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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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15.フェリジヤ城の薬師

 ハークハイトの伝言を聞いて、すぐさま薬室で解毒薬の準備する。

 作り置きが数本。今ある材料で作れる分も作れば薬瓶二十本くらいはできるはず。

 私は急いで解毒薬を作りはじめる。


 その間、処置室の人たちにはタイマスのお茶とできたてのクッキーを色々出してゆっくりしてもらっていた。

 薬を飲んですっかり動けるようなので、おそらくもう問題はないだろう。


 レーナとミラは私が薬を作っている間に輸送手段を確保してくると言って出かけて行った。


「薬足りるかな? スペースあるしせっかくだからクッキーも入れとこ。ハークハイトもきっと見るから、勝手に食べさせたことにはならないよね?」


 私は薬箱の空いたスペースに薬入りのクッキーを袋に詰めて入れた。

 魔蛾の瘴気に当てられたなら魔力回路が弱ってる可能性もある。このクッキーはきっと助けになると思う。


「そうだ! これもいるよね?」


 古代樹の根で作った殺虫剤と虫除けも薬箱へと詰めていく。量が足りるかはわからないけど、あれば役に立つだろう。

 不測の事態とは言え、植物ごと燃やし尽くすなんてことにならないことを願いたい。

 薬箱がパンパンになった所で、レーナとミラが薬箱を受け取りに来た。

 処置室の机で複雑な魔法陣のかかれた布を広げる。


「何これ?」

「転送用の魔法陣。大きさに比例して魔力が必要だからあまり大きい物は運べないけど、薬箱くらいならすぐ送れるわ」


 森の外には便利な道具がたくさんあるんだな。


「他に送る物はない?」


 レーナにそう聞かれてなんだかとても不安になった。


「あ! 倒れた村の人いるならこれも送ろう!」


 私は、タイマスの茶葉の袋を薬箱の上に置いた。


「じゃぁ、送るわよ」


 レーナが魔法陣に触れ魔力を通すと、魔法陣がピカッと光って上に置いてあった薬箱とタイマスの茶葉の袋はなくなっていた。


「これでひと段落かしらね。あとは東の村のハークハイト様からの連絡を待ちましょう」




 ハークハイトに薬箱を送ってから数時間後、伝蝶で連絡が来て村の人は全員無事に助かったそうだ。


「それにしてもシロはよく鱗粉蛾だってわかったわね」

「この時期に発疹の出るような毒を放つ植物は滅多にないけど、冬になるにつれて害を出す魔虫は結構いるから。発疹、呼吸困難、強い風ってなれば鱗粉蛾の幼虫かなって。秋の終わりとは言っても少し早い気もするけど」


 それに、村を襲うほどの威力の量の虫が発生するなんてちょっと信じられない……。


 ――コンコンコン。


 処置室でレーナや騎士の人たちと話をしていると、ドアをノックして一人の騎士が入ってきた。それからドアの向こうにもう一人いるのが窓ガラスに映るシルエットでわかった。


「薬師様がお着きになりました」

「あ……」


 しまった! とレーナが声をあげる。


「バタバタしててすっかり忘れてた! どうしよう!」

「それより、シロさんどうしましょう? 城の人とは言えハークハイト様不在の時に外部の目に触れるのはまずいんじゃ……」

「でも、シロがいないと薬はどうやって? とかって話にならない?」

「そんなこと言っても……」


 何やらレーナとミラが慌ててこそこそと相談をしている。

 先発隊だった騎士の人たちも私を見て困った顔をしている。


「フェリジヤ城から参りましたガンフと申します。騎士団から領主様へ薬師の要請があったのですが、患者はどちらに?」

「「あ……」」


 処置室に入って来たのは白衣を着た白髪混じりの初老の男性だった。




 処置室に入ってきたガンフに対して、ミラが患者の症状は治まったけれどハークハイトの指示で動いた結果のため詳しいことはわからないと説明した。


「……えっと、つまりハークハイト様が戻られるまで詳しいことはわからないと?」

「はい、申し訳ありません」

「いえ、私は患者が無事ならそれでいいんですよ」


 そして、私はなぜかミラの後ろでレーナに肩を掴まれ口を覆われている。


「ですが念のため、患者さんたちを見てもよろしいですか? 私も一応仕事をしないといけませんから」

「はい」


 カバンを開け聴診器を取り出して、先発隊の人たちを見ていく。

 少しだけ見えたカバンの中には薬や器具が色々入っていた。

 見たい! と思って一歩踏み出そうとしたところで、レーナに肩をぎゅっと掴まれた。


「シロはミラの後ろから出ちゃダメ」


 私にしか聞こえない小さな声でレーナはそう言った。

 なんで? と思ったけど、仕方なくガンフの動きを見るだけにした。

 ガンフは聴診器で呼吸音を聴いて、手首や首の発疹を確認している。


「あなた、ここだけ随分発疹が引いてますが、何かしましたか?」


 私が薬液を直接かけた人の手の甲を見て、ガンフが疑問を口にする。


「あ、いや、それは……」


 彼は口ごもってチラリと私の方を見た。

 どうして薬液をかけたからと言わないんだろう。他のみんなも解毒薬を飲んだから治ったって言えば良いだけなのに。


「ところで、ずっと気になっていたんですがその子は?」

「この子は、騎士団が保護した迷子なので薬師様は気にしないでください」

「ふむ……」


 ガンフは私を見て何か考えこむ仕草をすると、椅子から立ち上がり私の前までやって来る。

 近くまで来た彼からは樹木や花の甘い香りがした。

 この人……。


「君がシロかな? 今回は黒っぽいけど」


 あははは、と年齢に反してガンフは悪戯っ子の様に笑った。

 特徴的な丸眼鏡にキラリと光りを反射させると、


「僕の薬を見せてあげようか?」


 見たい!

