54.合成獣
――助けて……。
どこからともなく頭に響く声がはっきりと聞こえ始めると、カオが全身の毛を逆立でてグルルルと牙を向いた。
「カオ?」
カオが見つめる方向を向くと、広場の先にある小さな通りに見たこともないおぞましい何かがいた。
「何あれ……」
「こんな時に合成獣のお出ましか……!」
およそ生き物とは表現できないそれは、手足は熊の様な哺乳類のもの、胴体は爬虫類の様なもので山羊と鳥の頭を生やしていた。
さすがのファーガス団長も焦りを滲ませている。
――助けて……。
その声の主があれだと分かった時、私は無意識に一歩後ずさりした。
関わってはいけないと、本能が告げている気がした。
だけど、目を離すことはできなくて動けずにいると、ゆっくりとこちらを向いた合成獣と目が合った。
「グ……ゲゲッ……」
目が合った途端、合成獣はこちらに向き直りゆっくり、ゆっくり広場へと進んでくる。
「シロ、危ないから下がっていなさい」
「……うん」
声が震え、喉が渇く。
騎士たちが剣を抜きぞろぞろと合成獣を囲む陣形になるが、誰も手を出そうとはせず数分の膠着状態が続いた。
「メ……ッゲデ……」
何を言っているのか全く分からないけど、合成獣は何かずっと言葉を発していて、ずっとこっちを見ていた。
「全員動くな。俺がやる」
陣形が整った頃、そう言ってファーガス団長が前に出た。
ダッと走り出し、強く左足を踏み込んだファーガス団長の剣が合成獣の左胴体に叩きこまれた瞬間、剣が朽ちた。
「やはりダメか……!」
ファーガス団長はすぐさま後ろへ後退し、合成獣との距離を取る。
「今の、腐食……?」
一瞬の出来事だったけれど、剣があっという間に茶色になり崩れ去った様に見えた。
「弓を構えろ!」
ファーガス団長の指令に、一部の騎士たちが剣を納め魔力の弓矢を構える。
「放て!」
号令と同時に一斉に放たれた矢が合成獣に向かっていくけれど、そのどれもがなんの効果もなかった。
それどころか、私には、魔力の矢があの合成獣に吸収されたようにも見えた。
「ダ……ゲデ……」
――助けて……。
「頭がっ……!」
合成獣が、魔力の矢を吸収した直後、また、あのどこからともなく聞こえる声が頭に響いて、現実に発している声と重なると、強烈な頭痛に見舞われた。
とっさに耳を手で覆いだけれど、痛みが和らぐことはない。
「……メ……ザマ」
――姫様……。
「やめ、てっ! 痛いッ……」
現実に聞こえてる音を防ごうと必死に耳を抑えるけれど、声が聞こえなくなることはなく、痛みはどんどん増して行く。
「……ド……テ……」
――どうして……。
「やめ……っ……」
痛みを堪え必死に合成獣の方を見ると、まるで悲しみに包まれた魔獣たちが私に助けを求めているように見え、合成獣を構成している全ての魔獣と目が合った様に感じた。その中には、人間もいる様に見えた。
「逃げろ、シロ!」
痛みの中でファーガス団長の声が聞こえて来た次瞬間、先ほどまで緩慢な動きで歩くことさえ大してできそうもなかった合成獣が、一直線に私に向かって走って来るのが見えた。
「嫌っ!」
引いた足がもつれ、尻餅をついた時、
「……ノ、ァ」
――ノア。
合成獣は確かにそう言った。
そして、すぐそこまで合成獣が迫りこのままでは死ぬと、最悪の事態が脳裏をよぎったその時、魔力の網が合成獣を捉え、合成獣は動きを止めた。
「次から次に、本当に招かれざる客ばかりだ」
遠くから聞こえた声に視線を向けると、ヤヤに乗ったハークハイトが、広場の先の通りから網の中でもがいている合成獣の頭を矢で打ち抜いた。
いつもとは違うかなりの練度で練り上げられた魔力で作られた矢は、いとも簡単に合成獣の頭を落とし、合成獣はいくつかの屑魔石へと変わった。
合成獣が屑魔石になり、緊張の糸が解けるとカオの鼻が私の頬に当たっているのを感じた。
「カオ……」
合成獣に対する恐怖でカオが隣にいたことさえ忘れていた。
「カオっ……!」
私は、震える手で必死にカオに抱き着いた。
どうして……。どうして、あの合成獣はあの名前を知っていたのだろう。
――ノア。
私の昔の名前を……。
「シロ、無事か?」
全身になんとなく力が入らなくてしばらくカオに抱き着いていると、ザビの声がして肩を叩かれた。
「ザビ……」
「顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「うん。ちょっとびっくりしただけ……」
「シロは合成獣見るの初めてか……。そりゃ驚くよな。けど、心配すんな。主もいるし、もう大丈夫だ」
ぽんぽんと頭をなでるザビの手と、視界の端にファーガス団長と話すハークハイトとユーリの姿にほんの少し血の気が戻って来た。
「シロ! 駐屯地から薬が届いたぞ!」
少しほっとできたところで、ファーガス団長の声が聞こえた。
「行かなきゃ……」
「行くってどこに?」
