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1.回り出す歯車

「ジジ様、行ってきます」

「シロ、森の外は危険が多い。特に子どもは魔獣の標的になりやすい。人にも遭遇するかもしれない。くれぐれも気をつけるんだよ」

「大丈夫。マオがいなくなってから何回か行ったけど、あそこに人はいないよ。それに、ハクがいるもん」


 ジジ様に手を振って私は森を後にした。

 今日は冬籠りの準備のため、森にはない山菜や薬草を採りに行く。真っ白なハクの背に乗って颯爽と森を駆け抜ける。魔狼であるハクの足なら山への道もあっという間だ。




 ハクに乗って山へ向かう道中、私は山で採れるもののことを考えていた。高山蜜蜂の蜜取れたらお菓子作ろうかな。薬の材料も採らないとだし、冬用の保存食も欲しいな。


「ハク、今年は何が採れるかな」

『毎年あまり変わらないだろう。張り切って持ちきれない量を採るなよ』


 去年は思いの外豊作で、欲張ってあれもこれもと収穫し、帰りに持ちきれないほどの量を見たハクに怒られた。山へは年に一回しか来られず、森では採れないものもたくさんあるためつい欲張ってしまうのだ。特に薬の材料のストックはいくらあっても困るものではない。


「あーでも、もう小麦粉があんまりないんだ。蜂蜜が取れてもお菓子作るのはもったいないかな。でも、お菓子食べたいな……小麦粉の代わりになるものって森にないのかな? いっそ自分で作ってみるとか? ジジ様に、森に小麦畑を作ってもらえばできるかな?」

『くだらないことばかり考えていないで、まずは冬の間に必要な食料。甘味など後回しだ。我等は多少食べなくとも生きて行けるが、人はそうはいかないのだから。マオがいない今、自分でやるしかないのだぞ。ほら、着いた』


 薬草や山菜の事はそっちのけで、いつの間にか食糧庫の小麦粉不足をどうするべきか考えてぶつぶつと独り言を言っている間に目的地へとついた。

 毎年冬前の実りの時期にここへきて必要なものを集める。ここは、森の外だけど人も魔物も出ないと言ってマオが見つけてきた場所だ。正直なところ、毎回ハクの背中に乗って来るだけだから自力で来る事はできないし、自力で帰ることもできない。人が森から歩いて来るには結構な距離があって、ハクなら数時間でも子どもの私では一日以上かかるらしい。


『シロ、夕刻前には帰るぞ。私は少し周りを見てくる』

「うん。ここで薬草採ってる」


 ハクの背中から降りて、バッグに入れていたご飯の包みを取り出した後、辺りに群生している目的の薬草や食べられる山菜をとって入れていく。

 森は魔物が多く魔素が大量にあるため、魔力回復の薬や強い解毒薬を作るのに適した薬草が多く採れる。逆にこの辺は魔物があまりでないからか、魔素が薄く他の素材と混ぜやすい素材が多い。魔素含有量が多い素材ばかりで作った薬は、ものによっては魔力中毒を引き起こすこともあるので注意が必要になる。誰彼構わず症状に合わせて薬を処方すれば良いと言う事でもないのだ。

 ここはそういう意味でも、高山という特有の立地と言う意味でも、ここでしか採れないものが多くある。

 私は、人間用、魔獣用、ありとあらゆる薬学をマオに教そわった。実際のところマオと私、ハクたち魔獣のために用意する薬なんて数種類あれば十分で、それ以外の知識は持っていてもあまり役に立ってはいないのだけど、薬の知識はいつ如何なる時も必ず役に立つと、余分だと思われるものまで全て叩き込まれた。

 私も知識を持っていて困った事はないし、いざという時にそれでみんなを助けられるなら覚えていて損はないと思ってる。


「あ、時しぐれ。この時期に珍しい」


 薬草や山菜を採っていたら、木の下に時しぐれが咲いているのを見つけた。

 初冬の山岳地帯でしか採れない時しぐれ。今年は早い時期から冷え込んているから、少し早めに顔を出したのかもしれない。時しぐれの葉は他の薬草に比べて火傷に対して非常に高い効き目があり、生葉を炙って揉んでから患部に当てれば、水などで冷やす必要もないほどの優れものだ。生葉のままでは数日しか保たないが、乾燥させ粉末にして塗り薬と混ぜれば長期保存もできる。服用薬にすれば効果は落ちるが火傷の他、鎮痛、鎮静、解熱作用もある。キレイな薄紫の花は暗いところで水に浸すと薄っすらと光りとても幻想的だ。花はいわゆる観賞用。

