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7.騎士団基地

「行くぞ」

「あ……待って」


 出かける準備をして、ハークハイトに声をかけられた私は急いでバッグを肩にかけハクの魔石を持って玄関へと向かった。


「バッグに入れて持って行けばいいだろう」

「バッグに入れておくのは失くしちゃいそうで不安だから……」

「ならせめて服のポケットにしまっておきなさい」

「この服ポケットついてない」

「……もういい。行くぞ」


 ハークハイトは小さく溜息を吐くと、歩き出す。

 私はその後ろを魔石を握りしめて置いていかれない様に早歩きで歩き出す。


 ***


「おはよーさん、シロ」

「おはよう、ユーリ」


 騎士団基地に着くと、私はハークハイトの執務室に連れてこられた。

 ここに来るまで、騎士団の色んな人にチラチラと見られて落ち着かなかった私は、ハークハイトの背中にくっついて隠れながら来た。

 ハークハイトには、ちゃんと歩きなさいと言われたけどこんなにたくさんの人がいる状況には慣れていないのだ、許してほしい。


「朝からあのハークハイトが子ども連れて歩いてるって持ちきりだぞー」


 ユーリは今日もなんだか楽しそうだ。


「何がそんなに楽しいのか理解できん。それよりユーリ、今日一日シロを見ていてくれ。午前中、私は会議でいないからここを使ってくれて構わない。午後はレーナに服を見繕って貰うように言ってあるから昼食が終わったら寮まで連れて行ってやってくれ」

「面倒見るのは良いんだけどさ、ハークハイトは?」

「私は執務で忙しい。この書類の山が見えないのか? 迷霧の森への遠征もあって、薬棚が空だとせっつかれてる。そちらも私が作らなければならないからな」

「何というか……お前って苦労性だよな」

「誰も彼もが私に仕事を押し付けるからだろう! ……時間だ。私は会議に行ってくる」


 ハークハイトはユーリとの会話を終わらせるとさっさと出て行ってしまった。


「ユーリ、メームの森って何?」

「迷霧の森な。迷霧の森は、立ち入り不可能ってくらい濃い霧に囲まれていて、中に入った奴で帰って来た奴はいないって言われてる恐ろしい森だよ。数歩入っただけで視界は一、二メートルにまで狭まるとんでもない所だ」

「そんな所に騎士団は行くの?」

「未開の地だから開拓したいってのもあるけど、たまに迷霧の森から魔物の氾濫が起きて街に被害が出たりするからな。その調査だ。って、そんな話してもシロにはまだ難しいか」


