145.メテルキアの薬草園
患者受け入れ準備のために薬草園を訪れるべく、私たちは一度メテルキア領主城を出た。
ダレンは食事や資料整理のためデリアルと領主城に残っている。
「領主城の隣って言ってもちょっと距離あるね」
フェリジヤの領主城にも薬草園はあるが、あくまでもフェリジヤの薬草園は領主城の一角に存在するエリアなのに対して、メテルキアの薬草園は独立した施設で、薬草園だけで領主城の敷地と同じだけの面積があると言う。
さすが、貴族・平民関係なく、誰にでも等しく手が届く薬をと言う理念の元作られただけはある。
「いいなー」
領主城の敷地内にある薬草園へ続く道をしばらく歩くと、大きな門の向こうに薬草園の研究施設と思われる大きな建物が見えた。
あんな巨大な施設なら、薬草は育てたい放題だし、研究もし放題だ。
門から研究施設入り口まで行く道のりにも両側に花壇の様な土のあるスペースが見える。閉鎖と共に植物は処分されてしまったと言うが、ここにもきっと薬草の類がたくさん植えられていたのだろう。
使徒 その運命を終える時 命の灯 潰えん
――使徒様の最期を暗示する言葉なのです。
何も無くなった場所を見つめていると、不意にさっきのデリアルの言葉を思い出した。
もしも、聖典にある様なことが起きた場合、十分にご注意くださいとデリアルは言ったけれど、私は使徒じゃない。
それなのに、なぜだか最後の一文が妙に気になった。
――そのこと、ハークハイトには……ううん、誰にも言わないで。
そしてなぜだかそう口にしていた。
誤魔化す様に、「使徒のつもりはないけど、みんなに余計な心配かけたくないから」と言うと、デリアルもそうですねと納得してくれた。
私の運命。
本当に使徒であるつもりはない。
けれど、だとしたら、不可思議で曖昧な私の存在が行きつく先は一体どこなのだろう。
「シロ……シロ!」
「な、何?」
「何をぼけっとしているのだ」
「ごめん。あ、ほら、たくさん植物植える場所あっていいなーって」
「この土地の薬草を全て一人で管理するつもりか」
「一人は大変だけど、ここがもらえるなら考えちゃうよね」
「くだらんことを考えていないで、さっさと施設内を見て周るぞ」
なんとかハークハイトを誤魔化したところで、領主城で預かった鍵を使い薬草園の研究施設へと入ると、入り口には応接用の椅子などがあった。
廊下を進む中で、窓から見える各部屋の中には研究をしていたことが伺える道具などが見えた。
「患者の受け入れは一先ずここで行う」
さらに先へと進み、他の部屋よりも大きな扉が付いている部屋へと入ると、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。
「ここは?」
「元々は食堂だ。奥の厨房でお湯なども用意できるし、扉で仕切られた小部屋もあるから備品類も置ける。十分な広さもあるため、患者の受け入れはここが最適だろう」
フェリジヤ騎士団の食堂より何倍も広い食堂は、この薬草園で働いていた人数の多さを物語っていた。
「寝台などの運び込みは後で行うとして、念のため施設の中を見て周るぞ。何かあった時のために全員道を覚えておけ」
「外も行こう!」
「順番だ。それより、道順を覚えないと迷子になるぞ」
「大丈夫だって!」
ここへ来る途中で見た各部屋も気になっているけれど、やっぱり一番気になるのは薬草類を様々な環境で育てられた外の設備だ。
「外が気になって道を覚えないのも困るし、先に外へ行くか」
「やったー!」
「ただし、外の設備は特に稼働が難しい。見たからと言って、使えるとは思わない様に」
わかったと私が了承すると、ハークハイトは食堂を出て外へと繋がっている道を進んだ。
「この先に人工池がある」
「人工池!」
だが、建物の外へ出ようと勢いよく駆け出し扉を開けた私は、そこで言葉を失った。
「まぁ、そうなるよな」
さも当然だと言わんばかりのザビの言葉に私は、唖然とした顔でザビを見上げた。
