189.決着
「あぁ! 盾がっ!」
複数張ったはずの盾が砕けたことに狼狽えるデリアルの声が響いた。
「気を抜くな! 砕覇が来るぞ!」
だが、デリアルの動揺をかき消す様にトゥーイの声がすぐに重なった。
「お前たち人間に防げるものではない!」
そして、トゥーイの言葉通りすぐにナチの砕覇がみんなに襲い掛かった。
「くっ……!」
「トゥーイ! ツィーニャ!」
「大、丈夫だ……」
「問題、ありません……!」
強い砕覇による風が治まり目を開けると、デリアルたち王宮組は倒れていて、トゥーイとツィーニャがなんとか持ちこたえている状態だった。
その光景はまるで王宮の時と同じ様で、私はこの後の展開が怖くなった。
だが、その時――。
「天風!」
「万火!」
ユーリとナザロの声が響き、ナチの左右から魔法攻撃が飛んできた。
二手に分かれたユーリとナザロがナチに攻撃を当て、気を逸らしている間にトゥーイたちが風の盾を張るために詠唱を始めた。
デリアルたちの盾が壊された際の第二作戦だ。
「時間稼ぎか」
けれど、瘴気で壁を作るナチに魔法攻撃が当たることはなく、砕覇を受けたトゥーイたちの盾も盤石とは言えない。
「ノア、もう一度ここにいる全員を瘴気に鎮めることもできるのだぞ」
それが嫌なら自ら戻って来い。
そう言っている様なナチの言葉に、私は無意識に左足を引いた。
「それとも、実験の日々に戻るか?」
――ノア、実験の時間だ。
あの日々に戻る……?
それだけは……。
「シロ、耳を貸すな」
「ハークハイト……」
ナチの言葉に臆した私の気持ちを察したのか、ハークハイトは私の背中にそっと左手を添えた。
「約束を忘れるな」
――何があっても、私が君を守ると誓おう。
「君に誓った約束を違えることはない」
そう言ったハークハイトは、右手を上空に振り上げ弓矢の矢だけをいくつも顕現させた。
「人間。お前、その魔力どこで……!」
「私がシロの魔力を纏っているのがそれほど不思議か?」
「それは、ユチの魔力だ! 人間如きが手に入れて良い力ではない!」
「ふざけたことを言うな。これはお前たちがシロを追いつめ、ドルトディートなどと言うくだらん賊を寄こした結果。お前たちの自業自得だ」
ナチを前に冷静なハークハイトとは裏腹に、神獣の力を宿したハークハイトを見てナチは酷く怒りを滲ませた。
「何を訳の分からないことを!」
「お前に理解してもらおうなどとは思っていない」
「人間……! よくも……!」
ハークハイトの言葉にナチの瘴気がどんどん溢れ出していく。
「もう王宮の時の様にはいかないぞ、鴉」
「ノアを……ユチを返せ! 人間がぁぁぁぁ!」
「もう二度とお前たちの手にシロが落ちることはない!」
ナチの怒りが爆発し、再び砕覇が放たれると、トゥーイたちが張った渾身の風の盾がめりめりと音を立てた。
「ハークハイト殿! 盾が持たないぞ!」
「あと数秒で構いません! シロ、詠唱を!」
私に詠唱を唱えろと言うのと同時に、ハークハイトは上空に上げた右手を振り下ろした。
「何物にも臆するな。君は、薬師として彼らを安寧に導いてくれ」
「わかった」
ハークハイトの手から放たれた矢は、弓を射ってもいないのにハークハイトの意のままにナチへ向かって飛んで行った。
凄まじい速さの矢を躱しながら瘴気を落とすナチに、ハークハイトの矢はその身を追いながらも瘴気を浄化して進んだ。
「いらえ 血の盟約を結びし者よ」
――お願い。みんな、もうやめて……。
砕覇や魔力の塊が飛び交う中、私はハークハイトの言葉を信じ意識を合成獣たちへと集中させた。
――人間が憎い!
――殺せ!
――一人残らず……!
