回想.全ての始まりⅣ
それからルーハ殿には、部屋へ戻る様に催眠をかけた。
全てはこれで終わった。そう思った。
だが、私の心は晴れないままだった。
「レヴィ殿、おはようございます」
「おはよう、ルーハ殿」
翌日、彼はまるで何もなかったかの様に私の前に現れた。
私がそう仕向けたのだから当たり前だろう。だが……。
「レヴィ殿、ちゃんと食べていますか? 魔力が枯渇気味なのではありませんか?」
彼に言葉をかけられるたび、忘れたふりをしているだけなのではないかと猜疑心に苛まれた。
「ルーハ様。薬室の方にメテルキアから小包と手紙が届いていますよ」
「ありがとう。後で取りに行くから置いておいてくれ」
本当は私やローズを捕らえるために、メテルキアと連絡を取り次の一手を考えているのではないか……?
エシオン様ももう、それを知っているのではないか……?
それから、誰も彼もを疑う日々は、とても耐えられたものではなかった。
「レヴィ殿!」
親し気に私を呼ぶ彼さえいなければ――。
秘密を知る者がいなければ、私は楽になれる――。
そんな気持ちが日々募って行った。
「ルーハ殿、この後君の部屋で少し話せないか?」
「はい」
私は再びロードコドルでルーハ殿に催眠をかけ、グーシャの精霊の使い方について知る者を聞き出した。
彼は、グーシャを知る薬師はメテルキアに何人もいるが、精霊の使い方について知るのはディミトリー様と、その奥様くらいだろうと話した。
追加の詮索で、ローズのことをディミトリー様に言っていないのは本当の様だったが、その使い道を知っている以上、領主夫妻にも消えてもらおうと私は決めた。
「ありがとう、ルーハ殿。君は、部屋を出たら、いつも通り仕事へ戻ってくれ」
「はい……」
それから、私はルーハ殿のいなくなった彼の部屋で、彼をこれから起きる事件の犯人に仕立て上げるべく動いた。
ディミトリー様からルーハ殿へ送られた手紙を彼の部屋で見つけたので、それを燃やしごみ箱へと捨て、少量のグーシャを一緒に捨てておいた。
昼食の時間になり、国王エシオン様の元へ運ばれる食事にメテルキアの固有種であるグーシャを盛った。もちろん、死なない程度に。
そして、倒れたエシオン様を治療し、その間に薬師たちと食事を調べ犯人捜しをした。
その中には、事態を聞きつけたルーハ殿もいたが、まさか自分が犯人になるとは微塵も思っていなかっただろう。
だが、それから食事に盛られた毒物の解明が王宮内の薬師によって徹底的に進められ、毒物はメテルキア固有種であるグーシャだと判明した。
それがグーシャの毒であると言い出したのが、メテルキア出身の薬師なのだから皮肉なものだ。
「王宮内のメテルキア出身の者を全員集めろ。身体検査、並びに部屋の捜査を行う!」
そこからは、騎士団によってメテルキア出身の者たちの身体検査や部屋の捜査が行われ、見事ルーハ殿の私室のごみ箱へとたどり着いてくれた。
「待ってください! 私は王に毒など持っていません!」
「話を伺いますから、一度我々と来てください」
王国騎士団に連れて行かれる彼を見送り、私はエシオン様の元へと向かった。
――コンコンコン。
「失礼致します。陛下、その後お加減いかがですか」
部屋に入ると、エシオン様の見舞いにエイダ様が来ていた。
「だいぶ楽になった」
「レヴィ、犯人はわかったの?」
「えぇ、エイダ様。メテルキア出身の薬師ルーハ殿の部屋を調べたところ、領主ディミトリー様からの手紙と共に陛下に使われた毒物が出て来たとのことです」
「なんだと……!」
「そんなっ!」
誰が見ても真面目で良き臣下だったルーハ殿と、反旗を翻すにはあまりにもリスクのある領主という立場の人間の名前が出てきたことで二人は驚愕の表情を浮かべていた。
「エイダ様。時期薬師長候補として名の上がっていたルーハ殿が犯人となれば王宮の薬師たちにも動揺が広がります。少し陛下と二人でお話がしたいのですが、よろしいですか?」
「えぇ、もちろんよ。薬師長が退任のタイミングでこんなことになるなんて……。レヴィ、陛下と薬師たちを頼みますよ」
