不在伴奏.シロの奇跡 後編
※ザビウス視点
東の村は、他領から田舎領土と呼ばれるフェリジヤの中でもさらに田舎と言われる辺境にある村で人口はそう多くはない。
シロが用意した薬を主が重度によって分量を決め配れば全員、飲むことができた。
住民の救出、処置がひと段落したため、これから一度村の外に出て、原因である鱗粉蛾の幼虫を駆除しに行くことになった。
「シロが用意した殺虫剤を散布して、それでも足りないようなら巣窟になっている植物は燃やして対処する」
「主、風の盾の方は大丈夫なんですか? 結構な時間が経ってますしそろそろ魔力も危ないんじゃ?」
「これだけの大きさを維持するとなると確かに肩が凝る。だが、思っているより消費は少ない。魔力回復薬もあるから帰るまではなんとかなるだろう」
「魔力とは関係ないけど、昼飯もまだだしハークハイトもシロのクッキー食っとけよ。なんかこれ元気出るぜ!」
いらん、と言って拒否する主に、帰ってから食べてないって言ったらシロが泣くぞ? と、ユーリさんが言うと主は渋々と言った感じでシロの作ったあのクッキーを食べた。
「ではこれより、村の外へ出て鱗粉蛾の幼虫を探す。口布は絶対に外さないようにしろ。また、幼虫を見つけたら近づかずにすぐに知らせるように」
各班ごとに探す場所を割り振られ隊は散り散りになる。私たちも行くぞ、と主と風の盾を出ると風の盾は少しだけ光っているように見えた。
正直、植物をまとめて燃やした方が早いんじゃね? と思わなくもなかった。
毛虫を探す作業など騎士団の仕事なのか? と疑問だが、成虫になって魔蛾がまた悪さをしてもいけない。
俺は仕方なく主に付き従って毛虫を探していた。
「見つけました。村外れの広葉植物の葉に毛虫がわんさかと……」
見つけた隊の一人に案内されてそこへ行くと、ぶっちゃけ見なきゃ良かったと思った。
人の親指より太くでかい毛虫が団子のようにわんさかと……。
「これは一気に片付けないとまずいな」
「本当、精神衛生上良くないっすね」
「馬鹿者、そうじゃない。おそらくこの中に次の女王蛾の幼虫がいる。村が潰れるほどの幼虫が発生したのもそのせいだろう。一気に叩かないと仲間を呼ばれてさらに面倒なことになる」
「成虫になる前に見つけられたのは不幸中の幸いだな」
ユーリさんの言う不幸中の幸いとは、魔蛾の女王は通常の何倍もの大きさになる個体で、群れを統制する力を持ち、群が育つと民家や家畜を襲うからだ。
幼虫の内に叩ければ被害は抑えられる。
それにしても、女王蛾の誕生は五十年から百年に一度と言われている。そんなタイミングに当たるなんて、主は相当運が……。
「残念だがこの木はもうダメだな。私が一気に燃やすので他の者は周りの草木に火が飛んだら消化に当たってくれ」
「「はっ!」」
主が幼虫の巣となっている木に向かい手を前に出す。
「万火!」
――ドーーン!!
木は一瞬にして炭と化した。
飛び火に気を張って待機していた他の騎士たちは一瞬の出来事に呆然としている。
「主、随分気合いが入って……」
「違う」
「違うって?」
「何かがおかしい。あれ程の風の盾を張っていると言うのに、先程から妙に身体が軽いと思っていたのだ」
「それは……どう言う?」
「私の身に起きたこれまでと違うことと言えば、ここに来たこと、シロの薬を口にしたこと、シロのクッキーを食べたことだ」
三分の二がシロ案件……。
こりゃもうシロのせいだろうと断定したくなってしまう。
「ザビ、お前あのクッキー食べたか?」
「い、いえ……」
「身体の調子は?」
「いつも通りですけど……」
やばいよ、シロ。やっぱあのクッキー劇物だったんだって!
俺は心の声と溢れ出す冷や汗を必死に抑える。
「ユーリ! お前シロのクッキー食べてたな? 元気が出るとか言ってなかったか?」
「言ったよ? なんか心持ち身体が軽い気がすんだよなー」
「お前、ちょっとあの木に魔法を放ってみろ」
「え? なんで?」
「いいから!」
ユーリさんが主に言われるがままに構え、詠唱を行う。
「流沾!」
――ドーーン!!
