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5.存在しない森

 ハークハイトを待ってる間、ユーリがお粥を出してくれた。


「熱いからゆっくり食べな」


 たっぷり使われたお米を食べるのは久々だった。


「シロ、咒鹿から俺たちを助けてくれたのはお前だと聞いた。本当にありがとな」


 ユーリは私の頭を撫でながら言った。


「ユーリこそ子鹿、助けてくれてありがとう。檻を壊してくれたのはユーリでしょ」

「それだって、シロが子鹿のこと教えてくれたからできたことだ」


 私を助けてくれたハークハイトとユーリが無事で良かったと思う反面、そんなハークハイトに怪我をさせてしまった罪悪感が拭えない。


「どうした、シロ?」

「さっき、ハークハイトに怪我させちゃったの。守ってくれたのに」


 言葉にしてさらにしょんぼり感の増した私の頭をユーリががしがしと撫でた。


「気にすんな。騎士は民を救うのが仕事だ。怪我も日常茶飯事だし、あいつは薬にも詳しいから大抵のことは自分で治せる」


 だからそんなにしょげるなよと、笑うユーリに、でも……と言いかけやめた。


「うん……」


 否定するのはハークハイトの厚意を無碍にすることになる気がした。




「待たせたな」


 お粥を食べ終え、ユーリと話をしているとハークハイトが男の人を連れて戻ってきた。


「君が噂の子か。本当に真っ白だなー!」


 がっちりとした体つきの初老の男性が、ずんずんと近寄って来るなり椅子に座っていた私の脇に手を入れ、天井にぶつかりそうな勢いで抱き上げた。


「わっ!」

「随分小さくて軽いな。だか、やっぱり女の子はいいなー。歳はいくつだ?」

「わ、わかんない……」

「わかんないか! そうか! 可愛いな!」

「ハーク……ユーリ……」


 私は、知らない人に急に抱き上げられたことに驚いて涙目になってハークハイトたちの方を見た。


「ファーガス団長。あなたの力で振り回すと子どもが怖がります、おろしてやってください」

「ハークハイトにだけは言われたくないわ!」


 そうして、ようやくおろしてもらえた私はすぐさまハークハイトの後ろに隠れた。


「なんだと! こりゃまた珍しいな……。お前に懐く子どもがいるのか」

「私に懐いたのではなく、あなたを警戒しているのですよ。初対面の人間にあんな勢いで抱き上げられれば誰だって警戒します。大人しくしてて下さい」


 それから、ハークハイトが私に席に着くよう促し、場にいた全員も席に着いた。


「さて、シロ。すぐに君を家に帰す話をしたいところだが、その前にあの盗賊団について少し話を聞かせて欲しい。思い出したくないこと、話したくないことがあれば言わなくても構わない」

