いて帰れば良いのに、いちいち几帳面に・・・こういうところが空気のよめねえつまんねえ宇宙人って感じでむかつくんだよ!!


「考え方?!地球人にしか理解のできない、宇宙人なんかに理解できない、崇高な思考能力なんだよ!!ちったあ学んで来いよ、地球人様と取引をするんだったらさあ!!」

「それでは、考え方を学ばせて欲しいです。どうしたら学べますか?」


 それくらい自分で考えろよ!!ホントあったまワリーな!!


「はッ!!そんなの地球人になんなきゃわかんねーよ!!長年地球人として生きてきて、日本人として生きてきて染み込んだ常識ってのは一言二言で伝えられるような簡単なもんじゃねえんだ!!」

「それでは、あなたの中にある常識と呼ばれるデータを買わせてはいただけませんか。この紙幣と硬貨をお渡しします」


 まあ…このあたりが妥協点か?あんまりごねて面倒に思われて別のやつに鞍替えされても困るしな……。


「俺の人生の記憶を覗くって事だろ?怪しいことはしねえだろうな。痛いのはごめんだし、生活が壊されるのもごめんなんだが?」

「思考の仕組みを解析するためだけに使用します。記憶を抜き取ることや改竄することは禁止されていますので安心して下さい。脳に蓄積されたメモリイにアクセスするだけですから痛みは発生しません。貴重なデータとして扱います。ご協力をお願いします」


 宇宙人の目が光る。

 俺はまだ同意はしていな・・・・・・


「なるほど。約束したお金を置いていきます」


「貴重なデータをありがとう」


「では、さようなら」


 宇宙人は次に会う約束もせずに、消えちまいやがったんだよ!!



 たかだか900万ぽっちじゃ…あっという間に消えちまった。

 キャバクラ通いもやめて、カップめん生活に突入したけど一年持たなかった。



 細々と暮らすようになって、気がついたら動けなくなっちまった。



 あーあ、俺の人生…つまんねえもんになっちまった。


 あとは、穏やかに、眠るしか……。



「わりともったなあオイ!!」

「よーし、回収頼むわー!!」


 目を閉じようとした俺の耳に、おかしな幻聴が、聞こえてきた。

 ……この家には、誰も…訪ねてこないはず。


「うーわ!!細っ!!こんなんが天然の人間?牧場産の俺のほうが健康そうじゃん!!」

「そりゃああんたは毎日栄養たっぷりのもん食べてるから!」

「毎日愛されて大切に育てられてきたんだ、健康にもなるって」


 俺のかすむ目に、おかしな物体が、映る。

 ……俺は、今、干からびて転がっているはず。なぜ、立っている?お迎えがきた?いや、体は重いし…考えがまとまらなくて……。


「どお?まだ宇宙人ディスってる感じ?」

「いや、もう虫の息だわ、出し抜こうとかこき使うとか利用する気もないね、なんか混乱してるわ」

「状態の良い細胞がチョコチョコあるね、見た目がキモイからコピーはやめよう」

「状態の悪い細胞が多めだね、あの界隈に使えそうかな?ま、いじればあと40年はいけんじゃね?」


 足元に、複数の銀色の物体と、目の前には……素っ裸の…俺?そうだ、こいつらは……おそらく。


「どうする、つまんねえ記憶もとっとく?」

「一応持って行くか、ひょっとしたら何かに使えるかもしれないし」

「ねえねえ見て、ここさあ、あんたの体の再生元だよ!!」

「ああ、腕から発生したんだったね、へえ…やっぱり傷って残るんだ」

「髪の毛とかつめぐらいなら大してわかんないんだけど…不思議だねえ」


 銀色の…宇宙人に、身包みはがされた、俺。着ていた、服を…俺そっくりの、やつが。


「…よし、これで完璧だな!!」

「引きこもり明けって感じはしないけど、多分何とかなるだろ!」

「あ、これ当面の資金だから大切に使ってね!五百円玉好きだったよね、多めに入れといた!」

「ごめん、牧場のつがいさ、出荷許可やっぱ間に合わないみたいで!!」

「良いよ、ごり押しして出荷しても問題起きるとまずいしゆっくり持ってきて!先に仕事探しとくわ!」

「家具とかゴミ持ってって良いよね?リアルなゴミ屋敷展示に使いたいんだよ」


 銀色の、宇宙人に、抱えられる、俺。体が、動かせない。息が……。


「ちょ!!乱暴に持つなよ!!息絶えちまう!!貴重な見せもんだぞ!」

「ええ?この程度で?!貧弱すぎんだろ…つか、めっちゃかる!ホントに人間かよ!」

「コイツどこ見てんのwぼんやりしててウケる!」

「毛もずいぶん抜けちゃったからなあ、多分人気は出ないかも?」

「いやいや、最近枯れ人間ブーム来てるからさ、もしかすると!!」

「おーい!!そろそろ転送期限が切れるよ、急いで!!」

「ンじゃ、初めての生地球生活楽しんでね!!」


「りょーかい!!いつでも遊びに来てね!!!」



 ……俺は、自分の部屋を、あとにして。



「ひと、こっち、むけ!!」

「※△○#!!!」

「メシ」

「ひょー、ひょー!!」

「あははー!!人間、こっち向いてー!!」

「―――!!・・・?---♪」



 理解できないものに、囲まれて。



「いいですか、私は日本人を勉強しています、私と離してください」

「アナタはオトコですか?ココに来て何を考えていますか?スキナ食べ物を教えてください、宇宙にいる※◎△∞をしっているかい?」

「思考記録を確認する時間だよ、へえ、今回はメスのことを考えて興奮したんだね、貴重だからもう一回ここで頼むよ」

「こっちをむけ!!これはおいしいですから食べましょう、きのう日本人を食べたんですがおいしくなかったです。食欲は出ましたか!!」

「喜ぶ知らせです、細胞の$*@≯∂∷が許可されます!死なないですみますよ、永遠に観察してあげるからね!」



 自由、尊厳、意志、力、夢、希望、終焉……全て奪われて。


「ぱぱ〜、あのキモいの、なに?」

「あれはひいじいちゃんの原細胞だった個体だよ、まあ今はほとんど細胞も入れ替わって別もんだけどさ」

「ふーん!」


 ただ、ただ……ぼんやりと、過ごして、いる………。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >それくらい自分で考えろよ!!ホントあったまワリーな!! この言葉がそのまま返ってきてる点。深淵を覗くものは深淵からも覗かれてるのだ。って感じでしょうか >リアルなゴミ屋敷展示に使いた…
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