13.物々交換をしよう
秋は徐々に冬に移行しようかと言う時期を迎えながら、私たちは処置室でレーナの持って来た果物を食べながらおしゃべりをしていた。
「地元の警備に駆り出されて行ったら、街の人がたくさんくれてね。私じゃ消費しきれないから」
「レーナさん、街の方達に人気があるんですよ。男性のファンが多くて」
「やめてよミラったら。私はあの街で育ってるから露店の商人たちがみんな顔見知りみたいなもんなだけよ。ど田舎は城下と違って貴族と平民の距離が近いから」
ミラはレーナと寮が同室の女騎士。
時々、非番ですることがないと言って処置室にお菓子やお茶を持ち寄って話をしに来てくれる。
レーナが新しい服を作ると、着せ替え人形が如く絶対着ないようなフリフリモコモコな動きにくいドレスをこれでもかと着せられるので、それは嫌なんだけど……。
この二人は遠距離戦闘部隊で近接戦での戦闘はないらしく、あまり怪我でここへ来ることはない。
遠距離部隊に重宝される魔力回復薬は一定数、それぞれに合った物を騎士団から配給されるから処置室で取り扱うことは少ない。
処置室の常連と言えど、患者ではないのだ。
「でも俺、騎士団にレーナさんのファンクラブがあるって聞いたことありますよ」
「新人騎士の間じゃ割と有名な話だよな」
そして、こっちも常連となりつつあるウィルとカイン。
この二人も最初のような怪我をして来ることはあまりなくて、ハークハイトやユーリの話を聞きにここへ来る。
なんでも、ハークハイトとユーリに憧れて騎士団に入ったのだとか。私は二人が戦ってる所を見たことがないからわからないけど、貴族院では語り継がれるほどの成績を残し、貴族院で年に一度開催される公開模擬戦を見に行った時、向かうところ敵なしの二人の戦いぶりに惚れたらしい。
ウィルとカインにとってあの二人は英雄みたいな存在のようだ。
「にしても、今日はまた随分賑やかだな。処置室なのに健康な人間しかいない」
「お帰り、ザビ」
昼食の後に基地内の見まわりに行っていたザビが戻ってきた。
「シロは何食ってんだ?」
「レーナが果物たくさんくれたの。ザビも食べる?」
「あんがと。そういや、前にシロが菓子作りたいって言ってたってユーリの旦那から聞いたけどシロは菓子作らないのか?」
「薬草を使ったお菓子が作れたらって思ったんだけど、材料が揃わなくて」
「材料?」
「卵とかバターは流石に作れないから……」
そう。小麦粉や砂糖はあっても卵やバター、牛乳など長期保存が出来ないものや冷蔵保存が必要なものはしばらく誰も使っていなかった薬室には置いてないのだ。
かと言って、お菓子を作りたいから買ってくれとはハークハイトに言い難い。
「それなら食堂に行ってもらってくれば?」
話を聞いていたレーナが食堂で余ってれば貰えるだろうと提案する。
「レーナさん、いくらなんでもタダでとはいきませんよ。あまり勝手をすれば上から怒られますし」
せっかくのレーナの提案だったが、ウィルの言葉で現実に戻る。
何か欲しいものがあっても、ここには調達する術がないのだ。
裏庭で鶏でも飼おうかと思ったけど、そもそも鶏がいない……。
何をするにもすぐにお金の話になる。
「ハークハイト様から小遣いとかないんですか?」
「ウィル、シロさんはまだ子どもだし、ハークハイト様がいれば金なんていらないだろ?」
森は自分で狩るか採るか育てるかって感じだけど、ここでは何をするにもお金が必要。
だけど、ハークハイトは衣食住を揃えてくれてるし、私の過ごし易いようにと考えてくれる。これ以上のわがままは気が引ける。
それに、薬をお金にする感覚もよくわからない。
「それなら、物々交換してもらえばいいんじゃないですか?」