 時しぐれをバッグに入れようとして、既にバッグはいっぱいだったことに気が付いた。貴重なものをみすみす置いていくわけにもいかないので、小袋に入れローブのポケットにしまった。ローブには外と内側にポケットが付いているけれど、体温で花が温まってしまうと萎れてしまうので外側のポケットに入れることにした。


『必要なものは採れたか? これらは向こうで採れたものだ。高山蜜蜂の巣も見つけたから帰りにとって帰れ』


 見回りついでにハクが拾って咥えて来たのは古代樹の根だった。古代樹の根は虫除けに効果があって、寄生虫による皮膚炎にも使える。これが森で変なものをくっつけてくる魔狼たちには非常に役に立つのだ。

 それに、高山蜜蜂の巣まで見つけて来てくれるあたり、何だかんだ言いながらハクは優しい。


「ありがとう、ハク。お腹もすいたし、ご飯にしようか」

『そうだな。昼もだいぶ過ぎてる』


 私は山へ着いたときにバッグから取り出して放置していたご飯の包みをとって来て、日の当たる場所へと座った。干し芋と熊の干し肉。簡素なお昼ご飯だ。同じものを私より多くハクにあげる。


 マオがいた頃は、マオが時々森の外へ出かけては小麦や砂糖や塩などを持って帰って来てくれた。森で作った薬と食べ物を交換してもらっていたらしい。

 私はマオに、年に一度ここへ来る以外は森から出ることを禁止されていたし、何よりジジ様の許可がなければあの森を出ることはできない。だけど、森へ来る前のことを思えば外に出ようという気も起きなかった。


 ――悪いが、しばらく留守にする。シロ、オレがいなくても泣くなよ。


 森で暮らし始めて三年が経った頃、森の外から今までにないほどの大量の食材を持って帰って来たかと思ったらそう言ってマオは出かけて行った。

 それからハクと私だけで山へ来るのは今日で三回目。それだけの歳月が経とうとしているのだ。どれだけあったって、消費すればいずれはなくなる。私の食事事情は日に日にヘルシーなものになっていった。

 肉は魔狼たちが分けてくれるし、ある程度の野菜や果物も森で採れる。薬草園で育てている作物もある。贅沢を言わなければ生きていくのには全く問題ないのだが、少なくなっていく食料がなぜだかマオとの繋がりかのようで時々無性に寂しくなる。


「ねぇ、ハク。マオはもう戻ってこないのかな」


 干し芋をかじりながら、漠然とした不安が口をついて出た。


『わからん。だが、あれは何よりもお前を大事にしていた。私にわかるのはそれだけだ』

「マオに会いたいな……」


 ボフッと隣に座っていたハクの白い毛並みに顔をうずめ抱きついた。ハクが私の頬に顔を寄せながら尻尾でファサファサと背中を撫でてくれる。私の心が不安定になるとハクはいつだって身を寄せてくれる。ハクに尻尾で頭や背中を撫でられると心がすごく落ち着く。

 マオに連れられて森に来たとき、一番最初に会話をしたのもハクで、ずっとそばにいてくれるのもハクだ。

 ヤヤやカオたち他の魔狼の事も大好きだけど、彼らは言葉を話さない。話は聞いてくれるけれど、言葉で応えてはくれない。ハクによれば、生きてる年月が違うから仕方がないことらしい。


 ……ハクがいるからマオがいなくても私はなんとか生きていられるんだろうな。


 覚えている限りの私の一番古い記憶は、痛く苦しいと泣き叫ぶもので、いつしか声を上げることさえ忘れた頃、マオに助け出され、そんな私たちを森でハクやジジ様が助けてくれて、小さかった私はなんとか命を繋いだ。

 森以外の世界は知らないし、マオの部屋にある本で森でもない、森の前にいた場所でもない人間のいる「外の世界」というものがあることもわかっているけど、森でみんなと暮らす楽しい日々から出たいと思った事はないのだ。


 ……私がいた場所にそんなものはなかった。


 少しだけ嫌な記憶を思い出した時、ハクが鼻をクンクンとさせながら立ちあがった。


『人の臭いがする。少し見て来るから、シロはここにいろ』

「わかった」


 臭いをたどり駆けて行ったハクを見送った後、私はハクが戻って来たらすぐに帰れるように荷物の準備をしてバッグを肩にかけ、木陰に移動した。

 その時。


「魔物の氾濫でアジトをダメにされた時にはどうしようかと思ったけど、当たり引いたな」


 頭上から声がした。


「誰っ!?」


 声のした場所を見上げると、腰に鎖のついた鎌を下げ、獣の皮を纏った男がそこに居た。


「見たことねぇ白い髪に、青い目。じょーちゃんどこから来た? 何もんだ?」


 木の上から私の全身を舐め回すように見て来る男の目が、まるで魔獣が甚振るための獲物を見つけた時の様で心臓がドクンと跳ねた。


 逃げなきゃ……。


 そう思うのに、久々に見る人間に驚いて咄嗟に足が動かない。


 ストンッ!


