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1.武闘家・ルルーナ

「おい、ロクロー! ロクロー、起きろ!」

 聞き慣れた声と、頬への軽い痛み。唸りながら目を開けると、一人の男が嫌そうな顔で自分を覗き込んでいた。

「何寝てやがる! だからお前は役立たずなんだ!」

 まず思ったのは、コイツめちゃくちゃ前の上司に似てるなぁということ。次に、前回の戦闘で足引っ張ってたのはお前の方じゃんということだった。

 そこまで考えて、はたと気づく。どうやら、自分はこの世界での記憶を引き継いでいるらしい。

「ロクロー、おい聞いてるのか!」

 俺の名前はロクロー・キレイヤ。プリュス村出身の魔物研究家である。

 魔物研究家とは、つまりこの世界に蔓延るモンスター達を研究する者であり、その歴史は……。

 ……うん、まあ、身も蓋もない言い方をするとモンスターの弱点が分かるジョブだ。この世界では、パーティーや旅団を作る時には一人ぐらい組み込んでおくのが定石だったりする。

「ロクロー!」

 で、今の自分なんだけど、愚直なまでに勉強を重ねてきた結果『それなり使える魔物研究家』ぐらいにはなっていた。しかし所属するパーティが悪かった。ブラック企業あるある、微妙に名前がでかいグループ会社の本社派遣無能リーダー。そいつの下で、今の俺は人間的な尊厳を踏み躙られながら働いていたのである。

 ならばそんな所とっとと逃げてしまえばいい。普通はそう思うだろう。けれど、この歳で転職する不安や謎の責任感により、結局ここまで居着いてしまったのである。どうも前世で染みついた社畜根性は、現世でもなかなか落とせないらしい。

「おい、このろくでなし! 返事もできないのか!」

 ――異世界だろうとそうでなかろうと、とかくに人の世は住みにくい。切ない話である。

「クソッ、だからお前はクズなんだよ! 研究家など名乗っておきながら看板ばかりで……」

 とはいえ、前世の記憶が戻った今は違う。なんせ俺には女神から授かったチートスキルがあるのだ。こんなアホ上司の元でチンタラしている暇は――というか、早く逃げないと前世よろしく過労死すると思う。

 だが……。

「お前なんてどこにもいられないようにしてやるぞ! オレの親父はすごいんだからな! お前みたいな奴、あっという間に袋小路に追い込んで……!」

 ……どう逃げたもんかねぇ。

 先ほどこのアホがのたまった通り、彼の親は名のある剣士なのだ。故に上手くクソ野郎のご機嫌を損ねずにやめないと、今後私の生活に支障が出かねない。

 うーん……どうしたもんか……。しかし、見れば見るほどゴブリン寄りの顔してんな……。

 違う違うそうじゃない。どういう手を打ったものか……。

「ちょっとビリャン! アンタ何してんのよ!」

 そうやって腕組みをして考えていると、一人の美女が割って入ってきた。サラリとしたピンク色の長髪を靡かせ、引き締まった体を惜しげもなく晒している。そんな破廉恥な格好をした彼女は、堂々とビリャン(俺の上司)に言い放った。

「ロクローが困ってるじゃない! アンタ、また彼にイチャモンをつけてたんじゃないでしょうね!?」

「ル、ルルーナ……! ち、違うんだ、これは……!」

 彼女の名は、ルルーナ・サリシャ。このパーティが誇る優秀な武闘家である。

 一見するとスタイル抜群の露出系美女である。が、その体躯から放たれる拳は並のモンスターであれば簡単に風穴を空けてしまえるほどに極悪。本来ならもっと良いパーティーに入れるはずだが、「強いパーティーならアタシがいなくたっていいでしょ。それよりもアタシはここでみんなを守りたいの」と笑って言うような女性だ。

 正義感と優しさに溢れた美女・ルルーナ。なお、そんな彼女にビリャンが片想いしていることは誰の目にも明らかだった。

「前も言ったでしょ!? アタシ、弱い者いじめは嫌いなのよ!」

「ルルーナ、でも、コイツは……!」

「っていうか、なんでロクローをそんなにいじめるのよ! ほんっとわけわかんないわ!」

 プイッとルルーナがそっぽを向く。その弾みで俺と視線がかち合ったが、慌てて彼女は視線を逸らした。

「……ほんとわけわかんない……! こんなに素敵な人なのに……!」


 ……。


 ……んんー?


「とにかく、ロクローをいじめたらアタシが許さないわよ! 今後一切口もきかないし、パーティーだって抜けてやるから!」

「そ、それは困るよ……!」

「じゃあロクローをいじめないこと! わかった!?」

「わ、わかった……!」

 おお、一瞬で交渉が成立した。ありがたいことだ。

 ……。

 ……や、これアレだな? 例のチートスキルが発動してるな?