「ミラ、ナイス!そうよ。シロは薬が作れるんだからそれを元手に欲しい物を手に入れれば良いのよ」
「シロ、良い機会だから基地の中を周りながらどんな物を求めてる人がいて、シロにできることは何か探してみたらいいんじゃないか?」
「ザビ、あんた良いこと言うじゃない。シロ、今シロが人と交換できる物あるならここに出してみて」
レーナの提案で私は自分の持ち物から人にあげても良い物を処置室の机に並べて行く。
「消毒液、傷薬、解毒薬各種、胃薬、ハンドクリーム、ドライフラワーにした時しぐれの花びら……これくらいかな」
ハンドクリームは、冬前になるとマオの手荒れのために作っていたのをつい癖でここでも作ってしまったものだ。
間違って狼が口にしても大丈夫なように天然成分だけで作り、研究に研究を重ね私がオリジナルでブレンドした薬草を使った保湿力、治癒効果、抗菌効果のあるマオお気に入りのハンドクリームだ。
「子どもの持ち物が薬品だらけなのはどうなんですか……しかもやたら解毒薬が多い」
私の出した物を見て、カインが苦笑いを浮かべる。
「シロ、この時しぐれって何? 見たところただの花びらだけど……」
「それはね、水に浮かべると淡く光るの。月のない夜とか、灯りを消してお風呂とかで使うと綺麗だよ」
「へー。この時しぐれ私が貰っても良い? お菓子作るのに揃わなかった物と交換してあげる」
早速レーナが交換してくれた。
「あの、私もこのハンドクリーム貰っても良いですか? 冬は手の乾燥が気になって……」
「うん。何個もあるしあげても良いくらい」
「いえ! ちゃんと交換しなくちゃダメですよ。物々交換はシロさんの労働に対する対価でもあるんですから」
そう言ってミラもハンドクリームを交換してくれた。
そしてミラも、交換するのは何でも良いそうだ。
「ちょっと待ってくださいよ。シロに物の相場やら需要と供給を知ってもらおうと思ったのに、あんたらが先陣切って、交換する物は何でも良いじゃ意味ないでしょうよ。シロ、外に出るぞ」
ザビを先頭に、ぞろぞろと処置室を後にする。
全員着いてくるんすか! と言うザビの驚きにみんなが面白そうだから、と返していた。
まず最初に来たのは、食堂。
これだけ毎日食べているのに一度も来たことのなかった食堂はとても広い場所だった。
騎士団でのご飯は、雇われている数人の主婦や料理人のお手伝いさんと、騎士が交代で作るそうだ。戦闘時や災害時の炊き出し訓練も兼ねているらしい。
厨房を覗くと、見たこともない広い台所で昼食の後片付けをしている人が何人かいた。
「すいませーん」
「あれ? 昼食なら終わっちゃったわよ?」
ザビが声をかけると、恰幅のいいおばさんがカウンターから顔を出した。
「いや、お昼は美味しくいただいたんですけど、卵とかバターが余ってたら頂きたいなと思いまして」
「あるにはあるけど……騎士団からの配給物だから勝手にってわけにはいかないんだよ」
「そうっすよね。例えばなんですけど、厨房で欲しいなと思ってる物とか薬品とかと交換してもらうって言うのはできます?」
「出来ないこともないけど、食料が欲しいなら市場へ買いに行った方が早いんじゃないのかい?」
「俺たちならそうなんですけど、欲しいのはこの子で」
ザビはそう言うと、カウンターを見上げていた私を抱き上げた。
「こりゃ珍しい子だね……! 髪の毛真っ白じゃないか。目も青いし。まさか、神獣様の縁人とか言うんじゃないだろうね……?」
「こんにちは」
おばさんは私を見ると、驚いたように目をパチパチさせた。
「こんな方が騎士団にいるなんて知らなかったよ」
「訳あって、騎士団で預かってまして」
「突っ込んで聞かない方が身のためって感じだね。卵やバターが欲しいのかい?」
「うん。あと牛乳とか。お菓子を作りたいんだけど材料がなくて……」
