52.魔獣の氾濫
店の人に案内され、店の奥へと行くといくつかの部屋があり、そのうちのひとつに通された。
中ではハークハイトとレパルが椅子に座り話をしていて、ザビがハークハイトの後ろに控えていた。
「先に送った木材を使って他の紙と同様に紙を作ってみて欲しい。あくまでもこれはまだ試験段階のため、他言無用とする」
「承知いたしました」
「お客様をお連れしました」
話の切りが良さそうな所で、案内してくれた店の人がレパルに声をかける。
「ユーリ様、シロさん、商品はゆっくりご覧いただけましたか?」
「シロは、素材売り場に住みたいってよ」
「だってあんなにいっぱいあったら何でも作れるよ!」
「そうですか。気に入っていただけたようで何よりでございます」
レパルに促され椅子へ座ると、花の香りがするお茶を出してくれた。
「ハークハイト、さっき表でウェインに会った。シロのこと、ガンフ殿から聞いて知ってたぞ」
「領主城の薬草園の人間に知られているのは想定内だ。後で行った時に再度口止めだけしておいてくれ」
「わかった」
ハークハイトとユーリがそんな話をしていると、店の人がさっき私が選んだ便箋を持って来てくれた。
「シロさん、ご要望のお品物はこちらでよろしかったでしょうか」
「うん。こっちがベルリナで、こっちがカスクに。これは私が使う用」
「君にしては随分堅実なところを選んだな。もっと花模様のものなどを選んでくると思っていたが」
「最初はお花のが可愛いと思ったんだけど、ユーリがそう言うのは相手が使い難いだろうからってこっちにしたの。私の分も、可愛くてなんだか使うのもったいなくなっちゃいそうだから、シンプルなのにしたの」
「賢明な判断だな。レパル、それぞれを包み送ってくれ」
「先ほどお礼の品は頂きましたのに、こちらもよろしいのですか?」
「構わん。何よりそれはシロからだ」
「そう言うことでしたら、かしこまりました」
お礼の品と言った際にレパルは壁際に置かれた複数の布を見た。見るからに質の良さそうなきめの細かい布地は、きっとハークハイトがレパルたちに送ったものなのだろう。
「その他、いかがいたしますか?」
「シロ、薬の素材は目星がついているのか?」
「欲しいものいっぱいありすぎて、どれくらいなら買っていいのかわからなかったの」
「では、店の方でご相談されてはいかがでしょう」
「そうだな」
たくさんある素材は部屋より、店で見ながら相談した方が分かりやすいだろうということで、私たちは部屋を出て店へと戻った。
「それで、何が欲しい? 絶対に必要なものをまず上げなさい」
「えっとね、アッカとロカイとシューセンと……」
私が一番欲しい物を上げ連ねていると、なんだか外が騒がくなった。
「主、ちょっと見てきます」
そう言って、すぐにザビが店を飛び出して行ってしまった。
「それと、古代樹の根と蜜蝋と……」
「それだけ買えばもう十分だろう。何の薬を作る気だ」
「人間だけじゃなくて馬とか魔狼たち用の薬とか色々。レオの寄生虫予防の薬も作らなくちゃいけないし」
「君を薬師として雇う額より、君がいるせいで増えた魔獣たちを養う経費の方がどう考えても嵩んでいるな」
「レオは自分でネズミとか獲ってるみたいだし、カオたちも基地から出せば勝手に狩りして戻ってくるよ」
「連日基地内に魔獣の死体を持ってこられたら、こちらがたまらん」
解決策を提案しても突っぱねられるのだから、それで私に文句を言うのは理不尽と言うものではないだろうか。
「主、ちょっと……」
何を買うかでハークハイトと話をしていると、戻って来たザビがハークハイトを呼んで、ハークハイトとユーリがザビと一緒に店の外へ出て行ってしまった。
「お金か……。ねぇレパル、普通の子どもはどうやってお金を稼ぐの?」
「そうですね、一般的に平民の子どもは働き始めるまでお金は持ちません。盗まれる可能性もありますから、まず親が持たせないでしょう。一定の年齢になり働き始めれば、働きに応じた賃金が出ますから、そうしてお金を稼ぎ、持つようになります」
「私も働いてる様なものだけど、賃金は発生しないんだよね」
「シロさんは薬師として正式に働くには少々問題があるのでしょう。ですが、労働とは別にお金を生む方法もありますよ」
「例えば?」
「製法などの権利を売ることです」
「権利?」
「例えば、まだ世の中に出ていないものの作り方を発明し、その作り方を我々の様な商会に売る。我々商会は、その製法で商品を作り物を売り利益を出しますから、売れると思った商品の製造方法や製造する権利などは高値で買い取ります」
「そう言う方法もあるんだね」
「お金や商売について何かあればいつでも、私にご相談ください」
「そうする。ありがとう、レパル」
それなら、ハンドクリームの作り方も売れるのだろうか?
