133.知らせ
昼食を食べ終え、ハークハイトの部屋でエイダたちが到着するのを待っていると、表で声が聞こえた。
「到着した様だな」
「私たちは、迎えに行かないの?」
「我々がここにいることを知られるわけにはいかないからな。我々がこの部屋を出るのはグラントリー殿とマイラ以外が帰ってからだ」
しばらくして、コンコンと扉をノックする音が聞こえると、離宮の使用人が扉を開けた。
「エイダ様、ルーベン様がお待ちです」
どうやら、王宮の人間は帰って行った様だ。
使用人に連れられ、案内された部屋には随分顔色が良くなったエイダと、グラントリー、マイラがいた。
そして、ルーベンとウィリアムがエイダとの久々の再会を果たしていた。
家族の再会を邪魔しては悪いため少し待っていると、エイダがこちらへと視線を向けた。
「ハークハイト、久しぶりね」
「エイダ様、ご無沙汰しております」
「あなたを頼り王宮へ来てもらったのに、狭い場所へと閉じ込めることになってごめんなさい」
「いえ。それより、感染症にかかったと伺いましたが、随分回復された様で何よりでございます」
「えぇ。この国一、小さな薬師様に助けていただいたわ」
そう言うと、エイダはハークハイトから視線を移し、私と目が合うとほほ笑んだ。
「シロ、早速だけれど診察を頼めるかしら」
「はい」
私は、エイダに言われるまま彼女の元へ行き、診察をした。
「熱はもうないようですね。咳や痰の症状はまだありますか?」
「ほとんど治まったけれど、まだ時々咳がでるわね」
「念のため後一週間は安静にしてください。その間、他人との近距離での接触は避け、会話などは風通しのいい場所で少し距離を取ってお願いします」
「心得ているわ。あの時、あなたに任せて本当に良かったわ。マイラ」
「はい。……こちらをお返し致します」
マイラは、私がマイラに渡したノートを差し出した。
「先日は大変失礼なことを言い、申し訳ありませんでした。このノートとエイダ様のためにお送りいただいた薬の数々を見て、あなたがいかに薬学に造詣があるのか、また薬師としてとても優秀な方なのだと身を持って実感いたしました。エイダ様、並びにエシオン様の病状解決に動いて下さり、本当にありがとうございました」
そう言って、マイラは深々と私に頭を下げた。
「マイラ、頭を上げて。私は全然怒ってないし、自分ができることをやっただけだから」
「いえ。子どもだと決めつけ、あなたに酷い態度を……」
「本当に、全然気にしてないから!」
「ですが!」
「今回、このノートを見てエイダ様の看病をずっとしてくれたのはマイラでしょ。マイラがいなかったら、エイダ様を助けることはできなかったかも知れない。それに毒物にも注意を向けてくれて、本当に緊張感の中大変だったと思うの。そんな中で、エイダ様が回復できたのはマイラのおかげだよ。本当にありがとう」
「シロさん……」
「同じ薬道を歩む者同士、これからも仲良くしよ」
「はい」
頭を上げたマイラに手を差し出すと、マイラは私の手を握り返してくれた。
「それに、エシオン様についてはまだ油断できない状況だから、引き続きマイラに王宮で目を光らせておいて欲しいの」
「もちろんです」
マイラとも無事に仲良くなれたところで、グラントリーがここ数日の王宮の様子を教えてくれた。
エシオンは、正気に戻ったことも有り、極力レヴィが動き出さない様部屋に籠っているらしい。部屋にはピコもいるし、最近ではヴィヴェンテやアペルトも顔を出していて、話し相手には事欠かないそうだ。
「そうだ、シロ。陛下に頼まれ、ピコには花の鉢植えをプレゼントしておいたぞ」
「ありがとうございます、グラントリー様。魔動植物は土がないと生命力を失ってしまいますから、少し心配していたのです」
「毎日陛下の服のポケットに入って楽しそうに過ごしている」
「そうですか」
ピコはピコで楽しくやっている様で安心した。
「引き続き、王宮内は私とマイラ、それと魔獣たちで警戒を続ける。ザビウスも外からの見張りを頼む」
「はい」
話は終わり、王宮へ帰るグラントリーとマイラを見送りに外へ出ると、グラントリーは振り返ってルーベンの名前を呼んだ。
「ルーベン様、私は王国騎士団長になる時、いずれあなたにお仕えするのだと思っておりました。共に剣の稽古をしたあなたの腕を私は誰よりも知っているつもりです。だからこそ、そんなものかと思われない様、あなたが全てを飲み込み離宮へ移った後も今日まで剣の腕を磨いてきました。この事件を全て解決した暁には、あなたの元で剣を振るえることを楽しみにしています。国王二代に渡り御側へお仕えできる私の名誉を、どうか一緒に叶えていただきたい」
「グラントリー……」
「それに、どこかの親子喧嘩の仲裁なら、慣れていますからね」
「そうだな。お前には何度も止めてもらったな。……まったく、距離の近い家臣を持つと遠慮がなくてかなわんな。私が戻るまで、父上をよろしく頼むぞ」
「はっ! では、失礼致します」
グラントリーはルーベンに対し、深々と一礼をすると王宮へと帰って行った。
