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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
4章

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189/284

152.トゥーイと言う男

「シロさん、領主城と薬草園にあった図鑑お持ちしました」

「ありがとう、ナザロ」

「隊長とみなさんの様子はどうですか?」

「大丈夫だよ。今は落ち着いてる」


 私の返事を聞いてほっとした様子のナザロは、持って来てくれた図鑑を机の上に置いた。


「ねぇ、ナザロ。グーシャって名前に覚えはない?」

「グーシャ? 人の名前ですか?」

「ううん。植物の名前」

「心当たりはありませんね。自分は植物には詳しくないので」

「そうだよね」

「それがどうかしたんですか?」

「ちょっとね。メテルキアにしかない植物って聞いたから」

「そんな植物もあるんですね」


 やっぱりメテルキアの人でも一般的に知られている物ではないようだ。

 私は、グーシャの正体とあの薪について調べるべく、ナザロが置いてくれた図鑑を手にした。


 グーシャ。グーシャ……。


 目次を見てもそう都合よく載ってるわけはなく、私はぱらぱらとページをめくっていく。

 けれど、図鑑に載っているメテルキア特有の植物はどれも見覚えのある物ばかりだった。

 

「私が知らない本は――」


 見覚えのない図鑑を手にしてはめくり、また次を手にしてはめくっても、グーシャと言う植物や、あの薪の模様に似ている木は見当たらなかった。

 珍しいものだとしても、メテルキアの図鑑をこれだけ調べて載っていないのはなんだか引っかかる。

 それからしばらく図鑑を読みふけっているとザビが起きて来た。


「シロ、はよ」

「おはよう、ザビ。良く寝てたね」

「言ったろ? 俺はどこでも寝られるんだよ。それより、今まで本読んでたのか?」

「トゥーイの薪が気になってね」

「シロ、昼食食べてないだろ?」

「あ、忘れてた」


 言われてみれば、朝食を食べた後ナザロが来てバタバタしていたせいか、ご飯のことなどすっかり忘れていた。


「今飯持ってくるから、待ってろ」

「ナザロの分もお願い」

「わかってるよ」


 部屋の中にはすっかり夕焼けが差し込んでいるので、昼食と言うより夕飯に近いご飯を私たちは食べることにした。


「ザビが来る前にトゥーイの薬塗っちゃわなきゃ」


 日に三回から四回、トゥーイには傷薬や化膿止めの薬を塗る必要がある。

 それに加え、他の患者も定時には薬を投与しなければいけない。

 どれくらいで患者が回復するかわからない以上、これから数日は特に油断できない。


「んーっ」


 私は出そうになるあくびを堪え、伸びをした。




 その日の夜。少し仮眠をとると言って自分の部屋へ移動したものの、薬の作り置きの心もとなさや、万が一に何かあった時のためのカルテのまとめなど、やらなければならないことが山積している状況に私は机へと向かっていた。

 あの後、ハークハイトもトゥーイの薪を見に来てくれたけど知らない木の模様だと言っていた。それに、ハークハイトも小枝を触ったけど、特に変わった様子はなかった。

 触っただけで気分を悪くするものではない様だけど、だとすれば、私のあれはなんだったのか……。

 トゥーイが起きて教えてくれるのを待つしかない。


「ふぁ~……」


 考えながらも薬作りをしていた私は手を止め大きなあくびをした。

 二時間もしない内に再び患者の投薬の時間だ。

 今はこれくらいにして少し寝ておこう。時間になればザビが呼びに来てくれる。

 昨日からずっと起きているせいか、横になった私はすぐに意識を手放した。




 それから五日。

 ほとんど眠ることのできない時間を過ごしながらも、徐々にトゥーイ以外の患者たちが回復し始め、私はその嬉しさを噛みしめていた。

 感染症患者の治療をしていると、半数以上が亡くなって行く。

 けれど、この場所では死人は出ず、患者がどんどん回復して行く。

 失いかけていた自信の様なものが少し自分の中に戻ってくる感じがした。


「念のためもう一日安静にして、問題なければ明日から動いて良いよ」


 だんだんと意識がハッキリとしてきた自警団の隊員たちは、私を見て疑いの目を向けたけれど、ハークハイトや仲間であるナザロがちゃんとした薬師だと訴えてくれると、とりあえず納得してくれた。


