あなたがわらったひ
それから1ヶ月。
忘れた頃にあなたはふらりとやってきた。
あたしはボックスのお客さん、7、8人についていて忙しくて全く酔えなかった。
忙しい方が酔えない。
しなくちゃいけない仕事に追われて、でも酔ったふりをする。
12時位まであたしはずっとボックスに付きっきりで煙草を吸う暇もトイレにいくタイミングもなかった。
10時過ぎ位にあなたがふらりとやって来たのは知っていた。
1人で、ふらりと。
12時を過ぎた位で、スタッフに耳打ちされてあたしはあなたにつくことになった。
とりあえず、一服。
あたしは厨房に駆け込み、厨房から一番近いカウンターの端に1人で座るあなたにカーテンの隙間から顔を出した。
「一本だけ、吸わせて」
言う必要はあまりなかったけど、1人のあなたに声をかけなきゃいけない気がした。
「いいよ」
少しだけびっくりしたのか、彼は笑いながらそう言った。
あたしは厨房に引っ込んで煙草を吸う。
今、12時ならあと一時間頑張ろ。
多分、もうボックスに回されることはないだろうし、メットのボトル空けれるなら空けなきゃ。
煙草をくわえたままファンデを直して、よれたアイラインをさっと治す。
口紅を引き直して、短くなった煙草を最後の一口と思ってぐっと吸ってもみ消した。
「お待たせいたしました」
あたしは軽く笑いながらメットの前に座る。
「今日忙しいな」
「まぁ、たまには働かなきゃね」
あたしは少しだけほっとした。
大人数につくと疲れる。
色んな人の会話を聞いて。
お酒を作って。
一番偉い人を盛り上げて。
ホステスは意外と大変だ。
あたしは場を盛り上げてはしゃぐタイプではないから。
しっとり飲む方が好き。
若いからと言ってみんなキャピキャピはしてないんだよ、とたまに毒づきたくなるけど。
やるときゃやる。
「はい」
「え?」
突然渡された袋にきょとんとした。
「お土産」
袋の中身は黄色い袋に赤いリボンが結んである。
「ぁ…覚えててくれてると思わなかった…」
思わず素の反応をしてしまった。
「忘れないでしょ。」
そう言ってあなたは笑った。
あたしに向かって、笑った。
ただ、それだけであたしは言葉に詰まった。