「はい」
動揺を見せていたエイダ様だったが、すぐに席を外してくれた。
そして、二人きりになった部屋で私はロードコドルを使った。
「あなたを暗殺しようとした奴らを処刑するのです。言い訳など並べる間もなく、すぐに!」
「殺す……。だが……」
ルーハ殿の時と違い、しばらくロードコドルの催眠に抵抗を見せたエシオン様だったが、直に催眠が聞き始めた。
「危険な領主を生むメテルキアの根幹の事業である薬草園は閉鎖。資料は全て国が回収の上管理」
「薬草園は閉鎖……資料は回収……」
ローズに迫る影が、今後二度と現れないよう、私は徹底した。
グーシャを研究していた薬師たちが、その使用方法に気付かないよう。誰も真実へとたどり着けないよう。
ディミトリー様のご子息であるイリヤ様は、薬学の研究からは距離を置いていると言うし、アリーナ様はフェリジヤ領主との子を身ごもったために領主候補から外れ、今は生まれた子どもとひっそり暮らしていると聞く。
残るモルト様は、領主には一番向いていない性格で、領内を放浪していると聞くし大丈夫だろう。
メテルキアを今よりもっと絶対に発展させる三人だとルーハ殿が信頼していた三人だが、蓋を開ければこんなものだ。
だが安心してくれ、ルーハ殿。
メテルキアの分まで私が王宮で功績を上げよう。私が王宮から出ることはローズがいる限りないだろうが、ここでできることはしよう。
「陛下。最後にこの魔石に魔力を込めてください」
「魔力……」
「これから、あなたには定期的に魔力を分けていただきます」
王族は国内随一の魔力持ち集団だと言われるが、魔力を使う機会はそう多くない。
どうせ使われない魔力ならば、あなたの愛する民のために分けてくれ。
私が生きて、ローズを救うために――。
そこからの展開は誰もが知るところだろう。
王国騎士団に捕らえられたメテルキア領主夫妻とルーハ殿は、国王暗殺未遂と言う大きな事件を起こした犯人と言うことで処刑された。
領主夫妻もルーハ殿も、最後まで無実を訴えていたが、確固たる証拠が出てきているために誰も耳を貸さなかった。
その後、領主ぐるみの犯行と言うことで、メテルキアへはしばらく王宮から代理領主を派遣することに決まった。
私にとって予想外だったのは、メテルキアの貴族たちが揃って領主の無実を訴え、代理領主の言うことを聞かず散り散りになったことだった。
そして、長年平和を維持して来たこの国に突如起きた大罪に、嫌悪感を示し領地から撤退する商人たちが後を絶たなかったことだ。
見る見る間に衰退していくメテルキアだったが、私にはとても都合が良かった。
本当に神の思し召しなのではないかと思う程、事は上手く行き、二十年ローズにたどり着く者は誰一人出てこなかった。
***
「これが全てだ」
二十年前の事件について語り終えると、そこにいる誰もが悲痛な面持ちをしていた。
頭巾で顔の見えないただ一人の子どもを除いて――。
「メテルキアで感染症が流行ったのに薬師を派遣しなかったのは、そのまま弱体化すれば良いと思ったから?」
「そうだ」
誰もが口を開くのをためらう空気の中、彼女は落ち着き払った声でそう私に問いかけた。
そして、私の返答に彼女の拳は強く握られ震えていた。
「……あなたは、命を何だと思ってるの?」
ひんやりとした空気を纏った彼女の瞳が、頭巾の奥でキッと私に向けられた瞬間、バリンと何かが砕ける音がして、暴風と共に膨大な魔力が王宮内を駆け抜けた。
私は、空気さえ圧迫させそうなその魔力に一瞬息ができなくなった。
「かはっ……!」
「あなたの身勝手で、どれだけの人が死んだと思うの?」
だが、その次の刹那には、私は本当に息ができなくなっていた。
どこからともなく生えた植物のツタが私の首に巻き付いていたのだ。
「ぐぅ……っ!」
いったい何が?
何が起きているのだと、苦しさに喘ぎながらもその魔力の生まれている方を見て、私は絶望した。
なぜ、ここに……! 人の姿をして私を罰しに来たとでも言うのか、神獣――……!




