16.ハークハイトの先生
ガンフと手を繋ぎ、ハークハイトたちを出迎えに正門へ向かうと東の村から戻ってきた隊が集合していた。
私はハークハイトよりも、ハークハイトの乗っていた艶のある黒い馬が気になって馬の前方へ移動した。
「ハークハイト様」
「ガンフ……なぜあなたがここに? それと、その呼び方、やめて下さい」
「相変わらず怒りっぽいな、君は。騎士団から領主へ薬師の要請があったんだよ。それでルキ様がついでに様子を見てこいって僕を遣わしたのさ。僕が来た時にはもう患者さんいなかったんだけどね」
馬から降りたハークハイトとガンフが何やら喋っている。
「こんにちは」
私がハークハイトの馬の顔の横へ来て挨拶をすると、馬は顔を寄せてくれた。
私が鼻先に手の甲を出すとクンクンと匂いを嗅いで、顔を私へすり寄せる。
「ふふっ、くすぐったい」
首元を撫でてあげるととても嬉しそうにしてる。
人が飼ってるくらいだから人に敵対しないとはわかっていても、森には馬はいなかったから新鮮な気分だ。
「やぁ、シロ」
「ラインハルト!」
馬と遊んでいると、ラインハルトが他の馬を引き連れて声をかけて来た。
ラインハルトは、処置室に運ばれて来ていた先発隊の一人だ。
「身体は平気?」
「もうすっかり大丈夫だよ。むしろなんだか普段より調子が良いくらいだ。シロのおかげだな」
「それなら良かった。それよりその子達どこに連れて行くの?」
「厩だよ。スレイプも連れて行こうかと寄ったんだけど、スレイプは随分シロを気に入ってるんだな」
「スレイプ?」
「この馬、ハークハイト様の愛馬の名前だよ」
ハークハイトの乗っていた馬はスレイプと言うらしい。私が、スレイプ、と名前を呼ぶとブルッと返事をした。
「足は早いし、とても賢い馬なんだけど、なかなか人には懐かなくてハークハイト様くらいしか乗りこなせないんだよ。だからシロに懐いてるの見て驚いたよ」
「そうなんだ」
馬だからと言って誰でも人を乗せてくれるわけじゃないんだな。私も馬乗ってみたいな。
「シロ」
私がスレイプと戯れていると、ポンと肩に手が置かれた。
「君には聞きたいことが山ほどあるんだが?」
「え……?」
振り向くと、見たことのない笑顔を浮かべたハークハイトがいた。
「ハークハイト、どうしたの? 目が怖いよ……」
「どうしたもこうしたもない。目の前の問題児をどうしようかと思案しているだけだ」
「え、え?」
完全に目が笑ってない……。
来なさい、と俵抱きにされた私はなす術なく連行されて行く。
ラインハルトには哀れなものを見る目で手を振られ、遠ざかる景色の中にいたザビはなぜか顔の前で両手を合わせていた。
執務室へ連れられ椅子に降ろされる。
執務室にはハークハイトとガンフと私。
ガンフに助けを求めると、親指を立ててニカッとされた。
「シロ」
「はひっ!」
名前を呼ばれ意味もなく緊張感が走る。
「色々言いたい所だが、実際のところ君の迅速な判断と対応のおかげで村人も我々も助かった。礼を言う」
「う、うん」
「だが、それとこれとは話が別だ」
魔狼たちに大好きなホットサンドを全部食べられた時のマオと同じオーラを醸して、ハークハイトは両肘をつき指を組んだ。
「まず、この魔法陣はなんだ? 風の盾の術式に混じり拡大術式が入っていた。森ではこんな物を使う生活をしていたのか?」
「拡大術式? ……これは、大切なものを守るための魔法陣だって教えてもらったの。森では一度も使ったことないけど」
「使ったことのないものを渡したのか?」
「使えなかった?」
「そう言うことではない……」
一枚で村を覆う結界を張り、空気諸共浄化されたらしい。それの何が問題なんだろう?
