不在伴奏.衰弱
「ザロフ様! シロはっ!?」
「他の感染症患者たちと同じ様に薬は飲ませた」
急いで薬草園へと戻ると、苦しそうに寝台で横になっているシロの顔色はさっきよりも悪くなっている様に見えた。
日が暮れて夜になったと言うのに、主たちの到着が物凄く遠い先の未来の様に感じてしまう。
「トゥーイ様、主たちはまだですか?」
「落ち着け。もうすぐ帰って来る」
「でも、待ってる内にシロがっ!」
「お前が取り乱してどうする。今、シロのそばにいてやれるのはお前だけなんだぞ」
「……そう、ですね。トゥーイ様、主にこの名前の薬について連絡してください」
俺は、ダレン様から預かった資料に書いてあった薬を紙に書きだしたものをトゥーイ様に渡した。
「薬? ならば、ここにいる薬師たちに頼んだ方が早いだろう」
「いえ、他の薬師たちには絶対に他言無用でお願いします」
理由も言わず頭を下げる俺に、トゥーイ様は戸惑った声だったけれど、わかったと主へ伝蝶を飛ばしてくれた。
あの薬の名前を聞いて主がどう思うかはわからない。だけど、主はシロを一番側で見て来た薬師だ。その先の判断は主に委ねるしかない。
俺は、部屋に戻って寝台に横たわるシロの手を握った。
それからどれくらい時間が経ったのか、ただただシロの無事を祈っていた俺にはわからない。
その間にも咳はどんどん酷くなり、ほとんど何も出てこない胃液だけの嘔吐を繰り返し、シロの呼吸は徐々に小さくなっている気がした。
このままじゃ本当に……そう思ったその時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ザビウス!」
「主!」
すぐに立ち上がって場所を退くと、主はシロの横まで来てすぐに診察を始めた。
「ザロフ、症状と治療経過を説明してくれ」
「はい。発熱や咳、嘔吐が見られ、他の患者から感染症をもらったのだろうと判断し、感染症用の薬を投与しました。ですが、足の変色については理由がわかりません」
「顔も浮腫んでいるな。……鼻血? シロ、少し体を起こすぞ」
主がシロの背中に手を入れ上体を起こすと、つーっと、シロの鼻から鼻血が垂れた。
「ザビウス、タオルを取ってくれ」
「はい」
「ユーリ、氷を頼む」
「わかった」
「ザロフ、シロについていてくれたこと感謝する。ここから先は私が引き取るから、戻ってくれ。他の薬師たちも全員下がってくれ」
「ですが!」
「心配なのはわかるが、シロがいない間患者たちを頼む。シロならば、それを一番に願うはずだ」
「……わかりました」
自分のせいで、薬師たちが手薄になり患者が死んだなんてことになればシロは自分を責めるだろう。
真摯に患者に向き合う姿を見て来た、今ここにいる薬師たちなら誰もがわかることだ。
ザロフ様を含め、誰もが離れがたい様子を見せたが、主の言葉に全員部屋を去っていった。
「人望が厚いと、こう言う時に苦労するな。……ところで、ザビウス。トゥーイ殿から有効かもしれない薬の名前を聞いた。お前が私に送れと言ったそうだな」
「はい。俺は薬師じゃないので、正直シロの足がどう言う症状なのか、なんでこんなことになってるのかはわかりません。だけど、同じ感染症患者でこの症状を持つ患者を見たことがあったので」
「正気か?」
「わかってます。だけど、アリーナ様の資料にも同じ記述があります。シロの記録にもきっと同じものがあるはずです。モリスさんやカスクに確認を取ってもらえれば……!」
「それなら戻って来る間に済ませてある。二人とも、シロの背景を含め否定できないと言っていた」
「じゃぁ……!」
「お前の着眼点には私も驚いた。顔の腫れや出血なんかも症状も見事に一致しているからな。だが、絶対にそうだとも言い切れない以上、治療は慎重に行う」
「はい!」
「まずは、恐らくシロが隠し持っているだろう鳥用の薬を探せ。この部屋にあるはずだ」
その言葉に、俺とユーリさんは、シロの寝室をこれでもかと捜索した。