「……え?」
ユーリさんが水魔法を唱えるととんでもない量の水が降って……と言うより落ちて来た。
「やはりか……」
「うわ! 何今の!? 俺の魔法だよな? なんで!?」
ユーリさんの言葉で何かに気付いた魔王爆誕の横でユーリさんは呑気に魔法を連発している。
これは完全にまずい。
「あのー……怒らないで聞いて欲しいんですけど、実は……」
俺はあのクッキーについて洗いざらい話した。
「いや、でもちょっと元気になるだけだって言ってたし、食べてすぐ誰もなんともなかったんで……」
「もう良い。周辺の植物に防虫剤を散布したら一度村へ戻るぞ」
俺の必死な言い訳を一言で片付けると、ゴゴゴゴゴと言う見えないオーラを纏って主は一度村へ戻った。
村に戻って来た俺たちはそこでまた信じられないものを目にすることになった。
つい数時間前まで、動けないほど全滅していた村人が完全に元気を取り戻していた。
子どもたちは走り回り、大人たちは総出で炊き出しの準備をしている。
「これもシロのクッキーを食べた効果か?」
「シロすげーな」
眉間の皺が最深部まで到達しそうな主の横でユーリさんは呑気に感心している。
「騎士様。この度は助けていただいて大変ありがとうございました。貴重な薬まで住人に分け与えてくださり、言葉もございません。私はこの村の長の、フォジヤと申します。いただいた薬のおかげでみなすっかり元気になりました。心なしか倒れる前より元気になった気がします。私は腰が悪かったはずなのに、腰まで治りましたわい!」
村の長と名乗る人物が主を見つけて駆け寄って来た。
「我々には貴重な薬にお返しできるものはなく、心ばかりの物にはなりますが、食事を振舞わせて下さい」
「いや、我々は……」
「村人が次々と倒れた時には、誰もがこの村の全滅を覚悟したほどなのです。受け取って貰えねば我々の気が済みませぬ」
「いいじゃねーか、ハークハイト。領民の気持ちは受け取っておくべきだぜ」
村人の申し出を断ろうとした主をユーリさんが止めた。
結局俺たちはそのまま村の人たちに料理を振舞われた。
「とは言え、今回の功労賞はシロですね」
「説教と尋問が先だがな」
主はまだ何かを気にしているのか、食事をしながら手のひらを握ったり開いたりしていた。
「そんなに違和感があるものなんすか?」
「効果の割に違和感や変化をあまり感じないのが問題なのだ。騎士がこぞって食べていたらどうなっていたか……」
「今は、シロのおかげで問題なく迅速な解決ができたことを祝おうぜ。ハークハイトは何でもかんでも真面目なんだよ」
「お前が楽天的過ぎるのだ」
目の前に広がる光景は、数時間前とはえらい違いで、あのままシロがいなかったら倍の時間はかかっただろう。
優秀な薬師は領主お抱えだし、田舎領のフェリジヤでは腕の良い薬師は少ない。そして、そう言うやつらは庶民なんて相手にしないし目にも入らない。
町にいるろくに治せもしないのに金ばかりとる薬師じゃシロの足元にも及ばないだろう。
シロのような人物が俺の生まれた場所にもいたなら、俺らは飢えに苦しみ常に死と隣り合わせの生活なんてしなくて済んだのかもしれない。
俺は、主の護衛をユーリさんに任せて村人の中へ入っていく。
「すみません、この辺でとれる珍しい植物とかってあります? 薬に使ったりできるものだと嬉しいんですが……種でもいいんですけど」
俺は頑張ったシロへの土産に、珍しいものはないかと村人に聞いてまわる。
「ザクシュルやメテルキアじゃ珍しいものじゃないけど、フェリジヤじゃこの辺にしかない花があるよ」
話を聞いていくと、一人のご婦人が面白い情報をくれた。
「それどこにあります? いくつか貰って帰りたいんですけど」
「沼地に行けば咲いてるよ。匂いも独特だからあまり飾る人はいないけどね。昔は毒に使われてたって言うから、薬にはならないと思うよ?」
「探してみます。ありがとうございます!」
俺はさっそく村外れにある沼へ行き土産にする花をとった。
ご婦人の言う通り、淡い水色のその花は少しツンとする、花にしては甘くない匂いのするものだった。
「どこへ行っていた? 問題ないようだし一部を残して我々は帰還するぞ」
「シロへの土産ですよ。行きたいところを留守番して、薬まで作ってくれたのに手ぶらじゃ可哀想でしょ」
「お前はアレに甘くないか?」
「一緒に暮らしてたチビ達をつい思い出すんですよ」
シロへの花を抱え、空になった薬箱には村の子どもたちがくれた花の種や植物の葉、キレイな石を入れて俺たちは基地へと帰還した。