「そんなもの使って、魔力切れにならなかったのか?」
「それが、驚くほど持ちが良いんですよ。恐らくこのフェイクと思われるものの中に複数の補助術式が組まれているんじゃないかと」
「こりゃまた凄いな」
残っていた魔法陣の紙をハークハイトがガンフに見せた。
「それと、あの勝手に作っていた薬はなんだ?」
「裏庭でとれたから……必要な物を揃えた余りで……」
処置室の在庫を見つつも、余ったものをちまちま集めては薬を作っていたのでこれに関しては何も言えない。
「薬室にも色々置いてあったもんな。でもそのおかげで助かったんなら、シロを責めるのは可哀想じゃないか?」
「シロはまだ子どもです。万が一何かあったら……」
「ハークハイト、シロは見た目は子どもだけど立派な薬師だ。私よりも余程腕が立つ、な。それはお前さんもわかっているんだろう?」
「シロの知識は危険です。もし外に情報が漏れたら!」
「確かに、貴族に狙われる可能性も出てくる。だが、それは教えることであって責めることではないよ」
ガンフの言葉にハークハイトは、言葉を呑み込み諦めたようにため息をついた。
「それともう一つ。タイマス茶まではまだ良い、あのクッキーはなんだ?」
「薬効クッキー? ザビと作ったの」
「そうじゃない。なぜ薬と一緒に入れたのかと聞いているんだ」
「幼虫とは言っても魔蛾の瘴気に当てられたなら使えるかと思って。効かなかった?」
「……効きすぎなのが問題だ。君が独自に作ったものは色々問題があるとこの前説明したばかりだろう。私に見せるか自重するかしてくれ」
「ハークハイトが確認すると思ったから大丈夫と思ったの」
良かれと思ってやっていたことは、なんだか色々失敗したようだ。
「ハークハイト、そう怒るな」
「別に怒ってませんよ」
「そんなに眉間に深い皺を作って、怖い顔をしていたら誰だって怒ってると思うだろうよ。だいたい、一人で勝手に薬品混ぜたり薬作ったりして、毒に当たるわ爆発させるわしてたのはお前さんだろう」
「先生、今その話は……」
「先生?」
ハークハイトがガンフのことを先生と呼んだことに首を傾げると、ハークハイトに薬学を教えたのは僕なんだよ、とガンフが教えてくれた。
「ハークハイトがシロと同じくらい小さかった頃の話だよ。ハークハイトには手をやかされたもんだ」
ガンフは何かを懐かしむように目を細めた。
「シロを見てるとあの頃を思い出す。ま、シロのように素直ではないし、可愛げもなかったけどな!」
あはははとガンフは声を出して笑い、やめてくださいとハークハイトが苦い顔をする。
ハークハイトのこんな顔は初めて見た気がする。
「ルキ様が何やら心配していたが、大丈夫そうで安心した。シロに振り回されるハークハイトも見られて面白かったし」
「この状況の何を見てそう言っているんですか。それより先生、あなたまた花の匂いがしますよ。爪も黒いし。薬草園に篭るの暫く控えてください。あなたが倒れたら、誰が兄上の世話をするのですか」
「それならシロが薬をくれたから大丈夫だよ」
「シロが?」
「一時的って言ったでしょ。ハークハイトの言うように狭い所に篭るのは、暫くはやめた方がいいよ」
「善処しよう」
「全くあなたと言う人は……」
魔素濃度が濃い場所に人の身体の方が適応していく場合もあるし、マオとは違ってガンフの症状は緩やかなものだろう。
また折を見てハークハイトに確認をとってもらえばいい。
「ところでハークハイト。鱗粉蛾の幼虫が原因だったとしても村一つがダメになるほどの被害が出たのはおかしくないか?」
「女王蛾の誕生が関わっていたんですよ。私も見たのは初めてでしたが」
「女王蛾の再来か……。にしても前回の女王蛾が誕生してから三十年ほどしか経っていない。サイクルが早いな」
「何らかの原因で死んでしまったのでしょう」
「そうだな。だが少し気になることがある」
「気になることですか?」
女王蛾。話に聞いたことはあるけど見たことはない。昆虫の王が変わる時は厄介なことが起こるとハクが前に言っていたけど、こう言うことだったのか。
「二十年前の大規模な鳥の流行病があっただろ」
「メテルキアの薬草園が取り潰しになった頃にあったやつですか?」
「そうだ。あの頃から生物が徐々に住処を移動していると言う話があって、フェリジヤやザクシュルの森や山の生態系に影響が出ているらしい」
「住処の移動?」
「国王暗殺未遂で国から睨まれてるメテルキアで自由な研究をしてる研究者はほとんどいないから確かなこととは言えないが、フェリジヤやザクシュルに移り住んだものの多くはメテルキアから来たのではないかと言われている」
「今回の女王蛾もメテルキアから来たと?」
「そこら辺は詳しく調査しなければわからないけどな、正直二十年前の国王暗殺未遂、薬草園取り潰し直後の鳥の流行病、それから起きてる生物たちの移動。メテルキアには何かあると思えてならない」
「メテルキア……」
「まぁ、メテルキアの動向はお前さんも気になるところだろう。騎士団の方でも何か情報があればルキ様に知らせてくれ」
「わかりました」
私が生まれるずっと前にあった大規模な鳥の流行病。鳥のかかる伝染病が突如発生して瞬く間に感染が広がり森の鳥たちもたくさん死んだとジジ様が話してくれたことがあった。マオも当時原因の追及をしたけれど結局はっきりしないまま迷宮入りしたと言っていた。
「さて、患者に問題はないようだし、シロにも会えたから僕はそろそろお暇するよ」
「ガンフもう帰るの?」
「城での仕事がまだあるからね」
また会える? と聞くと、丸眼鏡の向こうで細めた目でまた来るよと言ってくれた。
「と言うか、ハークハイトとともに城の薬草園にでも遊びに来ればいい」
「行きたい!」
「私は執務で忙しいので城へは行きません」
「えー! 私、行きたい!」
「たまには顔を出してやれ。そのうちルキ様がこっちへ来かねないぞ」
「あなたの方で止めてくださいよ。全く面倒な……」
そのうち暇ができたら、とハークハイトが了承すると、ガンフは薬ありがとう、またなと言って帰って行った。
次回、作者待望の…!!
お楽しみに。




