11.森の外で生きると言うこと
森への帰り方も、森の場所もわからないまま、ハークハイトの家と騎士団基地で過ごすようになり一ヶ月が過ぎた。
胸元にはハークハイトが作ってくれたハクの魔石のネックレスが光っている。
相変わらず森への手がかりはこれっぽっちもないけれど、少しずつ気持ちに余裕も出てきて、ここでの生活にも随分と慣れた。
最近は、処置室に来る人も増えて見知った顔が多くなってきた。
薬を作って誰かのためになるのは森にいた頃の様で、やる気が出る。
そして、ハークハイトから執務室以外にも裏庭、薬室、処置室へは自由に出入りして良いと言われた。
出かける時はどこへ行くか言ってから行くこと、危ないことはしない、変わったことがあればすぐにハークハイトに相談する、などなど約束事はいくつかあったけど、毎回ユーリやハークハイトを付き合わせて仕事の邪魔をしているんじゃないかと気になっていたので、これで心置きなく動き回れる。
ついでにハークハイトには、君にしかできない仕事だ、と裏庭の管理と処置室の薬棚の在庫管理も任された。
私にも仕事をくれたのがなんだかとても嬉しかった。
朝、ハークハイトと共に執務室へ行き午前中にやることを報告する。
とは言っても、午前中はほぼ毎日裏庭の手入れだ。
「いってきます」
「昼食には戻るように」
「はーい」
執務室を出て、裏庭へと向かう。
一人で出入りする様になってから少し気になっていることがあるが、それは対策を考えた。
「寒いからあんまり雑草も出てこないし、虫もいないかな」
草むしりをしたり、プランターを陽当たりのいい場所へ動かしたり、一人でやる庭の管理はやることも多く時間がかかる。
水やりに魔術具は使わないのか? とハークハイトに聞かれたけど、私はひたすらジョウロ派だ。
確かに魔術具を使ってぱーっとやれば早いけど、森で魔力を使うことはなかったかし、必要性も感じていない。
ほんの少し水場と裏庭を往復すればいいだけだ。森でもそれが私の普通だった。
いくつか育った薬草を収穫して午前中の作業を終え、今日は気になっていることの対策としてミサンの葉も少し収穫した。
道具を倉庫に戻して、手を洗ったら執務室へ戻る。
「ただいま」
「シロ、おかえり」
執務室に戻ると昼食が用意されていた。
いつも昼前になるとユーリが食堂から昼食を持ってきてくれる。
騎士団の人たちは昼食を食堂で食べるのだと処置室に来る騎士の人たちから聞いたけど、私はまだ食堂へ行ったことがない。
「ハークハイト、もうそろそろ葉物は収穫できそう」
「もうそんなに育ったのか。そのうち私も庭を見に行こう」
午前中に裏庭でしたことや収穫出来たものの報告をしながら三人で昼食をとる。
ユーリはハークハイトの仕事を手伝っているらしいけど、いつもお昼にはへとへとになっている。
「俺は頭脳派じゃなくて肉体派なんだよー!」
と、よく嘆いている。
午後、昼食を食べ終わってひと息ついたら薬室へと向かう。
裏庭で獲れたものを薬にするために手を加え、基本のストックを出た分だけ作りつつ、新しい薬草の成分を調べたり、ハークハイトに借りた本を読んだりして過ごす。
――コンコン。
そんな感じで過ごしていると、時折お客さんがやって来る。
「はーい」
「ちわー。シロさんいますか?」
「ウィル、カイン。どうしたの?」
騎士団へ来て初めての患者、ウィルとカイン。
あの数日後、処置室に顔を出してくれたので経過観察しようと思ったらすっかり傷は治っていた。
それでも、あの出血量だったので血が作られるように栄養のあるもの食べてね、とファーガス団長にもらった干したりんごとコケモモをお裾分けした。
「街の市場まで行ってきたから、シロさんにお土産」
「傷が早く治ったのはシロさんのおかげだってハークハイト様に聞いたからこの前のお礼に」
包みを開けると、カップケーキと花びらが入った紅茶の茶葉が入っていた。
「貰っていいの!? 嬉しい!」
「お礼なんでぜひ貰ってください」
「ありがとう! ウィル、カイン!」
二人は、訓練があるので、と帰って行った。
私はケーキと紅茶を持って一度執務室へ戻ることにした。
ついでに、気になっていることをハークハイトに相談しよう。