私は持っているもので何か交換できないかと頼んだ。すると、
「厨房の物ってわけにはいかないけど、おばさんの私物なら構わないからこのハンドクリームと交換しようか。明日またおいで、卵用意してあげるよ。旦那が養鶏場で働いてるからね」
「ありがとう!」
それから、厨房についていくつか聞くと、食器類がある所で使っても大丈夫な虫除けなんかもあれば嬉しいとのことだった。
ちなみに彼女の名前はカルナと言い、勤続十年のベテランなのだそうだ。
次に向かったのは騎士寮。
非番の人しかいないけど、談話室に行けば誰かしらいるだろうと言うことなので行ってみることにした。
寮の談話室は男女共用で、二十四時間出入り自由なんだとか。
「レーナ、ミラどうしたの?」
「みんなシロのことは知ってるでしょ? シロがお菓子を作るための材料集め、協力してくれない?」
レーナが事情を説明すると、談話室にいた女性陣が集まってきた。
「私もハンドクリーム欲しい! 後は、美容に良い顔パックとかもあると嬉しい」
「寝不足でクマひどい時あるから顔色気になるよねー。そう言うの騎士団の支給品にはないし、欲しい時に街へ買いに行くには距離あるし」
「薬作ってくれるなら、胃に優しい痛み止めとかない?」
次から次へと意見が飛び出してくる。
「さすが女性陣。話が止まんねーな」
「わかります」
「女子ってこえー」
キャッキャしてる女性陣を前に、ザビとカインとウィルが若干引いている。
「何やってんだ?」
「いい所に来た。お前らもちょっと付き合ってくれよ」
女性陣の賑わいを聞きつけ男性陣もやって来る。
「栄養価の高い菓子とか作れないの? 訓練するとすぐ腹減るんだよー。あと遠征の携帯食の味の改善。あれ、不味すぎ」
「俺は味の美味い魔力回復薬が欲しい」
「そもそも処置室って何が置いてあるんだ?」
話が進むうちに、交換云々と言うよりも処置室に置いて欲しい物やそれぞれが欲しい物の話が多く出てきた。
なかなか聞くことのない話が出てきて面白い。話の中には、薬室で作れそうなものもいくつかあった。
「シロ、みんな話がだいぶ外れてるけどなんか参考になったか?」
「うん。裏庭で作って薬室で用意できそうなものもあったし、みんなが欲しいもの作ったらもっと色々交換できるかな?」
「そりゃできるさ」
集まってきたみんなの話が盛り上がって色んな意見を聞いた所でお開きとなった。
他にも行くか? と聞かれたけど、色々アイディアはもらったし、たくさん人のいる所に行って少し疲れたので私たちも処置室へ戻ることにした。
翌日カルナの元へ行くと、ハンドクリームが効き目も香りもすごく良かったと卵とバターをもらい、ハンドクリームの追加の注文まで受けた。
レーナは牛乳と蜂蜜を、ミラはバターとチョコレートをくれた。
それからハンドクリームを使った人からの追加注文が入り、数日後には処置室にハンドクリームの問い合わせが殺到した。
作れるだけ作って渡すと、物々交換した物で薬室が溢れかえった。
お互いの欲しいものを物々交換と言うよりも、処置室に物を持っていくと交換してくれると言う噂が広がった様で、貰ったものは多岐にわたる。
「全く何をしているのだ!」
だが、一番の問題は、勝手に動き回りハークハイトに相談もなく物々交換などと言うことを騎士団内でしたとハークハイトにザビと二人でどえらく怒られたことだった。
どうやら欲しいものは素直にハークハイトに相談するべきだったようで、私の作ったハンドクリームはいささか問題のある品物だったようだ。
食堂への出入りも禁止されてしまった。
前に、ハークハイトが怒ると雷が落ちるとユーリが言っていたけど、あれは何の比喩でも誇張でもないのだと涙目に知ることとなった。




