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Noah-領域外のシロ-  作者: 文祈奏人
1章

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9.種蒔きと薬作り

「シロ。この中で君が森で読んだことのある本を教えて欲しい」


 夜、家に帰ってきた私たちはハークハイトの部屋にいた。


「これと、これと……これもある。あ、森で初めて見た植物や魔獣がいたらこれと同じ様にまとめろってマオに言われてたくさん真似したやつ」

「ディミトリー・デミコフ、モルト・A・オフト、フランクト・モリン……マオはこれら本を持っていたのか?」

「うん」


 ハークハイトはいくつかの本を私に見せる。


「本の傾向から考えれば、彼はメテルキア領の人間か?」

「わかんない」

「……そうか。にしてもかなりの本を所有していたのだな。君がこれらを読んで理解していることにも正直驚きだ。君くらいの年齢の子どもが読んで理解できるものとは思えないのだが……」


 ハークハイトは一人でぶつぶつと何か言いながら私が読んだことのある本たちを見つめている。


「君は何も知らない所から全てマオに教わったと言ったな?」

「うん」

「文字の読み書きから薬学に至るまで、別の人間には教わらなかったのか?」

「うん」


 森に人間はマオしかいない。

 他の人間に教わることなんてあり得ない。


「ここに載っている薬類はどれくらい作れる?」


 ディミトリー著の本を取り出して、ハークハイトが聞く。


「ここに載ってるのなら全部作ったことあるよ」

「森ではそんなに薬を生産していたのか?」

「ううん。いつも作るのは傷薬とか長期間保存ができる薬くらいだけど、マオが全部作れるようになれって一回は全部作らされた」

「そうか。シロ、材料はこちらで揃えるので、一度私の前でいくつか薬を作ってもらえないだろうか?」

「良いよ!」


 やっとちゃんとした薬を作れるかも知れない。

 無茶でもなんでも、思い切ったことをして良かったと思った。




 その日の夜、夢を見た。

 ここに来てから眠るといつも見る夢。


 ――ハク、どこにいるの?


 あの日の出来事を繰り返す夢。


 ――どんな毒だって治すから!


 カバンの中を漁って漁って。


 ――だから、おいていかないで。


 手のひらから魔石がコトリと落ちる夢……。




 次の日、朝一でレーナが執務室へと来ていた。


「失礼致します。ハークハイト様、頼まれていた物をお持ちしました」

「騎士団の仕事でもないのに申し訳なかった」

「お気になさらないで下さい。裁縫は私の専売特許ですから。それに、シロが可愛くて、可愛くて、もうインスピレーションがドバドバと……」

「……そうか。シロ、レーナが新しい服を持ってきてくれたので自分で受け取りなさい」


 私がハークハイトの後ろから顔を覗かせると、


「シロー!」


 と抱きつかれた。

 相変わらず見た目に反して力が強い。ファーガス団長と一緒でレーナも要注意人物だ。


「貴女に頼まれていた物も作ってきたわよ」


 レーナは大量の服とは別に、白衣を二枚取り出した。


「白衣! 二枚も!」

「洗い替えも必要かと思って」


 採寸で初めてレーナに会った日に作って欲しいと頼んでいた白衣。

 薬を作る時に欲しいと思っていたのだ。


「レーナありがとう! あとね、頭巾もレーナが作ってくれたって聞いた。ありがとう」

「あーシロ可愛い!」

「苦しい……離して……」


 結局むぎゅむぎゅと抱きつかれる。


「レーナ。君はこれから訓練だろう。早く行かないと団長にしごかれるぞ」

「はっ! そうでした! では、私はこれで失礼致します。シロ、またね」


 レーナが立ち去ると静けさが戻って来た。


「今日はユーリいないの?」

「ユーリも朝から訓練だ。君は裏庭に種を蒔きに行くのだろう? 私が一緒に行く」

「お仕事は良いの?」

「今日は良い」


 それから私たちは、薬室と倉庫に寄って必要な道具を揃えて庭に向かった。

 倉庫の一部には色々な種や球根、苗が置いてあり、まるで宝の山の様だった。


「イラニエはフェリジヤの気候では葉ができても枯れてしまうぞ?」

「イラニエは土壌を綺麗にする作用があるし、枯れた葉が混ざった土は他の植物がよく育つの。薬草じゃなくて土壌を綺麗にした後はそのまま肥料として使うの」

「そういう使い方をするのか」

「それから、こっちは……」


 ある程度区画を区切り、種を蒔いていく。

 倉庫からプランターも持ってきたのでそちらもふんだんに使っていく。

 勝手知ったるもの、知らないもの、これだけ揃えると森の薬草園を思い出す。

 森の薬草園はジジ様が守ってくれるから心配ないけど、あそこの管理はマオに任された私の仕事だった。


「これだけやれば十分だろう」

「うん。早く育たないかなー! 楽しみ!」


 早いものは二、三日もすれば芽が出るだろう。


「本来ならばこうして時給自足するのが経費削減にもなっていいんだがな」

「やらないの?」

「最近は深刻な人手不足なんだ」


 ドルトディートによる相次ぐ誘拐、窃盗に対する街の治安維持強化、魔物の氾濫に対する防衛線の強化、迷霧の森への遠征などで騎士団は人手が足りていないのだとハークハイトが教えてくれた。


