不在伴奏.グラントリーの思惑(前編)
※グラントリー視点
私は、王国騎士団で騎士団長をしているグラントリー・オーウェン。三十八歳、独身。
十六歳で王国騎士団に所属し、三十二歳を迎える時、国王エシオン様より王国騎士団長と言う名誉ある座を賜った。
先代の騎士団長が年齢を理由に退任されると聞いた時、そろそろ国王様もその王位を第一王子のルーベン様へお譲りになるかと思われ、私はエシオン様ではなくルーベン様に仕えることとなると思ったが、そうはならなかった。
通例ならば、王子が二十歳を迎えると国王が王子に王位を譲るのが習わしなのだが、エシオン様はルーベン様が二十歳になられても王位を譲ることはかった。そしてその後も、区切りの良い節目を迎えても王は王位を譲ることを拒んだ。
エシオン様はルーベン様を心から愛しているし、王としてとても聡明なお方なだけに、私にはそれが少し不思議だった。
そして、王国騎士団長として国王様のお側に仕える様になり、その違和感は少しずつ大きなものへと変わっていった。
「走り込みが終わった者から二人組になり、剣の訓練を始めろ! 私は少し席を外す」
王国騎士団と言っても、我々の仕事は王国中を警備し走り回る様なものではない。
基本的には、王宮・王族の警護、各領地の保有する騎士団の応援、またその騎士団に問題があると嫌疑がかかった時の監査などが主な仕事だ。
領主関連の事件・問題が発生した際にも、領地の騎士団では権限が薄いため、王国騎士団が出動することもある。
ここには各領地から集まった精鋭の騎士たちが所属しているが、こまめに真剣を振るう機会はほとんどなく、いざ真剣を振るう時は大抵命に係わる様な重要案件ばかりだ。
「陛下、お呼びでしょうか」
「グラントリー、訓練中に呼び出してすまない。少し相談があってな」
「相談ですか?」
話があるから来てくれと呼ばれ、王の部屋まで行くと、モハン大臣が同席していた。
「モハンのところに、フェリジヤ領のガジュールから少し気になる知らせが入ってな」
「気になる知らせですか?」
こういう場合、大抵は領主には言えないので、内々で国に調べて欲しいと言う話が多い。
だが、ガジュールと言えば先代方は優秀だったのにも関わらず、問題が多く領主城勤めすらできず飛ばされたファーシエがいる地。
面倒な予感しかしない。
「それがな……」
それから私は、モハン大臣の元へ寄せられた情報を詳細に伺った。
「白い髪に青い瞳をした、神獣と同じ容姿を持つ幼女が、大人に化け魔獣を操り土魔法を使ったですか。おまけに、平民たちを見えない場所に隔離し、人体実験……。俄かには信じがたいですね」
と言うよりも、完全にでたらめだろう。なんだ、幼女が大人に化けって……。
「私も、陛下にお伝えするまでもないと思ったのだが、ガジュールにいる知り合いの貴族たちに確認を入れたら、ハークハイト・レーレンが連れている神獣の姿をした幼女が魔獣の氾濫を食い止め合成獣を倒したのを見たと言うのだ。その際、街を守るように大きな土の壁が作られたのも見たと」
「ハークハイトの連れなのですか? 一体その幼女、どこの娘なのです?」
「それがわからないのだ。貴族たちの話によれば、少し前からフェリジヤ領の騎士団にいるらしいが、それ以上の情報は探れなかった」
「孤児院から引き取った可能性はないのですか? 確か彼は平民を私兵として連れているでしょう」
「可能性はあるだろうな。だが、そんな魔力を持っている子どもの情報が王宮に入らないはずがない」
「それもそうですね」
「そう言う訳でなグラントリー、お前にフェリジヤ領まで様子を見に行って来てほしい。確かハークハイトとは面識があっただろう?」
「えぇ。彼が貴学院を卒業する時に王国騎士団へ入らないかと声をかけましたから」
「あれは優秀だからな。だからこそ、何を隠しているのか少し気がかりだ」
「彼に限って反乱の意思などないかと……」
「わかっておる。徹底して兄の影役に徹し、フェリジヤのために貢献している人間だ。兄や領地を裏切る様なことをするとは思っておらん。だが、神獣と同じ容姿を持つ幼女の正体は少し引っかかる。神のいたずらでそんな姿になっただけと言うならまだ良いが、万一、本当に土魔法が操れるならば、人類の歴史がひっくり返る。そのことを懸念して隠し通しているのだとすれば、国としても彼女を保護し、適切に対応する必要がある。危険性なしとお前が判断したなら、王宮にて面会したい。決して出会い頭に危険性も確認せず剣を振るってはならんぞ」
「承知いたしました」
「それに、今回彼らがガジュールを訪れていたのは感染症の封じ込めのためらしい。メテルキアの感染症がフェリジヤに入ってしまった可能性もある。エイダと共にメテルキアへ行った騎士も数人死んでおるし、ガジュールで感染症の封じ込めに成功していたなら、意見を聞きたい」
