追放~おのれマイファーザー~
「なんということだ……」
父であるドーマは、僕の司る系統の魔法を知り、がっくりとうなだれた。
ここは街にあるフロイア聖教の教会。託宣の間。
この世界では子供は15歳で成人と見なされるんだけど、その時ここに呼ばれ、“系統判別” ……つまり、それぞれが司る魔法の系統を知らされるわけなんだけど。
……まあ、なんていうか、一番使えないことで有名な“無属性”が出てしまったわけなんですよ。
「すまんもう一度占ってくれんか? 何かの間違いではないのか?」
「これは神からのお告げです。神のおっしゃられた事に間違いはございません」
父の要望を神官はバッサリ斬り捨てる。
うーんやっぱりこの能力で確定なのか……とか思ってたら父がさらに食い下がる。
「フム……お万じゅうか札まいも、どちらが好みかな?」
「買収などされませんよ? これでも神に仕える身」
「ポーカーはどうかね? 私の手札は福沢さん5枚のファイブカードだよ……」
「どうやら私の負けのようですね。仕方ありません、もう一度だけ占いましょう」
神官のオッサンは父のファイブカードを懐にしまい、うやうやしく占いだす。神はどうしたオッサン。
ちなみに福沢さんとは極東にある僕の故郷の紙幣で、ここの国だとだいたい4倍くらいの価値なので20万くらい。まあまあ大きい額ではある。
なんでそんな金ホイホイ出せるかっていえば、ウチがわりと名家だから。お金を持ってるとまあ、そういう駆け引きとかも手慣れてくるんだろうね。息子としては見たくなかったけど。
しかしもう一度占ってもらっても結果はやはり“無属性”。二度ショックを受けて父は二倍でうなだれた。
この世界、火属性とか風属性とか、いろいろ属性があるんだけど、無属性ってわりとサポート系メインの魔法なんだよね。
全然使えるし便利なんだけど……戦闘面でいうと難ありだし、何より――
「我が栄えあるムラシキ家の血筋に、無属性能力者が……」
……そう。ウチの家は代々戦場の武勲で栄えた歴史があるから、戦闘系の属性じゃないとわりとヤバイ。
分家の人達とかからも、最近のウチの家の活躍についてネチネチ言われていることもあるし……うーんどうしよこれ?
「……よし、コウマ」
真剣な顔で僕の名を呼ぶ父。あ、やばい。嫌な予感。
「……お前とは親子の縁を切る」
ええええ!! なんかそんな事になりそうな気はしてたけど! だけど待ってよマイファーザー! 一つ屋根の下で過ごしてきた15年の絆を能力一つで全ブッチってひどくない!?
僕が必死でそう訴えると、ファーザーは腕を組んだまま豪快に笑った。
「――はははっ、馬鹿め! 私が本気でそんなこと言うとでも思ったか、たわけ!」
……で、ですよねー……あーよかった。ぶっちゃけこの人、その場のノリでいらんこと言う系の人だから、マジで言いそうな感じしたんだよなあ。
「……ただし」
ギラリと父の目が輝く。うわ、や、嫌な予感!
「貴様は今後この家、いやこの街から今すぐ出て行ってもらう!!」
ってそれ親子の縁切ったのとほぼ同じじゃねえかっ!!
「同じではない! たかが能力如きでお前を見限ることはせん! だが、獅子はウサギを狩る時も全力で我が子を千尋の谷へ突き落とすという」
獅子さんサイコパス過ぎませんかね!? ウサギさんもドン引きですよ!? “獅子は我が子を千尋の谷に落とす”みたいなこと言って追放したいんだろうけど! 獅子とライオンの故事つなげたせいで合体事故起こしてるよそれ!?
「う、うるさい! ことわざとかそういうしゃらくさいものは苦手なのだこの父は! ともかくだ、我が屋敷の敷居をまたぎたくば、魔王を倒すとか相応の武勲を立ててくることだ!!」
魔王って!! 今世間を騒がせてる世界の敵的な奴じゃん! 倒したら武勲どころじゃないよ! 今世紀最大のヒーローだよ! なんつうもん条件にしてんだこのダメ親父!!
「う……た、確かに言い過ぎたが……だが男は一度行ったことは曲げてはならんのだ! 絶対無理だろうけど倒してこい!! そしたら認めてやるから! マジで!!」
半分やけくそでまくし立てる父。この人本当に勢いで余計な事言って、突っ込まれても「男は一度吐いた事は飲まん」とか言ってゴリ押してくるからホント厄介なんだよなあ……
しかし、その時の父からはなぜかいつもの頑固さを感じなかった。
しかも、なぜか父は僕から目をそらし、なんだかそわそわと落ち着かない素振りを見せる。え、なに? なんか……キモイ。
「キモかないわ! まああれだ、その、なんだ? 魔王を倒せずともだ。カワイイ嫁を連れてきてくれたなら……まあジイジは許してあげようかなあ、なんて」
まだ見ぬ孫の幻想を思い浮かべてニヤける自称ジイジ。うわやっぱキモっ!!
「なにがキモイじゃ! 孫のツラすら見せんで親孝行できると思うなよ小僧!」
ぬうっ!? 20代の3人に一人が独身というこのご時世になんというプレッシャー! それはもはやパワハラの域に達しようというものっ!!
「貴様みたいなのがいるから少子化が進むんじゃこのボケ! いいから魔王倒してこい! でなければ嫁つれてこいこんボケ!!」
言うや否や、父は得意の火属性魔法による爆裂術式を発動!
