回想.白皮の子Ⅵ
※ナチ視点
僕がユチの魔石を持って辿り着いた場所は、研究所の近くだったらしく、偶然通りかかったイリヤが僕を見つけて手当てをしてくれたらしい。
イリヤは、神獣の立派な魔石を僕から奪うでもなく、眠っている僕のそばに置いておいてくれた。
「人間は、魔石を道具にするんじゃないのか?」
「まぁ、そう言うこともするけど、それは君にとって大切な物なんだろ? あれだけ傷だらけだって言うのに、それだけは握り込んでなかなか離さなかったからね。大事な物を失う痛みなら、僕にもわかる」
そう話すイリヤは、どこかロクと同じ目をしていた。
それから、怪我が治るまでイリヤは僕を研究所に置いてくれた。
時折、独り言の様に話すイリヤの過去の話はどこか僕と重なるものがあって、気付けば僕も自分の過去をイリヤに語っていた。
そして、僕らはお互いの話をする間に、自分たちの大事な存在を奪ったのが王宮だと言う共通認識を持った。
イリヤの両親や領地を奪ったのは王宮で、僕からユチを奪ったのも薬草園を閉鎖し適切に管理しなかった王宮のせい。
ロクだって、王宮が国内の隅々まで目を光らせていたら、あんな結果にはならなかったはずだ。
「渡り鳥の飛来については、アリィも調べてくれてたからほぼ間違いないね」
「そうか。ここの人間は、他の場所に逃げようとは思わないのか?」
「もちろん、逃げ出す人間もいるさ。だけど、一部の貴族は何とかなっても、それ以外の貴族や平民に領地を越えて住む場所なんてない」
みんなここで野垂れ死ぬんだというイリヤは、強く拳を握っていた。
「ザクシュルやフェリジヤだって、さんざん父に助けられたはずなのに手のひらを返した……! もう、僕らに生き残る道なんてないんだ!」
どこへ行っても同じなんだな……。
イリヤと会って僕が知ったのは、この世界に対する絶望だったように思う。
こんな世界に、いったいどんな意味があるのだろう。
それから、怪我がだいぶ治った僕は、研究所の中を探索する様になった。
イリヤ以外の研究所の人間たちは、僕を神獣と勘違いしている様だったけど、話す義理もないので訂正はしなかった。
そして、色々と見て回る内に、イリヤたちがここで何をしようとしているのか、大体察しがついた。
「イリヤ様、今日の報告書です」
「成功率は一割未満か……」
「申し訳ありません。マオ様の様にはいかなくて……」
「いや、君たちが謝ることじゃない。僕らは、マオの数段上のことをしようとしているんだ。地道に研究を続けよう」
イリヤの部屋に報告書を持って来た人間が出て行くのを見計らい、僕はイリヤが目を通している資料を見た。
「……魔力不足だ」
「え……?」
資料の中身は、人造兵器作成に関する報告だった。
僕はつい昨日地下に行って実験室の外からその作成過程を見ていた。
だからわかる。あれは、圧倒的に魔力が足りなくて魔石へ還るのだと。
「小型の魔獣の組み合わせの方が生存率が高いのもそのせいだ。大型になれば魔力消費は跳ね上がる」
「ナチ、どうしてそんなこと……」
「魔獣なら誰でもわかることだ。それより、最も魔力循環の効率が良いのは、神獣、そしてその血を引く子どもの上位種、次に人間だ。核を人間にして、魔力燃料として上位種の魔石でも手に入れれば成功率は高くなるはずだ」
「人間を……」
「どうせ滅ぼすのだから、人間を切り刻んだって同じだろう」
魔獣をあれほど切り刻んでいると言うのに、人間を切り刻むのには抵抗があるのか、イリヤは少し躊躇いを見せた。
だが――。
「探してみるよ」
そう言って、すぐに部屋を出て行った。
そして僕も、研究所を出て神獣の子どもを攫いに出かけた。
大人の魔獣には追いかけられっぱなしだけれど、子どもなら僕でもなんとかなる。
長年逃げ回っていた僕はそれなりに隠れるのが得意だ。誰も襲ってこないと思っている神獣の目をかいくぐるのは逆に難しくはなかった。
半年ほどかけて、神獣三体の居場所を調べそれぞれの子どもを攫った。
砕覇も使いこなせる様になっていたため、気絶させてから運んだ。途中からは研究所の人間も運ぶのを手伝ってくれたため、思ったより上手くいった。
