【掲載一周年記念ストーリー】誕生日
離宮に来て数日。
その日も私は薬室に籠り薬を作ったり、リディアやオリバたちと薬学についての話をしていた。
モリスやカスクにとっても私以外の薬師と話せる良い機会となり、リディアやオリバから二人は良い刺激を受けている様に見えた。
「なぁ、シロ」
「何、ウィル?」
そして、ウィリアムもまたなぜか薬室へ入りびたりになっていた。
「シャロンへ送るのに何か良いプレゼントはないか?」
「シャロンへのプレゼント?」
「シロが作る化粧品以上の贈り物が、僕には思いつかない」
「そう言えば、シャロン様もうすぐお誕生日ですね」
「モリス、お前も何か考えてくれ」
「トグリルは代々女性へ鷹の羽を加工して送る習慣がありますよ」
「それはトグリル特有の風習だろう。リディア、オリバ、カスク。お前たち、何かいい案はないか?」
「うちの妹は花か菓子が一番喜びますね。平民は菓子もろくに食べられませんから」
「フェリジヤにはバラ園もあるし、茶会で菓子など食べ飽きている」
「領主様のご息女じゃそうですよね……」
「ですが、カスクの花と言う案は悪くないと思います。私は、特別な方からなら見慣れた花でも嬉しいですよ」
「そうか。同じ女性であるリディアが言うなら、そうかも知れんな。オリバ、お前は何かないか?」
「花も喜ばれると思いますが、城下にでも誘いシャロン様が欲しそうなものをその場で買ってプレゼントされてはどうですか?」
「二人で行けるのなら良いが、王宮とフェリジヤ双方の護衛騎士が付いて大所帯になる」
「それも、そうですね……」
国王の孫であるウィリアムにとっては、普通なことが普通には進まないらしい。
「もう少し考えるとするか。ところで、シロは誕生日いつなんだ?」
「たんじょーびって、何?」
「……え?」
ウィリアムの質問に質問で返すと、一瞬薬室内の時間が止まった気がした。
「誕生日は誕生日だ。生まれた日のことだろう?」
「あぁ、生まれた日ね! わかんない」
「わからない、のか?」
「マオから聞いたことないし。生まれた日って重要なの?」
「た、誕生祝いとかしないのか?」
「したことないけど」
そもそも誕生祝いとはなんだと首を傾げると、ウィリアムは額を押さえ、他の四人は後ろで苦笑いをした。
「誕生日には、一年無事に過ごせたこと、そしてまた一つ歳をとることをみんなで祝うのだ。誕生日の人間はプレゼントをもらったり、少し贅沢な晩餐やケーキを食べるのが一般的だ」
「そうなんだ」
「シロ、君はフェリジヤに来て丸一年経つのだろう?」
「そうだね」
「全く……。僕たち子どもにとって、誕生日と言うのは一年に一回欲しい物を親にねだれば大抵買ってもらえる貴重かつ重大な一日なんだぞ」
まさか人間社会では、生まれた日がそんな免罪符の様な一日として使われているとは知らなかった。
けれど、森にいれば大抵のことはジジ様が何とかしてくれたし、日々時間をかけて育てた野菜や果物を収穫して食べるのはこの上ない贅沢だったし、お菓子も一応作れた。
だからあえてマオも誕生祝いをしたりはしなかったのかも知れない。
「シロ、君は欲しいものはないのか?」
「欲しいものならいくらでもあるよ。ここと同じくらいの薬室とか、もっと言えば薬草園とか」
「……もう少し規模の小さいものでなければ、いくら誕生日と言えど却下されるぞ」
「んー、今は思いつかないや。みんなが健康で平和に生きていられたらそれで良いよ」
「君は無欲なのか貪欲なのか、わからないな」
「そう?」
誕生日。考えたことなかったけど、それならハークハイトたちの誕生日とかも全然お祝いしてないじゃん、と私は一人違うことを考えていた。
メテルキアへの出発を翌日に控えた日の夜。
いつもの様に食事を済ませると、食後の紅茶が運ばれて来た。
果物をふんだんに使い香りを移した離宮の紅茶は本当に美味しい。
鼻を抜けていく紅茶の香りにうっとりしていると、パチンと証明が消えた。
「……魔力切れ?」
なんだろうと辺りを見渡すが、真っ暗で何も見えない。
「ハークハイト?」
「シロ、座ってろ」
隣に座っているはずのハークハイトに立ち上がり手を伸ばそうと、とんと肩にザビの手が置かれた。
「ザビ……?」
緊急事態かと少し緊張したその時、部屋の入り口に淡い光が灯った。
光の方に目をやると、ろうそくを灯した何かを持っているハークハイトがいた。
そして、そのまま部屋の中へと入って来ると私の前に、手に持っていた物を置いた。
「ケーキ?」
ハークハイトが手に持っていたのは、大きな丸いケーキで、そこに数本のろうそくが刺さっていた。
突然どうしたのだろうと、ハークハイトを見上げると、ハークハイトは小さく咳払いをした。