「団長に駐屯地の薬を開放してもらったの。まだ患者はいっぱいいる」
今は合成獣のことは忘れるしかない。
「薬を開放って、よく許してくれたな」
「ちょっと無理やり交渉したの」
「すげーな。団長の許可が出てるなら、氾濫した魔獣はヤヤたちのおかげで無事に街の外に出せたし、俺も手伝うよ」
「ありがとう、ザビ」
騎士団の人が持って来てくれた薬箱の近くで、レパルと患者を運んできてくれてるレパレント商会の人を呼んだ。
「骨折とかの患者さんにはそれぞれ私が診て薬を処方するから、皆には擦り傷や切り傷の軽症の怪我人の手当てをして欲しいの。この薬を患部にかけるだけだから、難しいことはないから安心して」
「薬をかけるとはどれくらいの怪我に対してどの程度使用すればいいのでしょうか?」
「怪我全体に薬の液がかかればいいんだけど、実際にやってみようか」
薬を使ったことがないので不安だと言う商会の人に、私は実演で見せることにした。
「まず、土の汚れとか砂が患部に入っていないかを確認して、入っているようだったら水で洗い流して綺麗にする」
転んで脛全体を擦りむいた人に手伝ってもらい、やり方を解説していく。
「綺麗になったら薬瓶の蓋を開けて患部にかけ、て……」
「シロ?」
騎士団もいて、ハークハイトやファーガス団長、カオやヤヤ、隣にはザビもいて怖いことなんてもうないはずなのに、薬を持つ手が震える。
「大丈夫……」
カタカタと震える手のせいで、薬瓶の蓋が上手く開かない。
「シロ、俺がやるから説明してくれるか?」
「う、うん……」
スッと、私から薬瓶をとったザビが瓶の蓋を開ける。
「どれくらいだ?」
「怪我全体に液がかかれば大丈夫」
「こんなもんか?」
「うん、そうだね。顔とか直接かけるのが難しい場合は、薬を浸した布で患部を優しく叩くようにして薬を付けても大丈夫。怪我全体に、薬がかかったのを確認して、出血が止まっていない場合は患部が覆われるように布を巻いたら完了」
シュルシュルとザビが怪我に布を巻いて行く。
「さすがだね、ザビ。完璧」
「まぁな」
「皆も同じようにお願い。ここにある薬は自由に使って大丈夫だから」
商会の人たちが各自薬を持って、広場のあちこちに散って行く。
「ザビ、ありがとう。助かった」
まだ震えの治まらない手を私はぎゅっと強く握った。
「あんな気持ち悪いもん見た後だ、気にすんな。それより、ちょっと主呼んでくるから、シロはカオたちとここにいろな」
「うん……」
きっと、私の様子が変だからハークハイトを呼びに行ったのだろう。ザビは本当に心配症だ。
「私も患者を見なくちゃ……」
歩き出そうとした時、また頭がズキンッと痛んだ。
――ノア。
「私はもう、ノアじゃない」
俯いて立ち尽くしている私の顔を、心配そうに魔狼たちが覗き込んで来る。
「大丈夫だよ。行こう」
そして再び足を進めようとした時、私の上に影が落ちた。
「君は何もせずにいることはできないのか?」
「ハークハイト……」
「ちょっと目を離すとすぐにこれだ。本当に君には困ったものだ」
膝を折り私と視線を合わせたハークハイトは、いつもの様に私の頬をむにりとつまんだ。
「いひゃい……」
「調子は?」
「らいよーぶ」
「ならいい。それで、これからどうするつもりだ?」
「はにゃひて」
ハークハイトの手をぺちぺちと叩くと、頬をつまんだ手が離された。
「怪我人を診ないと」
「今日一日診察して終わりというわけにはいかないだろう」
「必要に応じて診察しに来ればいいじゃん。カオたちがいればもう私一人で来られるよ?」
「目を離すと問題が起きる君を一人でふらふらさせられるわけないだろう」
「問題なんて起きてないでしょ?」
「団長を脅しただろ?」
「脅してないよ。薬を買い取るって交渉しただけ」
「何が交渉だ。それに、騎士団で使っている薬が平民に使っても副作用が出ないとは初耳だぞ。君に見せてもらった騎士団で使用する薬の作り方はいたって普通だった」
「あの時の素材は全部下処理されてたから」
「下処理?」
「帰ったら話すよ。今は怪我人が先。一週間後、もう一度診察しにここへ来たいんだけど、良い?」
「君の強情さには呆れるな……。この騒ぎでは城へ行くのも延期だ。城へ行くのを来週に調整するから、その時また城下へ立ち寄れば良い」
「わかった、ありがとう」
私はその後、いつのまにか震えの止まっていた手で広場にいた怪我人全員を診た。
幸いにも命にかかわる人はおらず、重傷者は何人かいたけど、しっかりと経過を観察していけば大丈夫だろう。
それから、レパルの計らいで、今後怪我人を見る際に、平民街の方にあるレパレント商会が持っている空き家を診療所として貸してくれることとなった。
今のところ本編内で海に行く話は考えてないんですけど、
シャチやイルカに憧れている身としてはやっぱ海洋魔獣編も書きたいなって言う願望が。笑
どっかで番外編として書こうかな。




