90.傷持ち
シャロンに手を取られ、連れてこられたのはバラの咲く庭園だった。
すっきりとした甘さのバラの香りが漂う庭園は、いるだけで幸せな気分になれ、薬草園とはまた違った味わいがあった。
「こんな時期にバラ……」
「ここのバラは庭師が色々工夫して、真冬以外は咲くように調整されているのよ」
それはすごい。時期で品種が異なるのか、同じ品種を改良しているのか、ちょっと気になる。
「こっちで座って話しましょ」
バラの咲く迷路のような道を進むと、庭園を眺められるように設置された休憩スペースの様なテーブルと椅子が置かれた場所があった。
「今はお腹に赤ちゃんがいるから滅多にやらないけど、昔は時折ここでお母様とお茶会をしたの。今日は急だったから用意できなかったけど、シロも今度一緒にお茶会しましょう」
人懐っこい笑みを浮かべるシャロンは、シリルと違い中身はルキシウスとは似ても似つかない感じだった。
「ねぇ、シロはガンフが認めるほどの薬師なんでしょ?」
「んー……薬師ではあるけど」
認める認めないは語弊がありそうなので、頷けない。
「私と変わらないのに、すごいのね。どうやったら、そんな風になれるの?」
「毎日薬学についてたくさん教えてくれる人がいただけだよ」
「私も、城内で勉強してれば、貴学院なんて行かなくて済むのかしら」
シャロンは、テーブルに頬杖を突き、はぁとため息をついた。
「貴学院、行きたくないの?」
私がそう質問すると、シャロンは少し目を伏せた。
「貴学院は好きよ。お友達もいるし、とても楽しいわ。でも……私は傷持ちだから」
「傷持ち?」
傷持ちって、確か犯罪とかで捕まって牢屋から出てきた人のことを言うんじゃ……?
その辺の用語にはあまり詳しくないので、なんかそんな感じだったようなと首を傾げていると、シャロンは、ごめんなさいと苦笑いを浮かべた。
「犯罪者を指す傷持ちって意味じゃないわ。この傷よ」
そう言って、シャロンは綺麗に整えられた前髪を左側だけ上げた。
そこには、おでこからこめかみにかけて大きな傷跡が残っていた。
「貴学院に入ったばかりの頃に、ちょっとした男の子たちの喧嘩に巻き込まれて怪我しちゃったの。彼はすごく謝ってくれたし、こうやって前髪を厚めに整えていれば傷も隠せる。私はもう何も気にしていないんだけど、周りはそうじゃないのよ」
それからシャロンは貴学院での日常を教えてくれた。
「女の子の友達は、普段は普通にしてくれるけど、何か傷や怪我って言葉に触れそうな話題になると話を無理やりそらしたり、私が領主の娘だからか異様に気を遣うのよ。それに、裏で彼の悪口を言うの……」
「彼って?」
「私に怪我を負わせた男の子よ。喧嘩の時にちょっと気持ちが高ぶって魔力が暴走して、ガラスが割れてたまたまそこにいた私が怪我をしたってだけだから、彼がわざとじゃないことくらい私もわかっているし、彼は、たくさん謝ってくれた。怪我の治療をしてる間も別に手とか怪我してるわけじゃないのに、大丈夫かって移動教室の度に荷物持ってくれたり、痛むか? って自分の方が痛そうな顔して聞いて来て……。彼は優しくて、素敵な人なのに」
そう語るシャロンの表情は、とても暗く、落ち込んでいた。
「それに、怪我に塗ってた傷薬と同じ匂いの草が貴学院にあって、時々あの匂いがすると、今でも彼は苦い顔をするのよ。私は何も気にしてないのに、怪我が治ったら全然話しかけてもくれなくなって……。せっかく私が挨拶してあげてるのに無視するのよ! ちょっと酷いと思わない!?」
さっきまで落ち込んでいると思ったら、今度はぷりぷりと怒りだした。
「あんなに誠実にしてくれた彼にそんな顔させてるのは自分だって思ったら、私がいなければ、もっと楽しい学院生活を彼は送れるのにって思っちゃうじゃない」
貴学院に行かなくて済むと考えたのはそういう理由か……。でも、シャロンがそれで貴学院に行かなくなるのはなんだか違う気もする。
「シャロンは、その男の子のことが大切なんだね」
「ち、違うわよっ! ただ、まだ私の傷のこと気にしてるような誠実な人が周りにとやかく言われるのが嫌って言うか、それって結局私のせいみたいになるじゃない! それに、気にしてないって言ってるのに、いつまでも痛そうな顔するから!」
相手が大切な人だからそう思うのではないだろうか……?
