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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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4.逃走

 目を覚ますと、知らない場所で寝ていた。

 白い天井。白い寝台。


 ……あれ?


 むくりと起き上がると、窓から外が見えた。


 ……ここどこ?


 窓の外を見ると、山で会った騎士の二人と同じ服を来ている人たちが歩いていて、咒鹿の怒りを鎮めるために魔力を解放して気を失ったことを思い出した。あの二人が、助けてくれたのかな。


 何はともあれ、森へ帰ろう。


「ハク! ……は、いないんだった」


 振り返ってハクの名前を呼んだ声が殺風景な部屋に虚しく響いて、現実を思い出す。


「ハクの魔石!」


 手に握っていたはずの魔石がない! と、寝台から飛び出すと横に置いてあった棚に、着ていたローブと衣類、魔石が置かれていた。

 あれ? と思い自分の格好を見るとシャツに着替えさせられていた。両腕と両足につけている金環は取られていない。他人が簡単に壊したりできるものではないけれど、外すことは難しくない。これがないと非常に困るのだ。


「目を覚まされましたか?」


 私が一人でバタバタしていたのに気づいたのか、部屋に一人の女の人が入って来た。格好はやっぱりあの二人と同じ服。


「ハークハイト様を呼んでくるので、待っていてくださいね」


 どう反応していいのかわからずに固まっていると、彼女はニコリと笑ってまた出て行ってしまった。


 どうしよう。逃げるなら今しかないけど……ここがどこで森がどこかもわからない。少なくとも、ロシュやビット達みたいに拘束してこない分ここは安全? でも、でも、マオは人に出くわしたらすぐ逃げろって言ってたし。でも、どこに逃げればいいのかもわからないし、どうしよう!


 ジジ様に守られている森にいれば、人間に会うことはまずない。緊急時の対処法でマオやハクから教わっているのは対魔獣用の避難方法だけだった。それすら、常にハクが隣にいた私にはほぼ不必要なものだった。山に一人で行ってはいけないと言われていたし、森に住む様になってからこれまでマオ以外の人間と関わったことなど一度もないのだ。きっとマオもハクもこんな事態は想定していなかったのだろう。

 とりあえず、ローブだけ上から着てハクの魔石をポケットに入れ、逃げられる様に窓を全開にし、窓の縁の上に立つ。




「待たせたな。気分はどう……何をしている?」


 部屋に入って来たのはハークハイトとユーリだった。開け広げた窓の縁に立っている私を見て、ハークハイトは眉間に皺を寄せ聞いて来た。


「それ以上近寄らないで」


 どうにかすれば逃げられる距離をとる。魔獣と森で鉢合わせた時の鉄則。人間相手にも本能だろうか、体が勝手に行動する。


「何をしていると聞いている。危ないから、降りなさい」

「まぁまぁ、ハークハイト。お前が子ども相手にそんな怖い顔してるから逃げられるんだぞ」


 ユーリがからかう様にハークハイトに言うと、ハークハイトの眉間の皺がより一層深まった。


「とりあえずお嬢ちゃん、この顔が怖いお兄さんの事は無視していいから、そこから降りておいで。話をしよう」

「私のこと売るの? それとも、閉じ込める?」

「俺たちは騎士だ。民を守るのが務め。そんなことはしないよ。君を家へ帰す手伝いをするだけだ」

「家に帰りたい」

「そうだろう。だから、君が何者なのか教えてくれないか?」

「……何、者?」


 ――バケモノッ!!


 ――選べ! どちらで生きるのか。人はいつか其方を捨てるぞ。


「私は……」


 気づいたら、私は外へ飛び出していた。




「こっちはいなかった。そっちはいたか?」

「訓練場の方にはいませんでした。この敷地から誰にも見つからず出られるとは思えないのですが……」

「とにかく探せ! 相手は青い瞳に髪の白い子どもだ。いれば相当目立つはずだ」


 逃げ隠れしているうちに、私のことを探している人間がどんどん増えている気がした。

 私は、小さく丸まって物陰に隠れる。ここはとにかく人が多く、なかなか思うように逃げられない。私は、建物の隙間を見つからない様に移動していく。

 人の気配が少ない方へ足を向けると、石鹸の匂いが漂ってきた。

 物陰から匂いの方を見ると、シーツや服が干してある場所だった。どうやら洗濯場の様だ。


 ブルッ……。


 ここはあまり人がいないけど、寒い。もう冬も手前の時期にシャツにローブでは寒いのは当たり前。どこかで暖を取りたい。


「ハク、ここは寒いから……」


 また癖でハクの名前を呼び、誰もいない空間を見て言うはずだった言葉をのみ込んだ。

 魔狼たちの体温が恋しい。


「なんか焦げ臭い?」


 今度は何かを燃やしている臭いがして、臭いの方へ移動する。

 建物や通路から死角にあり、何もない広い空き地のある誰も来ない様な隅の方で、それは煙突から煙を出してものすごい熱を発していた。横には、小さな火の魔法陣が設置されていて、いくつか薪も置いてあった。何かを燃やすためのものなのだろう。

