暖かな夕食~堕ちろカトンボ~
ラーメン三郎。
コッテリ系の特濃豚骨系ラーメンが特徴の店で、味に関しては絶品。ただし客層は9.9割が30~40代の男性となっている。
この店独自のルールや暗号のようなトッピングのオーダーなどが特に有名で、一見さんお断り感をバチバチに醸し出している。当然女性は寄りつかないし女連れなどギルティでムラハチ。そんな場所だと聞いている。
入った瞬間袋叩きにされるのでは……と入店するのにためらっていると、隣のアイルゥは涼しい顔のまま入店。
「何してるの? はいろ?」
とまで彼女に言われてしまったからには、僕一人でビビってるわけにもいかない。おっかなびっくり中に入ってみる。
おわお……店内は僕の想像以上だった。
店主は無愛想にラーメンを作り続け、それをすする客はやたら殺気だっている。
きちんと掃除はされているが、塗装が剥げて年季を感じるテーブルに、古めかしい異世界の扇風機がガタガタ音を立てて周り、その隣には異世界の小さなテレビが――
『投げやりすぎんだろ。異世界ってつければ現代機器入れても許されると思うなよ?』
いやまあそんなの僕に言われてもね。あれだよ、魔力的ななにかで動く機械なんだってさ。へー。
とりあえず異世界の食券機で「小」を注文。空いた席に座ろうとすると――
「……おう、久しぶりだなお嬢」
「うん」
「いつものでいいかい?」
「お願い」
店主とアイルゥが短く言葉を交わす。
……おや? 彼女もしかして、かなりの常連……?
しかもなんだか周りの客達も、アイルゥの姿をみて若干ザワついている。何なら尊敬の眼差しを向けている奴までいる……あ、これ完全に選ぶ店間違えたかも……
そんなことを考えていると、さっそく注文したラーメンがテーブルに乗せられた。
うーむ……小を頼んだはずなのになかなかのボリューム。食欲をそそるニンニクと豚骨の香りは大変好ましいが、いやはや手強そうだな……
『なんだよ、野菜も肉もマシマシしてねえんだから食えるだろ?』
(いや、量的には問題ないんだけど、ちんたら食べてるとメチャメチャ怒られるってウワサなんだよここ)
周りに聞かれないよう、ボリュームを落としてシインに答える。聞かれたらこれも怒られそう。
「はいよ、お待ち」
アイルゥのラーメンも来た。本当に早いなあこの店、って……
ドンっ!
鉄アレイでも落としたような重量感のある音。見上げると……野菜やら煮卵やらチャーシューやらが鬼のように山盛りとなったラーメンがそびえ立っていた。
そんなラーメンの塔を前に、アイルゥは無表情ながら期待に瞳を輝かせていた。
マジですか……それ食べれるんすか……そりゃ店主や客にも覚えられるわ……
「せっかく久しぶりに来たんだし、ゆっくりしてきな」
店主に言われ、アイルゥが小首を傾げる。
「ゆっくり食べたら、他の人の迷惑だし……」
「いいんだよ。お嬢なら誰も気にしない。せっかく彼氏も連れて来てんだから、野暮なこと言わねえよ」
そう言われ、少しだけ頬を赤くしてチラッと僕の方を見るアイルゥ。
ヤバイ……やっぱりこの状況、非常にマズい……
『なんだよ、こんな美少女に惚れられてんのに何ビビってんだよ?』
無責任なことをほざくシイン。
何ビビってんのかだとう? ビビるわ! お前さっきの超魔法見てなかったのか!?
『いや見てたけどよ……別に、大丈夫だろ?』
ふむ、貴様の“大丈夫”と僕の辞書の“大丈夫”はどうやら意味が大きく異なっている模様。お前の使ってる辞書の出版社を教えてくれないか? 鬼のような抗議メールを送ってくれよう。
「……さっきから誰と話してるの?」
アイルゥが不思議そうに尋ねてきた。
いや、ここに居るコイツだよ、コイツ。
「………?」
えっ? まさか……見えてない?
『契約した妖精は契約者以外にその存在は秘匿される……ま、つまり俺の姿はおろか、声もアイルゥには聞こえてないってこった』
シインはそう言った。後にそれが契約の内容に付随する“条件”だとか言っていたが……正直魔法に関わる契約についてはチンプンカンプンだ。
そして今はそんなことよりも重大な懸念がある。
シインの姿や声がみんなに分からなかったということは――今までのコイツとの会話は、他の人から見たら相当ヤバイ奴と見られていたという事……!?