「ナチ、おかえり。また神獣の元へ行っていたのかい?」
「あぁ。収穫は上々だ」
「これで、三神獣の子どもが揃ったね」
「人間が手に入るまで、死なない様にちゃんと見張っておけ」
初めて王の子どもを攫って来た日、僕はイリヤたちの計画に乗ることを宣言した。
復讐のため、国を、世界を滅ぼすことは遂行させるべき計画だと思ったから。
ロクを奪った人間たちも、ユチを奪った人間や王宮も、全て無に帰れば良い……。
それから程なくして、研究所の近くを流れる川の下流で、入水自殺を図った人間の男女が見つかった。
どちらも仮死状態で手を施しても助からないだろうとなり、イリヤが実験に踏み切った。
だが、神獣の血を引く魔獣と言ってもまだ成長過程の子ども。
四肢を合成獣として使い、身体の魔石を燃料として使っても、一体を持たせるのが限界だった。
「もう一人は諦めるか……」
「これを使え」
僕はそう言って、この半年度々イリヤの元へと置いてきぼりにしたユチの魔石を差し出した。
手放すことに葛藤がなかった訳じゃない。だけど、それ以上にユチの魔石があることで深まる罪悪感と孤独に耐えきれなかった。
僕だけが生き残ったと言う罪悪感と、世界を壊そうとする僕をユチやロクがどう思うだろうと言う想像から逃げたかった。
特にユチは、この世界のことが好きだったから……。
「え? でも、それは君の大切な……」
「僕が計画に乗るのは、ユチのためでもある。ユチもきっと許してくれる」
そうして生まれたのが、ノアの両親となる二体の合成獣だった。
そして、それが僕らの未来を大きく動かした。
神獣の魔石を使った合成獣はこれまでにない程の成功を見せた。
神獣の子どもたちで作られたオスの方は、半年程度で死んでしまったが、それでも数日しか持たなかったこれまでの個体と比べれば素晴らしい成果だし、ユチの魔石で作ったメスは命が尽きる気配すらなかった。
だが、様子がおかしくなったのは、それから十カ月と少しの時が経ってからだった。
「た、大変です! 合成獣が産気づきました……!」
ノックもおざなりにイリヤの部屋へと飛び込んできた研究者が、緊急事態を告げた。
「産気づいたとはどういうことだ!」
「それが、急に苦しみ初めて……」
「妊娠の兆候などなかっただろう!」
「腹囲の膨張自体は確認していたのですが、妊娠と言う程ではなく……」
研究者たちによって管理、監視されていた合成獣を僕らが見に行くことはほとんどなかった。
僕とイリヤは、この合成獣の成功を持って次にどう繋げるかを話し合っていたからだ。
合成獣のその後の経過のみを聞いていた僕らが妊娠の兆候に気付くはずもなく、まさに寝耳に水だった。
「ナチ、一体何がどうなって……」
「さてな。川に身を投げた時にはもう腹に宿していたのかも知れないな」
それから、実験室で突然の出産が始まり、イリヤが子どもを取り上げた。
産婆の経験なんてないと言いながら、目の前に迫ったらやってのけるのだか、ら薬草園を運営する領主の息子として、腕は良いのだろう。
「ナ、ナチ! 見てくれ!」
取り上げた子どもを興奮した様子で見せるイリヤは、額に汗を浮かべ、瞳は少し潤んでいた。
「まさか合成獣から子どもが生まれるなんてな……」
「見た目はどう見ても人間の子どもだけど……気になるのはこの髪の色だね」
「両親は黒髪だったと言うのに、白い髪か……。わずかだが、王の魔力も感じる」
「魔力が遺伝したのかな?」
「いや、力そのものがこの子どもに移ったのだろう。母親からは気配が消えてる」
ひとしきり泣いた赤子は、その後イリヤの腕の中ですやすやと眠った。
そして、赤子が生まれてしばらくすると、その役目を終えたかの様に母親の合成獣は死んだ。
最初こそ、育てるべきか悩んでいたイリヤだったが、ミルクをあげおむつを替え、三日もすれば手放せなくなっていた。
僕も、あやしてやると安心した様に眠る、目の前の小さな命を捨てて来いとは言えなくなっていた。
「ノア。ミルクの時間だよ」
「うーあー」
それから、彼女はいつの間にか研究所の人間たちに両親の実験番号から取った名称で「ノア」と呼ばれるようになり、イリヤと僕はことさらに彼女を可愛がった。




