不在伴奏.ルーベンの迷い
※ユーリ視点
それは、シロがアペルト殿をルーベン様たちに会わせた日の深夜のこと。
ザビが夜の見回りに出かけたので、ルーベン様にお借りした部屋でルキ様とハークハイトが今後について少し話をしていた。
「今更だが、本当にいつも彼女は思い通りに行かん」
「お前も苦労しているのだな、弟よ」
「なぜお前がいながら放置した!」
「問題の方が勝手に彼女に寄って来たのだ。シロや私のせいではない」
「全く……。どうするつもりだ、この先」
「遅かれ早かれ王宮の問題はいずれ領主たる私にも波及し、いつかはお前やガンフが引っ張り出されるような問題になっていただろうさ。このタイミングでさっさと犯人を捕まえた方が今後の王国、ひいてはフェリジヤのためだ」
「私は、どうするつもりだと聞いているのだ」
「王宮にいる者とシロの協力者が地道に証拠を集めるのを待つしかあるまい。……だが、離宮に長期滞在となると、別の問題が発生するだろうな」
ルキ様の言う別の問題とは、ルーベン様のシロに対する拭い切れない懸念のことだろう。
俺たちにとってシロは既になくてはならない存在だし、彼女が善意を軸に行動していることは十分すぎるほど理解している。
それでも、それが王族にとってどう取られるかは想像に難くない。
ここで過ごし、シロの特異さがルーベン様に明るみになればなるほど、その立場は危うくなって行くと言うわけだ。
――コンコンコン。
「ルキシウス様、ハークハイト様。ルーベン様がお呼びです」
噂をすれば。
さっきの森での態度からして、ルーベン様もシロに関して話があるのだろう。
俺は、ルーベン様の自室に向かうルキ様とハークハイトと共に使用人に案内されルーベン様の元へと赴いた。
「ルーベン様、お連れ致しました」
「ご苦労、下がって良い。それと、私が呼ぶまで人払いを頼む」
「かしこまりました」
人払いをする辺り、やはりあまり聞かれたくない話をすると言うことだろう。
「夜中に呼び出してすまないな。座ってくれ」
俺は、ルキ様とハークハイトが座った後ろに控え、これからされるであろう重たい話に、この兄弟がどう返すのか耳を傾けていた。
「先ほどは悪かったな。王族ともあろう者が顔に出た。お前たちも見ていただろう……。離宮暮らしが長くなり、表情を隠すことさえ忘れているとはな。お前たちを失望させた」
「いえ。ルーベン様のシロに対する懸念は十分承知しています。私と弟は、その誤解を解きにここへ参ったのです」
「シロと会ってたった一日だが、お前たちが彼女を隠していた理由は容易に想像できた。あの子は、貴族にとってもだが、我々王族にとってとてつもない脅威だ。次代の薬師として国内でもそれなりの実力を持つリディアやオリバでさえ、短時間でシロの知識や技術には到底及ばないと悟り、その上、魔獣を操る能力。それと……歴代王族の中でも群を抜き魔力量が高いと言われるウィリアムをも上回るであろう魔力」
「なぜ、それを……」
「これでも魔力量の高い子を持つ親だ。服で隠してはいるが、あの両腕両足の金環に私が気付かないとでも思ったか?」
ルーベン様の懸念は、シロの薬師としての実力と魔獣を引き寄せる能力だと思っていたが、まさか魔力量にまで及んでいるとは思わなかった。
「お前たち、今後あの子をどうするつもりだ」
「ルーベン様、発言をしてもよろしいでしょうか」
「発言を許す。ハークハイト、あの子を一番側で見ていたのはお前なのだろう。意見を聞かせてくれ」
ルキ様はシャロン様やマリアンナ様を助けてくれたシロを大切にしたいと思っている。
それでも、領主としての立場がある。王族に懸念があると言われれば、守れなくなる可能性も出てくる。
そうなった時、ハークハイトがルキ様に付くのか、シロに付くのか、俺は常々心配だった。
「まず、彼女について話すには、我々が王宮に上げていない彼女の秘密について全て詳らかにする必要があります。ですが、それを聞いてしまえば、ルーベン様、あなたはもう次期国王として選択を放棄することはできなくなります」
「それほど、重い話なのか?」
「あの子の出生・出自については我々もまだわかっていませんが、その裏には、王宮であった二十年前の国王暗殺未遂事件が絡んでいるかも知れません」
