不在伴奏.謎だらけの会議
※ユーリ視点
俺の名前はユーリ・マクレン。
フェリジヤ騎士団所属ハークハイト付きの護衛騎士、要するに側近だ。
ハークハイトとは幼馴染で、なんでもかんでも一人で背負いこんで解決しようとするあいつをなんとなく放っておけなくて、そのままハークハイト付きの護衛騎士になった。
あいつの立場上、気軽な関係でいられる相手が一人くらいいてもバチは当たらないだろう。
あの日、俺とハークハイトは盗賊団ドルトディートの目撃情報を得てラプスル山脈へと向かっていた。
ハークハイトを隊長とする特別部隊である俺たちはそう言う調査のために少数精鋭で僻地へ赴くこともある。
そして、山中で休憩をとっている時に聞こえてきたけたたましい音の方へ駆けつけて見るとそこにシロがいた。
白い髪に青い瞳。神獣を思わせるその姿に俺は目を見張った。
その後、咒鹿の威圧で不覚にもハークハイトを守る立場でありながら、俺は気を失い、気付いた時には咒鹿はいなくなり、ハークハイトとその腕の中で気を失ったシロだけがいた。
「いったい何が起きて……?」
「推測でしかないが、この子がアルルーナを刺激してドルトディートから逃げようとしたのだろう。だが、運悪く咒鹿を呼び寄せた」
けれど、その咒鹿から年端もいかない様に見える少女がハークハイトを守り、言葉によって退けた、と。
そこから、気を失ったシロを騎士団まで連れ帰った所で不思議なことは続いた。
両腕、両足に付けられた魔封じの金環。
強すぎる魔力は子どもの手には余り暴走させることがあるため、一時的に魔封じの金環を使うことがある。
けれど、通常は一つもつければ十分で四つもつけることなどあり得ない。なのに、シロは四つも付けた状態で平然と動き回り咒鹿の威圧にも動じず、また一瞬ではあるが彼女自身が威圧を放った様に感じたとハークハイトは言った。
大事そうに強く握りしめていた手の中の魔石はどうみても上位種の魔獣のもので、普通の子どもが持っているようなものではなかった。
それから目を覚ましてからもシロの不思議は続いた。
幼き少女は、マオと言う人間と、魔狼と森で暮らしていたのだと言う。
魔狼が人間と共生することなどあるのだろうか?
森に帰りたいと切実に訴えるそれは曇りなくこの子の真実なのだろうと思ったけれど、シロの言う森は俺たちの知る限りでは見当がつかなかった。
そして、何よりもハークハイトが驚く程の薬学に対する知識。
貴族院に通うこともなく、あの年齢で、いったいどんな環境でどんな教育を受けたのか、謎が謎を呼ぶばかりだった。
他領からの刺客と言う線も全く考えられなくもないので、俺はシロの面倒を見ながらその辺を探る様にとファーガス団長とハークハイトに言われていた。
けれど、シロは薬を作ることに執着している気はしたが、それ以外は見た目通りの年相応な普通の女の子だった。
それに、俺はそんな素性などどうでも良いと思えるほどシロのことを気に入っていた。
なぜって? それは、シロがハークハイトに懐いているからだ。
そして、あの他人を寄せ付けず、懐に入れた者以外誰のことも信用していないハークハイトが手を焼き世話をしているからだ。
シロはハークハイトに良い影響を与えてくれる存在の様に思う。何よりシロに振り回されるハークハイトも、シロをくっつけて歩くハークハイトも見ていて面白い。
だが、その後もまだまだシロの不思議は続いた。
その日は、話があると言ってファーガス団長と俺、そしてハークハイト付き隠密諜報員であるザビがハークハイトによって集められていた。
シロはレーナに預けてあるので今頃着せ替え人形になってる頃だろう。
「シロについて新たにわかったことがある」
珍しく焦りをにじませたハークハイトが口を開いた。
「シロの言っていたハクの正体がわかった」
「ハクって森で暮らしてた魔狼だろ?」
「確かに魔狼には間違いないが、シロの言うハクとは神獣、怕狼のことだ」
「はぁ!?」
突如出てきたとんでもない名前に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「待て、ハークハイト。なぜ怕狼だとわかったのだ?」
死んでしまったのだとシロは言っていた。その相手をどうやって突き止めたのか。
ここにいる全員の疑問をファーガス団長がハークハイトに問いかける。
「昨夜、私の前に姿を見せたのですよ。シロの持っているあの魔石から。あなたもシロがいつも大事に手にしているあの魔石は知っているでしょう」
それから、ハークハイトは夜に起こったことを話してくれた。
「神獣ともなると魔石から顕現できるのか……。それで、来るべき時とはなんだ?」
「わかりません。シロも全く知らない様子でした」
「人間が生み出した最悪から生まれた唯一の光と言うのも気になるな」
「シロのあの容姿も神獣との繋がりやその言葉が手がかりになりそうだな」
「シロは自分の両親についても何も知らない様子で、シロから聞き出せる情報はかなり少ないかと」
ファーガス団長とハークハイトのやりとりに、全員が頭を抱える。
白き毛並みに青き瞳、この世の秩序を守り人に裁きを下す四体の獣。神獣にまつわる言い伝えだ。
一般的にあり得ないシロのあの容姿はどこか神獣を思わせる。
