144.聖獣教会の聖典
夕飯を食べ終えると、ダレンが紅茶を運んできてくれた。
「ありがとう、ダレン」
全員分の紅茶が運ばれると、デリアルはコホンと咳ばらいをして聖獣教会の教えについて話し始めた。
「我々貴族には日常的に神を崇める習慣はありません。ですが、その昔の貴族たちは精霊信仰をしていたと古い文献に記述があります。ではなぜ、大昔の貴族たちは精霊信仰をしなくなってしまったのか。その原因となったのが、聖獣教会の聖典に記されている太古の戦争なのではないかと学者の間では言われているのです。簡単にですが、聖獣教会の聖典にある大地創生についてからその戦争までをお話ししましょう」
古い聖典には、国造りの神は遠く離れた大陸から海を渡り、現ノバジーナス王国の大地を築いた後、大地を守る精霊を作ったと示されている。
そしてその精霊たちは、大地を潤すために植物や魔獣を創造し命を与えた。
そうして続く平和の大地に、ある日、遥か海の向こうから渡り人が船に乗って現れた。
「この渡り人が、我々の祖先だと言われています。彼らは、長い間海を渡ってきたことで酷い飢餓状態にありましたが、これを助けたのが精霊たちでした」
それから、人間は精霊たちと仲良くなりこの大地に根付き、精霊は魔法を知らない人間たちに力を授け魔法を教えた。
勤勉な人間たちはなかなか習得できない魔法を挫けずに練習し、いつしかできる様になったのが、火・水・風の魔法だった。
「ですが最初こそ平和にやっていた大地の人間たちは、魔法を覚えいつしか力をつけると、精霊とは徐々に距離を置くようになり、少しずつ人間同士で争う様になったのです。争いの理由については記されていませんが、恐らく権力や資源を巡ってのものでしょう。この時には既に、現在の平民の様に魔力を操れない人種も存在したと言われていますから、そう言うところも関係しているのかも知れません」
激化する争いに、いつしか大地は焼き尽くされ、多くの精霊や魔獣たちが人間の争いに巻き込まれ犠牲となった。
「そんな折、失われた命の多さを嘆いた精霊が大地の秩序を守る存在として作ったのが、現在の神獣だと聖典には書かれています。そして当時、その神獣とこの国の争いを治めるために尽力したのが、同じ容姿を持つ人間の使徒様だと記されているのです。そして――」
世が乱れ 数多の命失われし時
道を正すため 神は使徒を遣わせん
使徒 白き御髪をたなびかせ 神獣を共に大地を駆けり
癒しの雨を降らせ給ふ
「聖典の最後にはそう記されています」
結局、この戦争をきっかけに人間と精霊は決別。
精霊たちは現世から姿を消し、大地には神獣だけが残った。
「大変古い資料になるため、若干の穴はありますが大筋はこんな感じです。で、この太古の戦争についての記述が、実は古代書の解読されている一部と見事に合致しているのです! と言うことは、この大地創生から戦争までの歴史も事実かも知れないということなのです!」
「なるほどな。デルはそれで聖獣教会に詳しいと言う訳か」
「古代書を読み解く鍵は、聖獣教会の聖典に眠っているかも知れないのです」
長いこと興奮気味に喋っていたデリアルは、少し落ち着いたのかふぅっと息を吐いた。
「ですので、シロ様はまさに使徒様なのです!」
「えー……」
容姿が合致しているからとかそんな理由で勝手に使徒様認定されるのはちょっと違う気がした。
けれど、不意に横を見ればハークハイトが少し難しい顔をしていた。
「聖典や古代書に使徒様に関する記述は、そう多くはありません。ですが、古代書の方は使徒様について書かれた章には薬や万物を癒す等の単語も見られています。この辺りはまだ文章として解読されてはいませんが、薬師としてメテルキアを救いに来たシロ様は使徒様と言われてもおかしくはないと思います」
そう言われても、私に神の知り合いはいないし、遣わされた覚えもない。
「やめてよ。私は普通に薬師として患者を助けに来ただけなんだから」
「奇跡を起こしたりは、これまでにないのですか?」
「ないよ。デリアル、あんまりしつこいと怒るよ」
「そうですか……」
むぅっとほっぺを膨らますと、さすがのデリアルも肩を落としながらそれ以上の追及はしてこなかった。
「デリアル、君は聖獣教会の聖典を持っているのか?」
「はい。ここにも持って来ているのでご興味ありましたらお貸し致します」
「では少しの間借りても良いか」
「もちろんです!」
「ハークハイト……?」
突然聖典を読みたいと言い出したハークハイトに、まさか信じたのではと私は驚いてしまった。