「早いもので、君がフェリジヤに来て一年になる。君と出会ってからの一年は、それまでとは比べ物にならない程様々な事件が起き、慌ただしくも色鮮やかな日々だった。この一年で、君が救った命の数は計り知れない。これからも、自身の健康と命を一番に、君にしかできないことをやりなさい。……誕生日、おめでとう」
「誕生日?」
「シロの誕生日、誰も知らないから暫定でフェリジヤに来て一年経った今ってことにしたんだよ」
おめっとさんと、ウィンクをするユーリに私はもう一度視線をケーキへと戻した。
「シロ、ろうそくの炎を吹き消すんだ」
ゆらゆらと揺れるろうそくの刺さったケーキを見つめていると、ウィリアムが私にそう教えてくれた。
私は、空気を思いっきり吸い込みろうそくの炎を吹き消した。
ろうそくの火が消え、細く白い煙が小さく立ち上ると、パチパチと言う拍手と共に部屋の灯りが点けられた。
「急に大きなケーキ出てくるからびっくりしちゃった」
「君の誕生日を提案してくださったのはウィリアム様だ。礼を言いなさい」
「そうだったんだ。ウィル、ありがとう!」
「シロには世話になったからな。心ばかりのお礼だ。それに、ケーキはモリスやカスクが飾りつけをしたんだ」
「果物いっぱいで美味しそうだね。二人ともありがとう!」
「シロ、これからも僕たちの師匠としてよろしくね」
「シロさん、誕生日おめでとうございます! ちなみに、ケーキを焼いたのはハークハイト様たちですよ」
「え!?」
驚いてハークハイトを見上げると、苦い顔をしているハークハイトの横で「上手いだろ?」とユーリとザビが笑った。
「ウィリアム様が君のためだと言うから、仕方なくだ」
「卵混ぜたり分量量ったり、結構楽しかったよなー」
「主のエプロン姿なんてなかなか見られませんからね」
三人でキッチンに立って色々やっている姿を想像すると、嬉しくてたまらなくなった。
「でもこんなに食べきれないよ?」
「何を言っている。君一人分ではない。人数分で切り分けるに決まっているだろう」
「あ、そっか」
その後、切り分けられたケーキがお皿に乗せられ目の前に置かれた。
きめの細かいスポンジはしっとりとしていて、クリームは甘過ぎずどんどん食べられる。そして、そこに果物の酸味や甘みが良いアクセントとなって口の中を彩っていく。
このケーキは、まさにフェリジヤに来てからの私そのものな気がした。
スポンジと言う土台をハークハイトやユーリ、ザビによって作ってもらった私は、騎士のみんなやモリスやカスク、いろんな人たちとの出会いによって彩られ、人生を飾ってもらった。
生まれた日が、特別だと思ったことはなかったけれど、一つ歳を重ねることを祝ってもらえるのは幸せなことだと思った。
生まれてきたことを喜んでもらえている様な、そんな気がした。
その日の夜更け。
寝付けない私は、ベランダに出て月を見つめていた。
「眠れないのか?」
空に浮かぶ月をぼんやりと見ていると、隣の部屋を使っているハークハイトがベランダに立っていた。
「あっと言う間の一年だったけど、本当に色々あったなって」
「本当にそうだな」
「ハクが死んじゃって、フェリジヤに来たばっかりの頃は、私が森を出たりしたからって思ってたけど、みんなに会えて本当に良かったって思うの」
失った命も多々あったけど、助けられた命もあった。
後ろを見ればきりがなくて、だからこそ、前を進む力をくれたみんなには感謝しか出てこない。
その中でも、私の背中をずっと支えてくれていたのは、目の前にいるこの人だった。
「ハークハイト、ありがとう。これからもよろしくね」
「止まることを知らない君の暴走に付き合えるのは私くらいなものだ」
「ふふっ、そうだね。ねぇ、来年の誕生日も祝ってくれる?」
「君が大人になるまでは祝ってやるさ」
「やった!」
「シロ、明日からはメテルキアだ。何が起きるかわからない。気を引き締めて行くぞ」
「うん!」
みんなとなら大丈夫。
みんながいれば、大丈夫。
「さぁ、もう寝なさい」
「うん。あ、ケーキすごく美味しかった」
「あぁ。誕生日おめでとう」
「ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ」
例えこの先で何が起こっても、みんなのこともハークハイトのことも私が――。
「絶対に守るよ」
だから、また来年。その前に、ハークハイトやみんなの誕生日も聞かなくちゃ。
そんなことを想いながら、私は深い眠りについた。
と言うことで、ノア掲載一周年を無事に迎えることができました!
ここまで来られたのは、本当に読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
今後も精一杯頑張りますので、お付き合いの程どうぞよろしくお願いいたします。




