閑話.青空教室
※カスク視点
その日、無事に基地に帰っていくハークハイト様たちを俺たちは湖で見送った。
「スーロ様、ヤヤと何話してたんですか?」
「姫の元へ一緒に来ないかと誘われただけさ。姫の元にいる魔狼たちはみな心根が優しいからのぉ。だが、私はここを離れられないので、断った」
「離れられない……?」
「この地には、私の愛する者が眠っているからな。私がここを離れてはあれが寂しがる。ところでカスク、時間があるなら今日からでも勉強していくか?」
「お願いします!」
ハークハイト様に身の程を知れと言われ、俺は夜通し自分の立ち位置や、そのためにやるべきことを考えた。
薬師と言う目標がどれだけ遠いか、自分の身の丈を考えれば考えるほどそれは遥か彼方にあるものだと思い知らされ、今すぐにでもやれることから始めなければ手遅れになると気付かされた。
悔しいと拳を握りしめたって、過去はやり直せない。なりたいとどんなに願ったところで、動かなければ何も変わらない。そんな当たり前のことすら俺には見えていなかったんだ。
「文字の組み合わせはそう多くはない。だが、文字の読み書きは日常的に使わなければ身に付かない。書く練習を毎日するのはもちろんだが、時間があれば大きな街へ行き、実際に文字に触れた方が良いだろうな」
「親父の仕事でセオンの宿場町に行くことがあるので、その時は同行してみます」
「それが良いだろう」
まさか、上位種の魔獣に勉強を教わる日が来るとは考えたこともなかったけれど、スーロ様はとても優しく教え方も丁寧で分かりやすい。時々ユンが付いて来ても嬉しそうにユンの相手をしながら、俺の勉強も見てくれる。
毎日足しげく湖へと通う日々が続き、俺の日常は勉強するごとにまた一つ世界の秘密を知ったような、世界に隠された宝物を見つけた様な気持ちで溢れていた。
「できたー! はい、スーロ様これあげる!」
「ユン! いきなりでかい声出すなよな。びっくりするだろ」
その日も俺に一緒についてきたユンは、俺がスーロ様に勉強を教わっている横で黙々と何かを作っていたかと思えば、突如顔を上げた。
「ほら、ぴったり!」
「ほっほっほ。ユンは毎日元気があっていいのぉ」
ユンが手に持った出来上がったばかりの花冠を満足そうにスーロ様に乗せると、スーロ様もまんざらではない顔で目を細めた。
「私ね、スーロ様には黄色いお花が似合うと思ったの! でも、きっと桃色の花も似合うと思うんだ。ちょっと待ってて!」
そう言って、さっさと次の花を探しに行ったユンをスーロ様は懐かしそうに見つめていた。
「花冠か。そう言えば、前にもこんなことがあったのぉ」
「それって、スーロ様に文字を教えた人間のことですか?」
「あぁ。あれはもう三十年近く前になるか……」
そう言うと、スーロ様はその時のことを話し始めた。
「その娘は、ある日狼の王に乗ってこの湖へと現れたのだ」
「狼の王?」
「お前たちの言うところの神獣怕狼様じゃよ」
「神獣……。神獣が人間と一緒に行動するなんてあるんですか……?」
「珍しいことではあるな。だが、狼の王は四神獣の中で一番人間との共生や共存を考えていた御方であるし、我らの鳥の王なんかも、直接関りはしないが、人間たちの社会の営みを見るのが大好きな御方だった。狼の王や鳥の王ならば、例え何処の馬の骨とも知らぬ人間が現れても、決して無闇に邪険にすることはないだろう。しかし、鹿の王や猿の王は真逆に、人間を酷く嫌っているから下手をすれば命は無いかも知れん」
「神獣にも色々な方がいるのですね」
「そんなわけで、森で迷っていたその人間を助けたのが、狼の王で、そこから暇つぶしにその人間の散策に同行しているとおっしゃられていた。娘は、人には珍しく魔獣や精霊、魔動植物の類にとても興味があり、できることなら種族の枠を取り払い、仲良くなりたいと言っていた変わり者だった」
「それはまた珍しい方ですね」
人間に友好的な魔獣は少ないし、精霊や魔動植物なんて滅多に出会えるものでもない。出会えたとして、何か無礼でも働けば呪いを受けたり、殺されたりするかもしれない。圧倒的に力の差のある存在に、自ら進んで関わろうなんて人間は、珍しい以外の何者でもない。
「神獣と話したくて森の中を一週間さ迷い歩いていたらしいからのぉ……」
「それはまた、凄まじく行動的と言うか、無謀と言うか……」
