8.やり残した依頼
仲間も四人揃った。パワーバランス(?)も取れている。さあ、これでいよいよパーティー登録に……!
「まだ加入できないってどういうことぉ!?」
なりませんでした。
「だから言っただろ。オレにはやり残した仕事があるんだ。それを片付けるまではお前らの仲間にはなれねぇ」
「後回しにはできないの!?」
「……」
ウェンデル君は、黙って俺の服の裾を握っている。話すつもりが無いようなので、俺が代わりに答えてやった。
「ルルーナ、ウェンデル殿の……」
「堅苦しい呼び方は嫌いだ」
「ウェンデル君の――ひいては我々の今後の信用を考えるのであれば、優先して処理すべきでしょう。ギルド依頼の向こうには、当然生身の人間がいます。ウェンデル君を引き入れるのなら尚更、彼の評判を維持できるように尽力すべきかと思います」
「そ、それもそうね。無理を言ってごめんなさい。それで、依頼はあとどれぐらい残ってるの?」
「えーと……あ、一覧を作っているようです。流石ウェンデル君、仕事ができる」
「……」
ウェンデル君の頭のアホ毛がぴこぴこ動いている。多分喜んでいるんだろう。
「バリデカオオアリの蜜とフワフワピクルスの爪の欠片。ふむ、これなら一日もあれば……うわっ!?」
「どうしたの、ロクロー!?」
一覧表を持った手がプルプルと震える。――震えざるを得なかった。何故ならそこに書かれてあった魔物の名前は――。
「ゴウモウドラゴンの毛十五本……!? バカな! こんな依頼、手練れのハンター十人が束になっても不可能ですよ!」
「ゴウモウドラゴン? ロクロー様、それは一体どんなモンスターですか?」
ファネの質問に、冷や汗を拭ってから俺は答えた。
ゴウモウドラゴン――。バックダン山の火口付近に生息すると言われる、ドラゴン種である。その全身は爪の先まで剛毛に包まれており、そんじょそこらの獣の皮膚程度なら容易く貫いてしまうほどに頑丈。加えて、毛の一本一本には溶岩に似た血が流れており超絶熱いのだ。
そして何より、ゴウモウドラゴンは非常に好戦的だった。つまり毛の採集どころか、縄張りに入るだけで串刺しの丸焼きになる可能性が高いのである。
「何があったんです、ウェンデル君! 君のようなハンターがこんな無茶な依頼を引き受けるはずがない。一体どんな事情があって……!」
「……」
血相を変えて尋ねると、背後のウェンデル君は消え入りそうな声で言った。
「……コモドラゴンと……見間違えた……」
「……」
「……」
「……」
コモドラゴンとは、現代日本で言うところのコウモリである。
「無謀と言わざるを得ないぞ、ロクロー! お前如きが敵う相手じゃない!」
バックダン火山にて。むせ返りそうな熱の中、未だ俺の服の裾を離してくれないウェンデル君が背中で吠えていた。心配してくれてるんだろうな。ありがとな。
一方、女子二人は元気いっぱいだった。
「だぁいじょうぶよー! だってロクローにはアタシ達がいるもん! ね、ファネ?」
「はい! お二人は後方支援に回ってくださいませ。私達が一瞬で蹴散らしてみせますわ!」
ファネさんがグーにした手を天に突き上げる。……この二人なら、マジでできそうな気がするのが恐ろしいな。なお、彼女らもまた何故か俺の服の裾を引っ張っているせいで、服が水から引き上げられたメンダコみたいになっていた。どう言えばやめてくれるのか分からない。
「……あくまでも、目的は素材採取です」
とりあえず、服のことは考えるのをやめることにした。
「いくら凶暴なゴウモウドラゴンとはいえ、彼らは魔力生物レッドリスト入りするほどに希少な生物。絶滅も危惧されていますし、やっつける方向は避けたい所です」
「フン、少しは勉強しているようだな。コイツの言う通り、殺して奪うのはハンターではなく野盗のすることだ。分かったか、女ども」
「あ、まだ名前覚えてない!? アタシね、ルルーナっていうの!」
「私はファネ・スタッタと申します! 覚えにくかったお姉ちゃんと呼んでくださっても結構ですよ!」
「む、む」
はちゃめちゃに明るいルルーナと、姉力がカンストしたファネさん。彼女らを相手にしては、クールなウェンデル君も形なしのようだ。
ところで、道中の会話で知ったことなのだが、実はファネさんは長命種であるらしい。実年齢は、なんと俺より十は上だとか。よって、以後彼女を呼ぶ際は「ファネさん」で統一する。
「でも、どうやって激アツバリカタの毛を抜けばいいのかしら……」顎をつたう汗をぬぐい、ルルーナがつぶやく。
「正直、ファネが氷漬けにしてる隙に、アタシが拳でトドメを刺せば一発だと思ってたわ」
「ええ。山も冷やせるし、とってもお得な方法だと思っていたのですが……」
「おい、ロクロー。女どもの思考に環境保護の文字は無いのか」
「ウェンデル君、彼女らのことはぜひレディーと呼んであげてください。あと、強すぎる人間は、時として災害同様の存在であることも覚えておくべきです」
「災害」
「それはさておき、激アツバリカタ毛を抜く方法については俺に案があります」
眠るゴウモウドラゴンを起こさぬよう迂回しつつ、俺は皆に言う。
「さあもう少し歩きますよ。目的地は山頂です」
「山頂!? まさか、お前……!」
「ふふふ、流石ウェンデル君、お気づきですか」
俺は、ニヤリと笑った。
「山頂にあるのは、この山で最も凶暴な生物の住処──。我々が狙うのは、ゴウモウドラゴンのボスです」