129.再会
「ハークハイトたちを解放する様、グラントリーに連絡が取れたので知らせに来たのだ。フェリジヤの君たちは、表向き領地へ帰ったことになっている。離宮にいれば、他人に見つかることはないだろうが、どこに敵の伏兵がいるかもわからない。外に出る時はくれぐれも注意してくれ」
目を閉じ何も話さなくなったルキシウスを背に、ルーベンは私たちが薬室へ来ている間に進んだ話を説明してくれた。
「それとシロ、母上の方も今のところ容体は安定していると連絡があった。君がマイラに渡したノートが随分役に立っているそうだ」
「それは良かった」
「それと、母上の水に仕込まれた何かだが、マイラの調べでやはり毒物だった様だ。母上ももう少し動ける様になったら適当な理由を付けて離宮へ呼ぶ」
「それが良いと思います」
離宮に来て顔を合わせた時とは見違えたルーベンは、他人との間に変に距離を作らないし、偉い人特有の偉ぶった感じもなく、エシオンと同じ雰囲気がした。
「水に入ってた毒は、どんな毒物だったか言ってましたか?」
「それが、微量でわからなかったらしい」
「そうですか……」
相手は薬師。
調べられても問題ない範囲をこれでもかと把握している相手だ。そう簡単に証拠を掴ませてはくれないらしい。
「ではルーベン様、これらの薬をマイラに渡してください。感染症用の薬と解毒薬の類です」
「もうこんなに作ったのか?」
「調合に必要な道具は一通りありますし、何よりここは素材に困らなくて本当に助かります。まるで天国の様です!」
「そ、そうか」
「ルーベン様、私はどうやったらこんな場所に住めるのでしょうか? 離宮で働けば良いのでしょうか? そしたら……まさか、素材は使いたい放題ですか!?」
「こらシロ、ルーベン様に詰め寄るんじゃない。それに、君はフェリジヤ騎士団の人間だろう」
一度静まったはずの興奮がぶり返し、今度はルーベンに詰め寄っていると、どす黒オーラから復活したらしいルキシウスが私を抱えあげ、ルーベンから引き離した。
「では、ルキ様。基地の薬室の改造をお願いします。ここと同じ様にしてください」
「馬鹿を言うな。どんな魔改造をしたら、あの薬室がここと同じになると思っているのだ」
「では、別棟を作り薬室棟とするのはどうでしょう」
「領主城より良い設備など不可能だ。それに、我がフェリジヤ領にそんな金はない」
「そんなぁー……」
「それに、これだけの薬草を基地で揃えられるはずないだろう」
「では薬草園も新設と言うことで。私、全部管理して育てるので!」
「無理だな。基地にはもう土地がない」
膨らむ夢があっさりと壊されたところで、ルキシウスがそれよりと私を床へ降ろした。
「エシオン様のための薬はできたのか?」
「そっちはもう少し待ってください。後で人払いをしてから作るので」
「人払い?」
「いてもらっても構わないのですが、臭いが……」
「あぁ、そう言うことか」
「作るついでにモリスやカスクにも教えたいので、二人が到着してからでも良いかなと」
「既に王宮を出たと連絡があったし、魔狼たちもいるのだからそう時間はかからずに来るだろう」
それ程長い間離れているわけでもないし、ハークハイトたちがいない間はルキシウスがいてくれたと言うのに、ハークハイトたちに会えるのだとわかると、どこかほっとしている自分がいた。
「それとシロ、今更だがガンフにはもう調べなくて良いと連絡したぞ。代わりに、催眠効果のある植物や素材がないか調べてみてくれと新しく頼んでおいた」
「ありがとうございます、ルキ様」
あれから暇がある度に記憶を辿っては、人を操ることができるものの正体について考えているけれど、全く答えが出ない。
お香の正体については、協力者同士で知識を出し合って辿り着くしかなさそうだ。
「では私はもう少しルーベン様とこの先について話をしてくる。ハークハイトたちが到着したら再び呼びに来るからそれまで続きを頼むぞ」
