不在伴奏.シロの奇跡 前編
※ザビウス視点
平民の自警団から連絡を受け、俺たちは東の村へと出発した。
隊が主とユーリさんを先頭に向かう中、俺は一人先に行き村の様子を探る。
基地に戻ってきていた先発隊の話では、東の村からは物音ひとつせず踏み込んだ自警団も何人か倒れていると言っていた。
何が起こっているのか全く見当もつかなかったそうだ。
「ありゃりゃー。本当にみんな倒れてんな」
村を見渡せる丘から木に登り望遠レンズで様子を確認する。
魔獣が暴れている様子はないし、魔力を図る魔法具を用いても大きな魔力が動いている気配はない。そして、村人が血を流して倒れている様子もない。
レンズの中に奇妙な光景だけが広がっている。
「主、中に何かいる気配はないですね。倒壊したり争った様子もなく苦しそうに倒れてるってだけで綺麗なものですよ」
「そうか。だとすれば毒物の可能性もあるな……。だが手がかりがなさすぎる」
隊に戻って村の様子を伝えると、主は難しい顔をした。
「隊をここで一度止める。私とザビウスで村の中の様子を見に行く。半刻経っても戻らないようならば、ユーリが先導し基地まで帰還しろ」
「待て! みすみすお前を危ない所に見送ったとなれば、俺が後でルキ様にどやされる!」
「私は騎士だ。あやつのことなど知るか」
主と俺で村に向かうと聞いたユーリさんが主を止める。ルキ様とは主の兄上のルキシウス様だ。
「それに、これを見ろ」
主はシロに渡された薬箱を開けてユーリさんに中身を見せる。
「薬……だけど、どんだけ種類があってもどれも外れってこともあるだろ!」
「そうじゃない、こっちのことだ」
「これ……どこで?」
「シロが寄越した。あれは本当に底知れない」
主がユーリさんに見せたのはシロが主に渡した魔法陣の紙だった。
この世に魔法陣は無限にあると言われているが、単純な元素魔法を除けば、実際にはその組み合わせや陣形が複雑なため、書き手には相当な知識量が求められるし、使い手に力がなければ発動もしない。
それに、魔法陣とは本来秘匿されるべきものであって、おいそれと人に見せるものでも、ましてや他人に譲り渡すようなものではない。
力あるものが作り、使えば簡単に人をどうこうできる、そういう代物なんだ。
あれはシロが書いたものなのだろうか?
「これを使い中に入って状況を確かめる」
「……わかった。だけど、絶対に無茶はするな。ザビ、頼むぞ」
「りょーかい」
ユーリさんにとって、幼馴染で親友でもある主は絶対に守らなくちゃいけない相手だ。
それでも、立場上ままならないことばかりだと以前もらしていた。
今だって本当は一緒に行きたいんだろうに。
「ザビウス、行くぞ」
主の一声で、俺は村へと向かう。
「主が今怪我して帰ったら、多分シロに薬漬けにされますね」
「容易に想像できることを言うな。ユーリに責められ、ルキシウスの小言を聞かされ、その上シロだ。帰ってからの方が面倒なことこの上ない」
「主は愛されてますね~」
「言っておくが、お前が怪我をすれば私はシロがお前を薬漬けにするのを喜んで協力するだろう。なんなら新薬を試せと嗾してしまうかもしれない」
「ちょ、怖っ!」
「……戯言はさておき、ここからは風の盾を使う」
軽口をたたいているうちに村の入り口手前に着く。
念のため入り口から少し離れた距離から風の盾を張るようだ。
「いらえ 天翔ける風の力よ」
主が詠唱を始めると、魔法陣が光だし空中で拡大し風の盾を形成していく。
「魔を退け害意を払う盾となり我を護り給え」
「え……」
それは主を包むように覆って止まるはずだった。
「なんだこれは……」
主が出現させた魔法陣は風を起こしながらどんどん大きくなり、辺り一帯を覆った。
「主、魔力は? と言うか、なんですかこれ……」
「魔力はさほど持って行かれていない。だが……あれを安易に信用した私が愚かだったかもしれん」
シロ、お前何やらかした!? 俺また怒られるの嫌だぞ!
