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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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12.視線の正体

 おやつタイムを終えた私たちは、視線の正体を突き止めるために裏庭へと移動していた。

 裏庭に来ると視線はいつも同じ方向からする。そしてその方向が風下になる夕方のこの時間。

 私は、ミサンの葉と燭台を手にしていた。


「何するんだ?」

「面白いものがみられるぞ。黙って見ていろ」


 来る途中、ユーリにも事情を話そうとしたら、なぜかハークハイトに止められた。


「シロ、人払いはしてある。思う存分やれ」


 いつの間に? と思ったけれど、ミサンを使うのに関係ない人が被害にあったら可哀そうなので、人がいないのはありがたい。


「うん。二人とも前に出ないでね」


 私は風向きを確認してから土の上に集めた枯葉の中にミサンの葉を混ぜ、燭台の蝋燭で火をつけた。

 枯葉に移った火は徐々に広がり、モクモクと煙をあげていく。

 ミサンの葉も燃え始めたのか、少し後ろに下がり距離を置いても目がヒリつく感じがする。


 ――パチッ……パチパチ……。


 枯葉の燃える音が響く。

 すると、ガサガサと木が揺れ始めた。

 私は急いでハークハイトの後ろに隠れる。


「やっぱり何かいた!」

「安心しろ。危ない奴じゃない」

「なんだ、そういうことか」

「え……?」


 ハークハイトの言葉にユーリが何かを納得したようにニヤリと笑って木の方を見つめた。


「ギブ! ……マジでギブ! ちょっと止め! ゲホッゲホッ!」


 すると、男の人が一人木の上から飛び降りて来た。

 騎士の格好ではなく、身軽な、どちらかと言えばあの盗賊団の人たちに近いような格好をした男。

 地面に膝をついて咳込みながら目を真っ赤にしている。


「主! ゲホッ! ……死ぬ!」


 ミサンの葉から上がる煙には催涙効果がある。

 あの木にいたのだとしたらもろにくらっただろう。痛そう……。


「流沾」


 ハークハイトが右手を前に出して、そう唱えるとどこからか水が現れてバシャン! と彼を水浸しにした。

 ……略式魔法、初めて見た。


「ザビウス、お前の負けだ」

「なんすか負けって。と言うかこの煙なんです? めっちゃ目痛かったんですけど! 喉もひりひりするし!」

「ザビ、お前シロにバレたんだよ。ハークハイトの隠密としては失格だな」

「マジっすか」


 ハークハイトにザビと呼ばれた人物は、立ち上がってこちらへと近づいてくる。

 ユーリもからかうように声をかけた。


「二人ともこの人知ってるの?」


 ハークハイトの後ろから顔を出して見つめていると、私の前まで来たザビが仰々しく礼をした。


「お初にお目りかかります、お嬢様。私、ザビウスと申します。ザビとお呼び下さい」


 ザビは顔をあげると、以後お見知りおきをと言ってニカっと笑った。


「お前、腕が落ちたんじゃないのか?」

「いやいや、旦那。俺は一度だってバレたことないんですぜ?」

「シロにバレてんじゃねーか」

「それがおかしいんですよ。なんでバレたかなー」


 ユーリとザビが会話を始めたので、私はハークハイトの袖をちょいちょいと引っ張って誰? と尋ねる。


「私の子飼の兵だ」

「兵?」

「ザビウスは騎士団の人間ではなく、私が個人的に契約をしている。君を一人にするのが心配だからしばらくついているように私がザビウスに命じたのだ」


 私はザビをじっと見つめた。

 すると私の視線に気づいたザビがサッとしゃがんで視線を合わせてくる。


「いやー、気付かれるようなことはしてなかったと思うんですけどね。なんでわかったんすか?」

「視線が同じだったから」

「視線?」

「森で魔獣たちが獲物を見る目と。最初鷹に狙われたのかと思った」

「魔獣、鷹……? あはははは! こりゃ参った! それは想定してなかった」


 ザビはひとしきり笑うと立ち上がって、主、とハークハイトを呼んだ。


「これからどうします? シロを隠密で見守るのは無理そうですぜ」

「あれほど気を付けろと言ったのにバレたのはお前だ。しばらくはシロについて色々手伝ってやれ」

「外回りは良いんですか?」

「騎士団内に何かが入り込まなければ今は良い」