「さて、一度昼食にしよう。ユーリも訓練が終わって戻っている頃だろう」

「うん」


 午前中いっぱいを使って庭の手入れ、種蒔きを終え昼食の時間になった。

 執務室へ戻る道すがら、気になっていたことを聞いた。


「ハークハイトは騎士なのにどうして薬に詳しいの?」

「私は部下を預かる身だからな。部下を死なせるわけにいかない。それに、私は自分の命を自分で守る必要があったからな……」

「どう言うこと?」

「いや、なんでもない」


 あまり聞き取れなかったけれど、ハークハイトは何かを痛がるような、そんな顔をしていて、それ以上聞いてはいけないような気がした。




 執務室に戻ってくると、ユーリが訓練を終えて戻って来ていた。


「ユーリ、傷だらけ」

「ファーガス団長の相手してたらこのザマだ。あの人マジでバケモン過ぎる」

「また手酷くやられたようだな」


 私はガサぞことバッグの中を漁り、傷薬を出した。


「薬使う?」


 見たところ綺麗に洗ってあるし、軽度の切り傷や擦り傷なのでそのままでも特に問題はなさそうだ。それでも、怪我を見るとつい薬を出してしまう。


「いいよ。こんなのしょっちゅうだし」

「シロ、ユーリは甘やかさなくていい」

「わかった」

「おいっ!」


 三人で昼食をとった後、ハークハイトとユーリと薬室へ向かった。


「こんなにいっぱい! これどうしたの?」


 薬室に行くと大量の素材が用意されていた。


「私が用意すると言っただろう。保管庫の方に置いていた物を持ってきただけだ」

「これ、全部使っていいの!?」


 これだけあれば、かなりの物が作れる。

 それに、長期保存の影響で素材から魔素が抜けているから魔素を取り除く手間も省ける。


「待ちなさい。これは騎士団の備品だ。君に好き勝手に作られては困る。まずは私が指定した物を作ってみてほしい」

「……わかった」


 私はさっそくレーナに作ってもらった白衣を着て、ハークハイトに指示された薬をいくつか作っていく。


「レーナに頼んでたのは調合の時用の白衣だったのか」

「森で白衣って汚れないか?」

「動物たちは言葉を話さないから、多少怪我をしていても痛いって気付いてあげられない時があるの。でも、白いと血とかで汚れたらすぐに気づいてあげられるでしょ? 薬剤が垂れていても気付くからうっかり毒が発生する事態も防げるし」


 これは魔狼との戯れの中で身につけた知恵だ。

 私は喋りながらもさくさくと作業を進めていく。ハークハイトもユーリも特に手を出す訳でもなくただ私が薬を作っていく作業を見ていた。

 ずっと見られているのも気まずいので、余っているものでお茶を作って二人に出す。


「シロ、このお茶美味いな! ほのかに甘くて飲みやすい」

「それはね、疲労回復に良いお茶。本来は酸味のあるお茶なんだけど、疲れてる人は甘く感じるの。訓練で疲れてるユーリはもちろんだけど、目の疲れにも効くから書類とにらめっこばっかしてるハークハイトにもちょうどいいでしょ?」