【異世界転生特別スキル】

スキル名:愛され

ランク:SSS

発動条件:自動

効果:相手の能力が高ければ高いほど、それに応じた愛情をスキル保持者に抱くことになる。なお、この愛情は恋愛感情以外にも友情、親子愛、師弟愛などにも及ぶ。



 ……。


 良くないぞー!!!! これは良くないぞー!!!!

 だって怖すぎないか! 頑張って鍛錬してたら知らん間にオッサンのこと好きになってんだぞ! これルルーナの親からしたら泡吹いて卒倒するレベルだろ!

 だが、裏を返せばルルーナはそれほどまでに能力が高いということである。加えて、このスキルは恐らく一定の能力以下の者には発動されない。

 だってその証拠に、ビリャンがすげぇ俺のこと睨んでるもんな。あれ絶対愛情の裏返しとかじゃねぇもん。普通に憎悪。

「さ、行こっ! ロクロー!」

「は、はい……」

 ルルーナが俺の手を取る。手の柔らかさに驚くも、これは自分のスキルが招いた状況なのだと思い出した途端虚しくなった。

 ……そうだな。俺、確かに前世じゃゲロほどモテなかったけど。かといってこんなモテ方するのはなんか嫌だし、相手の子に申し訳無い。

 俺は、できるだけそっとルルーナの手をほどいた。

「ロクロー?」

「……」

 ルルーナは、悲しそうな顔をしている。マジで生まれてこの方そんな目を向けられたことが無い俺はだいぶ動揺したけど、何とか堪えてビリャンに向き直った。

「ビリャンさん。突然ですが、俺は今をもってこのパーティーを抜けようと思います」

「……なっ……!?」

「申し訳ありません。ですがもう限界です。俺はこれ以上このパーティーの足を引っ張りたくないし、あなたに迷惑もかけたくない」

 ……やめようとする時、自分を下げることで少し相手の熱を削ぐことができる。必要以上に卑屈になることはないが、相手に「自分のせいじゃない」と思わせることは話をスムーズに進ませるにあたって重要なのだ。

「あなたが普段から指摘してくださっていたように、俺は能力の低い魔物研究家でした。故にこそ、俺の代わりの者もすぐ見つかるでしょう。むしろこのパーティーなら、相当上位クラスの者が喜んで来てくれるはずです」

 いや、嫌味は言うけど。腹立つからそれぐらいは入れるけど。

 だが悲しいかな、アホに皮肉は通じないのである。アホ(※ビリャン)はふんふんと俺の話に聞き入っていた。

「だから、俺は今からギルドに行ってこのパーティーから除名して参ります。それにあわせて、このパーティーに新しい魔物研究家を入れるよう伝えておこうかと」

「わ、わかった。そうしてくれ」

「はい、それでは」

「ああ……」

 意外とすんなり頷くビリャンである。

 ……そうか、コイツはシンプルに俺を追い出したかっただけなんだな。そこは前世の上司と違うから、何か拍子抜けだ。アイツ、完全に俺をただのサンドバッグとして見做してたもんな。

 まあ、とりあえずはこれでめでたしめでたしである。ビリャンは邪魔者を追い出してハッピー、ルルーナは謎のスキルから解放されて真っ当な恋ができるようになってハッピー、俺はブラックパーティーを抜けられてハッピーなのだ。もしかしたらギルドでビリャンの父親から嫌がらせをされるかもだが、ぶっちゃけこちらとしても上級パーティーは望んでいない。下級パーティーを紹介してもらって、あとは平和にモンスターを追いかけ回せればそれで――。

「ロクローが出て行くなら、アタシも行く!!!!」

 ……。

 ……え、何ですって?

「だってこんなのおかしいじゃない! 仲間外れのイジメからの追放! こんな納得できないパーティー、これ以上いられないわよ!」

「え、ええ!? ルルーナ、なんでそんなことを……!」

「うるさい! もう決めたの! アタシはロクローについて行くわ! 止めんじゃないわよ、スットコドッコイ!」

 …………えー?

 待って待って。予想してない。チートスキルがここまで出張ってくるの全然予想できてない。

 だが俺があたふたする間にも、ルルーナは縋りつくビリャンを回し蹴りでぶちのめしている。それから可愛らしい小走りでこっちに来ると、花の咲くような笑顔を見せたのだ。

「じゃ、これからもよろしくね! ロクロー!」

 ……。

 ……何? 神の与えた試練的な?

 こうして俺は、露出の多い服を着た綺麗な姉ちゃんに引きずられながら、慣れ親しんだパーティーを後にしたのである。マジで夢なら覚めてほしい。

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