「見た感じ、村まで覆われてますね。……と、とりあえず行ってみます?」
眉間に皺を寄せ、怖い顔をしている主に声をかける。
こういうのは俺よりユーリさんの方が宥めるの上手いんだよ。ユーリさんは同行できなくて悔しがるけど、俺はなんだかんだいつも損してる気がする。
風の盾の中を進み村へと足を踏み入れる。
倒れ込んでいる村人見つけ抱き上げると、まだ息はあるが胸を押さえ苦しそうにしている。
「しっかりしろ。何があった?」
「村……みな……」
呼吸が上手くできないのか、苦しそうに何かを訴える。村人の顔や首には無数の発疹ができていた。
「発疹……?」
「酷いな。ザビ、原因がわかるまではあまり触れるな」
他の村人の確認をしに、場所を移動しようとしたところで主の元へ伝蝶が飛んできて前へ出した主の腕へと止まる。
「ミラです。シロさんが東の村の件について原因が分かったそうです。……シロさん、ハークハイト様へのメッセージを」
「え? ここに喋るの?」
「そうです」
ミラと驚いているシロの声が聞こえてくる。
「……ハークハイト、原因は鱗粉我の幼虫だと思う。薬箱の黄色のラベルの解毒薬を飲めば症状は治まるはず。風下は避けて、大きな葉のある植物には近づかないで」
メッセージを終えた伝蝶は羽を閉じた。
こんな盾を作り出す魔法陣を渡しといて避ける風も何もないだろう。
「そういうことか」
一言呟いた主は、伝蝶を俺に渡すと薬箱を開いた。
「解毒薬だらけじゃないか」
中身を取り出していくつか確認した主はそう言って薬箱からシロの言っていた黄色のラベルの薬を取り出し、数滴手に垂らして口に含んだ。
「ザビ、お前も数滴で良いから口に含んでおけ。私たちも既に吸い込んでる可能性がある」
それから倒れていた村人に薬を飲ませる。
「ゆっくりで良い。深く息をしなさい」
「騎士様、村人が……苦しんで……」
「大丈夫だ。今助ける」
「異変に気付いた後動けた者はみな、村の奥にある聖堂へ集まっています。どうか……」
薬を飲んだ村人は呼吸が楽になったようで、聖堂の村人たちを救ってほしいと主に縋りついた。
主は、俺が持っている伝蝶に魔力を通すと、
「シロ、連絡助かった。すまないが追加で解毒薬を用意できるか? あるだけ送って欲しい」
短く伝言を入れて飛ばした。
「ザビ、私は先に聖堂へ行く。お前は盾を出る前に口布をして隊を呼びに行け。全員口布をさせてから移動し村へ入れろ」
「わかりました」
それから俺は隊を呼びに行き、隊は全員村の中へ移動した。
聖堂に行くと半数以上の村人が集まっていたが、皆発疹が出ていて苦しそうにしている状態だった。
外で倒れている人たちは、ユーリさんが数人の騎士を連れて村中から聖堂へと運んでいる。
主は子どもたちに先ほどの薬液を水で薄めて飲ませていたが、やはり全員分はなかった。
症状の酷い人は、応急処置として主が持っていた別の薬を飲ませていた。
「ここでできることはこの程度か。薬がないとどうにもならないな」
「他の解毒薬じゃダメなんですか?」
薬箱にはまだいくつかの薬が残っていた。
「魔蛾は種類によって毒の成分が違うからな。正直、シロがあれだけの種類を揃えていてくれて助かった」
「鱗粉我の幼虫って結局何が原因だったんです?」
主は、幼虫である毛虫の毛が固有の毒をもっていてそれが今朝から吹いている強風で村を襲ったのだろうと教えてくれた。
「それって、上着とか脱がせなくていいんですか?」
「風の盾が展開した際に我々が吸い込む可能性のあるものはおそらく全部消えてる。今更だ」
次から次にあの子は……と呟いた声を俺は聞かなかったことにした。
「でも、なんでシロはあんなに解毒薬ばかり作ってたんですかね? 来る日も来る日も薬作ってますし」
「ハクだろ」
「ハクって、一緒にいた怕狼ですか?」
「毒矢が刺さって死んだと聞いている。助けられなかったと後悔していた」
「そういうことですか」
「あの子が一番最初に欲しいと言って渡してきたメモにも解毒薬の材料になる素材ばかりが書かれていた。あの子なりに現実と戦っているんだろう。色々と非常識ではあるが」
「あはははー……」
シロの非常識は森で、人のいない環境で育ったからと言うのもあるけど、度々名前のあがるマオと言うやつの教育も原因な気がする。
ユーリさんが村人を全員聖堂に運び終えた頃、基地からの薬が到着したと知らせが入った。
すぐに主の元へ薬箱とタイマスの茶葉の袋が届けられた。
「なんでタイマス茶?」
「中はもっとカオスだ」
俺が首をかしげていると、薬箱の中を見た主が眉間の皺を深めた。
「あぁ、これ来る前に作ってたクッキーっすね」
「あれは状況をわかっているのか? 何をどうしたら薬の必要な状況に菓子がいるのだ!」
「まぁまぁ、主。シロなりの気遣いですよ。殺虫剤や防虫剤も入ってますし」
もう良い、と言って薬を村人へ配るように騎士たちへ指示してく背中が、帰ったら説教だ! とでも言う雰囲気を醸し出していた。
「ハークハイト機嫌悪いな。どうした?」
取り残されたタイマスの茶葉とクッキーをどうしたものかと見つめていると、住人を運び終えたユーリさんが戻ってきた。
「これですよ」
「何これ? なんでクッキーに茶?」
「シロが薬と一緒に送ってきまして。これどうします?」
「さすがシロだな。先に薬飲ませた子どもたちはもう動き回れるようになってるみたいだし、配ってやったら喜ぶんじゃね? タイマス茶は解毒作用もあるし、この寒さだからあると嬉しいだろう」
「そうっすね」
俺は近くにいた騎士を呼んでお茶を淹れて配ってもらうように頼む。
「俺もちょっと疲れたから糖分欲しい。昼もまだだしな。一個貰っとこー」
「あ、それ……」
「何?」
「いやー……何でもないっす」
ユーリさんが袋から取り出したクッキーはシロが薬を混ぜていたあのクッキーだった。
ポイっと口に入れてもぐもぐと食べるユーリさんを俺は凝視せずにはいられなかった。
「うん。素朴だけど普通に美味いな」
俺の予想に反してユーリさんに特に変化はなく、仕事に戻って行った。
これまでを思うと、あのクッキーを食べたら絶対何か起こると思ったんだけど……。
まぁ本人も食べたらちょっと元気が出るだけって言ってたしな。俺の考えすぎか。
俺は聖堂にある机の上に誰でもとれるようにクッキーを置いた。そうこうしているうちに温かいタイマス茶も振る舞われ、クッキーは子どもたちには当たり前だけど、回復した大人たちも美味しいと食べていた。