 木から飛び降りた男が私の前に立った。反射的に後ずさるが、背中には木があって気づけば私には逃げ道がない。


「こんなところでお宝ハッケーン。こりゃボスへの良い土産になるぜ。珍しい上に整った顔立ち。こりゃ変態貴族に高く売れるな」


 ヘラヘラと笑いぶつぶつと喋りながら男が距離を縮め、手を伸ばして来た。

 

 ハク……助けて……!


『シロに触れるな!』


 茂みの方から怒鳴り声とともにハクが牙をむいて男に飛びかかった。


「おいおい、魔狼だと!? しかも喋るってことは上位種かよ!」


 私の前から飛び退いた男がハクから目をそらすことなく腰に下げていた鎖のついた鎌を構えた。


『シロ、逃げるぞ! 奴ら獣の臭いを纏っていて鼻が利かない』


 ハクは私を背に乗せると、男が投げる鎌を避けながら一気に駆け出した。


「させるかよ! ……ディケ! 毒弓使え!」


 ヒュン!

 ザクッ!


 「……え?」


 一瞬だった。男が何かの合図をした瞬間、どこからか弓が飛んで来てハクの後ろ足に刺さった。

 

「ハクッ!」

『気にするな! 落ちるぞ!』

「でも! 止血しなくちゃ!」


 痛くないはずがないのに、私の制止も聞かず弓が刺さったままの足でハクは走り続けた。




『ハッハッハッハッ……』


 けれど、すぐにハクの呼吸は不自然なものへと変わって行った。


 カクン! ……ドシャ!


「きゃぁ!」


 木々の間を走っていたハクが急に崩折れ、私はそのまま地面に投げ出された。


『……カハッ!』

「ハク!!」


 私は直ぐさま立ち上がりハクに駆け寄る。


「ハク! 傷見せて! 弓抜くよ!」


 ハクの口から血と泡が出てる。どう見ても尋常じゃない。

 足から矢を引き抜いて臭いを嗅げば、鏃から鼻を刺すような知らない毒の臭いがした。


「ハク! 今助けるから! 頑張って!」

『無駄だ……はや、くにげ……ろ……』

「黙って! これも違う、これもダメ! ハクしっかりして!!」


 解毒しようと必死にバッグの中を漁るのに、今日山で採ったものの中に解毒作用のあるものはなく、家からも持って来たものも、山で怪我した時用の傷薬程度と緊急用の魔力回復薬しかなかった。


「なんで! なんで……!」

 

 どうにかしようと考えても、何の案も浮かばず、あたりを見渡しても使えそうな植物は何一つ見当らなかった。


『シロ……行け……』

「やだよ! ハクを置いてなんて行けないよ!!」


 苦しそうなハクに対して何もできない悔しさでポタポタと涙が出て来る。


『シロ、よく、きけ……わたしの、ま、せき……持って……行け……』

「いや! 何でそんな事言うの!?」


 魔石をとるということは人間であれ、魔物であれ、意味することは即ち「死」一択だ。

 この世に生きるものは皆等しく死ねば魔石へ還る。ハクの言っていることは、自分の死の宣告だ。


『マオ、のことは……探すな……』

「ハク! もうしゃべっちゃダメ!!」

『……シロ……逃げ、ろ……。お前は、我らの……ひか、り…………』

「ハク! ハクッ!!」


 ハクの息が、声が、鼓動が、どんどん小さくなっていく。


『シロ……生き……ろ…………』

「ハク……? ハク! ハクーッ!!!」


 私を包み込む大きな身体が、大好きだったお揃いの白いフサフサの毛並みが、ずっと続くと思い描いていた未来がスルスルと手からこぼれ落ちて行くようにハクが魔石に変わって行く。


 コトリ……。


 それはあまりにもあっけなく、あまりにも突然にやって来た別れ。

 大好きだったハクの死。

 地面に転がった小さな魔石にはいつまでも涙が降り注いだ。

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