ぶっ壊れる教会のガレキや顔を青くする神官の顔を見ながら、僕の意識は徐々に薄れ……
気が付くと、町外れの野原に寝かせられていた。
身を起こそうとすると、体中が痛み思わず顔をしかめる。人間に放っていい技じゃねえぞ爆裂術式とか……
「うむ、元気そうだな。耐久力だけは褒めてやろう」
真後ろにいる父が満足そうな声をかける。これほとんど虐待だからな?
「そら。餞別にこれをやる」
そう言って、父は銀色の腕輪を僕の目の前に放ってよこした。
デザイン自体はシンプルだけど、中央にある深海のような深い紺色の宝石が静かに輝いている。それほど派手ではないけどなんとなく目を奪われる腕輪だ。
「“妖精の檻”だ。お前の旅の助けになるだろう。肌身離さず持ち歩くことだ」
妖精? ていうか檻って……ただの宝石つきの腕輪に見えるけど?
「そうか。まだ見えないか……何をもったいぶっているのやら……」
腕組みしながらブツブツ呟く父。端から見てけっこうヤバイ感じだけどほっとこう。どうせ家から出ることになるんだし。父との関係も切れるわけだし。
……しかし、この腕輪……
「売るなよ?」
僕の考えを先読みしたかのように言い放つ父。バカな、どうして――
「お前の考えることぐらいわかるわ! ……まあそれはお前にくれてやったものだし? 実際どう扱おうとお前の自由だ」
は? じゃあ売っても全然問題ないじゃ――
「売るのは自由だがおすすめはせん、と言っている……その腕輪は母さんの家で代々伝わる家宝でな。お前に持たせろと言われたから持ってきたが……もし無くしたり売ったりしたら、たぶんお前二度とウチの屋敷の敷地またげんぞ? わかるだろう? 本気でキレた母さんの怖さ」
顔を青くして震える父。確かに普段の母は物静かでおっとりしてるけど、一度キレると本当におっかない。
以前父が賭け事で収入の大半をスった時など、『オケラならオケラらしいものを食べなさい』と父のご飯だけ釣り餌用のミミズをよそってきた。しかも父の出先でも、使いの者に手を回してミミズばかりを出させる徹底ぶり。
あの時は2日目の夜に父が泣きながら土下座したことでようやく収まったが……母の家の家宝か。確かに売ったら僕……二度と屋敷に戻れないと思う。怖くて。
「うむ。どうやら理解してくれたようだな。では、父は伝えるべきことを全て伝えたので去るとしよう。さらばだ」
えっちょちょちょっと待てクソファーザー!
「この父に向かってクソとな!?」
堂々と言わせてもらうわ! 家おん出しといて持たせるのがこの腕輪だけかよ!? せめてしばらく生活できるだけのお金出すだろ人として!?
「ええい一人暮らししたい盛りの大学生じゃあるまいし! 家を出るからには自分の力だけで生活していけい!」
金ならうなるほどあるだろ!? せめて今夜の宿代くらいくれてもいいじゃん!! 文無しとか酷すぎる!!
僕がそう訴えると、父は肩を落としてため息。
「日雇いで働いて稼げばよかろう? 宿がないなら泊まり込みで働ける所を探すといい」
うぐっ! た、確かにそうかもしれないけど、そんな簡単に……!
僕が反論しかけると、父は逆にトーンダウンし、僕の目を真っ直ぐに見据える。
「……お前にとっては災難だが、嘆いたり恨んだりしても事実は変わらん。そんな能力で家にいつまでも居られるわけじゃない……わかるだろう? 分家の者達を始め、我々の家の没落を願う者は少なくない」
それは……
「……故にお前には強くなってもらわねばならん。スキルに頼れぬなら、お前自身が強くなれ。一人で生きて、生き抜けるほど強く……」
父さん……
父は腕を組みながら微笑み、一つ頷いた後、こう言った。
「うむ、納得したか? というわけでお前にはビタ一文も金はやらんしウチからは何の支援もしないし着の身着のままの状態で追い出すから勝手に生きててくれ以上だ」
言い方ッ!? おいやっぱ納得できねえぞこのクソ親父!!
僕が詰め寄ろうとしたその時、父の足下で爆竹のような無数の破裂音が鳴った。
この魔法は知っている。父が都合の悪くなる時によく使う逃走用の小規模魔法だ。たちこめる白い煙にむせる僕に、父は煙の向こう側から高笑いしてみせた。
「ふははは、コウマ! 忘れるなよ……家に戻るには魔王を倒すか嫁をもらうかの二つに一つ! そしてお前は戦力面での才能はゼロ! つまりとっとと嫁見つけてこいというわけだ! カワイイ孫の姿をこのジイジはいつまでも待ちわびておるぞ! フハハ、フハハハハハ!!」
魔王めいたセリフ回し&高笑いと共に、父は完全にこの場から立ち去ってしまっていた。
ファーザーのFはファ○キンのF。すくなくともあの親父にだけはそう言えるだろう。
とはいえ……ああ、どうしよ?
ここは行商人が通る道から少し離れた、草ボウボウの荒れ野原。すこし歩けばフルームの街につけるだろう。これまで住んでいた街の隣町なので、まあある程度の地理はわかるけど……正直不安だ。
草の上に座り込みながら、腕輪の頭上にかかげてみせる。紺色の宝石を陽の光を透かすと、空よりも深く冷たい青が静かに注がれた。
……妖精の檻、ねえ。なんでそんな名前がついてんだか。
そう思っていた、その時。
『よう、お前が新しい俺のパートナーってとこか?』