回想.知られざる過去Ⅶ
音がしてしばらくすると、バンッと勢いよく避難場所の扉が開いた。
「大変です! 地すべりに巻き込まれそうになった騎士をかばってディミトリー様がっ……!」
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた誰よりも早くイゴール様とタラス様が外へと向かって走り出した。
「お二人とも、お待ちください!」
間髪入れずに走り出した二人を追い外へ出ると、ディミトリー様の姿はおろか、騎士たちの姿も見当たらなかった。
「兄上ー!」
「父上ー!」
何度名前を呼んでも、返事はない。
私はすぐに避難所にいる動ける人間に声をかけ、捜索を始めた。
騎士団だけなら諦めろとイゴール様とタラス様を止めただろう。だが、ディミトリー様だけはダメだ。なんとしても救わなければならない。
「お父様! お兄様!」
「お前たち、上にいろと言ったろ?」
「だって、お兄様。伯父様が、土砂に……!」
「今は一人でも多い人数で探した方が良い。俺たちも探す!」
「兄さん、僕にも父上を探させて!」
次の地すべりが起きる可能性はあるが、騎士が飲み込まれてしまった以上、捜索にあたれる人手は避難所で手当てにあたっていた薬師たち以外ほとんどない。三人の手を借りたいのは事実だ。
「叔父上……」
「わかった。イリヤはタラスと、アリーナは私と、マオはトゥーイと共に捜索にあたれ。この暗闇の中だ、絶対にはぐれず二人で行動し、何か危険を感じたらすぐに避難。我々の中から被害者を出すことは許されないと心得よ!」
イゴール様の決断に誰もが頷き、すぐに捜索を再開した。
暗闇の中、火魔法で灯りを確保したいが雨のせいで魔力消費が激しい。
掘れば必ずと言って良いほど出て来る薬瓶は、おそらく救助活動をしていた騎士たちの物だろう。
「誰かいる! トゥーイ!」
「はい!」
土砂に巻き込まれたと思われる地点から少し下を探していると、マオ様が要救助者を見つけた。
すぐに土を掘り起こすと、騎士が一人見つかった。
「すぐに処置する。トゥーイ、灯りを頼む」
「はい!」
その場で道具を広げテキパキと処置をするマオ様は、到底子どもとは言えない手際で、まるでイゴール様の様だった。
「要救助者発見! こちらの患者も見てください!」
「すぐに行く!」
それからは本当に時間との戦いと言えた。
日が落ちたメテルキアの気温は春先と言えど氷点下前後。救助している人間たちも、雨による寒さで体力が削られて行く。
「マオ! 来てくれ!」
「マオ様、タラス様が」
「わかってる」
目の前の患者の処置を終え、他の薬師へと引き継ぐと同時に、マオ様はタラス様の元へ走った。
「魔法で命を繋がないと、この人は持たない。私が魔法を使っている間に処置してくれ。できるな?」
「わかった」
この時の、タラス様のできるなと言う問いかけは、イゴール様と同じ様な「外的処置が」と言うことだったのだろう。
マオ様は、見慣れない道具を取り出すと、患者の喉へ何かを突っ込んだ。
「マオ様、何を!?」
「泥で気道が塞がってるんだ。それよりトゥーイ、灯りをもっとくれ!」
「は、はい!」
「兄さん、命の魔法なら僕も使える。交代しよう」
「ありがとう、イリヤ」
まるで研究の中止などなかったかの様に、命の魔法と外的処置により救出された患者がどんどん処置されて行く。
「タラス様、顔色が悪い様ですが大丈夫ですか?」
「こんなにも長時間魔法を使い続けることなどないからな。少し疲れているだけだ。問題ない」
ここにいる誰もが、捜索に魔法を使い、救助者を見つけては休む間もなく治療を行っている。
タラス様はそれだけでなく、消耗の激しい命の魔法を使っているのだ。疲れが出るのも無理はないだろう。
肉体的な疲労と、ディミトリー様が見つからない焦りで、誰もが疲れを見せ始めたその時――。
「いたぞ! ディミトリー様だ!」
あれから何時間経ったのか、いつの間にか雨は止み、うっすらと空が白んで来た頃、やっとディミトリー様が見つかったとの声が聞こえた。
急いで声の元へ向かうと、泥にまみれたディミトリー様と数人の騎士が同じ場所から発見されていた。
恐らく、とっさに作った風の盾で全員同じ場所まで流されたのだろう。
「マオ、騎士たちを頼む。私は兄を!」
「わかった。イリヤ、こっちの補助入ってくれ」