私たちは、再びエイダの待つ部屋へと戻り、彼女と今後の話し合いを少ししたところで、一度解散となった。
けれど、エイダの希望で私は部屋に残り話をしていた。
「シロ、陛下のこと本当にありがとう。まさかあなたに全てをお願いしてから、こんなにも短期間の間に解決してくれるとは思いもしませんでしたよ」
「まだ犯人も捕まってはいませんし、解決したとは……」
「いいえ。あなたは二十年苦しんだ私たちを救ってくれたのです。あなたの落とした光は何物にも代えがたい希望なのです。それに、病に倒れ緩やかに苦しみの増す状況で、藁にも縋る想いであなたを呼んだら、あなたはすぐに私を救ってくれました」
「あ、あの……」
「何かしら?」
「平民街で呼ばれてる名前のこと、どうしてエイダ様がご存じなのでしょうか」
あれからずっと気になっていた話を私は聞きそびれる前にと、切り出した。
「王家とて、色々な場所に情報網を持っているのですよ。例えば、領主の妻とかね」
「マリアンナ様……」
「詳しいことを聞いていた訳ではないのだけど、その見た目以外にも、街の人間たちに使徒様と呼ばれるだけの人柄と実力を持った少女がいると聞いていたのよ。まさか、こんなにも小さな薬師様だとは思わなかったけれど。マリアンナは、いずれ王家にあなたのことがバレた時のための保険を掛けたかったのでしょうね。マリアンナ自身、あなたに救われたと言っていたわ」
私がマリアンナにしたことなんて、本当に大したことはない。
それなのに、私のために動いてくれていた事実がとても嬉しかった。
「シロ。幼いあなたにこんなことを頼むのは大人として、王家の人間として間違っているのだと思うわ。けれど、エイダ・ノバジーナス個人として、あなたの力をこの先も貸して欲しいの」
「もちろんです。私は薬師。そこに怪我や病気があるのなら、治しに行ってしまう。薬師とは、そういう生き物です」
「ふふふっ、そうなのね」
「それと、王宮でも言いましたが、私はメテルキアへ行きたいんです。エイダ様、今のメテルキアの状況を教えていただけませんか? 本当は王立図書館に行って渡り鳥の資料も見たいのですが……」
エイダが許可をくれたところで、王立図書館は王宮内の施設。
どう足掻いても今行くのは無理だ。
「渡り鳥?」
「フェリジヤにあった資料では、三十年前にはメテルキアへ飛来していなかった渡り鳥が、十年前には継続的に飛来する様になっていたのです。感染症が始まり出したのは二十年前と聞いたので、その間の記録が知りたいなと」
「二十年前……。そうね、今王立図書館に行くことは許可できないけれど、私の知りうる限りの情報なら提供するわ」
エイダの話によれば、二十年前、メテルキアの薬草園が運営停止になり、国の管理下に置かれることとなった際、薬草園の敷地内にある植物は全て廃棄処分となった。
薬草園には人工の沼地や池もあり、それらは薬草を育てるためのもので、鳥などが入り悪戯しない様、鳥避けがされていたらしい。
「関係あるかはわからないけれど、そう言ったものも全て排除されて、今は放置されてどうなっているか……」
「沼地や池、ですか……。そこでは何が育てられていたのでしょうか?」
「ごめんなさい。そこまではわからないわ」
「そうですか」
「ごめんなさいね、役に立てなくて」
「いえ、十分参考になりました。ありがとうございます。それと、今のメテルキアの状況についても教えてもらえますか?」
「そうね」
エイダは、私がメテルキアへ行くことを半分賛成しつつも、子どもをあんな場所に送り出すのは気が進まないと完全には賛同してくれなかった。
それでも、エイダが知る限りのメテルキアの状況については教えてくれて、その内容はザビに聞いたものと概ね同じだった。
死病蔓延る、死の領地。
詳しい規模などを知るエイダの話から計算するに、ガジュールなど到底足元にも及ばないレベルの脅威がそこにはあるのだと、数字が物語っていた。
領地を越え、国中に蔓延する前に、私が今やるべきはメテルキアへ行くことだと思った。
その日の夜。
部屋でモリスとカスクとガジュールの数十倍規模を想定した感染症が起きた場合どうするかという議題で、案を出し合っていると、扉がノックされハークハイトとユーリが姿を現した。
「シロ。少し面倒なことになったぞ」
「面倒?」
「いや、君にとっては願ってもない話か……」
「何の話?」
「領主城へ帰ったルキシウスから連絡が来た」
王宮から書状が届いたとか何とかで、ルキシウスは転移魔法を使ってさっき領主城へと帰って行った。
一日に何度も転移魔法を使うのは魔力消費が激しいため、戻るのは明日の今頃とか言ってたけど、どうやら領主城に戻ってから何かあった様だ。
「王宮から、メテルキアへの薬師派遣の命令書が届いた」
「薬師派遣の命令書?」
「メテルキアの感染症を封じ込めにフェリジヤの薬師団を派遣しろと言うことだ」
エシオンが正気になったことで、指示が出たのかと思ったけど、苦い顔をしているハークハイトを見るに、そうではなさそうだ。
「派遣要請の薬師の中に、なぜか君の名前が記されていた。フェリジヤの隠し子、薬師シロを派遣しろと」
「……え?」




