7.ハンター・ウェンデルは仲間がほしい
その男――ウェンデル・ミルグンは、銀色の瞳でギルド依頼のチラシを眺めていた。
(めぼしい依頼は……これぐらいか)
目に留まったのは、魔物研究家のとある依頼。バタフライトカゲの爪の先に溜まった垢を持ってきてほしいという、単純なものだった。
生きていくには、金がいる。けれどパーティーを組んでいないと、大きく稼げる依頼はこなせない。だから自分は、こうした誰も引き受けない小さな依頼をこなすことで日々の生活費を稼いでいた。
人はそんな自分を孤高と呼ぶ。誰も寄せ付けず、一人で生きる流浪の男だと。
けれど、それらはまったくもって見当外れなご意見だと思う。
――オレだって、本当は仲間が欲しい……!!!!
欲しいよ! だってまだ二十代も前半だぞ! 友達も彼女も欲しいし、背中を預けて戦ったり一緒に遊んだり食べ歩きとかもしたい!!
でも、できない。
何故なら、アホほど人付き合いが下手だからだ。
今まで何度かパーティーに声をかけられたこともあったけど、一つ二つ言葉を交わす内にお別れを告げられてしまう。ちょっと悩んでただけなのに。限りなく答えはイエスだったのに。
だから、次に声をかけられたら絶対即答してそのパーティーに入ってやろう。そう心に誓っていたのだが……。
「すいません。あなたはもしや、ハンターのウェンデルさんではありませんか?」
突然、背中から優しく声をかけられる。驚きのあまり顔すら見ずに「ああ」と返事をしながら、オレはそちらを向いた。
が、次の瞬間、椅子から崩れ落ちそうになったのである。
「お食事中の所、大変失礼いたします。私の名はロクロー・キレイヤ。魔物研究家をしております」
優しげな目。丁寧な物腰。柔らかな気遣い。……名乗られなくても知っていた。知らぬわけがない。
彼こそ伝説の優良依頼人・ロクローだったのである。
いくらギルドを挟んでいるとはいえ、その依頼人達にはいい加減な者や傲慢な者も多い。中には成果物だけ取り上げ、まともに報酬を支払わない者すらいる始末だ。
しかし彼、ロクローにおいては違う。
依頼内容の詳細さ、明確な納期、正当な報酬、確実な支払い……。たとえ失敗したとしても、報告さえすればそれに見合ったお金を支払ってくれる。全てにおいて一片の隙無し、彼は超がつくほどホワイトな依頼人だったのだ。
故に、彼の名が依頼書一覧に現れた瞬間ハンター達は殺到する。もはや恋心に近いレベルで彼を慕う者までおり、怪我した際に治療してもらったことを自慢する奴まで出てくる始末だ。羨ましい。オレも治療されたい。
でも、なんでそんなお方がオレの前に……?
「実は、かねてより一度お礼が言いたかったのです。貴方様には何度も依頼を受けていただき、そのたびに素晴らしい手際で解決してくださいましたから」
「……!」
嬉しい。嬉しすぎる。オレの事を覚えててくれたのか!
喜びのあまりはね回りそうになる。でもオレの口は、照れ臭さとコミュ障でまったく別の言葉を発していた。
「……別に」
ロクローさんの表情が、固まる。だが、口は止まらなかった。
「オレはハンターとして、当然のことをしたまでだ」
――ああ、これだからオレは。
偉そうにふんぞり返りながら、もうオレは今にも泣き出しそうになっていた。
イメージ通りの人だー!!!!
ツンツンとした態度のウェンデルを前に、俺は爆上がったテンションを押さえ込むのに必死だった。
冷たい銀色の目と、あまり手入れのされてない深い藍色の髪。何より、一応自分が年上だというのに組んだ足を下ろそうともしない不遜さ。
いやー、まんまだよ! 俺のイメージそのまんまの孤高! もし俺のスキルでドロドロのメロメロになってたらどうしようかと思ったんだよ! 良かった、イメージ壊れなくて!
けれど不思議である。何故なら彼の能力の高さは、ギルド依頼の実績が保証しているのだ。そして強いなら、当然俺のスキルの影響を受けると思うのだが……。
ま、いっか!