「うん。兄上は叔父上を手伝ってあげて!」
「あぁ」
詳しいことは私にはわからないが、ディミトリー様も騎士たちもかなり危ない状況なのだろう。
マオ様の焦りにも似たいら立ちが、バッグを漁る手に乱暴さを宿している。
「ちっ。薬が足りない。誰か! 薬を持って来てくれ!」
「マオ、これ使って!」
「ありがとう、アリーナ」
それからも、必死の処置が続いた。
なんとか騎士たちの命を繋いで下さったマオ様だったが、雨の中の処置は消耗も激しくひどく疲れた様子だった。
そして、時折命の魔法で補助に入っていたイリヤ様も、魔力が底をつく限界だと動けなくなっていた。
「マオ、すまないが手伝ってくれ」
「わかった」
だが、マオ様に休む間は許されなかった。
ディミトリー様の治療にあたっていたイゴール様がマオ様を呼んだのだ。
「父上、これ……」
「悪いな。私一人では手が足りない」
相当に状況が悪いのか、イゴール様は力なくマオ様を見た。
「父上、俺を誰だと思ってるんですか? 森では百戦錬磨。伯父上だって助けて見せますよ」
「我が息子ながら、頼もしいな」
「兄ちゃん、もう少しの間魔法使えるか?」
「問題、ない……」
かなり無理をしているであろうことが目に見えているが、タラス様は気丈にもそう答えた。
それから、マオ様が処置に入ると、イゴール様の手を動かすスピードも速さを増した様に見えた。
だが――。
「お父様、避難しましょう! 雨は止んだはずなのに、変な音がするわ!」
ディミトリー様の処置が終わるのを待たず、アリーナがそう口にした。
「ダメだ、今は動かせない」
「でも、ここにいたら全員巻き込まれるわ!」
「お前たちは先に避難しなさい」
「何言ってるの、お父様!」
「私はまだ魔力が残っている。避難が間に合わずとも風の盾で土砂を防ぐことはできる」
「そうやって伯父様は飲み込まれたのよ!?」
「いや、兄上は捜索で相当魔力を使っていた。私とは状況が違う。心配しなくても大丈夫だ。イリヤと皆を連れて先に避難していなさい。タラス、マオ、トゥーイ。悪いがお前たちはここに残ってくれ」
イゴール様の言葉に、タラス様とマオ様は無言で頷き、私もただの灯り係くらいしかできないが、万が一の時は身を挺して守るのだと覚悟を決めた。
そして、本当は嫌だと駄々をこねたいところなのだろうが、それを必死に我慢した様子のアリーナ様とイリヤ様は他の薬師と共に救助した患者を連れ避難された。
「マオ、少し急ぐぞ」
「わかってます、父上」
だがその時、パラパラと小石が落ちて来るのを確認した。
「イゴール様、小石が」
「思ったより早いな。マオ、私は盾を張るがお前は続けてくれ」
イゴール様はいったん手を止めると、我々を囲む風の盾を作り、紙を取り出して何かを書かれていた。
「兄ちゃん!」
「……大丈夫だ」
「休んでて良い。そのままじゃ、兄ちゃんが持たない。今日何時間ぶっ通しで魔力使ってんだよ」
風の盾が張られると同時に、タラス様が手を地面へと着いた。呼吸は荒く、脂汗も酷い。
「タラス様!」
「少し休めば大丈夫だ」
「これを飲んで下さい。私の持ち合わせの最後の回復薬です。ひとつでもないよりはましでしょう」
「すまない、トゥーイ」
渡した魔力回復薬を一気に飲むと、タラス様は少し落ち着かれた。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「お前たち来るぞ!」
ここまでに数度聞いた地響きの音に、イゴール様は振り返り手を止めずにいるマオ様を見守りながら魔力を強められた。
そして、上方から勢い良く流れて来た土の海は、凄まじい威力で風の盾へとぶつかった。
「……ッ!」
耐えるのがやっとと言った様子のイゴール様は眉間に皺を寄せた。
だがその時、土の海の中に大きな岩が流れてくるのが私の目に映った。
「イゴール様、岩がっ!」
だが、その流れはあまりにも早く、私が伝えるのと同時に風の盾へと直撃していた。
「ぐはっ!」
「イゴール様!」
「まだだっ!」
強度に魔力を割くために、ぎりぎりまで小さくして覆った風の盾は、岩がぶつかると同時に壊れイゴール様の背に直撃した。
風の盾が壊れたことで、全員がこの海に飲み込まれると思ったその時、イゴール様は手に持っていた紙を地面へ叩きつけ魔力を全力で注いだ。
すると、壊れたはずの風の盾が再び現れた。