 菓子あるけど食べるか? と、ユーリが進めてくれたクッキーに手を伸ばしもそもそと食べる。


「それよりシロ。昼まで何かしたい事あるか?」

「あのね、調合出来るところないかな?」

「調合? 薬のか?」

「うん。それか薬学書持ってない?」

「それなら処置室に一通り揃ってると思うから、行ってみるか?」

「うん!」


 そうして案内された処置室はベッドが三つと長椅子が置かれた簡素な部屋だった。

 薬棚と思われる場所にはほとんど薬は置かれていない。


「何年か前はちゃんと薬師がいたんだけど、引退しちゃってな。それから常駐はいないんだよ」


 そう言って隣の部屋へ通じる扉へと誘われた。


「薬室!」


 そこには一通りの道具が置かれていた。

 わずかだが素材も置いてある。

 薬学関係の本も数冊置いてあった。こちらはどれもマオが持っていて読んだことのある本だった。


「この道具使っても良い?」

「良いけど、壊すなよ」

「大丈夫」


 私は、道具を準備して、バッグから薬草を取り出した。


「家から持ってきたのか?」

「うん。このままにしておくとダメになっちゃうし、持ち歩いてれば機会もあるかなって」


 私は洗った道具を乾かしている間に、薬室と処置室にある棚と言う棚に目を通していた。

 すると、薬室には薬の材料意外にも、ハークハイトから借りた本に載っていた植物の種子や、料理ができそうな調味料や小麦粉なども揃っていた。


「前に居た薬師って料理好きだったの?」

「料理好きとは聞いたことなかったけどな……」


 これだけあればお菓子は余裕で作れる気がした。

 森ではマオがいなくなってからお菓子はなしになっていたので、甘いものがつい食べたくなるのだ。

 だけど、


「お菓子はまたにして……」


 私は手際よく、使える薬草とここにある道具で作れる物を作っていく。

 ついでなので、残されていた素材もわかるものは使わせてもらった。

 あまり材料が揃っていないので作れたのは、常備薬を数種類程度だったけど、何もできないよりはマシだった。


「何作ったんだ?」

「これとこれは毒消し。こっちは打ち身用で、これは胃薬」

「シロは本当に色々作れるんだな」

「材料さえあればもっと作れるのに……」


 森では採集も日課のひとつだったので、ここでもできたらいいんだけど、そうもいかない。


「採集ならハークハイトが休みの日とか、団の遠征ついでに行ってるからシロも頼んでみたらどうだ?」

「そうする……」


 連れてってくれるかも怪しいが、あんなことがあったばかりなので今はあまり外へ出歩く気にはならない。

 調合を終える頃にはちょうどお昼になり、作った物をバッグにしまい執務室へと戻る事にした。

 お昼は、ユーリが食堂から三人分のご飯を持って来てくれて、会議から戻って来たハークハイトも含めみんなで食べた。

 午前中は薬室で調合をしていたと言ったら、騎士団の備品で勝手に何をしているんだ、と苦い顔をされ、採集に行きたい事も伝えたけれど、やっぱりあまり色良い返事は貰えず少しほっとした自分がいた。




 午後になり、私は騎士団の女子寮に来ていた。


「あなたがシロ? 小ちゃくて可愛いー! てか、本当に髪白い! 目青いー! あー可愛いー!」


 ここの人たちは出会い頭に相手を抱き上げる風習でもあるのだろうか。

 この金髪ポニーテールが印象的なやたらとテンション高く、私を抱き上げたりむぎゅむぎゅと抱きしめてくるお姉さんはレーナと言うらしい。一見胸以外細くスラっとして見えるけど結構力が強い……。


