142.隔離地域に眠る魔石たち
魔狼に乗り慣れないダレンのために目的地へは歩いて移動した。
「申し訳ありません。馬があれば良かったのですが……」
「構わない。困窮したメテルキアに馬が残っているとも思えないしな」
売られてしまったのか、食べられてしまったのか。
貴族であれば当たり前に所有している馬の気配が、ここにはない。
恐らく、領主城にすらいないだろう。
「それよりぼっちゃま、風の盾を長時間出し続けていますが大丈夫なのですか?」
「魔力については何も問題ない、心配するな」
「問題ないってぼっちゃま、元々魔力は高い方だと知っていますが、いかほどの魔力量になられたのです?」
「悪いがそれについては聞いてくれるな。無用な火種になる。それに、大衆の目は避けて使っているから安心しろ」
心配そうにハークハイトを見つめるダレン。
彼にとって、ハークハイトはまだメテルキアにいた頃の幼いハークハイトのままで、心配で仕方ないのだろう。
「中心地はこの辺りか」
貴族街と平民街を分ける大通りを進み、中間地点の辺りまで来るとハークハイトは立ち止まった。
「魔力感知」
そして、隔離地域の中を確認する様に薄い薄い魔力を広げて行った。
「ぼっちゃま、何を?」
「ダレン、大丈夫だよ。少し待ってて」
魔力感知を知らない人間からすると、ハークハイトが今何をしているのか全く分からないのだろう。
しかも、風の盾を使いながら隔離地域全体を見るなんて、とても正気じゃない。
きっとそれが、一般的な捉え方なのだろう。
「シロ様、ぼっちゃまは何を?」
「隔離地域の中の生存者と魔石を調べてるの。感染症に侵された魔石はちゃんと埋葬してあげないと、感染源になりかねないからね」
「フェリジヤでは、不思議な魔法があるのですね」
「魔力感知を使ってたのはマオだよ。私がそれをハークハイトたちに教えたの」
「シロ様も魔力感知とやらが使えるのですか?」
「私、魔力はあるけど魔法は使えないの。それよりダレン、私のことはシロって呼んで」
「シロ、ですか?」
「うん!」
「できることなら、私のこともぼっちゃまではなくハークハイトと呼んで欲しいのだがな」
「ハークハイト、終わった?」
「あぁ」
ダレンと話していると、いつの間にかハークハイトは魔力を戻していた。
「生存者は見つかった?」
「いや、やはり魔石ばかりで生存者の確認はできなかった」
「魔石のある場所はばらばら?」
「それが、不可思議なことに一か所へまとめられている」
「誰かがまとめたのかな?」
「私の感じた限り、家の中に残っている魔石すらない。生きている者がまとめたとしか考えられない。だが……」
知らないだけで誰かが隔離地域に入って死者の魔石をまとめてくれていた。
なんら不思議な話ではない様に思うけれど、ハークハイトは難しい顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや、とりあえず向かうとしよう。一か所にまとめられているのは好都合だ」
行ってから考えることにしたのか、歩き出したハークハイトに私たちも続いた。
ハークハイトに続き辿り着いた場所は、平民街にある枯れた木の下だった。
「すげー量っすね……」
「これ全部、死者の魔石か? 百や二百って数じゃないぞ」
ザビやユーリが驚くのも無理はなく、木の下に無造作に集められた魔石は、恐らく千や二千は優に超える。
それは、エイダに聞いた話や領主城でデリアルに見せられた資料から推測できた数ではあったけれど、目の前に広がる土さえ見えない程の量の魔石が積み上げられた景色には言葉を失うものがあった。
「ですが、おかしいですね」
「ダレン、何がおかしいの?」
「いえ、ここにあるのは恐らく貴族、平民関係なく集められた死者の魔石でしょう。ですが、本来身分によって魔石の埋葬場所は異なります。貴族の人間がこの様な形で集めるとは思えませんし、平民が集めたにしては、なぜすぐそこにある教会ではなくこの場所に集めたのか、不可解でなりません」
「お前もそう思うか、ダレン」
「はい、ぼっちゃま」
ハークハイトが難しい顔をしていたのは、それが理由だった様だ。
確かに、ここから少し先に教会の屋根が見える。墓地に埋めるつもりだったなら、わざわざここに集める意味はなかった様に思う。
それと、気になるのはあの枯れた木だ。
「シロ、何をしている」