「別に君が使徒だと思っているわけではない。聖典に関する単純な興味だ」
「なら良いけど」
「さて、聖典の話も聞けたところで今日はもう遅いし、寝るぞ。デル、ハークハイトに聖典を渡すのは明日にしてくれ。今から渡すと夜通し読みかねない」
「かしこまりました。泊っていただくみなさんのお部屋はそれぞれ用意していますので、ご自由にお使いください」
話がひと段落したところで、ユーリの声掛けにより私たちは解散となった。
案内された部屋はハークハイトの向かいの部屋で、隣はザビの部屋だった。ユーリの部屋はハークハイトの横だ。
ちなみにカオたちは使われていない厩を使わせてもらっている。
「みんな、おやすみ」
そして、色々あった一日を終え、私たちはそれぞれの部屋で眠りについた。
翌朝。
部屋の扉をノックする音で目が覚めると、朝陽がすっかり昇っていた。
野宿続きで疲れていたのか、久々のふかふかお布団で寝過ごしてしまった。
「シロ、いつまで寝ている」
「んー」
もぞもぞと布団から出て扉を開けると、ハークハイトとザビが立っていた。
「おはよー」
「今日から患者を迎えるのだろう? 薬草園の方も見に行っておかないと迎えられないだろう」
「そうだね」
薬草園……。
眠い目を擦りながら、ハークハイトの言葉を頭の中で反芻していると、急激に意識が覚醒した。
「そうだ! 薬草園!」
「急に大きな声を出すんじゃない」
「すぐ準備する!」
「まずは朝食だ。君のお待ちかねの食事が来ているぞ。早く顔を洗って着替えて来なさい」
「基地のご飯!」
「君は忙しいな。先に行っているぞ」
急いで準備を終えて部屋を出るとザビが待っていてくれた。
「ザビ、待っててくれたの?」
「ここじゃ、俺はシロの護衛だからな」
「そっか。じゃぁご飯食べに行こう」
お待ちかねの食事に心躍らせ向かうと、そこには懐かしい基地の食事が並んでいた。
堅いパンは変わらないけど、野菜と果物にお肉など、バランスの良い食事がそこにはあった。
「数日後にはエイダ様が手配してくださった食材が定期的に届く。その後は、それらを使った自炊となる。ダレン、食事の準備は君に任せても良いか?」
「もちろんでございます」
「行商の人が来てくれるの?」
「メテルキアは危ないからな。食材を転移魔法で送ってもらうことになった」
「魔力問題は?」
「それが、薬を作る際に素材から魔素を抜くだろう。あれを転移の魔法陣で行い、魔法陣が発動する手前で止めれば後は使いたいタイミングで人が魔力を少し入れるだけで簡単に使える様になることが分かった」
「素材の魔素を転移魔法陣に貯めるってこと?」
「その様だ。レパルが商品を王族に納品する際、編み出した方法らしい。全く彼は商魂たくましい」
考えたこともなかったけど、確かに理にかなっている。
「食事問題もこれで解決だし、ある程度の援助はエイダ様がしてくださる。我々は、メテルキアの感染症封じ込めに専念するぞ」
「そうだね」
朝食を食べ終え、薬草園へ向かう準備をするため一度部屋へ戻りバッグの中身を整理していると、扉をノックする音が聞こえた。
ハークハイトの元に用事があると出て行ったザビが戻ってきたのかと扉を開けると、そこにはデリアルが立っていた。
「デリアル?」
「おはようございます、シロ様」
「呼び方、シロで良いよ。それより、何か用事?」
「シロ様、あ、いえ。シロ、あなたに少しお話しておきたいことがありまして」
昨日はあんなにテンション高く聖獣教会について語っていたデリアルだったのに、今日はなんだか元気がない。
「話?」
「この聖典についてです」
デリアルは腕に抱えていた聖典を静かに見つめた。
「実は、ハークハイト様にお渡しするのに、久々に私も聖典を読み直したのです。そして、思い出したことがあるのです」
「思い出したことって?」
「それが、その……」
どんよりとした空気を醸し出すデリアルに先を促すと、デリアルは気まずそうに話を続けた。
「こちらの、現在使われている聖獣教会の聖典は、古い言葉で書かれた旧聖典をわかりやすく書き直した新しい聖典なのです。内容自体は現代の言葉にわかりやすく訳されただけなのでほとんど変わりはないのですが、新聖典になる時、旧聖典から消された一文があると言われています」
真実かどうかは、旧聖典を知らないため定かではないのですが……。
目を伏せたデリアルはそう言うと、悲しい顔をして私を見下ろした。
「その消された一文と言うのは」
使徒 その運命を終えし時 命の灯 潰えん
「使徒様の最期を暗示する言葉なのです」




