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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
最終章

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281/284

最終話.新しいはじまり

「マオ、今日のご飯私が持って行っても良い?」

「あぁ。どうせナチも入り浸ってんだろ」

「記憶がなくても、やっぱり何かあるんだろうね」

『私も行く』

「うん。ハクも一緒に行こう」


 平穏な日常が戻ってから半年。

 メテルキアは秋を迎え始め、貧困に喘ぐ者たちの声は無くなった。

 薬草園の薬師たちを束ね研究に明け暮れるマオを尻目に、領主の右腕としてその辣腕を振るうハークハイトのおかげで、メテルキアの状況は目に見える形で回復して行った。

 もちろん、そこにはマオの研究の成果も大きかったけれど、ハークハイトなくしてこの回復はあり得なかっただろうと領主城で働く誰もが口を揃える。

 そして何より、安心して冬を迎えられるのは、フェリジヤで寒さや病気に強い作物や薬草の品種改良に積極的に取り組んでいるモリスやカスクのおかげでもある。


「紅葉が赤くなって来たね」

『狩りがはかどるな』

「ほどほどにしてよ。あんまり狩った魔獣を領主城に持ち込むとまたマオに怒られるよ」

『マオは本当にうるさい奴だ』


 だいぶ大きくなったハクを抱え、ダレンが用意してくれたおにぎりなどが入ったお弁当を手に秋めく夕方時の領主城の外を歩いていると、カサカサトタトタと枯葉を踏んで走る足音が聞こえて来た。


「カオたちもお散歩?」

「ワフッ!」


 お散歩と言うより運動の時間なのだろう。

 領主城で放し飼いのカオたちは自由気ままに走り、好きな場所で眠る。

 そして、時折その中にはスレイプの姿もある。


「夕飯の時間には小屋に戻りなよー」

「ワフッ」


 元気よく返事をして走り去るカオたちの姿を見送り、再び歩き出す。


「ジジ様? 何してるの?」


 しばらく歩いていると、木の上で横になっているジジ様の姿があった。


「シロ。お使いか?」

「うん。いつものやつ。ジジ様は?」

「読書だよ。ハクたちが手を離れて時間ができたから、領主城にある人の書物を読み漁っているんだ」

「何か面白い物はあった?」

「僕が森に籠っていた間のこの国の歴史書は興味深い。人間とは、かくも愚かな生き物だと思い知らされるが、同時に凄まじい成長をみせる」

「人間のこと、好きになれそう?」

「どうだかな。だが、シロをはじめ人間の中にも愛している存在ならいるさ」

「そっか」


 森にいた頃、ジジ様は日がな一日を穏やかに暮らしていた。

 けれど、それが楽しそうだったかと聞かれればわからない。

 メテルキアへ来たことがジジ様にとってどうなのか、その答えを聞くにはまだ早い気もするけど、毎日領主城の人間や薬師たちと話をしたり、人間の本を読んだりして森にいた頃より少し忙しそうにしている。