私は、処置室を出ると足早に執務室へと向かった。
ガチャリと扉を開けて執務室に入ると、いつも通りハークハイトとユーリが仕事をしていた。
「ただいま」
「今日は随分早かったな」
戻って来た私にハークハイトが反応する。
「ウィルとカインがこの前のお礼にってケーキとお花の紅茶くれたの。みんなで食べたいなと思って」
「あぁ、あの二人か」
「シロも随分騎士団に慣れたよなー。シロ目当てに処置室に出入りしてる奴らもいるくらいだし」
「騎士ともあろう者がたるんでるな」
ユーリは、皿とカップの準備をしてくる、と執務室を出て行った。
「あのね、ハークハイト。ちょっと気になることがあるの」
「なんだ?」
私はハークハイトのすぐ近くまで行き、なるべく声をひそめて言葉を発した。
「ここから外に出るとね、ずっと誰かが見てる気がするの」
ここ最近、裏庭にいる時や薬室や処置室などで妙な視線を感じるのだ。
森で感じたことのある、肉食獣が狩る前の獲物を観察している様なそんな視線を。
はじめは気のせいかとも思ったけど、視線はもう何日も続いている。だけど、後にも先にも視線を感じるだけでそれ以上どうこうと言うものはない。
「それでね、これ」
私はミサンの葉をハークハイトに見せた。
「どうするつもりだ?」
「裏庭まで行って風上で使うの。もしかしたら気のせいかもしれないけど、気になるから……ハークハイトも一緒に来てくれる?」
「一人で行動する前に相談したのは褒めてやろう。何が出るか、私も行くとしよう」
ハークハイトは私の頭に手を置いてすぐに了承してくれた。
私はこの時、いつになくハークハイトが黒い笑みを浮かべていたのに気づくことはなかった。
「このケーキふわふわ!」
「最近街じゃこういうのが流行ってるらしいな」
早速三人でおやつタイムをとっている。
ハークハイトはあまり甘いものを食べないのでケーキは少しだけにして紅茶を堪能してる。
私は初めて食べるふわふわしたケーキに興味津々だった。
「このケーキどうやって作るんだろ? このお花の紅茶も美味しい。紅茶って自分で作れたりするのかな?」
「シロはなんでも自分で作ろうとするんだな」
「どう言うこと?」
「普通は、自分で作ることよりもどこで売ってるのかってなるだろ?」
そう言うものかな?
森では自給自足が当たり前だったからな。
「森にはお店なんてないから何かを買いに行くって私にはよくわかんない。お金の使い方も知らないし。だけど、作り方さえ知ってれば森に帰っても作れるかも知れないでしょ?」
森にない物は森にあるもので代用品を考えれば良い。
作り方さえわかれば作りようはいくらでもある。
「シロは逞しいな。俺は森じゃ絶対生きていけない」
ユーリの言葉は私にとっても決して他人事ではない。
私だってマオやハクがいなければきっと生きていけなかった。マオもハクもいない今、森に帰って生きていけるのか少し不安な部分もある。
私は服の上から胸元のハクの魔石を握る。
「シロ、君は将来的に森を出て生活すると言う選択肢はないのか?」
私が森での生活のことに思考を巡らすと、それを見透かしたかのようにハークハイトが話を切り出した。
「森を、出る?」
「そうだ。もし、君が帰りたいと願っている森が見つかったとして、そこにはもう君を守ってくれたハクはいない。唯一の人間であるマオも戻ってくるかわからない。それでも君は森で暮らすのか?」
「それは……」
私はハークハイトの投げかけに言葉を詰まらせた。
「答えを迫っているわけではない。君が生きたい所で生きられるのが一番だろう。だからこそ、ここにいる間は人の中で生きるということに目を向けてもいいんじゃないかと思っただけだ。君は人の子なのだから」
森に帰りたい。
だけど、ハクもマオもいない森はきっと寒くて耐えられない。ジジ様やカオたちがいても、きっと寂しさに負けてしまう。
私の居場所はどこにあるんだろう?
「時間はある。ゆっくり考えればいい」
――バケモノッ!!
――選べ! どちらで生きるのか。人はいつか其方を捨てるぞ。
本当のことを知った時、ハークハイトは同じことを言ってくれるだろうか。
胸を刺すような思い出が人の中で生きると言う私の居場所を否定した。