「シロさんのおかげで、みなさん元気になって本当に良かったです」

「まだトゥーイが残ってるけど、トゥーイも起きてる時間長くなって来たし、もう少しかな」

「本当にありがとうございます!」

「お礼を言うのはまだ早いよ。私、ちょっと外の空気吸って来るね」

「はい」


 寝不足の目に昼間の太陽の光が眩しいけれど、目を覚ますのにはこれが一番なのだ。

 外に出て太陽の光を浴び、メテルキアの雪景色の中、胸いっぱいに冷たい空気を吸い込むと目が覚める。


「シロ、お疲れさん」

「患者さんが元気になると一山越えたって感じするよね」

「後はトゥーイ様だな」

「うん。そのために助けた訳じゃないけど、二十年前の話、聞けるかな?」

「命の恩人に隠し立てはしないと信じようぜ」

「そうだね」


 数分外の空気を吸って部屋に戻ると、元気になった隊員たちがトゥーイを囲んでいた。

 みんな、どこまでも元騎士団長が心配らしい。


「薬師殿、トゥーイ様は本当に大丈夫なのか。こんなに熱があるぞ」

「大怪我してるんだから熱くらい出るよ。それより、今日一日は安静にしてって言ったでしょ?」


 大丈夫かの質問に、大丈夫だってばと答えるのはこれで何回目だろう。

 隊員の約半数が回復した今でこれだ。全員が回復した暁には騒がしくなりそうな予感がした。

 ふふっと未来のことを考えて笑みをこぼしながら、残りの患者の薬を取りに私は隣の部屋へと移動した。


「吐き気止めに頭痛薬は足りてるっと。傷薬は後で作らなきゃ」


 感染症患者の方も一進一退の状況は変わらない様だけど、亡くなる患者もいれば、回復し始めている患者もいるとハークハイトが教えてくれた。

 それに、ザロフやフスカ、リンスキーも良く頑張ってくれているみたいで、患者が回復して薬草園から街に戻ればもっと噂も広がり、手伝いたいと声を上げてくれる者もいるだろうと言っていた。

 絶望のメテルキアに少しずつ小さな希望が灯り始めている様な気がした。


「私も頑張らなくちゃ!」


 よしと気合を入れて患者の待つ部屋へ戻ると、トゥーイが目を覚ましていた。


「トゥーイ、おはよう。気分はどう?」

「問題ない」

 

 何かを質問すると、トゥーイはいつも短く一言だけ答える。

 まだ朦朧としていて傷が痛むせいもあると思っていたけど、ナザロに聞けば、いつもそんな感じの人らしい。


「もう少ししたら包帯替えるね」

「あぁ」


 そしてもう一つ。

 トゥーイは私が看病していることについて何も聞いてこない。

 なぜ子供が? お前が薬師なのか? と聞かれたり、変な顔をされることはこれまで毎回と言って良いほどあった。

 それなのに、トゥーイは言葉にもしないし、顔にも出さない。

 本当の所はどう思っているのかわからないけど、飲み薬を渡しても躊躇なく飲んでくれるし、包帯を替えるのにも素直に応じてくれる。


「その頭巾、取らないのか」

「取りたいのはやまやまなんだけど、ハークハイトに聞いてみないと」

「訳ありか」

「そんな感じ」


 ふっと笑ったトゥーイは、怪我をしていない右腕を伸ばし私の目元を人差し指の甲で撫でた。


「くま、できてるぞ」

「患者が多いからね。でも、今日以降はゆっくりできそうだからちゃんと寝るよ」

「そうか」


 大怪我をしているのは自分だと言うのに、私のことを気遣う彼は、どこかファーガス団長やグラントリーに似ていると思った。

 性格は全然違うけれど、騎士団長にまでなる人間と言うのはどこか似たものがあるのだろう。


「シロ、薪はどうした」

「ちゃんと人が勝手に触らない様に保管してる。早くあれのことについても聞きたいから頑張って回復してよ」

「厳しい薬師だ」


 意識が戻って一番に自分の薪の所在を聞いたトゥーイは、あれを人の手の届かない場所に保管しろと話したため、私はハークハイトに相談して薬草園の鍵のかかる保管室に薪の束を移した。

 二十年前を知る男が持つ、謎の薪。

 そう言葉を並べると不穏な気配がするけど、二十年前と薪が繋がっているのかもまだわからない。

 なんとなく、二十年前の話が聞けたらいいなと軽く考えていた私は、この後トゥーイから語られる過去にイリヤやマオが目指した知られざる目的を知ることとなった。

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