あなたをみたひ
あれから、勤めていたお店はママがお店を閉めることにしたので次のお店に移ることにした。
一年半勤めたお店だったから色々感慨深いものがあったけどあたしとあなたの話には関係ない。
それから、前のお店の下にスタッフがお店を出すのに誘われてあたしはそこに移った。
「いらっしゃいませ」
音に気付いて反射的にそっちをみる。
みたこと、ある。
一年半も仕事をしていると一度だけついたお客さんなんて顔は覚えていても、名前がでてこない。
あなたを覚えているのよ。
という体であたしは笑いながらお絞りを渡す。
「お久しぶりです。あやです、覚えてます?」
このお店に移って何回も言った台詞。
慣れなかった空気に慣れていく自分にぞっとする。
化粧が濃くなった。
昔の歌を覚えた。
焼酎もウィスキーもブランデーも飲めるようになった。
人の視線を受け止めて曖昧に笑うのが上手になった。
本当のあたしはどこにもいない。
そんな空気にあたしは馴染んでしまっている。
「うん」
彼はあたしをみて言った。
特徴のある声だ。
低いわけじゃない、高いわけじゃない。
でも、声をきけば解る声。
思えば、あの時あたしは初めてあなたを見たのかもしれない。
彼は相変わらず赤霧島をいれた。
そして仕事で中国に行くのだと、きいた。
奥さんがいて子供がいることも。
あたしは、きちんと聞いていた。
帰り際にあたしはいつもの話のついでに中国のお茶が欲しい、お花がポットの中で咲くお茶が欲しいとお願いした。
期待はしていなかった。
お茶をみたときに、あのお店にそんなものを欲しがっていた女の子がいたなと思い出して、また来てくれたらいいな。
だから、期待なんかしていなかった。
だって、あなたはお客さんだから。
だって、あたしはホステスだから。
たくさんいるホステスの一人だから。