「はい」
「ウィリアム、お前はどうする?」
「僕はここでシロを手伝います」
「そうか。邪魔にならない様にな」
一通り用件を伝え、私が渡した薬を手にするとルーベンとルキシウスは薬室を出て行った。
それからしばらくの間、再び薬作りに着手していると、カツカツと窓を叩く音が聞こえた。
「鳥……鷹か?」
ウィリアムの声に窓へと視線を移すと、見覚えのある顔が窓を叩いていた。
「ルーク!」
私は、手を止め窓を開けた。
「キュィ」
「もう着いたの? それともルークだけ先に来たとか?」
その質問にルークはくるりと首を傾げた。
「シロ様、足ですよ」
「足?」
「ルークの足に手紙が」
どっちでもいいかとルークの頭を撫でていると、ザビがルークの足に着いていた何かに気付きそれを取り外した。
「紙? ハークハイト様からかな?」
「何々? ……人は選べって言ったろ? 俺は知らないぞ。と書いてありますよ」
「ユーリからだ。多分あの気付け薬をエシオン様に使ったことがハークハイト様にバレたんだと思う。どうしよう……逃げる?」
「逃げるってどこへです?」
「ここじゃないどこか」
「ほう、せっかく解放されてはるばる離宮まで来たと言うのに、どこへ行こうと言うのだ」
怒られる前に逃げようとザビとこそこそ話をしていると、後ろから随分と懐かしい気のする声が聞こえた。
「ハークハイト! ……様?」
振り返ると、服のあちこちに多分カオたちの毛をくっつけたハークハイトが立っていた。
「少し離れている内に、また色々と進展した様だな」
「そうでしょうか?」
「たった二日で上位種の魔獣二匹と知り合い、なぜかエイダ様を助け、エシオン様の催眠まで解き、ルーベン様を説得して何もないと?」
「シロをそう攻めるな、弟よ。面白いくらい芋づる式にあれやこれやを手繰り寄せた結果お前は解放されたのだ」
「面白がって私を魔狼たちと同じ牢に閉じ込めたのはどこの誰だ?」
「さてな、グラントリー殿だろう」
仲良し兄弟のじゃれあいも健在の様だ。
「それより、ハークハイト様。その毛、外でちゃんと払って来て下さい。薬室では清潔に!」
「文句があるならこの馬鹿と、早く君を呼んで来いとせがむカオたちに言え。王国騎士団で少し顔を合わせただけでまた君の姿が見えないと私に詰め寄って来て大変だったのだ」
「カオたち外にいるのですか?」
「モリスとカスクが見ている」
「じゃぁちょっとお迎えに行こうかな」
「シロ、僕も行って良いか?」
「もちろん」
「ウィリアム様?」
「久しいな、ハークハイト」
「ご無沙汰しております……なぜこちらに?」
「シロが薬を調合するのを見ていた。貴学院ではまだ調合の授業はないから実に面白かった」
「いえ、そうではなく……」
「ん? 経緯を聞いていないのか? シャロンの件で私がシロに会いに行って、離宮へと招いたのだ。途中でお爺様に会ったから、僕が招いたとは言えなくなってしまったけどな」
「あぁ、バラの香の姫の件ですか」
「なぜハークハイトがそれを知っているのだ!?」
「マリアンナに教えてもらったのですよ。女性の噂は早いですから。シャロンはバラの香りを纏う様になってから前にも増して貴学院では人気者だそうで」
「元々シャロンは誰に対しても分け隔てないし、頭も良い。それでいてあの見た目。あんなにも可憐な花を男が放っておくはずがないのだ。……こ、これはあくまで一般論だぞ!」
「そうですね。余計な虫が付かない様、ウィリアム様が守ってやってください。あの子の叔父としてのお願いです」
「わかっている」
「ウィリアム様がいらっしゃれば頼もしい限りです。良かったですね、兄上」
「……そうだな」
「そ、そんなことより! 魔狼たちのところへ行くのだろう? 私も早く会いたいのだ。早く行こう!」
なぜかまたどす黒オーラに戻ってしまったルキシウスに、ウィリアムは慌てた様に外へと飛び出して行った。