 焦げ臭ささは気になるものの、近付き過ぎなければ暖かく、誰も来ない落ち着ける場所だった。何より角に位置しているため、誰か来ればすぐに逆方向の死角へ逃げられる。

 私は冷えた身体を温めながら、座り込みいつしか眠ってしまっていた。




「……い……おい……起きなさい!」


 ゆさゆさと身体を揺さぶられ、目を開けるとハークハイトの顔が目の前にあった。


「焼却炉の前で寝るなんて何を考えている。燃えるものがなくなれば火も消える。こんなところで寝れば風邪をひくぞ」


 いつの間にか寝ていたらしい。


「みんな君を探している。戻るぞ」


 ……そうだ。この人たちから逃げてたんだ!

 

 寝惚け眼に思い出し、連れ戻される! と思って勢いよく立ち上がった。


「バカ者! そんな急に立ち上がっては!」


 あれ……そう思った時には時すでに遅く、頭がくらりとなり焼却炉の方へ倒れていくところだった。

 

 ガンッ!


「……っ!」


 ハークハイトに抱きとめられるのと、彼の小さな呻きが聞こえてきたのは同時だった。


「少し落ち着きなさい。君を売ったり、乱暴をしたりは決してしない。君の事を何一つ知らない我々は、これから先、君をどうしたらよいのかわからない。それを教えて欲しいだけだ。君が逃げる必要はない。少なくとも、私は山で君に助けてもらった。恩人が不幸になる様な事はしないと誓おう」

「う、うん。ごめん、なさい……」


 真っ直ぐに見つめられ、なぜだか謝罪の言葉が勝手に口から出た。


「行くぞ。あれから君は丸二日眠っていた。何も食べていない状態であまり動くと倒れる。気をつけなさい。……っ!」

「どうし……火傷! さっき私をかばったから!?」

「これくらいなんともない。行くぞ」

「そんなわけない! 見せて!」


 私が焼却炉の方へ倒れこもうとしたのを庇ったばっかりに、右腕を焼却炉で火傷してしまった様だ。


「見たところで、どうしようもないだろう。後で処置するから大丈夫だ」

「ダメ! 結構ひどいし、早くしないと跡になっちゃう! 早く水場へ……そうだ!」


 早く水を用意して、その間に火傷の薬を用意しなければと思った時、時しぐれの存在を思い出した。

 ポケットから時しぐれを取り出し状態を確認する。萎れてもないし、枯れてもない。


「時しぐれ? 君、そんなものをどこで……」

「ねぇ、この火の魔法陣に魔力通せる?」

「できるが……」

「じゃぁ火つけて」

「ちょっと待ちなさい。そんな貴重なもの使わずともこれくらい」

「いいから、早く!」

「全く……」


 この状況で時しぐれを使わなくてもいいなどと言ってくるハークハイトを急かし、焼却炉に付いている火の魔法陣に魔力を通してもらう。すると、ポッっと火がついた。

 袋から取り出した時しぐれの葉を、火で炙ってからパキッ、パキッと繊維の折れる音がしなくなるまで良く揉み葉の表面に浮いた薄い皮を剥がし、ハークハイトの火傷に貼り付ける。


「ごめんなさい。私のせいで……」


 ハークハイトは、山で私に助けられたと言ったけれど、それは逆だ。初めに私を庇ったのは、ハークハイトだ。だから私は咒鹿を止めた。今だって私が勝手に動いて倒れて、それを庇ったせいで火傷を負わせてしまった。


「ごめんなさい」


 この人が悪い人じゃないってことくらい、わかっていたのに。


「そう謝るな。子どもをいじめたのかと、私が部下に叱られる」


 ハークハイトは、そう言って私の頭を下手くそに撫でた。




 部屋に戻ろうと言って歩き始めたハークハイトの袖を掴むと、


「……何をしている?」


 と、また眉間に皺を寄せって言ってきたけど、振りほどかれる事はなかった。

 部屋に戻ると、私がハークハイトの袖を掴み後ろをくっついて歩いているのを見たユーリが、なぜだか必死に笑いを堪えていた。

 ハークハイトは少し外すと言ってどこかへ行ってしまい、私はユーリに案内され、元いた部屋に戻って来ていた。

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