115.もう一人の保護者
王宮へ来て尋問を受けた後、私は迎えに来た騎士によって別室に案内された。
「本日はここでお休みください」
簡易な寝台と机の置かれた六畳ほどの部屋は、一人きりの私にはとても広く感じた。
「ご飯が一人きりなんていつぶりだろ。ハークハイトたちどうしてるかな……」
用意されていた食事に手を付けるべく、椅子に座ったものの、静かすぎる部屋に食欲がなくなっていく。
フェリジヤ騎士団で出されるパンよりも一段階やわらかいふかふかのパンも、栄養価の高そうな野菜がたくさん入ったトマトのスープも、私の食欲を刺激しない。
昼は、ユーリやザビとお喋りをしながらご飯を食べて、朝と夜はハークハイトとその日やることや起きたことを話しながら食べることが、いつの間にか当たり前の日常となっていた。
「今日は早く寝よう」
考えれば考えるほど増幅していく寂しさに、流し込むように食事をかき込み、その日はさっさと布団へ入ることにして、私は眠った。
翌朝。
運ばれて来た朝食を食べ、身支度を整えるとグラントリーが部屋へとやって来た。
「おはよう、シロ」
「おはようございます、グラントリー様」
「今日はこの後、ガジュールで起きたことについての事実確認をする。悪いが混乱を防ぐため、王宮内ではしばらく頭巾を被っていてくれ」
「頭巾はわかりましたけど、事実確認ですか?」
何をするのだろうと不安になりながらも、グラントリーに付いて行くと、王国騎士団の屋外訓練場へとたどり着いた。
「ルキ様!」
そして、そこにはルキシウスの姿があった。
「シロ。一人でいると聞いたが、元気そうで何よりだ」
どうやら、昨日グラントリーが言っていたもう一人の保護者とはルキシウスのことだった様だ。
「どうしてここへ?」
「君がやらかしたあれこれを証明するのに、君の相棒たちが必要だろう?」
「相棒……ルキ様自らですか?」
相棒が何を指しているのかは察しがついたけれど、ルキシウスがそれをするのはちょっと無理があるのではないかと疑問に思った。
「仕方なかろう。君は、ハークハイトの保護下にあるが最終的な責任を負うのは私だ。君ほどの者を隠していたとなれば、私が国王に呼び出されるのも必然だ。どうせ後で呼び出されるのなら、さっさと来てしまった方が早いと思ってな」
「そうですか。それで、私の相棒たちはどこに?」
「少し待て。私はあれらと一緒にいると、いつ食い殺されるかと不安でな。今騎士たちに連れて来させている」
「ルキ様自ら連れて来て下さったんじゃ……?」
「私は先導しただけだ。あれほど嫌われている私が、一人で連れてこられるわけなかろう」
「それはルキ様の日頃の接し方のせいですよ」
それに、先導と言いながら先に来ていては全く持って意味ないのでは?
そんなことを思いながら、しばらく待っていると、訓練場の外から、からからと荷車が運ばれて来た。
荷車の上には、大きな檻にカオたちが入っていて。荷車の隣を歩くレーナの腕にはルークが、ミラの肩にはピコがいた。
「みんな!」
私が気付くと、ルークはばさりと翼を広げ、レーナの元を飛び立ち私の元へと飛んできた。
「ルーク! ふふっ、くすぐったいよ! 久しぶりだね」
私の肩へと降りたったルークは私が撫でようと差し出した指先を優しくハムハムとついばんでくる。
「シロ」
ルークと一通りスキンシップをとっていると、レーナがこれとルーク用の革の手袋をくれた。
「ありがとう。レーナとミラは、カオたちを迎えに行ってたんだね」
「王宮からの召喚にすぐに応じられる様、事情を把握してる私たちが王国騎士団に見つからない様に帰ったんだけど、基地に付いたらもうルキ様が待機していて、召喚されるより先に乗り込めって勢いで来ちゃったのよ。なんだかんだ、弟のハークハイト様が心配だったんでしょうね。それに、しばらくシロがいなかったからか魔狼たちも、ルークもピコも行く気満々で……」
「ピー!」
レーナがそう言うと、レーナの肩から胸ポケットへと滑り落りたピコがひょこっと顔を出した。
「ピコも来てくれたんだね」
胸ポケットから出ようとするピコに手を差し出すと、ピコは手のひらに乗りスリスリと頬ずりをした。
私も久々の再会を喜び、ピコに頬ずりをした。
