8.裏庭
次の日も私はハークハイトと共に騎士団基地へ来ていた。
今日も忙しいハークハイトに代わりユーリが一緒だ。
私は、みんなとお揃いの青い頭巾を被って朝からご機嫌に庭へむかったはずだった。
「なんで……」
昨日ファーガス団長が庭で花をとってきたと言っていたのでユーリに庭へ行きたいと言って連れてきてもらったのだ。
けれど、そこは何も植えられていない単なる荒地だった。
一番最初にここへきた時にたどり着いた焼却炉の裏に位置する、どの建物からも離れ基地の端にあるどちらかと言うとただの荒地。
「花……なんで!?」
「昨日の花か! 庭っつーからてっきり裏庭だと……」
一輪の花さえ見えない景色に膝をついて絶望していると、ユーリがポリポリと頭を掻いた。
「ほら、シロ。膝ついたら汚れるから、俺が悪かったって。昨日の花は訓練場の方にあるから」
「ここ、誰も使ってないの?」
「人手に余裕がある時は使ってたし、薬草育てるのにほぼハークハイトが私物化してたんだけどな。あいつも忙しくなっちまってからは誰も使ってないんだわ。そら行くぞ」
あんなにたくさん場所が余ってるなんてもったいないと思いながら、ユーリに手を引かれ歩き出す。
「ユーリ、あの場所誰も使ってないなら私が使っても良い?」
「ん? さっきのところならハークハイトが良いって言えば別に良いだろ。誰も使ってないんだし」
ハークハイトに頼んで薬室にあった種を蒔いてみよう。他にも薬草を育てて、処置室の薬棚を埋めよう。怪我をする人がいてもあの空の薬棚では何も出来ない。
「昨日の花が咲いてんのはここな」
裏庭から基地内をぐるりと周りたどり着いたのは、訓練場の柵の横に好き好きに花や雑草が生えている場所だった。
「庭……?」
「庭って言ったのどうせ団長だろ? あの人だけだよここを庭とか言ってんの」
「ここには庭や薬草園はないの?」
「ここは騎士団の基地だからな。基本は花を愛でるより身体を鍛えるのが先ってことだ。植栽くらいしかまともなものはないな」
そう言うものか、と訓練場を見ると武器を手に模擬戦をしていた。
「騎士は何と戦うの?」
「そうだな。盗賊や誘拐をする悪党を倒すこともあれば、魔獣討伐もある。フェリジヤの領地内に危険がないよう動くのがフェリジヤ騎士団の仕事だ」
魔獣討伐。狼たちや森の動物たちも場合によっては殺されてしまうのだろうか。そんな不安がよぎった。
「いつになったら私は森に帰れる?」
「シロは森に帰りたいのか?」
「うん。きっとジジ様が心配してる。カオやヤヤたちも怪我してないか心配だし、もしかしたらマオが帰ってきてるかも知れない」
「待て待て待て! 一緒に暮らしてたのはハクとマオじゃないのか?」
「そうだよ」
「ジジ様って誰だ? あとヤヤとカオ?」
「ジジ様はジジ様。森のことならなんでも知ってるの。ヤヤとカオは小さい頃にハクが拾ってきた子たちなの。夜はね、一緒に寝るとあったかいの」
「楽しそうではあるが、要領を得ないな……」
ジジ様とお喋りする時間が、狼たちと一緒に寝るあの温もりが恋しい。
「でもな、子どものシロを一人では帰せないし、帰る場所もわかってないからな……。騎士団は不満か?」
「ううん。みんな優しい。マオ以外の人と喋ったことないからちょっと緊張するけど、ここの人はすごく優しい。でも、ここには誰もいない」
「そうだよな。急に一人になっちまったんだもんな。何かあれば周りを頼れ。ハークハイトは厳しけど頼りになるし、俺もレーナも団長もいる」
ユーリはそう言って私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
それから、いくつか花を摘んで庭もどきな場所を後にした。
***
「ハークハイト、お願いがあるの」
「その前に頭巾をとりなさい。家と騎士団との行き帰りだけ被れば良いと言っただろう。食事の時に頭巾は禁止だ」
「はーい」
私は青い頭巾をとって丁寧に畳む。
ハークハイトの執務室で、ハークハイトとユーリと三人で昼食を食べるためせっかく集まったので、午前中に見た裏庭を使う許可を貰って午後にでもとりかかろうと思う。
「で、お願いとはなんだ?」
「ハークハイトが使ってた裏庭、私に使わせて」
「裏庭? 何に使う?」
「薬の素材を栽培したいの」
「また薬の話か……」
「薬を作りたいの。ここには私がまだ扱ったことのない薬草もあるし」
「薬にする素材は、子どものお遊びで育て、消費して良いものではない」
「遊びじゃないもん」
「子どもが薬など作れるわけがないだろう」
「作れるよ!」
「まぁまぁ、落ち着けって」
私がハークハイトの言葉にヒートアップすると、ユーリが止めに入った。
そう言えば、森でも最初はハク以外はこんな感じだったな、とふと当時のことを思い出した。