「私もそれを聞いた時は驚いたものだ。だが、結果として狼の王に出会っているからな。ここに来た時も、私を見た瞬間目をキラキラと輝かせてあれこれ一人で喋りながら、頭の先から爪の先に至るまで触られ観察され、気付けばノートにそっくりな私が描かれていた」
「その人、研究者か何かだったんですか?」
「生物学者の卵だと言っていた」
「生物学者ですか」
平民の間では聞きなれない単語に、貴族だろうなと言うことくらいしかわからなかった。
「この世界は、とにかく彼女の気を引くもので溢れているらしく、ここに滞在している間、あやつの好奇心がなくなることはなかった。そして、しばらく滞在した後、世話になったと私に花冠を乗せて去って行った」
「そんなことが。……でも、気を引くもので溢れているって、ちょっと分かる気がします。俺も、つい最近この世界は宝物で溢れているって思ったばかりなんで」
「宝物?」
「はい。何も知らずにいた俺には、ただの景色で、何の役にも立たない景色だった草花が、ひとつ知識を付けたら、怪我や病気を治せる薬草に変わって……そこから改めて自分の見ていた景色を見ると、何もないと思っていたセオンの街も、この湖も、本当は宝物で溢れているんだって気付いたんです」
何もないと思っていたのは、俺がただ無知だったからで、俺は自分が無知であることすら気付いていなかった。
シロさんやハークハイト様に出会って、自分が子どもだからだと、平民だからだと、言い訳をして知ることすらしようとしていなかったと初めて気づかされた。
「だから俺も、いつかこの場所を出て、世界を見てみたいと思うんです」
「そうか。ここに来る人間は探求心に溢れている者ばかりだのぉ」
「俺の場合、文字の読み書きもまだまだですし、知識もこれからですけど」
「お前さんはまだ若い。これからいくらでも知識を付け、どこにでも行くことができる。この世界に散らばる宝を、その生涯をかけて探し出して行けば良い。そのために必要な知識は私ができる限り教えてやるさ」
「スーロ様」
「それにな、真に願いを欲する者の願いとは、案外早く聞き届けられるものだ」
「聞き届けられる……? 誰にですか?」
「さてな。だが、お前さんがそうして一生懸命自分の目標に向かって歩いていれば、運命と言うものは勝手に回り出すものさ。存外、ここから旅立つ日も近いかも知れんぞ」
そう言って、ほっほっほとスーロ様は穏やかに笑った。
「スーロ様! お兄ちゃん! こっちに来てー!」
スーロ様との話がひと段落したところで、ユンが数メートル先にある木の下から俺たちを呼んだ。
「ユン! 木なんか登ったら危ないだろ!」
「大丈夫だって! 早く早く!」
好奇心旺盛と言えば、俺の妹も例外ではない。
木に登るわ、不用意に穴に手を突っ込むわで、俺は気付けばユンを注意ばかりしている気がする。
「なんなんだよ、大きな声で……」
肩に乗ったスーロ様と一緒にユンの元まで行くと、木から伸びた枝の上に鳥の巣にそろそろ巣立ちそうな雛が三羽ピーピーと鳴いていた。
「この湖は毎年この時期になるとあちらこちらで雛の声がする様になる。あっちにいるのが親鳥だろうな」
そう言うスーロ様の見ている方を見ると、確かに木の上からじっと巣を見つめている親鳥がいた。
「巣立ちの練習じゃろうな。自らの羽で飛ぶのを、親はあぁして見守るのじゃよ」
バサバサと羽を広げて今にも飛んで行きそうな雛だが、なかなか決心がつかないのか、羽を広げては閉じを繰り返していた。
「旅立ちとは勇気がいるものだからのぉ」
「頑張れ、鳥さん! 行けっ!」
その瞬間、雛がばさりと翼を広げ、巣を旅立って行った。
「飛んだ!」
きゃーと喜びはしゃいでいるユンに、俺も自然と笑みがこぼれた。
巣の周りをぐるぐると飛んでいる彼らは、もう、どこへでも飛んで行けるのだろう。
「俺も頑張らなくちゃ」
巣立ちの日が来るその日まで、できることを精一杯やろう。
大空を飛ぶ鳥に、俺は宝探しを続ける自分の未来を想像した。
これにて1章完結です!
来週から2章スタート予定です。
まだ1章終わっただけですが、気が向いたら評価・ブックマーク、レビュー等お願いします。
活動報告にてここまでお付き合いいただいたお礼や今後について書こうと思っているので、
そちらも気が向いたら読んでいただけると嬉しいです。