「承知。そんなわけでシロ、これからよろしくな」


 ザビはまた人懐っこい笑みでニカッと笑った。




 それからと言うもの、ザビが一緒にいるようになった。

 とは言え、一日のうち数回どこかへふらっといなくなることもある。

 ハークハイトに仕事を頼まれればそっちが優先だ。


「ザビ、おかえり」

「もう見つかった。やっぱ気付かれんだよなー」


 そして戻ってくると近くに隠れては私に見つかっている。

 庭の水やりや重いものを運ぶ時はいつも手伝ってくれるし、時折でかけるとどこかから騎士団基地にはない植物や植物の種を持って帰って来てくれる。

 おかげで最近、裏庭がとても活気付いてきた。

 元々広い場所なので、育てたいものを好きなだけ育てられる。寒い時期が終わって暖かくなれば、今よりもっと採集できるものも増えるだろう。

 薬草の研究が捗りそうだ。


「シロ、ちょっとこっち来てくれ」


 そろそろお昼になるので、道具を倉庫へ片付けていると、庭の奥の方に入って行ったザビに呼ばれた。


「どうしたの?」

「これ。こう言うのはシロの得意分野だろ?」


 茂みの中を覗いていたザビが顔を上げて場所を交代する。


「穴ネコ! ……でも、怪我してる」


 草を分けた先に、穴ネコがいた。

 ネコ同士の喧嘩なのか、何かに襲われたのか、身体中に怪我をしている。

 見た感じ一歳くらいで親離れして独り立ちしたばかりだろうか。その小さな身体を震わせ懸命に威嚇をしても、逃げないと言うことは怪我が原因で動けないのかもしれない。


「シャー!」

「大丈夫だよ。怖くない」

「シロ、怪我すんなよ?」

「大丈夫」


 私は手のひらを下から穴ネコへ伸ばして行く。


「シャー!」

「……っ!」


 すると、手をガリっと爪で引っ掻れてしまった。

 けれど、私は声を上げることも腕を引くこともしない。それをすれば、驚かせて余計に怯えさせてしまう。怪我をしているのなら早く治してあげなくちゃ。


「大丈夫。怖くない」

「シャー!!」


 もう少しで触れられそうな距離で、もう一度容赦なく手を引っ掻かれる。

 森でもこんなことは何度もあったので驚きはしないけど、何度経験しても、痛いものは痛い。


「ほら、怖くない」


 私は血が付かないようにしながら指先を動かして穴ネコの身体にそっと触れる。

 すると、しばらく睨んでいた穴ネコが身体の力を抜いたのがわかった。


「いい子。おいで」


 私は身体を撫でてあげて、そのまま反対の手で抱き上げた。

 土に穴を掘り生活する穴ネコは森の中でも良く見かける種類で、前にもネコ同士の喧嘩でボロボロになっていた子の怪我の手当てをしてあげたことがある。


「傷だらけだね。喧嘩したの?」


 軽く身体の状態を確認して、すぐに薬室へ向かおうとすると、


「その前にシロ! お前その怪我!」

「え? ……あぁ、これくらい平気だよ。慣れてるし」

「平気じゃねーだろ! 血出てるし」


 ザビが珍しく動揺していた。

 狼や熊なら大変だけど、ネコ程度なら問題はない。

 私は血が地面に垂れる前に、ささっと服で拭いた。


「大丈夫だって。それよりこの子の手当てしに薬室へ行こう」

「……俺が抱えてくから、大人しくしててくれよ」

「え? うわぁっ!?」


 そう言うと、ザビは私のことをすくい上げるように抱き上げてササッと走り始めた。


「自分で歩けるよー!」

「こっちのが早い!」




 ザビの身軽な走りは想像以上に早く、あっという間に薬室に着いた。


「主呼んでくるから、うろちょろするなよ!」


 ザビは私を降ろすと、すぐに踵を返して処置室から出て行ってしまった。

 うろちょろって、ひどい言われようだと思いながら、私はタオルを何枚か出して穴ネコをのせる。

 素早く手を洗って、自分の手の傷の血も洗い流す。バッグから消毒用の薬液を取り出しバシャバシャと手にかけて自分の手当てはおしまい。血も止まっいるので問題ない。

 そして、白衣に袖を通しネコ用の薬を用意していく。人間用の薬は魔獣には合わないし、魔獣は大きさや種類も様々なので、それぞれに合わせたものが必要になる。


「すぐできるからちょっと待っててね」


 怪我をしていない頭を優しく撫でてあげる。

 随分疲弊していたのか、すっかり大人しくなった穴ネコは静かに丸まっている。


「ちょっとしみるけど見せてね」


 私は傷を見ながら薬を塗って、上から舐めないように包帯を巻いていく。