「これ、私が昨日一から作った毒消しの薬。おもに麻痺性の症状に効果があるの。ユーリは見てたからわかるよね?」
「あ、あぁ。確かに素材から全部シロが処理して作ってたけど……」
「それがどうした?」
私は毒消しをハッキリとハークハイトに見せてから、次に、部屋に置かれた花瓶にささっているヒュミールの葉を一枚ちぎって手に取る。
「これはヒュミールの葉」
「ヒュミールの葉がなんだ……まさか!」
「ヒュミールの葉は、煎じれば皮膚病の洗浄に使えるけど、口にすると呼吸困難や麻痺の中毒症状に襲われる」
「やめなさい! シロ!」
私は、ハークハイトの制止を振り切ってヒュミールの葉を口にし飲み込む。
「今すぐ吐き出しなさい!」
「遊びじゃないもん」
「わかったから、吐き出しなさい」
私の口に指を入れようとしてくるハークハイトから距離をとり、ハークハイトをまっすぐ見つめる。
「大丈夫だから、ちゃんと、見てて……」
息苦しさを感じ始めると、急激な呼吸困難に襲われ膝をついて倒れそうになったのをハークハイトが抱きとめてくれた。
私は震える手で、昨日作った毒消しを飲み干した。
苦しさに首元を押さえていると、
「シロ、これを飲みなさい」
ハークハイトが腰に下げているベルトから液体の入った小瓶を取り出して私に飲むように言った。
私は、それを首を振って拒絶する。
「何やってんだよ! ハークハイトの薬なら治るから、飲めって」
ユーリの言葉も首を振って拒絶する。
数分もしない内に少しずつ息苦しさが軽くなってきた。
薬が効いてきた証拠だ。
「もう、大丈夫……」
私は、倒れ込んだ私を抱きとめていたハークハイトの腕を掴み身体を起こした。
「はぁ……はぁ……ほら、ね?」
まだ少し息は切れるけれど、中毒症状は治まった。
私はハークハイトを見つめた。
「無茶をし過ぎだ、馬鹿者! いいから、私が戻るまでここで大人しくしてなさい。一歩も動くな」
ハークハイトは私を抱き上げ椅子まで運ぶと、足早に部屋を出て行った。
「怒った……? なんで?」
あんな風に声を荒げたハークハイトを始めてみた。
「何やってんだ、バカ!」
そして、ユーリにも怒られた。
「死んじまうかと思っただろ!」
「ごめんなさい……。でも、こうすれば信じてもらえるかなって」
「ハークハイトめっちゃくちゃ怒ってたぞー」
「ど、どうしよう。怒らせたかったわけじゃないのに……」
ただ、森でマオがしたことと同じことをすれば良いと思っただけなのに私はハークハイトを怒らせてしまったらしい。
「シロ、体調は? これをゆっくり飲みなさい」
足早に戻ってきたハークハイトは、温かい飲み物の入ったカップを私に渡した。
「これは?」
「タイマスの茶だ。君なら説明しなくてもわかるだろう」
タイマス。決して強いものではないが、広く解毒作用のある薬草。健康時でも、風邪の予防などに効果がある。
と、借りた本に書いてあった。
「どこか痺れが残っている場所や息苦しさはないか?」
「平気」
「君が作ったあの薬には何が入ってる?」
ハークハイトは私の腕をとったり、目を見たり、身体に問題がないかを確認しながら質問をする。私は使った素材と薬を作る過程を説明した。
「確かに、解毒薬としては間違いないようだな」
「あの、ハークハイト? 怒らせるつもりじゃなかったの……」
薬の作り方を聞いて難しい顔になってしまったハークハイトに私は、ごめんなさいと謝った。
するとハークハイトは私の頬を優しくつまんだ。
「全くだ。今後二度とあのようなことはしないように。だが……」
ハークハイトは頬の手を外し、視線を逸らさずに言葉を続けた。
「私も君を頭ごなしに決めつけた。君を追い込んだのは私だ。すまなかった」
「ううん」
私は首を横に振った。ハークハイトが悪いわけじゃない。
「あの裏庭は好きに使っていいが、栽培するものの種類や方法、作る薬についても詳しく聞かせて欲しい。場合によっては君に頼みたいことがある」
とりあえず今は昼食を食べよう、と言われ私たちは昼食にするところだったことを思い出した。
「よかったな、シロ」
「うん!」
「ハークハイトは怒ると雷落ちるから気をつけろよ」
「ハークハイトは天気が操れるの!?」
「そんなわけないだろう、物の例えだ。ユーリもくだらないことをシロに吹き込むな」
無事に許可もおりたので、午後はさっそく薬室に種をとりに行き、裏庭の整備をして種蒔きをしようとウキウキワクワクで昼食を終えた。なのに……。
「ダメだ。毒物を飲んだ身体でどこに行く気だ。午後はここで大人しく寝ていなさい」
「あぅ……」
執務机で書類へ向かうハークハイトに監視されどこにも行けず、長椅子の上でただひたすらごろごろと過ごさなければいけない羽目になったのだった。
ハークハイトはちょっとマオに似て心配性みたいだ。