『まあうん……言うのが少し遅かったな』
いや遅すぎるわ!! 訓練校に入学する前に「独り言と一人芝居がヤバイ奴」という印象が確定してしまったじゃないか!! 悪魔か貴様ぁっ!!
『いやマジでごめんって! 謝る謝ります謝ってるから!! 全力で締め上げるのマジで勘弁してくれ死んじゃう死んじゃう!!』
両手で締め上げる僕に対し、シインがもだえ苦しみながら全力でタップ。
しかしアイルゥには、やはり妖精の姿は見えていないらしい。
「妖精……いるの? あなたには、見えてるの?」
え? あーうん、一応なんか契約とかそういう都合で僕にしか見えてないらしいんだけど……
我ながらやべー事いってんなとは思った。しかし、そんな僕の懸念とは裏腹にアイルゥは――
「……妖精」
クールな無表情。しかし瞳だけはキラキラと輝いている。まるで童話のお姫様を夢想して目を輝かせる女の子みたいに……
……へえ。クールそうに見えて、意外とそういうのが好きなタイプなんだ……
「どこにいるの……? 妖精さん、どこ……?」
きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回すアイルゥ。
そして件のクソ妖精は――
『はーあったまるなあ。たまらねえなあ、胸の谷間風呂ってのは』
見えていないことを最大限に悪用し、事もあろうにアイルゥの胸の谷間に挟まってご満悦だ。
僕は……流石にこの醜態を本人に伝えるのは忍びなく……
――うん、君のその……胸の近くにいるよ。うん……
彼女から視線を外しながらそう答えた。
しかし彼女はますます興味を引かれたようで、興奮したように周囲を両手で探る。
「ど、どこ……? ここ……?」
うん違うね。本体は胸の谷間に埋まってるんだよね。言えるわけもないんだけどね。
僕がいたたまれない気持ちでいるにもかかわらず、例のクソ妖精は興奮して僕の周りをブンブン飛び回る。
『ヒャッホー! 見たかオイ! あの子冷たい雰囲気だがブラの色は薄いピンクときたもんだ!! ブラの色は高確率でパンツの色と同じ! つまりあんなクールな顔してピンクのパンツ履いてんだぜ!? ピンクだぜピンク!?』
…………
『イエーイピンク! ピンク! ピンク! 薄めのピンクッ!!』
ぬん!
『ピンぶほぁっ!?』
僕は裏拳で周囲を飛び交う妖精をブッ飛ばした。
「……? どうしたの?」
いやあ何でもないさ。うっとうしいカトンボを墜としただけにすぎないさ。
僕がそう言うと、撃墜されたカトンボがフラフラと生還。
『ふ、フフ……やるじゃねえか。だが俺は痩せても枯れても妖精さん。人間ごときの攻撃など不思議パワーでいかな痛痒にも感じぬわ……げふっ……』
うむ、そんな血ダルマ状態でイキられてもただの強がりにしかならないしね。つうか思ったより深刻なダメージだな……すまんやりすぎた。
「……そこに妖精さんいるの? んうー……」
シインの姿をどうしても見たいのか、アイルゥは目をこらして見せた。いやいやそんなことして見えるわけが……
「……ん。ぼんやりだけど、見えてきた……」
え、マジ!? なにかのスキルが発動したのか?
やっぱりこの子すごいなあ……なんて思ってると。
『うぐおおッ!?』
クソ妖精が胸を押さえ、テーブルの上でもんどり打つ。
おい、どうした?
僕が尋ねると――シインはオープン状態のステータスパネルを持ってきた。
これは……もしかしてアイルゥのステータスか?
シインは息も絶えだえの状態で、ステータスのスキル欄の一つを指さした。
なんだ? そのスキルが何か問題なのか? どれどれ……
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■detail
スキル:破魔の炯眼/Lv.99
・このスキルを発動時、スキル発動者はあらゆる魔導、聖祈、神力問わず対象の能力を看破し秘匿された姿や記憶、概念などを知る事が出来る
[レベル補正]
・人以外の低レベル異種存在(神魔問わず・レベル20以下)を滅する:(確率発動・極大/99%)
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なるほど、つまりどんな魔法でも即座に見切るし、ついでに低レベルの魔獣や魔族は99%の確率で即死するというそんなスキルなわけだ?