「うん」


 それから私は、朝に家を出て、山で盗賊団と出くわし、ハークハイトたちと出会った場所へ連れて行かれたことを話した。

 たった一日にも満たない出来事の話なのに、随分と多くの経験をしたように感じた。ぽっかりと空いた穴の大きさを思い知らされた気分だ。


「やはり、ドルトディートの拠点を掴むほどの情報は彼女にもなさそうですね」

「魔物の氾濫後、本拠地が全く分からなくなっちまったからな。全てが振り出しに戻ったな」


 私から話を聞いた後、ハークハイトとファーガス団長はそう言って難しい顔をした。


「ところでシロ。君のような子どもが山に一人で出かけたとは思えない。同行者はどうした?」


 ハークハイトの言葉にドクンと心臓が嫌な音を立てた。

 私はローブの上から魔石を握りしめた。


「死んじゃった……。私を助けるために、毒矢に当たって死んじゃったの」

「君の親か?」


 溢れてきそうな涙を堪え、私は首を振って答えた。


「……話を変えよう。その山には何の用で行ったんだ?」

「冬越えの準備。森で取れない食料や薬の材料を取りに、一年に一回あの山へ行っていたの」

「その山へは馬か何かで行ったのか?」

「ハクに乗って」

「ハク?」

「狼」


 私がその言葉を口にすると、三人の顔が急激に険しいものへと変わった。


「魔狼を使役していたのか!?」


 驚きの色が浮かぶ声で、ハークハイトが尋ねてくる。


「そんなことしてない。ハクは一緒に暮らして、ずっと側にいて私を守ってくれてた」

「一緒に暮らして……人を襲わなかったのか?」

「ハクも他の狼たちもそんなことしない! 私たちはずっとハクたち狼と助け合って森で生きてきた」

「森?」

「うん。ずっと森で暮らしてるの」

「待て。それはおかしい」


 質問と答えを繰り返していた会話をハークハイトが自ら止める。


「君の話を要約するに、朝家を出て狼に乗り昼前に山へ着き、そこで盗賊に攫われ日暮れ頃我々と出会った場所近くに到着。これで間違いないか?」

「うん」

「我々が出会った場所から多く見積もっても半日程で移動できる山は三つ。だが、いくら狼の足とは言えそれらの山々から数時間程度の範囲に人が住める森など存在しない」

「え……?」

「君を疑っているわけではないが、これは事実だ」

「そんな……」


 そんな森は存在しないと言われても、ハークハイトが要約した内容が全てだ。私にタイムラグが起きるような出来事なんてなかった。


「ま、まぁさ、いきなり誘拐されて冷静に判断できなくてどこかに誤差が生じてる可能性もあるだろ。山の中だって林とか森と言えなくもない所ならいくつもあるし」


 沈黙の空気にユーリが言葉を発した。


「それに、一緒に住んでた人間がいたなら、しばらくして帰って来なきゃ捜索願いが出るだろ。捜索願いは領地をまたいで届けられる。情報はすぐに騎士団に来るって」

「一緒に住んでたマオは、今家にいないの。三年前に家を出たきり帰って来てないし、森に人間は私とマオの二人しかいなかったから、誰かが私を探すことはない、と思う……」

「両親はいないのか?」

「森にいた人間はマオだけ」


 ユーリのフォローも空しく完全に沈黙が広がった。


「まー、あれだ。わしも長いこと騎士団に務めているがそう言う事例がなかったわけでもない。もう少し範囲を広げて可能性のある所をさぐってみればいい。騎士団にいれば情報も入って来る」


 ファーガス団長はそう言って、ゴホン! とわざとらしく咳をした。


「そういう訳でだ、ハークハイト。お前さん、しばらくシロの面倒を見ろ」

「は!?」

「こんな幼気な少女を一人にはできんだろう。助けたお前が最後まで面倒見てやれ。幸いなことにお前さんに懐いてるようだしな」

「騎士団の規定に則り、騎士寮の客室に泊めればいいでしょう!」

「ハークハイト、お前は何という人でなしか。危ない目にあったばかりのこんな小さい子を一人で寝泊まりさせるなど正気とは思えん。現在独身で騎士寮で生活してない騎士はお前だけだ。家に連れ帰り面倒みろ」

「それなら団長の屋敷で……」

「シロの世話はハークハイトに一任する」


 これは団長命令だ、そう告げられたハークハイトは困った顔をしながら私を見てわかりましたと言いながらため息を吐いた。


「良かったなシロ。しばらくはハークハイトが面倒見てくれるぞ」


 どこかニヤついた表情のユーリが私の頭を撫でた。

 その横で、難しい顔をしたハークハイトはどうしたものかとこめかみをおさえていた。


 ***


 すっかり日も暮れて、私はハークハイトに連れられハークハイトの家に来ていた。騎士団基地から十分も歩かない距離にある、ポツンと建てられた二階建ての一軒屋。


「まずは風呂だ。その薄汚れた身体を一度キレイにしてきなさい」


 そう言われ、玄関に上がってすぐに風呂場に放り込まれた。

 が、そこは森のお風呂場とは全く違いどうしていいかわからず立ち尽くしてしまった。お湯を沸かす薪や火もない。大きな四角い桶のような形のものと、ホースの先に沢山小さな穴の空いた丸い何かが付いているものだけ。