ここに来て、そのシロと神獣怕狼に繋がりがあるとすればこれはもうただの偶然ではないだろう。
「ラプスル山脈での神獣咒鹿との遭遇に次いで怕狼か。お前さんは運がいいのか悪いのか……」
「正直、寿命が縮む思いでしたよ」
「なぁ、ハークハイト。昼間面倒みてる俺が言うのもなんだけど、マオについてはどうなんだ?」
シロが度々口にするマオについての情報も欲しいところだ。
「マオが所有していた本の傾向からメテルキアの者だろうとは思うのだが……あれほどの薬学に精通しているとなると、メテルキアでかなり最先端の薬学に従事していた人間の可能性が出てくる」
「メテルキアの最先端薬学従事者か。きな臭い話になってきたな……」
二十年前、メテルキアはこの国随一の薬学都市だった。
国の全ての人へ安定した薬を、と言う領主理念の元、巨大薬草園を所有し研究も盛んに行われていた。
けれどそんな中、薬草園出身で宮廷薬師をしていたメテルキア領主の右腕であるルーハと言う人物が薬による国王暗殺未遂事件を起こした。
暗殺に使用されたと思われる薬草がメテルキアの薬草園から見つかり、首謀者のルーハはもちろん、薬草園の責任者でありメテルキア領主のディミトリー・デミコフとその妻も共謀とされ処刑された。
薬草園は国により閉鎖され、薬草園の閉鎖と共に研究も破綻した。
今は、国から派遣された代理領主の元でメテルキアは運営されているが、領の主産業を失い領民は貧困を極めている。
「でもさ、マオも結局シロを置いてどっか行っちまったわけで、何でシロに薬学なんて教えたんだ?」
「わからん。マオの目的も、シロの存在も、怕狼との繋がりも。マオを探すなと言うのも引っかかる」
「やはり、シロが他領からの刺客と言う線はないのか?」
俺とハークハイトの会話を聞いてファーガス団長があり得ないと思うが、と聞いてくる。
「出会った状況、その後のシロの行動からしてそれはないでしょう。未だ世に出ていない薬のレシピを聞けばすぐに答えてしまうような迂闊な刺客などいませんよ。あの子は誰かを救う薬を作ることしか考えていません」
「そうか。それなら良い」
ファーガス団長もシロを気に入っているようだし、子どもを疑うようなことはしたくないのだろう。
「あのー」
会話が途切れた所で、これまでずっと黙っていたザビが口を開いた。
「何か情報を得たのか?」
ファーガス団長が身を乗り出して聞く。
「いや、違うんですけど、ちょっと気になることがあって」
「なんだ?」
「シロについてはやっぱり何の情報も得られませんでした。あれほど目立つ容姿なら一つ二つあっても良いだろうと思ったんですが、シロを探している人間の気配すらありません。人が入り込むよりもっと奥地の森に住んでいたと考える方が自然なくらいです。俺が気になったのはドルトディートの方です」
ザビは街や他領へ行き、色々な情報を持ち帰るのが仕事。
今回はドルトディートがシロを偶然ではなく、はじめから狙っていたのではないかと言う仮定の元、情報を探しに外へ出ていた。
「ドルトディートの誘拐した相手がどうもおかしいんですよ」
「おかしい?」
「子どもとは別に、婚約した男女や新婚の男女をまとめて誘拐してるみたいなんですよね」
「男女どちらかではなくまとめてか?」
「はい。子どもの方は誘拐後ブラックマーケットで売買されていると言う情報が掴めたんですが、男女の方は行方が掴めません」
カップルをさらうって何が目的だ?
ドルトディートの目的が謎すぎる。
「ついでに、こっちも関係ない情報ですが、ザクシュルでも例の合成獣が発見されました」
「ついにザクシュルでも出たか……」
合成獣。ここ数年で数体が確認された、つぎはぎだらけのおぞましい姿をした謎の魔獣。文章にはなっていないが単語を口にする個体もいる。見つけられた個体はどれもすぐに死んでしまい、屑魔石しか残らないと言う。
呼び名もないため、合成を施された様な見た目から合成獣、キメラと呼んでいる。
「何にせよ問題が多すぎるな……」
ファーガス団長が珍しく溜息をついた。
「団長、シロを少し騎士団内で自由にさせようと思います。彼女の生活はほとんど薬草の栽培と薬室での薬作りです。いつまでも誰かが付きっきりと言う訳にもいきませんので、しばらく好きにさせて問題がない様なら監視を外します」
「だがな、あんな子どもを一人にするのは……」
「彼女は賢い子です。危ないことはしませんし、何より処置室で他の騎士たちと交流を持ちはじめた様なのでいつまでも我々の元で執務室に閉じ込めるよりは彼女のためになるでしょう」
「これで俺もシロの世話役からお役ごめんかー」
シロとの毎日は面白いことが多く、世話役から外れるとなると少し寂しい気もした。
だけど、確かに最近は処置室で新人たちの手当てをしたり、女子たちからお菓子をもらったりして騎士団のやつらにも可愛いがられている。
立場上、俺たちがいない方がいいこともあるだろう。
「騎士団はそれほど暇ではない。お前も働け。ザビ、しばらくはお前を監視につける。シロには気づかれない様に頼むぞ」
「主の仰せのままに」
ザビが仰々しく答えると、何一つ答えの出ていない謎だらけの会議はお開きとなった。