「そう言えば、トゥーイがまた手合わせして欲しいって言ってたよ」

「おや、またか。あれは懲りないな」

「騎士団長として腕を磨くにはジジ様が良い相手になるって」

「僕はだいぶ手加減をしていることを忘れないで欲しいね」

「ジジ様にもいい暇つぶしになるでしょ」

「……それは否定しない。それよりシロ、目と鼻の先とは言え夜道は危ない。早く行って暗くなる前には戻りなさい」

「うん」

「ハク、何あったらシロを守っておくれ」

『わかっている』


 ハクの返事を聞いてまた本へ視線を向けたジジ様の元を離れ、私は歩き出した。

 領主城の敷地を薬草園側とは反対方向へ進み、人気のない木々の中を抜け、ひっそりとたたずむ古い塔を目指す。


『いつ来てもおんぼろだな』

「かなり昔の建物らしいからね」


 見上げると、塔の小窓にユチの姿があった。

 ギィギィと音を立てる錆びついた扉を開け、外から差し込むわずかな光を頼りに階段を上がっていく。

 すると誰かの話し声が聞こえて来た。


「ナチ、やっぱりここにいた」

「僕はあんまり太陽が好きじゃないんだ。別に良いだろ」

「すっかりお気に入りの場所だね。ユチもそこが好きだね」

『ここからなら、領主城の様子がよく見えるわ』


 大きな手のひらに乗るナチも、窓辺で風に吹かれるユチも、動く気はなさそうだ。


「今日はシロが来てくれたのか」

「うん、お弁当持って来たよ。イリヤ、調子はどう?」

「問題ない。話し相手もいるしな」


 領主城の敷地内片隅にある、古い時代に作られた高位の貴族を投獄するための幽閉塔。

 そこには、王国騎士団からメテルキアへと引き渡されたイリヤがいる。

 ルーベンとマオとの話し合いで、イリヤについては無期投獄が決まった。

 けれど、投獄場所は王国騎士団の所持する監獄塔ではなく、故郷であるメテルキアでとなった。

 片腕、片足となったイリヤに逃亡の恐れはなく、魔封じの枷を施してはいるが、この幽閉塔の中では好きに動ける。

 マオなんて、時々研究の相談をしにここへ来ていることもある。

 こっそり義足や義手の開発もしてるみたいだし、マオが私のために一度捨てた研究はきっとこれからまた動き出して多くの人を救うのだろう。


「それよりシロ。腕はどうだ?」

「変わりないよ。ジジ様の手袋のおかげで何の不自由もないし。ただ、研究の方は難航中って感じ」

「そうか。歴代の先人たちが何人も立ち向かった研究だ。焦らずやるしかないな」

「そうだね」

「僕にできることがあればいつでも言ってくれ。償いとまではいかないが、シロのためにできることはなんでもする」


 そう言ったイリヤは、腕の中にいる全てを忘れてしまった友を撫でた。

 イリヤはきっと、ナチの分まで罪を背負うつもりなのだろう。

 だけど、これまでもこの先も、私はこの二人の罪を問うつもりは無い。

 ただ、それを言うときっとイリヤが苦しむから、私は彼の言葉を黙って受け入れる。


「……じゃぁ今度愚痴聞いて」

「愚痴?」

「仕事が忙しいって言って全然執務室から出てこないの!」

「あぁ、その話か……」


 頬を膨らます私を見て、イリヤは小さく笑った。


「いっつもそうなんだから! もうっ!」

「アリィも集中すると人の話聞いてないタイプだったからな」

「ねぇ、今度アリーナの話も聞かせて」

「時間がある時にな」

「やった!」

『シロ。噂をすればあなたの騎士が迎えに来たみたいですよ』

「迎え?」


 私を呼ぶユチの方へ視線を向けると、外はすっかり薄暗くなっていた。


「シロ、もう行きなさい。マオたちが心配する」

「うん。また来るね」

「あぁ。食事、ありがとう」

「ナチとユチも遅くならない内に帰っておいでよ。行こう、ハク」


 私は、イリヤに別れを告げ幽閉塔を下った。

 外へ出ると、珍しくハークハイトが一人で立っていた。


「ハークハイト、どうしたの?」

「君が帰って来ないとダレンが執務室に乗り込んできたのだ」


 領主城の使用人として働くダレンは、少し心配性な面がある。

 そして、マオ以上に、ハークハイトに物申せる貴重な人材だ。


「ユーリとザビは?」

「ツィーニャやナザロと騎士団で手合わせをしている。ついでにカオたちも一緒だ」

「それでハークハイトが来てくれたんだね」

『私がいるのだからお前など来なくても問題はない』

「シロに抱えられている様な神獣じゃ心許ないから私が駆り出されるのだ」

『減らず口を……!』

「ハク、ガルガルしないの。ハークハイトも煽らないで」


 ハクとハークハイト。大好きな二人と暮らせるのは嬉しいが、なぜかこの二人は仲が悪い。


「話してる間にすっかり真っ暗だね」

「君が早く帰って来ないからだろう」

「ごめんって」

「さっさと帰るぞ。我々の家へ」

「うん!」


 暗闇の中帰路へ着くと、ハークハイトはその手に小さく火を灯した。


「お仕事まだ忙しいの?」

「しばらくは続くだろうな」

「そんなに仕事ばっかじゃフェリジヤと変わらないじゃん……」

「あの頃と今では大きく違う」

「一緒だよ。ハークハイト、全然執務室から出てこないし」


 そう言って私が唇を尖らせると、ハークハイトはふっと笑った。


「仕方ないだろう。君との研究のために時間を作ろうと思うと、仕事を前倒しで片付けるしかないんだ。文句があるなら本当に何も仕事をしてくれない叔父上に言ってくれ」

「マオにそう言うのは無理だよ。それより、研究の時間って……?」

「私が何のためにメテルキアへ来たと思っている。君と、学問の道を邁進すると言う夢を叶えるためだ」

「……そうなの?」


 総合的な条件や状況を加味した結果だと思ってた……。


「存外、君が思っているより私は欲深い」


 暗闇に光る小さな灯の中で、ハークハイトは悪戯な笑みで口角を上げた。


「だから、もう少し待っていてくれ」


 そして、その左手が私の頭部を優しく撫でた。

 大きくなって以前より顔の距離が近くなったせいか、その笑みと手に妙な緊張感が走る。


「おーいたいた」

「おかえりなさいっす!」


 ハークハイトの言葉にひとり声を詰まらせていると、ユーリとザビの声が聞こえて来た。


「手合わせ終わったから迎えに来てやったぞー」

「主、カンテラくらい持って行ってください」

「灯りなら魔法で十分だ」

「シロ用ですよ」


 まったくと言いながら、ザビがカンテラを持つ腕を下ろし足元を照らしてくれる。


「ありがとう、ザビ」

「んじゃぁ俺はザビ用に火を灯してやるか」

「あざっす」


 ユーリが手に火を灯し、夜にしては随分明るくなった空間を、私たちは歩き出した。


「帰ろう、みんなの家に」


 この道の先に、どんな未来が待っているのか私たちはまだ知らない。

 けど、居場所は変わっても変わらない確かなものが私たちにはある。

 

「おかえり、シロ」

「ただいま、ジジ様」

「戻ったかー、シロ」

「マオ、もうご飯になるから資料しまって来てよ」

「ガウガウッ!」

「カオたちもご飯にしよう」

『シロ、その前に手を洗え』

「はーい」


 あの日偶然に始まった物語は、形を変え新しい歯車によってまた動き出す。

 生きていくんだ。新しい日々を。

 かけがえのない家族と一緒に、この場所で――。

無事、完結です! いかがだったでしょうか?

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

ひとえに、読者の皆様のおかげで走り切ることができました。

感無量と言う言葉を、まさに体感しております。

気が向いたら番外編的なものを書こうかなと思っておりますので、

このキャラの話書いて欲しいなどリクエストありましたらお願いします。

(書けるかの保証はできませんが……!)


最後まで読んだついでに、いいねがまだの方は好きな話や印象に残っている話にいいねをしていただけると今後の参考になりますのでぜひお願いいたします。

もしろん、全話押して下さってもOKです!笑

作者の今後の糧になります!

気が向きましたら、ぜひ感想や評価などもお待ちしております(優し目でお願いします笑)。


では、ここまで読んでいただき本当に、本ッッッ当にありがとうございました!

またどこか(できれば次回作)でお会いできますことを願っております。

文祈 奏人

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