逆流する様に入って来る合成獣たちの声はとても大きく、私の心を支配していく。
でも、大丈夫。
私は、隣に立つハークハイトの服を握った。
――その命は、私が必ず在るべき場所に還してあげるから。
合成獣たちの感情は、人間に向けられたものだけど、そうじゃない。
あれは、研究に使われた時の強い恐怖と悲しみ。
「今一度 我が声に応えよ」
そして、ユチの力を持つ私に向けられた助けを呼ぶ声。
「ノア! 何を――!」
「お前の相手は私だ!」
私が合成獣を止めようとしていることに気付いたナチがハークハイトの矢を躱し、全速力でこっちに向かってくるのが見えた。
だけど、私はもうナチに後退りすることはない。
「ノアァァァァ!」
ナチの砕覇で風の盾が砕け散り、その爪が私へと届こうとした時、魔力の剣が迫りくる攻撃を受け止めた。
「全軍止まれ その怒りと悲しみを鎮め 眠りの時を待て」
私を全力で止めようとするナチの叫びが響く中、合成獣たちへの言葉を言い終えると心なしか周囲の音が静かになった様な気がした。
そして、逆流していた合成獣たちの声が聞こえてこなくなった。
「お前たちの負けだ、鴉!」
「まだだ! イリヤ!」
だが、ナチがイリヤを呼んでも、返事はなかった。
マオと対峙していたはずのイリヤへ視線を向けると、イリヤは下肢を投げ出し上体を壁に寄りかからせ、自分を見下ろしたまま立っているマオを見つめていた。
その光景が異様だったのは、さっきまであったはずのイリヤの右手と左足が無くなっていたからだ。
「ナチ……すま、ない……!」
「チッ!」
イリヤの姿を見て、舌打ちをしたナチはハークハイトの剣を蹴り上げ距離をとった。
だけど、ハークハイトは追撃を止めはしなかった。
「ザビウス!」
「はっ!」
ナチがハークハイトから距離をとったその刹那、ザビが短剣を屋根の上からナチへと投げた。
突然上空から投げられた短剣に、ナチは身体をひるがえす。
「ユーリ! ナザロ!」
「わかってる!」
「はい!」
ザビの短剣を避けることをわかっていたかの様に、今度はユーリに指示を出すとユーリとナザロが大量の火魔法を上空からナチへと浴びせた。
だけど、障壁のあるナチに魔法攻撃が通じるはずもなかった。
それでも、王宮で見た時の様に、瘴気の壁には限界があるのかナチはさらに低空飛行になりまるで導かれる様にハークハイトの方へと飛んできていた。
「魔法など私には効かぬ!」
「では私ともう一度手合わせ願おう」
「お前の魔力の剣などで私に敵うものか!」
そう言って、瘴気を強め突っ込んでくるナチにハークハイトが剣を構え、二人は激突した――。
「きゃぁ!」
「シロさん!」
ナチとハークハイトがぶつかったことで巻き起こった風に身体が浮き、飛ばされそうになると、ツィーニャが私を風から庇ってくれた。
「怪我はないですか?」
「うん。ありがとう、ツィーニャ」
酷い爆風にしばらく目を細め、ナチとハークハイトがどうなかったのかわからないまま土煙が治まるのを待つと、そこには交差したまま動かない二人の影が見えた。
「ハークハイト!」
無事だろうかと変な汗が背を伝ったその時、ナチの瘴気に飲まれたハークハイトの右手がナチの翼に何かを突き刺しているのが見えた。
そして、ハークハイトが右手を引き抜くと、ナチはシュウシュウと煙を上げ地面へと落ちた。
「お前の負けだ、鴉」
「たかだか翼如きで、私を止められるものか」
「飛べないお前に何ができる」
たたむことすらできないのか、左の翼を広げたまま地面に投げ出しているナチは、それでも起き上がろうと右の翼を羽ばたかせた。
翼から出ている煙と、床に転がる薬瓶を見るに、きっとハークハイトは瘴気を浄化する薬を剣に纏わせ翼に突き刺したのだろう。
魔力の剣ならば障壁を抜けないとナチは思ったのだろうけど、ハークハイトの手には実態のある短剣が握られていた。
ハークハイトのことだから、短剣に魔力を纏わせて魔力の剣にでも見せかけたのだろう。
「ナチ、もうやめて。ユチが悲しむよ」
「ノア……。お前に、何がわかる……!」
「ユチがこんなこと望んでないことくらい、わかるよ!」
「こんなところで、終われないのだ……私は……!」
「ナチ!」
「黙れっ!」
ナチは怒りからなのか、その身体を震わせさらに瘴気を強めた。
「ユチは死んだ! お前たち人間に殺されて!」
「ユチが人に……?」
「許さない……! 私を排除し続けたこの世界も! ただひとつの居場所だったユチを奪った人間たちも!」
私はその時、ナチの中にある何かがとんでもない勢いで増殖していくのを感じた。
「――絶対に許さない!」
「いけない! みんな、逃げてっ――!」
そして、振り向いてみんなへとそう伝えたその瞬間、大量の瘴気が一気に爆発した。