商会と言うところで、どんな風にお金が生まれるのか、その一部を知ったところで、店にお客さんが入って来た。
私とレパルは、隅に避けてハークハイトたちが戻ってくるのを待つことにした。
「時しぐれの葉、それからケシ、雪草、空唐をくれ」
「かしこまりました」
火傷や抗炎症剤、鎮痛剤の材料。この人もやっぱり薬師なのだろう。
服装からするに貴族の様だけど、ガンフやウェインに比べバッグや身なりは質素なものに見える。
――……けて……。
「誰?」
その時、頭に直接響く様な声がどこからともなく聞こえた。
「シロさん?」
「何か聞こえない?」
――……す、け……。
「また……」
「私には何も聞こえませんが……」
どこからともなく聞こえる声を辿り、私は店の外を見た。
その時、
「レパル殿、大変です!」
「どうした騒々しい。お客様の前だぞ」
「も、申し訳ございません。ですが、氾濫です! すぐそこで魔物の氾濫が!」
「なんだと!?」
店に走りこんできた店の店員さんの一言で、店中に緊張感が走り、すぐにバタバタとし始めた。
魔物の氾濫。そう言えば、何度かハークハイトたちがそう口にしているのを聞いた。魔物たちが一度に移動するなんて、それは何かから逃げる時だけだ。
「既に向こうの通りで複数人の怪我人が出ているようです!」
「すぐに出入口を塞ぎ、店員は店の奥へ。全員の安否確認を!」
「かしこまりました」
「シロさんはここで……シロさん!?」
私は、怪我人がいると言う言葉に店を飛び出していた。
店を出てすぐ、遠くで悲鳴が聞こえた。おそらく、今魔獣がいる場所だろう。
急いで走り出そうとしたその時、反対方向へ向かう馬車に乗り込むさっきの薬師の姿が見えた。
「あなた薬師じゃないの? むこうに怪我人がいるって!」
「誰だ、小娘。あっちは平民街だ。私が平民を助けるわけないだろう」
「薬師なのに助けないの?」
「平民がどうなろうと私には関係ない。巻き込まれる前に帰るだけだ」
そう言ってバタンと大きな音を立てて扉を閉めると、馬車は去って行ってしまった。
本当に、本当に見捨てて行った……。ザビの言っていたことが嘘だとは思わなかったけど、患者がすぐそこにいるのに見捨てて行くなんてできるはずがないとどこかで思っていた。だけど、あの貴族は平民だと簡単に切り捨てた。
私は、心の奥に沸いたもやもやに今は蓋をして、悲鳴が聞こえた方へと走った。
通りを二つほど行くと、そこには凄惨な光景が広がっていた。
道で倒れ動けない人、頭から血を流している人、果物などの店の物が散乱し、混沌としていた。
「シロさん、待ってください! ここは危険です!」
目の前の光景にどこからどうやって手当てをしていくかと考えていると、私を追いかけて来たのか、息を切らしたレパルが私の腕を引いた。
「レパル、この辺で開けた場所ある? 一か所に患者を運べる所」
「この先に広場が……」
「じゃぁ、そこに怪我人を運んで。それから、血が出てる人は布で抑えて止血、頭を強く打ってる人はできるだけ動かさないで慎重に運んで。それと、店にあったピポテの鳴らし方はわかる? あれって平民でも鳴らせるの?」
「え、えぇ。店に魔石があるので鳴らせますが、どうして?」
「ピポテを鳴らせばきっとカオたちが基地から来てくれる。カオたちを呼べば魔獣の氾濫を止められるかもしれない」
地続きに聞こえる悲鳴や叫び声がたくさんの魔獣が移動していることを教えてくれる。ハークハイトたちはおそらくそれを追っているのだろう。
「魔獣の群れは多分こっちには戻ってこない。お店の人総動員してすぐやって! お願い!」
「ハークハイト様たちの許可なしに平民を助けるのですか?」
「目の前の患者に平民も貴族も、私には関係ない! それに、人を助けるのに誰かの許可なんて必要ないでしょ?」
「わかりました」
レパルはひとつ頷くとすぐに店へと引き返して行った。
お盆休みってどこの世界線の話なんですかね…?(白目