「シロ、二十年も放置されてるんだぞ? 代理領主と数人の部下しか派遣されていないことを考えれば、管理なんて大してされてないに決まってるだろ」
「これじゃぁ外出られないじゃん!」
「そこは主たちに任せれば問題ないって。主も、こうなってることは分かってるはずだしな。ですよね、主」
「あぁ。それより、仮にも敵地。君は勝手に一人で走り出すんじゃない」
「はーい」
「少し下がっていなさい。天風!」
ハークハイトが手のひらを外へと向けると、蔓延れるだけ蔓延った雑草たちが直線上に綺麗に一掃された。
草がなくなると、下に石畳の道が見えた。
「その道を行けば人工池だ」
「早く行こう!」
「シロ、この状況を見ればわかると思うが、人工池も恐らくは」
「わかってるよ。私より背の高い雑草まみれかも知れないってことでしょ」
私よりも高い雑草が生い茂る中、ハークハイトによって作られたまるで草の波を割ったかの様な道を進むと、ツタの巻き付いた柵が見えて来た。
苔むした数段の石階段を上ると、これまた苔むし、雑草に飲み込まれそうな、廃れ行く人工池が姿を現した。
「この場所……」
池を見てすぐに分かったことは、だいぶ様相は変わってしまっているが、ハークハイトのお母さんの描き残した絵がこの場所だと言うことだった。
そして、そこから振り返る様に研究施設の建物を見れば、ツタの生い茂った建物の絵はここから研究施設を描いたと言うこともすぐに分かった。
けれど、現在の建物にツタは巻き付いていない。さすがに建物の手入れくらいはされているのかも知れない。
「元の池の姿も見てみたかったな」
あの絵の通りならば、この人工池の周りには数多の草花が咲き、池にもまた薬になる水草や花があったのだろう。
それなのに、閉鎖され鳥避けも排除され放置された結果、この場所は一部の魔獣や虫などにとって人間のいない天国のような場所に変わってしまった。
そして、その結果池は渡り鳥を呼び寄せた……。
「ねぇ、ハークハイト。確かに全部を綺麗にするにはお金も時間もかかるけど、さっきみたいに雑草類を刈り取って焼くくらいはできる?」
「代理領主がいるのだから多少の手は入れられていると思ったのだが、まさかここまでとは私も思っていなかった。一時的な対応とは言え、やらねばならないだろうな」
「幸い、患者を入れる前だからここには俺たちしかいないしな」
手分けしてやっちまおうぜとユーリが言うと、二人はさっさと二手に分かれて池の周りや施設周りの雑草を刈り取って行った。
そして、長い間手つかずで、見た目は廃墟とも言える空気を醸し出していた建物が徐々に元の様相を取り戻していく様は、圧巻だった。
と言うより、誰も見ていないからとハークハイトが遠慮なく魔法を使うからものすごい勢いで雑草が無くなって行くのだ。
冬だから魔獣も虫もそれほどいないけれど、時期によっては逃げ出す生き物でお祭り騒ぎになっただろう。
結局、ユーリの三倍ほどの量をハークハイトがこなし、雑草の刈り取りはあっという間に終わった。
「主、凄い勢いでしたね」
「普段は怪しまれない様に魔力を制御しているが、魔力の制御は神経を使う。だが、ここではその必要もないからな」
「さすがっすね」
「お前、俺いらなかったんじゃね?」
ユーリがやらないと言うことはあまり考えてなかったのか、珍しくユーリの言葉にコンマ数秒の間ができた。
だが、何もなかったかの様に、戻るぞとハークハイトは建物の中へと戻って行った。
「ハークハイト! 人口の沼地は?」
「沼などとっくにない。諦めろ」
池を見たら沼地もみたいと思っていたのにとハークハイトを呼び止めるが、この人工池の在り様を見るに、沼地などなくなっていると言われれば、そうなのだろうと納得してしまった。
そして、私たちもハークハイトを追いかけ研究施設の中へと戻った。
私の背よりも高い草が刈り取られたため、研究施設の横から池の方へ小川が流れているのが見えたけれど、この時の私はあまり気にも留めなかった。