「レーナ。シロが引いてるから、その辺にしとけ」

「そんな事ないわよ! ねー、シロ? うるさい殿方は置いといてこっちで採寸しましょうね」


 ユーリを置き去りにし、衝立の中へと入れられるとシャツを剥かれ、身体の至る所を採寸された。


「服は可愛いの作ってあげるからね! お姉さんに任せて!」

「レーナが作るの?」

「そうよ。私こう見えてお裁縫得意なの」

「レーナは騎士じゃないの?」

「私はね、お裁縫が得意な騎士なのよ。淑女たる者、お裁縫くらい出来なくちゃ」

「シロ、レーナは長距離戦闘お化けだからな。気をつけろー」


 衝立の向こうにいるユーリが声をかけてくる。


「ユーリ、貴方の口も私がついでに縫ってあげましょうか?」

「あー怖っ」


 どうやらこの二人は仲が良いようだ。


「お化け?」

「シロ、ユーリのアホは適当しか言わないから信じちゃダメよ!」

「……?」


 採寸が終わった後、レーナがハークハイトに頼まれて適当に見繕ってきた服を着せられた。

 女の子がシャツ一枚で歩き回るのははしたないのだそうだ。


「レーナ、作って欲しいものがあるの」


 全てが終わり女子寮を後にする際、私はレーナに服とは別に作って欲しい物をお願いした。




 レーナと別れ、私たちは執務室へと戻る道を歩いていた。

 寮や複数の訓練場、執務棟など様々なものがある騎士団基地内はとても広い。ある程度把握してからじゃないと、一人じゃ確実に迷子になる広さだ。

 途中、外の渡り廊下を歩いていると、無造作に植物を乗せた荷馬車と薄汚れた格好の騎士の人たちがいた。


「迷霧遠征組だな。帰って来たのか」


 迷霧遠征。

 迷霧の森へと行き、第一層と言われる森に入って十メートル程度の場所にある植物などを持ち帰って来るらしい。

 第二層は光も入らない視界の悪さと、魔獣とが合わさり生還率が一気に低下するのだとか。

 第三層以降は生還した者がいないため、何もわからないのだとユーリは朝の説明に補足をしてくれた。


「呼び笛……」

「ん? どした、シロ?」

「あれ、もらっちゃダメ?」


 持ち帰った植物の中によく知ったものがあった。

 私は荷馬車の植物を指差してユーリに問う。


「あー、さすがに迷霧から持ち帰った物はまずいかな。植物なら基地内にもあるし、また今度な」

「わかった……」


 私は、少し後ろ髪を引かれながら、再び歩き出した。

 執務室に戻ると、ハークハイトが難しい顔をして書類を片付けていた。


「ただいま」

「戻ったか」

「レーナがシロ見て大興奮だったわ」

「あれは見境なく子どもが好きだからな」

「それと、遠征組が戻ってたぞ。今回は一層の採集だけだから怪我人も出なかったみたいだな」

「そうか。私も採集した物をいくつか貰いたいところだが、今は時間がない。とりあえず全て研究機関へ運ぶように言ってくれ。騎士団の仕事は採集してくるまでだ」

「了解」


 ハークハイトと話をすると、ユーリは一度部屋を出て行った。

 私は、ハークハイトの元まで行き背伸びをして執務机を覗き込んだ。


「何をしている。机の物には触れてくれるな。大事な書類なんだ」


 ハークハイトは家にいても騎士団にいても紙と睨めっこしている気がする。


「ハークハイト、紙とペン貸して」

「ほら。あちらで使いなさい」

「ありがと」


 私はハークハイトに紙とペンを借りて、昼食をとった来客用の机へと移動する。

 紙には、薬室で見た素材類や作った薬の数を表にしていく。

 森ではこうして採集した材料や調合した薬の在庫管理を行っていた。これもマオに教わった事だ。

 何をどれだけ作り、使ったかを管理する事は森の変化にいち早く気付くことにも繋がるのだと言っていた。

 森へ行く前はこうして私も管理されていた。


 ――コンコン。


「シロ来てるって?」


 ノックの後に開いた扉から、ファーガス団長が顔を出した。

 私は急いでハークハイトの後ろに隠れる。


「本当にお前に懐いてるんだな」

「出会い頭に振り回されたトラウマでしょう。団長は子どもには大き過ぎるのですよ。態度も声も身長も」

「振り回してはないだろ。それにお前なー、誰もいないからってちょっと辛辣過ぎないか? 甥が毒舌過ぎて心配になるわ」

「それで? 何しに来たんですか?」

「ユーリとすれ違った時にシロも来てるって聞いたからな、様子見に」


 ファーガス団長はしゃがみ込み、私に土産だと言って種類の違う橙と赤い綺麗な花を二輪差し出した。

 森では見たことのない花だった。


「くれるの?」

「ユーリがシロは植物が好きだと言っていたからな。来る途中庭で取って来たんだ」


 私はハークハイトの後ろから出て、花を受け取った。


「ありがとう」


 庭があるなら連れて行って貰えば良かった。次の機会に行ってみよう。


「そう言えば、団長……」


 ハークハイトとファーガス団長が話を始めたので、私は貰った花を手に机へ戻った。

 見たことのないものはまずスケッチ。

 紙にそれぞれの花をスケッチをしていく。それから特徴や匂い、細かい部分の形状を書き込み、それぞれを描き終わった所で、紙とペンを一度置いてハークハイトの元へと向かう。


「ハークハイト、薬室行って来ても良い?」

「一人では、ダメだ。だいたい何をしに行くつもりだ?」

「これバラすの」


 私は、貰った花を前に出した。


「バラす……? わしのセンスお気に召さなかったか?」


 私の言葉に、ファーガス団長が心なしかしょんぼりしながらそう言った。


「初めて見たから! 初めては、描いてバラしてまとめるでしょ?」

「君は何を言っている?」

「?」

「話が噛み合わん……」

「戻ったぞー。って、団長も揃って何してんすかー?」


 はぁ、とハークハイトがこめかみを押さえたところで、ユーリが戻って来た。


「お、シロ。花なんて持ってやっぱ女の子だなー。って、何これ?シロが書いたのか?」


 ユーリが机の上に置いてある私のスケッチを見つけて、持ってくると二人にも見せる。


「こりゃ凄いな……」

「そう言う事か」


 ファーガス団長とハークハイトがそれぞれに言葉を発した。


「シロ、これは観賞用だ。君が思っているような効能を持つ花ではなく、この辺ではどこにでも咲いている花だ」

「見るだけ?」

「そうだ」


 見るだけの花。確かに色も見た目も可愛い花だけど、薬にならないのだと思うと少し残念な気分になった。

 心なしか握った体温で花も少し萎れてきた気がした。


「それより、これ急ぎでレーナがハークハイトにって」

「私が頼んでいたものか。仕事が早いな」


 ユーリが何かをハークハイトに手渡すと、ハークハイトが私の前でしゃがんだ。

 頭に何か布をのせられ、首元をゴソゴソされて、くすぐったい。


「こんなものだろう。十分だ」

「頭巾……?」

「私の家からここまで騎士団以外の人間に会う事もないが、さすがに君の髪は目立つからな。君を街中へ連れて行くわけにもいかないから、レーナに急ぎで作らせた」


 確かに、ここへ来て多くの人を見て思ったけれど、私と同じ白い髪の人を見た事がない。

 茶髪や金髪が多く、目も青い人はいない。

 私の存在は、狼たちの群れに混じった時のハクの様だ。


「せっかくだからさ、この花を髪飾りにすれば……ほい! 青はシロの目の色とも合ってるし、似会うな」


 ユーリはそう言って私の手から花をとって耳元の髪に挿した。

 そして姿見の前まで行くと、青い頭巾被ってれば俺たちの制服とお揃いだと言って笑った。

 私はその言葉に、何度も鏡の中の青い頭巾を被った自分を見た。

 ハクとお揃いの白い髪、青い目。騎士団の制服と同じ色の青い頭巾。誰かと同じと言うのはとても嬉しい。

 私は、ハークハイトと家へ帰る時間になるまで鏡の前で頭巾を被っていた。

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