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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
3章

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81.魔力の計測

 伝蝶の魔石を全て砂の山へと変えた私は、ハークハイトがカフスを取って魔力を使うのをヤヤに寄りかかって見ていた。

 とは言っても、普段のハークハイトの実力ですら相手をできる人間は限られるので、試しに全力で矢を射ってみるだけらしい。

 髪のカフスを取り、魔力の弓矢を構えると、漏れ出した魔力で、ハークハイトの周りには草花が生え始める。けれど、矢の方に大半の魔力を集中させているせいか、草花の成長速度はそれほど早くないし、量も少ない。


「全員ちゃんと避けてろよー」


 魔獣たちも何が始まるかは大体わかっている様で、みんな私と一緒に見学している。

 ユーリが、魔獣たちがしっかり避けているのを確認してからハークハイトに合図を送ると、ハークハイトはさらに矢に魔力を込めその練度を上げていく。

 ふわりと白く長い髪をさらう風にも集中力を奪われることなく、目視できないほど先にある的を見据える青い瞳がきらりと光った刹那、矢はその指を離れ木々の合間を駆け抜けていった。


「木を避けてる?」

「魔力感知だよ。俺じゃあそこまではできないけど、今のハークハイトなら魔力感知を使いながら魔力の弓矢を射ることくらい造作もない。的までの地形や木々の配置を把握してから矢を射れば、的までの軌道を変えることもできる」

「軌道を変える……?」

「物理的な弓矢と違って、訓練すれば魔力の弓矢は手から離れた後でも軌道を変えることができるんだよ。訓練の時にハークハイトが使ってるの見たことあるだろ?」

「そうだっけ?」


 言われてみれば、ハークハイトの矢は動く魔狼たちを追随するような動きを見せる時があった。単純に弓矢を射る技術がすごいのだと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

 ハークハイトの指を矢が離れて数秒後、ドンッ! と大きな音がすると次に、メリメリと木が倒れていく音が聞こえた。


「ハークハイト、上手くいったのか?」

「いや、矢の威力が強すぎて的の木を貫通してしまった。全力で弓を引いても軌道修正は可能だが、威力調整は必要そうだ」

「お前、的とか関係なく全力出したら矢の軌道上を禿げた大地に変えるくらいできそうだな……」

「そんな威力の矢を放つ機会があるのだとすれば、それは国家存亡の危機が迫った時くらいだ。一生あり得ん」

「ちなみに、今のに風魔法の併用はできるのか?」

「魔力的な余力は十分にある。問題はないだろう」

「まじかよ……」

「試しにやってみるか。ピコ、悪いが、先ほどの木が倒れた場所に土の壁を形成できるか? 厚めに頼む」

「ピー」


 OKとでも言う様に手を上げたピコは、ルークに乗ってさっきメリメリと木が倒れる音がした場所へと飛んで行った。

 しばらくすると、ゴゴゴゴゴ……と地響きがしてピコとルークが戻って来た。


「ピッ!」

「感謝する」

「俺、的の方で見てても良いか? 矢の威力見たいし」

「構わん」

「じゃぁ私も」


 ユーリが的の方へ移動すると言うので、私も付いて行くことにした。


「こんなに太い木なのに、貫通しちゃったんだね……」

「これでハークハイト的には本気じゃないんだから恐ろしいよな」

「もしも矢が飛んで来たらひとたまりもないね」

「怖いこと言うなよ……。とは言え、土壁が粉々になって飛んでくる可能性はあるな。一応、風の盾作るから盾から出るなよ」


 的の方へ移動すると、倒れたとても太い木の幹に大穴ができていた。真ん中を貫通すれば立っていたかもしないが、穴が右側にできたため木は倒れてしまったのだろう。

 こんな大きな木を貫く矢が飛んで来たら、私は逃げ切れないどころか消し炭になる気がした。


「みんなちゃんと入って!」


 私はついてきた魔狼たちを盾の真ん中に誘導して、ぎゅっと隣のヤヤの首に腕を回した。


「こっちに飛んでくることはないから安心しろ」

「わかってるけどなんか不安で」


 怖がりだなと、私の頭をぽんぽんと撫でたユーリがイアンに合図すると、イアンがウォーンと遠吠えをする。この遠吠えは、こっちの準備が整ったことをハークハイトに伝える合図だ。