 私はレーナに口を塞がれたままコクコクと頷いた。


「シロ!」


 レーナが焦った様に名前を呼ぶが、マオ以外の薬を見られるチャンスなんて滅多にない。あのカバンの中を見てみたい。


「お嬢さん、大丈夫ですよ。ハークハイト様が戻られるまでちゃんと私はここにいてあげますから」

「あの、薬師様? どこまで知って……?」

「さて、どこまででしょうね? ……全員問題ないようだし、君たちは持ち場に戻って構いませんよ。シロの面倒は私が見ましょう」


 こちらで一緒に話をしよう、とガンフがカバンを持って薬室の方へと入っていく。

 私は力の緩んだレーナの手を外して後を追って薬室へと向かう。


「シロ、薬は好きかい?」


 薬室の椅子に座ったガンフはいきなりそう尋ねて来た。

 私はガンフの横の椅子に移動する。


「んー、好きとは違うと思う。薬は誰かが怪我や病気をしてしまった証だから」

「ではなぜ君は薬を学び、作る?」

「強くなりたかったの。薬学の知識や誰かのための薬は私を強くしてくれたし、守ってくれたよ」

「強く、か。そうか……」


 そうか、そうか! と言ってガンフは私の頭を豪快に撫でる。


「ガンフ、薬見せて」


 それから私はガンフに色んな薬や器具を見せてもらった。

 作り方や効能を丁寧に教えてくれる様子は、森でマオに薬を習っている時の様だった。

 そしてマオと同じくらい薬のことに詳しくて、フェリジヤの薬の話をたくさんしてくれた。

 領主付きの薬師で、領主城の薬草園も管理しているのだそうだ。


「この国の治療法は今、命の魔法、治癒魔法の研究に向きつつある」

「治癒魔法?」

「そう。薬ではなく魔法で怪我や病気を治す研究だよ」

「そんなことできるの?」

「どうかな。魔力回路の活性化をすると人の治癒力は格段に上がる。それをヒントに魔法による治療を開発できないかと言う試みだ」

「使える命の魔法か魔法陣は誰か見つけたの?」

「どうだろうね。ザクシュルが主として行っている研究で、フェリジヤの人間はほとんど参加していない研究だからね」


 魔法や魔法陣は四大元素の術式や補助術式を組み合わせて作るもの。そして、四大元素とは別に新しく発見された元素に命と呼ばれるものがある。けれど、それにより人の命をどうこうする様な魔法や魔法陣を見つけた者はいない。

 そもそも、四大元素の内、火・水・風魔法は人間にも使える魔法だけど、土魔法だけは一部の魔獣や魔動植物にしか使えない。

 例え命の魔法を発見しても、人間が使えるとは限らない。


「薬は必要なくなるの?」

「どうかな。命の魔法はきっと他の魔法に比べて複雑で難しい。そう簡単に見つけられるならとっくに発見されているし、使われている。と言うことはどう言うことかわかるかい?」

「見つけたとしても、使える人が少ない?」

「そう。だから、誰もが簡単にとはいかない。結局そこを埋めるのは僕たち薬師だと僕は思う。薬が必要な人はたくさんいるからね」


 ふわりと甘い香りをさせて話す彼は、きっとマオや私と同じなんだろう。

 魔法も薬も一長一短。過ぎた力は不幸を呼ぶし、無力では何も救えない。私はそれを嫌と言うほど知ってる。


「ガンフ」


 私は自分のバッグの中から錠剤を取り出しガンフの手を取って乗せた。


「これは?」

「今のガンフに必要なもの。この爪、身体からする樹木や花の甘い香り。一日何時間、草木に囲まれてるの?」


 魔力の元である魔素は空気中どこにでも存在する。

 けれど、ビニールハウスや屋内で多くの薬草や樹木を管理している場合、中の魔素濃度は必然的に濃くなって行く。

 日に一、二時間程度なら問題なくても毎日何時間もその中に籠もれば、人の身体に影響を及ぼす。

 体内に取り込まれ余った余分な魔素は消化しきれず末端に溜まり爪が黒くなる。マオが研究用の薬草作りに没頭するあまり同じ症状に見舞われたことがある。


「何も聞かずにそんなことまでわかるのか。これを飲めば治るのかい?」

「一時的な緩和だよ。爪が黒くなってきたら、空の魔石に魔力を移すとか、何でもいいから魔法を使って魔力を減らすとかしないとだめ」

「これは君の薬じゃないのか?」

「薬はいつだって必要な人のために存在するの。目の前に必要な人がいれば使うのは当然でしょ?」


 私は、処置室に置いてあるタイマス茶をコップに入れてガンフに渡した。


「お金はとらないのかい?」

「ふふっ。ここの人はすぐその話になるんだね。欲しいものがある時お金があると便利って言うのはわかったけど、いつもお金と交換してたら、お金がなくて薬が欲しい人は困っちゃうでしょ?」


 私がそう言って笑うと、彼は驚いた顔をした後なんだか泣きそうな顔をして笑った。


「そうだね。シロ、ありがとう」


 優しく私の頭を撫でた彼は、手のひらの薬を口に入れタイマス茶を飲み干した。


 ――コンコンコン。


「ガンフ薬師、シロ、ハークハイト様たちが帰還されました」


 開けたままにしてあった薬室のドアをノックしたレーナがハークハイトの帰りを知らせに来た。


「さてさて、久々の再会だ。シロ、一緒にお出迎えに行こうか」


 ガンフは立ち上がると笑顔で私に手を差し出した。そこにはもう泣き出しそうな顔はなかった。

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