「……ええ。ですが、その当たり前を確実にこなしてくださる方だからこそ、ウェルデル様は重宝されているのです」
「……!」
なのでとりあえず、どれだけありがたく思っているかを伝えることにした。
「世の中、口ばかり動かして能力をごまかす者も多くおります。無論コミュニケーション能力は重要ですし、それが悪いとは言いません。が、時としていささか煩わしさがあるのもまた事実……。その中で、ウェルデル様は数少ない信用ある方なのです」
「!!!!」
「確かな腕と実績。ウェンデル様に依頼する者で成功を疑う者など誰もおりません。かくいう私とて、その一人。いつも大変助かっております。ありがとうございます」
しっかりと頭を下げて気持ちを伝える。
……さて、あんまり言い過ぎてもアレだしな。感動の表明はこれぐらいでいいか。あとはサインとかもらって……あ、その前に一応パーティーに加入してもらうよう頼まなきゃいけないのか。
俺は、改めて頭を上げた。
「つきましてはウェンデル様、折り入ってご相談があるのですが」
「……まあ、言ってみろ」
「唐突で申し訳ありませんが、ウェンデル様さえ良ければぜひ私どものパーティーに加入していただきたいのです」
ガタッと音がする。最初は不快な頼みにウェルデルが椅子を蹴ったのかと思ったのだが、違った。勢いよく立ち上がっただけだった。
「……何? オレが、お前らのパーティーに……?」
「ええ、そうです。とはいっても、まだ私含めて三人しかいない小規模なパーティーですが。これから活動するにあたり、まずメンバーを揃える必要があるのです」
「そ、そうか。しかし頭数を揃えるだけなら、別にオレじゃなくてもいいだろう」
「何をおっしゃいます!」
ここで俺はつい前のめりになった。少し拗ねたような彼の態度に、前世の記憶――弊社のクソ上司に理不尽な叱責を喰らい、自信喪失していた取引先の新入社員君と彼を重ねてしまったのである。
将来有望で優秀。そんな彼の力が必要なのに、たった一度や二度のミスで遠慮し萎縮され、以前の関係を失ってしまう……。そんなことは、二度とごめんだった。
「ウェンデル様ほど確実に仕事をこなしてくれる方など他におりませんよ! 業務連絡ができ、余計なことをせず、何よりミスもきちんと報告してくれるような人!」
「お、おお……?」
「加えて素晴らしい業務遂行能力! これほど全てを兼ね揃えた頼りになる受託先は他にありません! いいですか!? あなたは本当に失い難い取引先なんです!」
だが、すぐにやり過ぎたと思った。目の前のウェンデル君は、整った顔を思いきりひきつらせて俺を見ていたからだ。
だけど伝えたかったのだから仕方ない。自信持ってくれよ、才ある若人。
「……失礼しました。ですが私はギルド依頼を通し、あなたが大変能力のある方だとよく知っています」
ひとまずクールダウンした俺は、まっすぐ彼の目を見て、そして心を込めて言った。
「お願いします。……私は、私の信頼するあなたとぜひ共に仕事がしたいんです」
「……!」
ウェンデルは、小さく息を呑んだ。でも、それだけだった。彼は答えなかった。
……まあ、ダメで元々。こちらも通ると思ってない。今回は、ご尊顔を拝めて感謝の念を伝えられただけ良しとしよう。
そうしてしばらく待った後、礼と詫びを言ってその場を離れようとしたら……。
「……待て」
引き止められた。しかも何故か、可愛らしく服の裾を掴んで。
そして彼は、俺を見てニヤリとした。
「……少しは楽しめそうだ。短い間でいいなら、乗ってやってもいい」
「! 本当ですか?」
「ああ」
「なんという……なんという! ありがとうございます!! とても助かります!!」
嬉しさのあまり、俺は両手を掴んで詰め寄った。相手は目を白黒させていたが、とりあえず言質は取ったので気にしない。
「よし! ルルーナさん、ファネさん、準備を!」
「オッケー! さぁー、仲間が増えたわね! これでパーティーが組めるわよ!」
「すごいですね、ロクロー様! まるで言葉の魔術師ですー!」
「誰!!!?」
突如現れた美女と美少女に素で驚くウェンデル君であるが、当然我らは気にしない。彼の周りを踊り囲み、パーティー加入の契約書に名前を書くまでは絶対に逃がさなかった。