回想.知られざる過去Ⅵ
それから、月日は流れた。
タラス様とルーハ殿は貴学院を卒業され、正式に薬師として薬草園で働き始めた。
そして、弟妹の三人はさらにやんちゃさを増した。だが、タラス様と共に未来の研究のために定期的に話し合いをしたり、メテルキアの展望について語り合う姿が、城内で度々目撃された。
研究は中止にはなったものの、タラス様はその分ルーハ殿の研究を手伝い、休みの日には部屋に閉じこもり何やら熱心にお勉強をされていた。
またイゴール様も、そんなタラス様のお姿に奮起され、休みの日には何やら大道具を持って森の奥へと出かけられて、時折マオ様が同行しておられた。
「全く、研究は中止だと言ったのだがな……」
「ディミトリー様。あれから誰もイゴール様やタラス様が研究を続けている姿など見ておりませんよ」
「家臣たちがグルなのだから、なお質が悪いだろう」
「先日騎士団長に伺ったのですが、実力で相手を黙らせろと言うのは、ディミトリー様の昔の口癖だったとか」
「うっ……。そ、そんな事実はない!」
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
昔の自分にそっくりなタラス様の行いも、兄を見て育ったイゴール様の行いも、ディミトリー様には止められないだろう。
「ところで、トゥーイ。明日からしばらく雨が続く。春を迎え凍結などで馬車が転ぶことはほとんどないと思うが、雨が続けば何が起きるかわからん。各地域の騎士たちへ注意喚起を行っておいてくれ」
「承知いたしました」
私はディミトリー様に頭を下げ、騎士団駐屯地へと戻った。
それから、ディミトリー様の言う様に雨の日が続いた。
太陽が雲の隙間から顔を覗かせることはなく、曇天の空がどこかとても重たく感じた。
「タラス兄様、見て! この前の課題、三人で考えたの。特にイリヤがすごいことを思いついたのよ!」
「すごいじゃないか、イリヤ」
「えへへ。僕も早く兄さんみたいになりたいと思って」
「特別にルーハにも見せてやるよ」
「マオ様、それはありがとうございます。ですが、私は興味ありませんので」
「ちょっとは見ろよ!」
空は晴れ間を見せてはくれないが、領主城では相変わらずの光景が広がっていた。
「これ、結構な大発明なんじゃないかしら」
「んー。なるほどな。理論的には間違っていないな」
「今の段階じゃ、実践は厳しいだろうけど、もっと突き詰めればできると思うの。これなら、タラス兄様とお父様の育てたものが融合するわ!」
何やら興奮しているアリーナ様だったが、タラス様に見せたノートを覗いたところで、薬学や生物学に精通のない私にはさっぱりわからなかった。
「お前たち三人がいれば、メテルキアの未来は安泰だな」
「兄さんがいて僕たちがいれば、最強だもんね」
「そうだな。ついでだ、私からもこの前の課題について考えた。後で三人で読んでおいてくれ」
「わかったわ」
タラス様は取り出した数枚の紙をアリーナ様へと渡した。
「それと、三人に――」
――ゴゴゴゴゴゴッ!
タラス様が何かを言いかけた時、地響きの様な音とが響き、地面が揺れた。
「地震かっ!? 皆様、安全な場所へ避難を!」
「トゥーイ、これは地震じゃない! 地すべりだ!」
「マオ様、なぜわかるのです?」
「前に父上と山に行った時同じ音を聞いたことがある。領主城でこれだけの音が聞こえるってことは、多分場所は裏山だ!」
「裏山!? 騎士団が見回りに出ている場所です!」
「なんだと……!」
そこにいた誰もが、考えられる最悪の事態に青ざめた。
「トゥーイ! 急ぎ駐屯地へ向かい、騎士たちを派遣しろ! 父上と叔父上には私から薬師派遣を要請する!」
「はっ!」
タラス様の命令に、私は伝蝶を騎士団長へ飛ばした後、すぐに駐屯地へと向かった。
駐屯地へ向かいいくつかの部隊を率いて私はすぐに地すべりが起こったであろう現場へとむかった。
幸い、裏山の地域に住んでいる貴族から大規模な土砂災害が起きたと連絡があり現場の場所はすぐに特定できたが、見回りに出ていた騎士たちとは連絡がとれていない。
それに加え、貴族街から平民街にかけて土砂が流れたらしく、現場は土の海と化し甚大な被害が出ていた。