ただ、ルークとピコは拘束されていなかったためすぐに私の元へと来たものの、カオたちの檻は十人以上の騎士が厳重に取り囲んでいた。
私は、ピコを肩に乗せ、ルークを抱えたままグラントリーに駆け寄った。
「グラントリー様、カオたちを檻から出してはいただけませんか? あの様な狭い場所にいつまでも入れていては可哀そうです」
「出すのは一匹ずつだ。彼らを危険と判断したら、その時は容赦なく殺す」
「それで構いません。ですが、心配いりませんよ。だって、彼らはもう私と共に一年近くフェリジヤ騎士団で過ごし、共生しているのですから。それに」
一番嫌われているルキ様でさえ無傷で生きていますから、と私は笑った。
「では、まず一匹」
「カオ、おいで」
事の流れを理解していると言わんばかりに魔狼たちは檻の中で伏せたまま動かず、小さく開けられた檻の隙間から、カオだけが立ち上がり出て来た。
王国騎士団が剣を抜き、臨戦態勢をとる中、カオは素知らぬ顔でトコトコと私のところへとやって来て、尻尾をぶんぶんと振った。
「カオ、ずっと帰れなくてごめんね」
私はカオの首に腕を回し、カオに額を擦り付けた。
すると、カオが私の頬を舐め、これでも疑うかと言わんばかりの顔で、グラントリーへと向き直った。
「鷹や魔狼を操るか……」
だが、グラントリーは私たちをこれまでにないほどの眼光で見ていた。
「ルキシウス殿、これがフェリジヤでは普通なのか?」
「そんなわけないでしょう。彼女の周りではこれが普通なだけで、我がフェリジヤ領全土がこの様なメルヘン状態にあるわけではありません」
言い方……。
「それに、残念ですが彼らは誰の言うことでも聞くと言うわけではありません」
「フェリジヤからの報告書によれば、魔狼を使い魔獣の氾濫を騎士たちと共に退けたとあるが?」
「彼らは、我が弟ハークハイトの言うことはそれなりに聞きます。実際にこれまでに数度魔獣の氾濫を彼らによって退けています」
「言うことを聞く聞かないの判断基準はわかっているのか?」
「わかりません。彼らはハークハイトの言うことは聞きますが、私の言うことは聞きませんので。ですが、シロが絶対的な主であるのは確かでしょう。仮にあなた方が彼女を傷つければ、その檻を食い破ってでも反撃に出るでしょうね」
「そう言う脅しは必要ない。ハークハイトに散々釘を刺されている」
「そうでしたか、これは失敬。何分、フェリジヤはまだ魔狼たちを怒らせたことがないため、そうなった場合についての保証は我々の負うところではないとはっきり伝えておかなければと思いましてね」
万年魔獣を怒らせているルキシウスがそう言うと、全くもって説得力がないなと思ってしまう。
「フェリジヤ騎士団には他にも彼女が手懐けている魔獣がいると聞いたが?」
「ハークハイトの愛馬スレイプをはじめ、ネコ、キツネ、たぬき、リス、鳥、その他諸々いますが、人に害をなす訳でもなく、とても覚えきれるものではないので放置していると弟から聞いています」
「そ、そうか……」
「自身の目で確かめたければ、彼女を連れて森にでも入ればよろしいかと。上位種の一匹くらいは呼び寄せるでしょう」
「本当に特異な体質なのだな」
まるで奇妙なものでも見るかの様に私をみるグラントリーは、何かに気付き私の元へと近寄って来た。
「ところで、この生き物はなんだ?」
「ピコは、トゥレプと言う魔動植物です」
「ピー」
私の手のひらに乗るピコをまじまじと見るグラントリーに、ピコは手を上げて挨拶をする。
ハークハイトに初めて見られた時には緊張で固まっていたのに、ピコも随分人に慣れた。
「尋問で聞いた精霊の類か……」
グラントリーは、本当に存在したのかとピコを人差し指でつついた。
「危険はないのか?」
「彼らに戦うと言う概念はほとんどないみたいです。ピコの場合は特別臆病と言うこともありますが、基本的に魔動植物は攻撃性を持ち合わせていないと思います」
「なるほど……」
「それより、グラントリー様。よろしければ、魔狼たちを早めに檻から出してもらえないでしょうか?」
「あぁ、そうだったな」
それから、ヤヤをはじめ順番に檻から出された魔狼たちは、久々の再開に私とじゃれあう姿を見て、ひとまず危険性はないと判断された。
けれど、王宮内で放し飼いもできないため、王宮内にいる間は王国騎士団の管理下に置かれることとなった。