「来るぞ」


 ユーリがそう言った瞬間、何かが視界の端をかすめ気付けば土壁が粉々になり風の盾に土がパラパラと飛んできた。


「え……」

「まじか……」


 私たちは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。


「今のって、風魔法使った(いかずち)の矢だよね?」

「あぁ」


 矢などほぼ見えなかった。それはユーリも同じの様で、粉々になった土壁を見てあっけにとられていた。

 西の森でビットが放った雷の矢など比にならない速さだ。ビットがハークハイト並みの魔力を有していたら、西の森で私たちは全滅していたかもと思うと、改めてゾッとした。


「どうだった?」


 私たちが粉々になった土壁に、あっけにとられていると、たった今とんでもない矢を放った張本人が涼しい顔をして現れた。


「どうもこうも……俺にはほとんど矢なんて見えなかったよ」

「私も……」

「そうか。だが、あの速度ではほとんど軌道修正はできないし、あまり実用的とは言えないな」

「お前、人前であれ絶対使うなよ!」

「カフスを取らなければあれほどの威力や速さは出ない」


 ハークハイトとユーリの会話を聞いていて、私の中にひとつの好奇心が湧いた。


「私も練習したら魔力の矢使えるようになるかな?」


 戦闘に備えてだとかそんなつもりはない。ただ単純に、矢を射るハークハイトの姿に自分もやってみたくなっただけだ。

 そもそも、ハークハイトの今の魔力は、元は私の魔力なのだから私も練習したら同じようにできるようになるのではないかと、ほんのちょっと期待してしまう。

 だが、私の口から出た些細な疑問にいつまで経っても返事はなく、ハークハイトとユーリを見上げると二人とも引き攣った顔をしていた。


「え? どうしたの……?」

「君は、その運動神経で矢を射るつもりか……?」

「シロ、悪いことは言わない。死人が出る前にやめとけ」


 物凄い酷いことをさらっと言われているが、二人の態度からして多分本気で言っているように見える。


「なんでよ! ハークハイトと私の魔力は同じなんだから、練習したら同じ様にできるでしょ?」

「シロ……。お前、体術訓練を忘れたか? 木刀すっぽ抜けて己の脳天直撃しそうになったり、数メートル先にボールすら投げられない様な奴が、弓矢なんて危ないもの持ったらいけません」

「だいたい君は魔力を使うこと自体あまり気乗りしていなかったではないか」

「そうなんだけど、ちょっと格好いいなって思っただけ。二人にそこまで反対されるとは思わなかった」

「君の場合、運動神経もだが、魔力量が高すぎて私以外では君の魔力に対応できない。悪気はなくても万が一今の矢が誰かに当たれば死人が出ると言うことだ。君のやってみたい気持ちは尊重したいが、もう少し安全に魔力を扱える様にならなければ魔力の武器は持たせられん」


 自分でも思った以上に運動神経がないことは自覚があるので、そこまで二人が言うなら諦めるとしよう。この言われ様には納得いかないけど。

 

「だが、武器類はまだ早いが、君が魔力を使う気になったのなら、練習に付き合うのは吝かではない」

「んー……。魔力の矢はちょっとした好奇心で言っただけだし、伝蝶も上手くいかないし、やっぱり魔力の訓練はしなくてもいいや。この前みたいに、暴走しちゃった時の対処法と出した魔力を戻す方法だけ練習する」

「そうか」


 少しの間、私の魔力の出し入れの練習をした後、ハークハイトとユーリは魔狼たちと樹海の地形を利用した模擬戦を始めたので、私はスレイプに乗せてもらった。

 肩には護衛のルークが乗っている。護衛と言っても、ハークハイトが風の盾を張っているから、盾から出なければ誘拐などの心配もないだろう。

 スレイプに乗るのは、少し前までハークハイトの補助がないと難しかったのに、最近では一人でも乗っていられるようになった。単純にスレイプの乗せ方が上手くなっただけの様な気もするけど、パカパカと蹄を鳴らし軽快に走る時間は魔狼たちに乗るのとはまた違った心地よさがあって、スレイプ様様だ。

 そうして、しばらく樹海の中をスレイプと散歩していると木々の中で一際大きな巨木がででんと鎮座している場所に辿り着いた。


「ジジ様の木みたい……」


 樹海の中、とにかく目立つ巨木は、ジジ様を思い起こさせた。

 不意に振り向けば、人の気配のないこの樹海はまるでマオたちと暮らしていたあの森とどこか似ている。


「ジジ様、今頃どうしてるかな」


 ハクと森を出る時に話したきり、戻らない私をきっと心配しているだろう。それに、カオたちまで森を出てきてしまって、一人ぼっちで大丈夫だろうか。

 未だ私がいた森に繋がる情報は何もないけれど、どうにか帰る方法を見つけなければ。

 誰なら、あの場所を知っているだろう?


「ベイン……」


 彼ならわかるだろうか。

 私は、胸に光るハクの魔石を服の上から握りしめた。

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