 私は仕方なく、一度風呂場を出た。


「ハークハイト?」


 家の中のハークハイトを探すと、大量の本と、薬草や珍しい素材が置かれている部屋にいた。


「マオの部屋みたい!」


 私がそう言って部屋の中に入って本を手に取ろうとすると、本に手が届く前に抱き上げられてしまった。


「風呂はどうした。それからここにあるものには触れないように」

「お風呂の使い方わからなくて……ねぇ、この本、読んだことない! 読みたい!」


 マオの部屋にあった本と言う本は全て読み尽くした。九割が薬学関係の本で、残りは私用の絵本や簡単な物語の本だった。


「君は字が読めるのか?」

「読めるよ。薬作るのもできる」

「時しぐれの使い方まで知っていたことを考えればあながち……いや、それよりまずは風呂だ」


 それから、お風呂場のシャワーの使い方を教えてもらって、全身をキレイにして、頭も洗いずいぶんスッキリした。

 森のお風呂場と違って、蛇口を捻るだけでお湯が出るなんていったいどんな仕組みなのだろう。

 お風呂から出ると、ローブがなくなっていて、代わりの服が置いてあった。


「ハクの魔石!」


 ローブのポケットに入れておいたハクの魔石も一緒になくなっていることに気付き、私は急いでお風呂場を飛び出した。


「ハークハイト! ハクの魔石!」


 さっきとは別の広い部屋にいたハークハイトの足にぶつかる勢いで突進した私をハークハイトは、とても嫌そうな顔をして受け止めた。


「髪をちゃんと拭きなさい。服もなんで上しか着ていない。幼子と言えど淑女としてもう少し……」


 ハークハイトはぶつぶつと何かを言いながら、私が持っていたタオルを奪って頭をガシガシと拭いた。


「それと、あのローブは汚れや破れが目立つから捨てる。ポケットの時しぐれと魔石は取り出してそこの机の上に置いてある」


 全く、と溜息を吐きながらハークハイトは髪を拭き終わった。


「思い出したくないことを聞くかも知れないが、山へはそのハクと言う魔狼と君と二人で行ったのか?」

「……うん」

「そうか。よし、夕飯にしよう」


 私はハクの魔石をポケットにしまおうとして、出された服にはポケットがないことに気がついた。

 置いておく訳にも行かないのでそのまま手に持っていることにした。


「栄養価しか考えていないから子供の口に合うかはわからないが、今日はこれしか用意できない。我慢してくれ」


 そうして出されたのは、パンと変な色をしたスープだった。


「このスープ何入ってるの? 食べて大丈夫……?」

「栄養価しか考えていないと言っただろう」

「いつもこんなの食べてるの?」

「黙って食べなさい」


 仕方なく、とりあえず大丈夫そうなパンを手にとる。うん、こっちは美味しい普通のパン。マオが時々森の外で買ってきてくれるのに似てる。森の家じゃパンは焼けなかったから嬉しい。

 問題はスープだ。


「これ、カフエの実?」


 カフエの実。広く群生している薬草の一種で、栄養価は高く滋養強壮に良いとされている。絞り液を使い栄養ドリンクにされることが多いが、とんでもなく不味いため手に入れやすい反面あまり人気はないと何かの本で読んだことがある。

 私もカフエの実を森で口にしたことがあるけど、カフエの実をスープにして飲む強者がいるなんて……。だけど、森とは違って何か美味しくなる方法が外の世界にはあるのだろうか? そう思いながら試しにひと口飲むと、やはりそれは予想を裏切らない苦味たっぷりな不味さだった。とてもじゃないがこのままでは飲めない。

 チラリとハークハイトの方を見ると、ハークハイトは顔色ひとつ変えずスープを飲んでいた。


「ねぇ、チコの実か花びら持ってない?」


 あれ程の素材が揃っている部屋ならチコくらい置いてあるだろうとハークハイトに聞いてみる。


「そんなもの何に使う気だ?」

「このスープこのままじゃ飲めそうにないから……」


 チコは実や花弁にカフエに含まれる苦みを抑える成分を持っている。チコの実や花弁を混ぜれば甘味も足されカフエだけよりは数倍マシになるだろう。

 チコはカフエに比べて群生地が限られているけど、育て方さえ気をつければ実は家で栽培できたりもする。


「マオが良くそうやって飲んでたの」

「そのマオと言う人物についてもいろいろ聞かなければならないな」


 少し待っていなさいと言って席を立つと、ハークハイトはチコの実を持ってきてくれた。

 私は、チコの実の皮を剥いてスープに入れるとスプーンで実をよく潰してかき混ぜた。本当は包丁とかで細かくしたり叩いたりしてからもう一度鍋でカフエのスープと煮込み直したいところだけど、今日は我慢。

 そしてスープをひと口飲む。


「うん。これならギリギリ飲めそう」


 物珍しいものを見るようにハークハイトがこちらを見ているので、飲む? と聞くと、自分の残っているスープにチコの実を入れ同じ様にして飲んだ。

 表情を変えずに飲んでたけど、これ以降ハークハイトがカフエと一緒にいつもチコを用意していたことを考えると気に入ったんだろう。


「ごちそうさまでした」


 初めてハークハイトの家で食べた夕飯は、何とも飲んだ気、食べた気のしないものだった。

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