 ハークハイトは特に何も言わず黙ってお茶をすすっているけど、あの様子だと多分ハークハイトも甘みを感じているのだろう。

 私も少しお茶を飲みながら作業を進めた。


「あとは、これを混ぜて……できた」


 各種出来上がったところで、ハークハイトに見せる。

 見せなくてもずっと見られてたけど。


「手際も良いし、間違いもない。素材の選び方もしっかりしてるな」


 なんだかマオに新しい薬の作り方をチェックされてる気分だ。


「基本的なものばかりだったから。もう少し複雑なものとかはもっと時間かかるよ。今日は素材の下処理もしてあったし」

「いや、普段はこれだけの種類を作れれば十分だ。シロ、私も手伝うので追加で作れるか?」

「できるよ」

「ユーリ、すまないが保管庫から足りない材料を取ってきてくれ」

「了解」


 一通り作り終えると、次はハークハイトが手伝ってくれて、ハークハイトが素材をより分け私が調合を進めていく。

 午後いっぱい作業をすると、処置室の薬棚はかなり埋まった。

 ユーリは使わなかったものを保管庫へ戻しに行っている。


「変なことを聞くが、特に賃金が発生する訳でもない薬作りをどうして森でしていた? 君はどうしてそんなに薬を作りたい?」

「強くなりたかったの」

「強く?」


 私はマオにもハクにも助けられてばかりだった。他の魔狼たちにだって助けられて、守られて。

 だけど、私は何もできなくて、いつもどこか歯痒くて。

 そんな時にマオが私に薬学を教えてくれた。

 助けたいものを助けるために、それは巡り巡って自分を助けることにも繋がる、と。

 そうやって薬を作れるようになるうちに、怪我や病気の魔獣を見つけては治療をしていた。助けられる術を持っているのに、助けないと言う選択肢は私にはなかった。


「守られるだけじゃなくて、私もみんなを守りたかったの」


 マオのように研究ばかりは嫌だけど、足りない知識を埋めていくことはそれだけ助けられる可能性を広げることになるのだ。

 私は、あの時嗅いだ鼻を刺すような毒の臭いを思い出してハクの魔石を強く握った。


「君は大切にされてきたのだな」


 ハークハイトの独り言のような呟きに、帰りたいと思わずにはいられなかった。


「明日も薬を作ってもいい?」

「これだけ作ってまだやるのか?」

「違うの作る」

「薬棚の在庫の確保と、素材の確保が十分に出来てからだ」

「薬草たくさん育てるから!」

「育ったら考えるとしよう」


 今日は種蒔きと薬作りができ、すごく充実した一日だった。

 明日から裏庭の水やりしなきゃ! と意気込んでハークハイトと家に帰るのだった。




 ――ハク、おいていかないで。


 その夜、また夢を見た。

 何度も何度もあの日を繰り返す夢。


 ……もう眠りたくない。


 水を飲もうと部屋を出ると、ハークハイトの部屋から明かりが漏れていた。


「ハークハイト?」


 私はハークハイトの部屋の扉を開けて中を覗いた。


「寝たのではなかったのか? こんな夜更けに何をしている?」


 ハークハイトは椅子から立ち上がると、私の前へ来て視線を合わせる様にしゃがんだ。

 私は、無意識のうちにハークハイトの首に腕を回し抱きついていた。


「何を、している……?」


 いつもの声とは違う、少し戸惑った様な声が聞こえた。


「ハークハイトも死んじゃうの?」

「……勝手に殺すな」

「どうしてみんな、いなくなったの?」

「マオやハクのことか?」


 ハークハイトの肩に顔を埋めたまま頷いて答える。


「私が弱いから? 何もできないから……?」


 ハクがいなくなってずっと思っていたことだった。

 どれだけ知識を覚えても、どれだけ薬を作れても、本当は何も救えないんじゃないか。私が何もできなかったからハクは死んでしまったんじゃないか。

 マオも、何もできない私の面倒を見るのが嫌になって帰ってこなかったのではないか、と。


「夢にハクが出てきて、眠れないの。私が何もできなくて、守れなかったから……ハークハイトもいつかどっか行っちゃうの?」


 ハークハイトは静かに息を吐き出して、私を抱えて立ち上がると、そのまま椅子へと移動した。


「一般論でしかないが、子どもと言うのは本来守られるべき存在で、決して誰かを守る力を待ち合わせているものではない」


 ハークハイトは私の背中をさすった後、そっと体を離して私の手を取った。


「子どものこんな小さな手で何かを守るのはとても難しい。大人でさえ、何かを守るのは大変なのだ。それでも、君は私を助けてくれたではないか。君が助けてくれたから、私はどこへも行かずにすんだ。君が助けてくれたから、私はここにいる」


 私の手を取った手が、頬に伸びて私の顔に触れる。


「ハクは君を守りたくて、守ったのだろう? 夢の中でハクは君を責めるのか?」


 私は首を振った。


「でも、私を置いて行っちゃうの」

「それはこっちへ来てはいけないと、君に生きて欲しいと言うサインなのではないのか? 助けられなかったと自分を責めるな。君に救われた者がいることを忘れるな」


 ハクは死の間際、私に生きろと言った。

 魔石を持って行けと言ってくれた。命が尽きても私の側にいようとしてくれた。

 置いていかれたわけじゃない……。

 

 私はハークハイトの手に頬をすり寄せ、もう一度ハークハイトの服に顔を埋めた。

 引き剥がされるかと思ったけれど、ハークハイトはそのまま私を抱えていてくれた。

 時間が経つと、何度かまだ寝ないのか? と聞かれたけれど、その度に首を振った。


「仕事ができん……」


 そんな呟きも聞こえたけど、しがみついて夜を過ごした。

 いつの間にか眠ってしまっていたけれど、目が覚めてもそこにはハークハイトがいた。


 あの夢はもう見なかった。

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