2.ルルーナの呪縛
そんなわけで、俺はルルーナを伴って最寄りのギルドにやってきた。なお普通に歩けば片道三日の距離なのだが、そこは摩訶不思議ワールドの常としてワープゾーンを使ったので実質三時間で到着した。すげぇ便利だね、ファンタジー。
「ねぇロクロー、一つだけお願いがあるの」
だがいざギルドの扉をくぐろうとした時、ルルーナが俺の服の裾を引っ張ってきた。
「実はアタシ、ギルド登録する為に許可を取らなきゃいけない人がいて……。必ず帰ってくるから、ちょっとだけ待ってててくれない?」
「どういうことですか?」
ギルド登録する為に許可を取らねばならぬ人? はて面妖な。
すると、ルルーナは恐る恐るといった感じで教えてくれた。
「実はアタシ、元奴隷なのよ。六歳の時に剣闘士のバジザって男に買われてね、メイドとして働いてたわ」
「剣闘士バジザ……その道では有名な男ですね。全盛期は過ぎたものの、なお小さなドラゴンなら素手で倒せると噂の」
「そっか、ロクローも知ってるのね。……そう、アタシはあの男の奴隷だった。でもそれだけじゃない。バジザはアタシが十七になった時、卑怯にも手篭めにしようとしたのよ」
「ほう」
そりゃ不届きな輩である。いくら奴隷という低い身分にあるとはいえ、相手は未成年。これが現代日本であれば、一瞬で名声が地に落ちドリルで穴を掘るレベルである。
っていうか、そんなデリケートな話を自分が聞いて良かったのか。ハラハラしたが、ルルーナは淡々と続けた。
「まあ、死ぬほど嫌だったから、めちゃくちゃに暴れて抵抗したんだけどね」
「抵抗」
「守り切ったわ、貞操」
「簡単に言いますけど、当時のバジザに抵抗できるって通常の強さの域を軽く超えてますからね」
「そうね。実際バジザもアタシの強さに目をつけて、一ヶ月後にはギルドに高値で売り払ってたし。でも、今のパーティーをやめる時が自分の妻になる時だって約束させられたの」
「……そうだったんですか」
……何と、言葉をかけていいか分からない。まさかルルーナにそんな辛い過去があったなんて。彼女の弱い者の立場に立つ強さや勇気は、きっとこの時の経験にも由来するのだろう。
「だからアタシは、絶対パーティーを辞めさせられないよう鍛錬に鍛錬を重ねたわ」
そしてルルーナの底知れぬパワーの理由にも、大変納得である。
うんうんと感じ入っていると、彼女は慌てて口を開いた。
「で、でも、売り払われたのがこのパーティーだったのは良かったと思ってるわよ? 強くなれたし……何より、ロクローに会えたもん!」
頬を赤らめて言ってくれる姿は、花も恥らう愛らしさである。が、残念ながらその感情は俺のチートスキル「愛され」によるものだ。泣いちゃダメだぞ、俺。
あとルルーナさんには、そろそろ俺の服の裾を離してもらいたい。彼女、ものすごく力が強いからもうデロンデロンになっているのである。魔法で戻せないかな、これ。無理かな。
「だからロクロー、お願い。少しここで待っていて欲しいの」ルルーナは、熱のこもった声で言った。
「アタシ、絶対にバジザに話をつけてくる。アンタとは結婚できない、心に決めた人がいてその人と自由に生きていくって言ってやるの!」
「ま、待ってください!」
ルルーナの言葉に、パシッと彼女の腕を掴んだ。驚きに大きくなった彼女の目の中に、俺の姿が映っている。
「……」
――いや、待って。超待って。今君、心に決めた人と生きていきたいから話つけてくるって言ったね?
それまずいからね? だってその感情、メイドバイスキルだからね?
そりゃ事情を知らないルルーナは幸せになるかもだが、俺が良くないんだ。スキルに作られた感情で愛されるなんて、彼女につけ込んでるみたいで悲しいし虚しい。
……が、どう言ったものか。
「……ど、どうしたのよ、ロクロー」
「……」
スキルのことは、言えない。作られたものとはいえ、ルルーナは俺への愛情を本物だと信じているのだ。居場所を失った今の彼女にその事実を伝えるのは酷だし、そもそもその居場所を奪ったのは自分のようなものだ。バジザの件だって、助けになれるならそうしてあげたい。
俺は、まっすぐにルルーナの青い瞳を見つめた。
「……俺が行きます」
「えっ……!」
息を呑む彼女に、頷いてみせる。
「俺がバジザの所へ行って、話をつけてきます。……ご安心ください、必ずルルーナを解放しますから」
「でも、危険だわ!」俺が掴んだ腕を更に掴んで、彼女は言った。
「アタシほどじゃないとはいえ、バジザはかつて剣闘士最強と呼ばれた男よ! 魔物研究家のロクローが敵う相手じゃ……!」
「分かっています。しかし、むしろその方が都合がいい」
「都合がいいって――!」
「信じてください、ルルーナ」
俺は、改めてルルーナに向き直った。
「今の俺には“力”があります。誰にも奪われない、俺だけの“力”が。難しいとは思いますが……そう断言する俺を、信じて欲しいんです」
「……ロクロー」
「それに、ルルーナ……。君、ずっと震えているでしょう」
その言葉に、ルルーナはハッとして俺から手を離した。……結果的に事なきを得たとはいえ、一瞬でも自分に向けられた暴力に恐怖を覚えない人間はいない。特に女性は、時として過敏にならねば身を守れぬほど、理不尽な環境に置かれることがある。
分かるよ。うちの会社じゃ余裕でセクハラも横行してたからね。一度ブチ切れた女性社員が一致団結して会社相手に訴訟を起こして、一斉に辞めたって事件もあったぐらいで(なお弊社は無事負けた)。
「俺は、君の力になりたい。どうか、バジザの居場所を教えてください」
「……!」
こうして俺の説得に頷いたルルーナは、バジザの家を教えてくれたのである。未だ現役の剣闘士として活躍するバジザは、試合が無い時は基本自宅にいるらしい。いや現役て。マジかよ。
だが、それでいい。さっきも言ったが、俺には“力”がある。相手は強ければ強いほど好都合なのだ。
「も、もうっ、ロクローったら……! アタシのことを、俺だけの強い“力”だなんて、言い過ぎじゃない……!?」
……うっとりとしたでかすぎる独り言が背後から聞こえたが、今は無視する。違う、そういう意味で言ったんじゃないんだ。ほんとごめん、誤解はいつか解こうと思う。




