137.死病と死領
「えっと……」
目が合ってにこりとほほ笑むと、戸惑ったデリアルは「何の冗談でしょうか」とハークハイトを見上げた。
「冗談ではない。彼女はフェリジヤ一番の薬師だ」
「デル。お前が信じられないのもわかるけど、追々わかる話だ。今は飲み込め」
「は、はぁ……」
「それより、領内の状況を説明しろ」
私に対する疑問はあれど、自分より身分が上なハークハイトやユーリに言われては飲み込むしかないと言った感じのデリアルは、とりあえず私たちを応接室へと通し色々と書き込みのされたメテルキア領の地図と、領主城・薬草園一体の地図を取り出して来た。
「これが、現在のメテルキア領内の感染状況を記した地図です。黒は壊滅地域、赤は感染症患者が多数いる地域、黄色は感染者が出始め赤に移行する可能性のある地域。緑は今のところ感染者の確認はされていない地域になります」
「こうやって見ると、この辺が感染源っぽいのは明らかだね……」
領主城・薬草園の位置する場所とその周辺一帯は赤。それから、徐々に外に向けて黄色、緑となっている。
ザクシュルのある東側方面へは感染症は広がっておらず、南下した位置にあるフェリジヤへは、感染が広がることが懸念される色合いになっている。
そして、いずれも平民街の方は真っ黒になっていて、フェリジヤへ感染源が入ってこなかったのは領境付近の平民街が壊滅したことによってそれ以上広がりようがなかったとも考えられる。
「この丸い線は何? あと、ここだけ色ついてないね」
メテルキアの地図には、感染状況による配色とは別に、領主城を中心に一定の範囲に円が描かれていた。
「この円の中は、初期の頃に特に感染症が広がっていた地域です。あまりの感染拡大とその死者数の多さに、当初、メテルキアの貴族たちによって、この範囲内の地域でそれらしい病状が出た者は身分や居住場所に関わらず、こちらにある感染症患者隔離地域へ移動することとなりました。この色が塗られていない場所は、まさに隔離地域となり、そこから戻ってきた人間がいないため、死者数・生存者数共に不明のため色が塗られていないのです。恐らくは、黒……でしょうけど」
「今は隔離処置してないの?」
「死期を悟り自ら隔離地域へ入って行く者は稀にいますが、感染症が発症してしまえば患者本人が隔離地域まで行くことは難しいですし、周りの人間が手を貸さないのかと言われれば、それほど人数が残っていないと言うのが現状です。ザクシュル方面の東の地域にさっさと移り住んだ者たちも大勢いますからね」
国からの指示はなく、ほとんど役目を果たしていない代理領主と、前領主を亡くし統率の権力を放棄した貴族たち。
領主城を中心に書かれたこの円の中の地域が、メテルキアでは今一番の無法地帯だとデリアルは言った。
「ハークハイト。この隔離地域の中にお母さんの家があるんだよね?」
「そうだ」
「やっぱり、行くべきだと思うの」
「何を言っている。死者しかいない地域に入るなど危険だ」
「ハークハイトのお母さんが残した研究ノートに少しでもヒントがあるかも知れない。それに、どうなってるかわからないこの隔離地域を一回ちゃんと調べないと。病魔に侵食された魔石がゴロゴロ転がっている場所に野生の鳥が出入りしていれば、そこはいつまで経っても感染源のまま。もしそうなら、魔石を土に埋めて処理しなくちゃいけないし、生き残っている人がいるなら助けなきゃ。どっちに転んでも、ここは行く必要があるよ」
どれだけ他の患者を治しても、ここが感染源となっていればそれはただのいたちごっこになってしまう。
「国王様からの命令は、メテルキアの感染症の封じ込め。ここを避けては通ることはできないでしょ」
恐らく、生き残っている人間はほぼいない。
だけど、それなら仮にハークハイトが髪のカフスを外して風の盾を長時間使ったとしてもそれを見る者もいない。
何より感染防止のマントをしているから髪の色はバレにくい。低リスクでお母さんの家まで行って、死者の魔石を処分できるのはこのタイミングしかないのだ。
「仮にそれを終えた後、君はどうするつもりだ?」