 すると、ハークハイトを呼びに行ったザビがハークハイトとユーリを連れて戻って来た。


「シロ、怪我は?」


 ドタドタと足音を立ててユーリを先頭に薬室へと入ってくる。


「しーっ! びっくりしちゃうでしょ。怪我の手当てならちゃんとしたから二、三日で良くなると思うよ」

「ネコじゃなくてシロの話だよ。俺がシロに見てくれなんて言ったからお前怪我して……」

「私? 大丈夫だよ。消毒したし、もう血も止まってる。これくらいすぐ治るよ」

「けどさ……。主、ちゃんとシロの怪我見てやってください」


 ザビがハークハイトにそう訴えると、ハークハイトは私を椅子に座らせ手の怪我を見た後、処置室へ行き薬棚を開けた。


「シロ。お前が慣れてても俺たちはシロが怪我することに慣れてないんだから、あんま心配かけんな」


 処置室から聞こえてくるカチャカチャと薬棚をいじる音を聞いていると、ユーリがわかったか?と頭を撫でる。


「君は出会った時から無茶ばかりする。危ないことはしない約束だっただろう」

「ネコに引っ掻かれるのは危ないこと?」

「心配かけるなとユーリに言われただろう」

「……はーい」


 ハークハイトは、いまいち納得していない私の返事を聞き流し、持って来た薬を私の手をとって傷口に塗っていく。


「それで、このネコどうするつもりだ?」

「夕方には包帯とって動けるくらい大丈夫そうなら元いた場所に戻すつもり」

「そうか」


 本当はちょっぴりもふもふが恋しくて、家に連れて帰りたいくらいだけど、野生の子は野生で生きるべきだと思うから我慢する。


「遅くなってしまったが、昼食の時間だ」


 一度昼食をとりに執務室へみんなで戻る途中、ザビが落ち込んだ様子で穴ネコを抱えた私の隣を歩いていた。


「シロ、本当ごめん。怪我大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ザビはどうしてそんなに気にしてるの?」


 様子のおかしいザビに問いかける。


「俺さ、元々平民の孤児で、孤児院で似たような境遇の子どもたちと暮らしてたんだ。シロみたいに小さいやつもいっぱいいて……。ちょっとした怪我とか病気でも、小さいやつはそれだけで死んじまった。金のない俺たちは治療なんて受けられないし、俺たちを見てくれるやつだっていなかった」


 ザビは昔を思い出すように言葉をこぼした。


「だからさ、ここに来て主もいるし、そうじゃないってわかってるけど、シロが怪我したの見たら、昔のこと思い出して。怪我させたの俺みたいなもんだし。シロを守るのが俺の仕事なのに……」


 そう言うことか。私は知らないうちに過去のトラウマを想起させるようなものを見せてしまっていたんだ。


「心配かけてごめんね、ザビ。ネコに引っ掻かれることがザビに心配かけることだと思わなかったの。森じゃ良くあることだったし」


 私は腕の中で大人しくしている穴ネコを撫でて言葉を続けた。


「だけどね、心配かけるってわかってても危ないって止められても、そこに怪我や病気の人や魔獣がいたら私は治してあげたいと思わずにはいられない。だから、今回みたいなことはまた起きると思う」


 前を歩くハークハイトやユーリの背中を見て、そんなことをすればまた怒られるんだろうなと思った。だけど、


「だけど、誰かを救うためだけじゃなくて、自分を守るための薬学もマオに教わったよ。私が死んだら、私の目の前の患者は助からない。だから、簡単には死なない。目の前の患者も助けるし、自分も助ける」


 マオやハク、ジジ様、森の獣たち、たくさんの助けがあって私の命は繋がれた。そんな命を粗末にしたりしない。


「だからザビもどんと構えててよ。ザビが助けられなかたって思わなくて済むように私も頑張るから」


 ハクは私に生きて欲しかったのだとハークハイトは教えてくれた。

 私の手で助けられた者たちがいると教えてくれた。

 ハクを助けられなかったと思うんじゃなくて、ハクに助けてもらった命で誰かを救うために頑張りたい。


「シロ……。わかったよ」


 ザビは、困ったような笑いを浮かべて、自分で自分の両頬をパン! と叩いた。


「よし!」


 何かを決めたようなスッキリした顔を浮かべて、


「シロ、ちゃんとネコ抱えとけよ!」


 私を横抱きに抱き上げ執務室へと走り出した。


「だから、自分で歩けるってばー!」

新キャラ、ザビウス君の登場です。(ちょろっと前に出てるけど

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