「すぐに救助にあたれ! 少しでも大地の様子がおかしいと思ったら、ただちに救助を中止し避難しろ!」
連れて来た部隊だけではどれだけの人を救えるかわからない。それに、次の地すべりが起きる可能性もある。
「トゥーイ! こっちだ!」
「タラス様!? なぜここに!」
「必要な道具を薬師たちに持って来てもらうために私が先に現場の様子を見に来たんだ」
「ここは危険です! すぐに退避を!」
「問題ない。地面の様子をイリヤたちが見張ってくれている」
「三人まで来ているのですか? 何を考えているのです!」
「大丈夫だ。三人はあっちの安全な場所にいるし、そこから絶対動かないように伝えてある」
「ですがっ!」
「今は救助が先だ。トゥーイ、手伝ってくれ」
「危険だと判断したら、私があなたを力づくで連れて行きますからね」
「わかっている」
それから、必死の救助活動が続いた。
降り続く雨の中、足場はぬかるみ、捜索が上手く進まない中、薬師団やディミトリー様、イゴール様も現場へと駆けつけた。
「タラス! 現場はどうなっている?」
「父上! この雨で上手く行っていません。恐らくまだ住人の半数以上が土の中です」
「半数以上……。厳しいな」
「それだけではありません。救助した者たちは避難所を設置し、そこで薬師たちに治療にあたらせていますが……」
「圧挫か」
「はい」
そう。土の中から掘り起こした患者のほとんどが、土砂に巻き込まれたことで長時間にわたり身体が圧迫を受ける。
それを急激に開放すると、身体に溜まった毒が全身に運ばれショックが起き死に至る。だが、圧挫に対する治療法は確立されていない。
「それと骨折、異物が身体に刺さっているなどが主な症状です。夕方以降は凍死の可能性もあるかと」
「うむ……」
「兄上」
「イゴール、どうした」
患者を救出しても、その先で救える可能性もかなり低い。
それがこの現場の現実だ。
どうしたものかと頭を抱えたディミトリー様の元に、休みの日に森へ持って行っている大荷物を持ったイゴール様が現れた。
「やらせてくれ。私にしか救えない患者がいる」
「だが……」
「父上、叔父上の言う通りです! 叔父上になら救える患者がいます!」
「……わかった。だが、無茶はするな。タラス、お前もイゴールを手伝え」
「はい! トゥーイ、準備に人手がいる。手伝ってくれ」
「かしこまりました」
すぐに患者を治療するための仮設避難場所へ行くと、イゴール様指示の下、準備を行なった。
清潔を保つために、隔離場所を設け、大量の消毒液と麻酔薬、それから裁縫や細工でもするのかと言う様な道具の数々が並べられた。
「タラス、手順はわかっているな」
「はい、叔父上」
「トゥーイ、人が入らない様見張っていろ」
「かしこまりました」
それから、イゴール様による外的処置の治療が始まった。
私は直接治療を見ていないが、処置の終わった患者には縫い痕があった。
大量にいる患者に一瞬で優先順位をつけ治療を施して行く姿は歴戦の勇者の様で、皮肉にも国によって中止された治療によりメテルキアの民は十人以上が救われることとなった。
「タラス、魔力消費には気を付けろ」
「回復薬も有りますし、問題ありません。それより、叔父上は本当にすごいです」
「お前の助けがあってこそだ。それにな、この方法はアリーナの生物に対する知識やイリヤやマオの子どもらしい発想から思い浮かんだ方法なんだ。私だけではできなかったことだ」
「三人寄れば文殊の知恵。本当に、あの三人がいればメテルキアの未来は安泰ですね」
「あぁ。そこに、その三人を正しく導くタラス、お前がいれば本当に最強だ」
張り詰めた空気の現場でも、なんてことはない様に二人はそんな会話をしておられた。
それから六時間以上。
外は夜を迎え、救助活動はいったん中止となり撤退作業をしていた。
通しで患者を診ていたタラス様の魔力はもうほとんどなく、イゴール様も体力の限界を迎えていた。
「タラス、大丈夫か?」
「これで運ばれている患者は最後です。問題ありません」
「そうか。無理はするな」
「はい」
だがその時、ひらひらとタラス様の元に伝蝶が舞い降りた。
「兄様、山が動くわ!」
――ゴゴゴゴゴゴッ!
アリーナ様の声が終わると同時に、昼間聞いたあの音が、さらに大きな慟哭を上げ再び私の耳へと届いた。