それほど広くはないこの部屋で探すのはそう難しくはなく、机の引き出しからすぐに見つかった。
だが、驚いたのはその量だ。
人間用の薬に鳥用の薬。それから作物を育てるための成長剤まで次から次へと出て来る。
ついでに言えば、この数日でどれだけの研究をしていたのか想像もつかないほど膨大な何かを書き記した紙の数々。
「全く、彼女には恐れ入るな」
「こんなことなら、部屋の中まで見張っておくべきでした」
大人しく寝台で寝ていないのは知っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。
「この薬が効いてくれれば良いのだが……」
シロが作っていた薬を、主はシロに打っていく。
「でもさ、これで鳥の薬が効いちまったらシロは人間じゃないってことにならないか?」
「ユーリ、お前には彼女が鳥に見えるのか?」
「いや、全然見えないけどさ」
「どうあっても彼女は人間だ。人の子ども以外の何者でもない」
「じゃぁ、朧鴉の魔力の影響なのか?」
「否定はできないな。魔力だけでもその影響力が計り知れないことは私自身で実証済みだからな」
投薬してしばらくすると、わずかではあるがシロの症状は落ち着きを見せた。
「どうやら、ザビウスの読みは当たっていた様だな」
「良かったです」
シロの症状は、死病に感染した鳥の症状とほとんど一致していた。
半信半疑でダレン様の元へ走った俺だったが、シロの助けになった様で本当に良かった。
「だが、そうなると人以上に予断を許さない。この感染症にかかった鳥の致死率はほぼ十割だ」
「主、シロは……」
「やれることをやるしかない」
患者を前にシロがいれば、それだけで何ものにも代えがたいほど頼りになると言うのに、シロがいないどころか患者自身がシロだと思うと、とても心許ない不安感に襲われると言うのを今更ながらに実感した。
「すみません、主。俺がもっとちゃんとシロを見ているべきでした」
「感染症など、どれほど気を付けていてもかかる時はかかる。特に、この部屋の状況を見るに、研究に没頭して寝不足が続いたのだろう。だが、それを誰かが止められたと思うか?」
「無理、ですね……」
「彼女はそういう子だ。全く。治った暁には懇々と説教して、二度と体調管理を怠る気にならない様にしてやらねばな」
「それはちょっと……」
シロの額に張り付いた前髪を払う主の手はどこまでも優しく、シロを見つめる瞳は深い心配を示していた。
「ハ……ク、ハイト?」
「目が覚めたか」
「お、水……」
「あぁ」
主の手にうっすらと目を開けたシロだったが、熱に浮かされ虚ろな目をしていて、喉が痛いのか水を飲むことさえ辛そうだった。
「ノート……」
「ノート?」
「主、多分これです」
俺は机の上に置いてあったいつも患者を診る時にシロが持っているノートを主に渡した。
主がノートをパラパラとめくると、この部屋にある薬の数や使い方などが書いてあった。
それと同時に、作物栽培の計画表やイラニエが育つまでの注意点など、自警団に向けたものまであった。
「君は、こうなる可能性も考慮していたのか」
「もしもの、ためにね……」
「全く。そこまで未来を見てるなら、体調管理くらいしっかりしなさい。後のことは我々に任せて、今はゆっくり休みなさい」
「ごめん、ね」
シロはそれだけ伝えると、また眠ってしまった。
「たく、周りの人間の心配ばっかしてないで自分の心配しろって感じだな」
「ガジュールの時のものも残っている。現場に出る度、自分が感染症にかかっても大丈夫な様に毎回書いていたのだろうな」
「シロはどこまでも薬師の鑑だな」
「俺としては、もう少し子どもでいて欲しいって思いますけどね」
主にノートを託したシロは、その後も時折目を覚ますことはあったが徐々に目を覚まさなくなっていった。
鳥用の薬も一時的には効くものの、一歩進んでは二歩下がる状態が続き、人用の治療も同じ様に続けたがその効果はほとんどなかった。
そして、シロはたった数日で目に見えるほど弱っていった。