「ただ、彼に元気になって欲しいだけよ……」
耳まで赤く染めたシャロンは、それだけ言うと机に突っ伏してしまった。
大切な人が自分のせいで傷つくなんて、私だって嫌だ。マオも、ハークハイトも、ユーリも、モリスやカスク、大切なみんなにはいつだって笑って元気でいて欲しい。
「ねぇ、シャロン。領主城に顔料ってある?」
「何、急に? 絵師がいるから、顔料ならあると思うけど……」
「じゃぁ、もらいに行こう。あと、ここのバラもいくつか欲しいんだけど、勝手にもらったらダメかな?」
「バラが欲しいなら庭師に言えば切ってくれるわ」
「よし。じゃぁ行こう!」
「行くってどこに?」
「まずは、絵師さんのところ!」
私は、シャロンの手を引いて走り出した。
幸いにも、絵師は中庭で絵をかいていて、外に出なくて済んだ。薬草園と中庭で捕まらなかったら、ハークハイトに許可をもらいに行かなければならなかったところだ。
「薄茶と黄色と赤が欲しいの。あ、あと白いのもちょうだい!」
「シロ、そんなものどうするの?」
「できてからのお楽しみ!」
顔料は結構高価な物らしく、絵師はちょっと渋っていたけど、シャロンがお願いするとすんなりと顔料を分けてくれた。
領主城にある素材だからか、きめの細かい良い顔料に、私もちょっとテンションが上がる。
「次は、バラだね」
私はシャロンを引っ張り、中庭いる庭師を探す。
「彼女がここのバラを欲しいそうなの。いくつか切ってくれるかしら」
「なるべく香りの強いやつが、十本くらいあるといいんだけど」
バラを切っている間に、真冬以外にバラが咲く理由を聞くと、数種類のバラを扱っているのと、やはり品種改良だった。基地でも、品種改良に取り組んでみるのはありかも知れない。
そんなことを考えながら、もらったバラを抱え、私は薬草園へと向かう。
「顔料に、バラ……? シロ、いったい何するの?」
「できてからのお楽しみだって」
教えてとねだるシャロンを笑って躱し、私はガンフを探す。
「ガンフ、ちょっと領主城にあるオイル類の素材を見せて欲しいんだけど」
「良いけど、何に使うんだい?」
「薬師として、心の傷を治せないかなって」
「……?」
「基地じゃ置いてある材料限られてるから、場合によってはちょっと分けて欲しいなって」
シャロン様のためだからと耳打ちすると、ガンフは面白そうな気配がするなと丸眼鏡を光らせた。
それから、薬室に置いてあるものを見せてもらい、基地には置いていないオイルをいくつか分けてもらった。
「ねぇ、シロ。本当に何を作るつもりなの?」
「今日は何もしないよ?」
「え?」
「バラは時間かかるし、顔料はぶっつけ本番って訳にも行かないから」
「何の話……?」
それよりも、今日ハークハイトたちが見つけてくれた感染症の資料を読みつつ、シャロンのためのものを作って、薬草の品種改良なんかも考えると、また忙しくなりそうだ。
「シロ」
「あ、ハークハイト……とルキ様」
「夕刻には戻れと言ったのに、忘れていただろう?」
「走り回っててすっかり忘れてた」
欲しいものを集めるために中庭を走り回っていたからか、気付けば空はすっかりオレンジ色だ。
どうやら資料室に顔を出したルキシウスのおかげでハークハイトたちもすっかり夕方だと言うことに気づき、資料室の片づけを他の三人に任せ、ルキシウスとハークハイトで私たちを探しに来たらしい。
「それよりハークハイト。このバラの花、保存用の魔法具に入れておいてくれない?」
「バラなんてどうしたんだ?」
「分けてもらったの。ちょっと思いついたことがあって」
「思いついたこと?」
「帰ったら説明するよ」
それより、と私はシャロンの方へと向き直った。
「シャロン、二週間ちょうだい」
「二週間……?」
「シャロンも、シャロンの大切な人も笑っていられるように、私にできることやってみるから!」
「なっ……!」
「シャロンの大切な人? シロ、それは誰だ……?」
「ルキ様知らないの? 貴学院の男の子……」
「わー! お父様、違うのよ! シロっ! 違うって言ってるでしょー!」
シャロンは顔を真っ赤にしてまで、何をそんなに慌てているのだろう?
「に、二週間待ったら、彼をどうにかできるの? 薬で笑わせるとかは、ダメよ!」
無理やり大人組から私を引きはがしたシャロンは、さっきの話が気になるのかこそこそと小声で話をする。
「薬で直接笑顔になんてできないよ」
「わかってるわよ!」
「シャロンの傷が全ての原因なら、それを消せば良いんだよ」
「傷跡を消せるの……?」
「わかんない」
「わからないの?」
「今の段階では絶対とは言えないからね」
正直作ってみたことはないけど、なんとなくイメージはある。バラの方が完成するまでにはなんとかなるだろう。
私は、完成形のイメージを膨らませながら、どういうこと? と首を傾げるシャロンに手を振り、ハークハイトたちと帰路へとついた。