私は、引き寄せられる様に魔石をかき分け枯れ木の元まで行くと、それに触れた。
「みんなを運んでくれたの……?」
なんだか、この木が魔石たちを守っている様な気がして、無意識にそう口にしていた。
「シロ。風の盾の中だからと言って、病魔に侵食された魔石の中に入って行くなど何を考えている」
「ごめん。ちょっと木が気になって」
木に触れ見上げていると、ハークハイトが後を追って魔石の中を入って来た。
「ただの枯れ木だろう?」
「そう、なんだけどね……。この木、すごい枝垂れがあるけど、何の木だったのかな?」
「桜ではないのか?」
「ぼっちゃま、それはしだれ梅ですよ。冬の終わりを知らせるしだれ梅は、近隣の住民に愛されていた木なのです。本来なら、もう少しすればつぼみをつけ始め、冬の終わりを告げる様に満開になるのですが、街と共に梅も枯れてしまったのですね……」
寂しそうに梅を見上げるダレンは、昔は花見をしに人が集まっていたと話してくれた。
「ねぇ、ハークハイト。この梅、咲かせられないかな?」
「何を言っている」
「魔石を土に埋めても手向けの花ないしさ。街の人が愛した梅、最後に見せてあげたいなって。まだ少し魔力の気配があるし、完全に枯れちゃった訳じゃないと思うの。だから、私の涙で咲いたりしないかなって?」
命を奪うも与えるも思いのままにできる神獣の魔力を持つ私なら、梅を咲かせることもできるんじゃないかと、馬鹿な考えをしていることはわかってる。
でも、何千人単位の死者を弔うのに、ここには花の一輪もない。
それに、みんなを守ってくれていた気がするこの梅が、私の魔力を欲している気もした。
ダメかな、とハークハイトに訴えると、ハークハイトは少し考えてから顔を上げた。
「私に考えがある。君は魔力を使うな。それに……」
「それに?」
「君はそんなにも自在に泣けるのか?」
「それは、なんかいっぱい腕つねったりとか、何とかどうにかして?」
「つくづく計画性に欠けるな」
「だって……」
「とにかく、魔石の埋葬が先だ。それと、考えがあるとは言ったが、もし木が咲かなかった場合は、私がフードの下でカフスを取る。それで我慢しなさい」
「わかった!」
ダメだと言われるかとも思ったけど、ハークハイトは梅が咲かなかった時のことまで考えてくれた。
私はそれが嬉しくて、せっせと魔石を埋めるために地面を掘った。
気付けば日は暮れ、もうすぐ真っ暗になろうとしている頃、ようやく全ての魔石を埋葬し終えた。
千を超える人間が死んで行った現実は、メテルキアで起きている惨事のほんの一部の出来事で、これがもっと多くの地域に広がっているのかと思うと、いったいどれだけの死者がいるのだろうと胸が痛んだ。
「これで全部だね」
「終わったー! 結構掘ったな」
「ザビ、たくさん掘ってくれてありがとう」
「埋葬してやんなきゃ、報われないからな」
「ダレンもありがとう」
「シロ。私の方こそ、ありがとうございます。メテルキアの民をこうして埋葬してくださって、感謝の念に堪えません」
もっと早く来ていたらと後悔はあるけれど、今は死者たちが安らかに眠ってくれたらと祈るばかりだ。
「ユーリ、盾を変わってくれ」
「あいよ。まさか、またあれが見られるとはな」
「上手く行くかはわからんぞ」
「大丈夫だろ、ハークハイトなら」
お待ちかねの時間だと、どこか弾んだ様子のユーリが風の盾を張り、ハークハイトは盾を仕舞った。
「ダレン、今から見ることは他言無用。理由も聞いてくれるな」
「何をするのですか?」
「ただの魔法だ」
何をするのだろうと首を傾げるダレンとザビと私を背に、ハークハイトは木の下へと進んだ。
「夜の森歌 生命の灯」
ハークハイトが何かの詠唱を始めると、ふわりと周りの魔力の流れが変わるのを感じた。
「響け響け 雛鳥の鈴音 歌え歌え 豊穣の花」
そして、まるで詠唱に呼応するかのように梅の木に魔力が集まると、大きな魔法陣が浮かび上がり、さっきまで枝しかなかった梅の木に花のつぼみができ始め、弾ける様に一気に開花した。
完全に日が暮れ真っ暗な夜になったその時、冬の終わりを告げる花が、淡い桃色を光らせ夜の街に君臨した。
「綺麗……!」
月の見えないその日の夜、淡い光を放ち風に揺れる枝垂れは、まるで死者の魂を先導し夜の街をこっちだと呼ぶ様に、夜闇を照らし風に花を舞わせていた。