「なんだと……?」
「それだけに、彼女の話を簡単にはできない上に、話を聞けばそこに付随し今後起こるであろう様々な問題に、あなたは次期国王として重い選択を迫られることになるでしょう」
「国王になることを放棄しようとした私が、少しやる気を取り戻した瞬間これか……。つくづく重たいものだな、王族とは」
「殿下、今ならまだ引き返せます。いかがなさいますか」
「殿下、か。久しく聞いていない呼び名だ。……聞こう。それが私の役目と言うのならば」
それからハークハイトは、シロとの出会いからこれまでに俺たちが知り得たシロに関することを全て話した。
これはハークハイトにとっても賭けだろう。それでも、今後シロがこの国で過ごすにはいつか通らなければいけない道だ。
「――と言う訳で、彼女の出生にはイリヤ・デミコフ。並びに、朧鴉が関わっているものと思われます」
「なるほどな。ガジュールで現れたシロの中の何かと言うのも気になるところではあるな……」
長い長い話の後、ルーベン様は深く息を吐き額に手をあてられた。
「ルキシウス、ハークハイト、忌憚のない意見を聞かせてくれ。今ここで私が彼女を即刻殺せと言ったら、お前たちはどうする。ロシュの情報とイリヤ・デミコフの計画から考えれば、今ここで彼女を殺してしまった方が、奴らの計画も頓挫し、王族への脅威もなくなると思わんか?」
「私は、彼女を保護して一年、共に暮らし彼女をずっと側で見てきました。この先、彼女が救うであろう命は数えきれるものではなく、国に対する貢献は計り知れません。それでもなお、脅威の部分だけを切り取り、あなたが彼女を処刑すると言うのなら、好きにすれば良いと考えます。ですが、彼女がいなくなったところで奴らの計画が全て頓挫するとは思えません。私は、未来の計算もできない主君に付く気はありませんので、処刑後は全てを捨て自由気ままに旅人にでもなりましょう」
「そうか。ルキシウス、お前はどうする」
「私には守るべきフェリジヤの民がいますので、弟がその地位を放棄したとて、王族の決定に逆らい自領の民を危険に晒す様なことは致しません。ですが、シロもまた我が騎士団が保護した以上守るべきフェリジヤの領民だと考えます。いくら王族の方とて、我が民を無暗に傷つけると言うのならば、今後フェリジヤが王政に対し従順であるとは考えないでいただきたい」
「なるほどな。それほどまでと考えるか……。だが、今後彼女が国にとって脅威にならないと言い切れるか? 魔力量を抜きにしたとて、あの子が魔獣を束ねれば戦争さえ可能にするのだぞ」
「昨日今日会った見知らぬ人間さえほいほい助け、自らを傷つけた人間さえ治療するであろう彼女が争いを好むとは思いません」
「我が弟の言う通りです。それに、彼女が王族の脅威になるかどうかは、それこそ王族の振る舞いに委ねられるのでは? 世間知らずの彼女がそこまでになる様であれば、他の貴族や平民がとっくに立ち上がっていますよ」
「王が民を見る様に、民もまた王を見ている、か。私は王になっても全く気が抜けないまま国を立て直し、ウィリアムへ交代することになりそうだな」
「殿下が国を想い動くのであれば、シロも、そして我々も力を貸すことを惜しみはしません。そうでしょう、兄上」
「あぁ。ルーベン殿下、フェリジヤが総力をあげてあなたを支えると誓いましょう」
「……はぁ。お前たちのおかげで、私も腹が決まった」
色々と吹っ切れた様な、晴れ晴れとしたルーベン様は、寸分の遠慮も見せず話す兄弟に気が抜けたのか大きく伸びをした。
「何度でも父上を正気に戻してもらうと約束してしまったし、ウィリアムの恩人を私が無下に扱うなどできようはずがない。それに、父上と母上、ウィリアムでさえもきっと同じ意見だろう。今後、シロの問題については私も協力しよう。ただし、手綱だけはお前たちがしっかり握っていろ。万一があれば、責任はお前たちにとらせる」
「殿下、感謝いたします」
こうして、俺も知らなかったルキ様やハークハイトの真意もわかったところで、シロの知らぬ間に次期国王と言う最強の味方を手に入れ、真夜中の密談は解散となった。