んでそれで苦しんでるってことは……シインはまさに即死スキルかまされてるってことか!?
やめるんだアイルゥ! これ以上奴を見つめないでくれ!!
「え? あ……ボク、また力使ってた……?」
ハッとして少しだけ瞳を大きく見開くアイルゥ。その瞬間金色に光り輝いていた瞳が通常の状態に戻る。
どうやら例のスキルが解除されたようだ。シインの奴も体を起こせるまで回復していた。
『ふぅ~……やっぱ怖えなあ、あの子……』
見つめただけでザコモンスター殲滅できるとかケタが違いますよホンマ。
「ごめんなさい……力の制御、苦手で……」
アイルゥはシインの居る場所とは微妙にズレた空間へ向かって頭を下げた。今は見えていないのだから仕方ないのだろうけど。
……やっぱり聞いておいた方がいいよなあ。
制御が苦手ってことは、今まで最大限パワーを抑えてたってこと?
「ん。」
アイルゥがこくりと頷く。
じゃああの試験官を倒した魔法も……
「頑張って一番威力を低くした……」
いや、おかしくない? あんな妙な棺の兵器を出さなくてもレベルの低い攻撃魔法とかいくらでもあるでしょ? ファイアボールの魔法とか……
僕がそう尋ねると、アイルゥはプルプルと首を振る。
「最下級の魔法でも、ボクが撃つとあれくらいの威力になる……」
……え?
「どれだけ威力を抑えようとしても、力を使おうとした瞬間体の内側から際限なく魔力が引き出されて……あの“楔”を介して魔法を使わないとダメ。目標への精度もかなり落ちるから、ファイアボールを使ったらあの威力のまま街に落ちていたと……思う」
楔、というには例の棺に入っていた兵器のことだろうか?
つまり、あの兵器を使ったのは街を守るためだったのだ。あの威力の魔法が市街地に落ちていたらと思うと、思わずゾッとした。
『とんでもねえ話だが……つまり彼女は超高出力のスポーツカーみたいなもんかね』
というと?
『少しアクセル踏むだけで恐ろしく加速する。彼女の魔法も同じように、少し力を使っただけで本人の意図している以上の威力になっちまうんだろう。
なあ想像してみろよ? 周りが5、60kmで走っている車道に、一台だけそんな車が混じってる状況だぜ?』
状況自体がすでに事故だな……あと、“異世界のスポーツカー”な?
『ハイハイそうでしたね異世界異世界』
僕はシインの例え話も交え、アイルゥに「つまりこういう事?」と伝えてみた。
「ん……たぶんそんな感じ」
アイルゥは頷き、視線を落としたまま、憂鬱そうにぽつりと。
「……ずっとこんな力なんて使わないで過ごせたらいいのに……ボクが力を使うたびに誰かが傷つくから……」
……そういえば、先ほどの試験でもアイルゥは極力相手を傷つけない方法を一生懸命考えていたっけ。
こんなとんでもない力を使えるのに、その力のせいで誰かが傷つくことを何よりも怖れている……“地獄のアイルゥ”なんて呼ばれているけど、彼女はきっと、本当はそんな優しい女の子なのだろう……
『よし今だ! “俺の嫁として一緒に故郷に帰ろう。そうしたらもう力は使わせない。君は俺が守る”とかなんとか調子の良いこと言ってだな――』
これまでの感傷全てブチ壊すようなシインの発言は無視し、僕はアイルゥに尋ねた。
それなら冒険者なんかやらずに、力を使わない仕事について普通に生活すれば良くない? と。
「うん……そうしたいんだけど……でもダメ」
アイルゥはきっぱりと拒否した。
「やらなきゃいけない事がある……ボクじゃなきゃできない事だから……この世界のためだから……」
せ、世界?
何か変なジョークか何かかと思ってアイルゥを見たが、彼女の顔はいたって真面目。
それどころか、強い決意に満ちた顔で僕を見つめ返していた。
世界っていうのは……どういうこと?
僕が尋ねると、彼女はぽつり、ぽつりと語ってみせた。
“楔”と呼ばれたあの四つの棺と彼女を結ぶ、宿命めいた物語を……