「ガンフではなくハークハイトが出て行っている辺りがフェリジヤらしいですね」
「優秀過ぎる弟子がいれば、自分は研究に没頭できると以前言っておったからな。最近は魔力中毒の起きない薬の製造方法や新しい木材の発見など目覚ましい成果を上げているし、相変わらず城に籠っておるのだろう。たまには王宮に顔を出せと言っても全く来る気配もないしな」
「過去に罪を犯した身で陛下の前に来ることは無礼だと考えているのでしょう。レヴィ殿と並ぶほどに優秀な方だと言うのに、本当にもったいない」
「ガンフらしいがな」
二十年前のエシオン様暗殺未遂が起きるより前、この王宮には若き優秀な薬師たちがいた。領地を上げて薬学に取り組んでいるメテルキアを代表する知識人ルーハ殿、三領地の中で一番長い歴史をもつザクシュルの叡智を持つレヴィ殿、そして、妻を救いたいと言う願いから独学でいくつもの薬を完成させたガンフ殿。ガンフ殿は、元々罪人故に王宮に勤める気はなく、ただ国で一番の現場を学んで来いとメテルキア領主に無理矢理期間限定で送り込まれていたので、さっさと王宮を去ってしまったが、あの頃は各領地の薬師たちがその知識を磨き、競い合っていたように思う。
あの頃、王国騎士団に入ったばかりの私は毎日訓練で怪我ばかりしていて、ガンフ殿やルーハ殿には大変世話になったし、レヴィ殿には現在進行形で世話になっている。
あの頃、あんな事件が起きるなんて誰も予想はしていなかったんだ……。
「では、私は急いでガジュールへと向かいます。王国騎士団の方で尋問を行い、問題がなければ陛下の元へハークハイトとその幼女をお連れします」
「うむ、頼んだ。くれぐれも手荒な真似はしない様に」
「心得ております」
それから私は、ガジュールへ向かう準備を整え、再び国王の前に立っていた。
と言うのも、王国騎士団長や大臣クラスが任務で派遣される際は一応不在になることを周知するために簡単な任命式の様なことを行う。
集まる面子も王宮内で手の空いている人間だけで、本当に形式だけの簡単なものだ。
「フェリジヤ領内で、特異な容姿の幼女を匿っているとの報告が入った。グラントリーは至急確認に迎え」
「はっ!」
だがこの時、私は時折感じる王に対する違和感を再び感じていた。
「危険人物ならばただちに処刑せよ。危険人物を不当に匿っていたとなれば、フェリジヤ領騎士団副団長であるハークハイト・レーレンもその対象となる。また、その際にはただちにフェリジヤ領主ルキシウス・レーレン、並びにフェリジヤ領騎士団長ファーガス・レーレンを拘束せよ」
「即時処刑ですか?」
「不当に隠していたのならば国家転覆を目論んでいる可能性がある。危険があればその場で即時処刑せよ。それと、ハークハイトを宮殿へ入れるな」
「それは、なぜでしょう?」
「お前には関係のないこと」
「……かしこまりました」
まただ。さっきと言っていることがまるで違う。
国王は時折こうして先ほどまでの発言を忘れてしまったかのように、全く違う発言をされる時がある。
そして、そんな時決まって王の瞳は何も見ていない。傀儡の様に暗闇を映し、本来とてもお優しい王がまるで別人になってしまうのだ。
二十年前、ルーハ殿とメテルキア領主の処刑を命じたあの時の様に……。
「話は以上だ」
「はっ!」
王宮に仕える者たちは、口にはしないが恐らくこの違和感を薄々は感じているだろう。
レヴィ殿は病気の兆候などは見られないと言っていたが、この状況は明らかにおかしい。
だからこそ、彼ならば……と私はどこか期待していたのに、王宮に入れるなと言われてしまった。
「グラントリー!」
「エイダ様! どうされたのです?」
王の任を受け、王宮を出発しようとするとそこへ王妃様に呼ばれた。
「あなたにお願いがあるの」
「私にですか?」
エイダ様がちらりと他の騎士たちを見たため、私は、エイダ様とその場を少し離れた。
「お願いよ、グラントリー。どうか、ハークハイトを私の元へ連れて来てちょうだい」
「エイダ様……。わかっております。私も、同じことを考えておりました」
「レヴィが問題ないと言う以上、追及することは難しいわ。でも、もしかして彼なら……!」
当時、ルーハ殿もレヴィ殿もそれはすごい薬師だった。
けれど、独学で薬学を学び気付けばその二人を追い抜く勢いのガンフ殿は、誰が見ても優秀だった。
今や彼を呼ぶことはレヴィ殿の面子を考えれば、はばかられる。
けれど、エイダ様や私の違和感を拭うためには、第三者が必要なのも明らか。
そのためには、この状況をどうにか利用しハークハイトを王へ会わせるしか手はないのだ。
「お願いね、グラントリー」
「必ず」
そうして、私はエイダ様との秘密の約束を抱え、ガジュールへと向かったのだ。