「隔離地域は放棄して、最初の計画通り薬草園の一角を隔離場所にする。それから、ガジュールでもやった様に段階隔離をする。感染の可能性がある人は別の隔離場所を設けてそこに入ってもらう。それと並行して、薬草園の一部施設の再稼働。これは薬の在庫がなくなることを見越して最優先でやりたい。素材の栽培、薬作り、患者の治療を並行してやって行く。それと、人手があれば患者が薬草園に集まっている間に、感染症患者が多数出ている地域に赴いて魔石の処理の徹底と感染症対策の布教までやりたい」
「素材の栽培など、今からやって間に合うものではないだろう?」
「さすがに種からは間に合わないけど、フェリジヤ騎士団基地の苗や領主城で栽培したものをそのままこっちに送ってもらう。モリスやガンフにはもうお願いしてあるから、大丈夫」
とは言え、薬草を取って薬を作って患者を診てを一人でやることがどれだけ無謀なことかは私が一番理解している。
一睡もしなくて良い身体だったとしても、手が足りない。
「それと、エイダ様に紹介してもらった人たちの安否確認をして協力要請も。それ以外にも手伝ってくれそうな人たちを片っ端から集めて欲しい。これは隔離地域へ行ってる間に、デリアルにお願いするのが良いと思う」
「ぼ、僕……いや、私ですか?」
「代理でも領主様でしょ? 領地のために、元気な人に手伝ってくださいって言って回るくらいやってくれるよね?」
疑問形の態度をとってはいるが、やってもらわないと困るのだ。
「いや、でも、僕の言うことなんて誰も……」
「デル。そこはハークハイトの名前を借りろ。その名を口にしてお前が頭下げて周れば、その内周りもお前の言葉に耳を傾け始めるさ」
「……やれるだけやってみます」
なんとも自信のなさそうな返事ではあったけれど、デリアルは私の案を了承してくれた。
一人でも二人でも連れて来てくれればありがたい。
「デリアル。領主城と薬草園に、感染症対策や治療に使えそうな備品はあるのか」
「防護服が数着ありますが、薬の類は全くありません。栄光を極めたメテルキアの薬師はもうこの地にはいませんから……」
「みんな引っ越しちゃったの?」
「いえ。いなくなった方々もいますが、前領主の処刑の後、薬草園の閉鎖と共に薬師の職を追われ、辞めてしまわれたのです。薬草園を取り上げられては、研究はおろか、薬を作ることもできませんからね」
「デリアル、この辺に住んでるその元薬師の人たち知ってる?」
「え、えぇ。当時の名簿が領主城に残っていますから、だいたいはわかりますよ」
「じゃぁ、その人たちにも声かけて来て」
「二十年も前に薬師を辞めた人たちですよ?」
「その人たちが本物の薬師なら、患者がいると言えば協力してくれるはずだよ。薬師ってそう言う生き物だもん。患者を見捨てることができるって言うなら、来てもらわなくて良いから」
「そんな……」
エイダに聞いて被害規模は十分わかっている。だからこそ、今渋る人たちをのんびり説得している暇はない。
越冬の間に、感染症と飢饉、そのどちらもを相手にしなければいけないのだ。
冷たい物言いになってしまうけど、人を救う気のない薬師はこの場にはいらない。
「デリアル、彼女の言う通りだ。薬師としてまだ働きたいと言う者だけ連れて来い。我々は他の問題に構っている暇などないのだ」
「かしこまりました」
「だが、今ここへくれば二十年のブランクを埋めるほどの知識をフェリジヤ随一の薬師が教えてやると伝えろ」
「さすがハークハイト様ですね!」
「何を言っている。教えるのは彼女だ」
「シロ様が、ですか?」
「あぁ。だが、彼女ことは伏せてくれ。子どもの薬師など、王宮がメテルキアを馬鹿にして派遣したとも取られかねない」
これは、私のことを不特定多数の人間に知られて研究所関係者を呼ばないための処置でもある。
「では我々はすぐに隔離地域へとむかう」
「昼食くらい食べていかれては? 大したものはお出しできませんが」
「いや、今は時間が惜しい。食事は向かいながら済ませるから問題ない」
「そうですか。ですが、いくらハークハイト様とは言え、風の盾を使ったまま行って帰って来るのは難しいでしょう。どこで感染するかわかりませんから、魔法が使えない時はくれぐれもお気を付けください」
「デル、俺たちがいない間に一人でも良いから人集めといてくれよ!」
隔離地域とハークハイトのお母さんの家へと向かうべく、私たちはメテルキア領主城での話し合いもそこそこに出発した。




