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12.ワジャス、登場

 『円卓の天秤』――。それは、様々な種族が混交するこの世界における治安維持組織であった。

 あまりの強さ故、どこの国にも属すことができなかったはぐれ者。然して、弱きが虐げられる悪が世界に蔓延ることも良しとしなかった者。そういった一人一人が集まった結果、いつしか世界を揺るがさんほどの強大な集団となっていたのである。

 だが、彼らを脅威と見た国々の王が彼らに訴えた。今は正義の集団であるが、ひとたびタガが外れればすぐにでも世界は滅びてしまうだろう。あなた方にはそれを為すだけの力と数があるのだと。

 かくして王らの訴えは受け入れられ、集団は世界的治安維持組織『円卓の天秤』へと変わった。無論、そこには王らによる後ろ暗い狙いもあったろう。しかし全ての事情や思惑を飲み込み、強者は変化を受け入れたのだ。

 各種族、各地方から一名ずつ最も正義感のある強い者が“裁定者”として選ばれ組織を運営する。互いに互いの正義と倫理を見張り合い、道を誤る者がいれば裁定者の名において阻止する。円卓の天秤が、悪と暴力への抑止力として機能し続けるために。

 そして魔王の封印が弱まりつつあると噂される今、彼らはより必要とされていた。だが、そんな世でなくても、彼は動いていたであろう。弱き者を救うために、その生涯を捧げた裁定者――風の剣神・ワジャスであれば。

「……」

 たとえどれほど巨大な魔物だろうか、大勢の敵に囲まれようが。守るべき者がいるのであれば、背負った剣のみを唯一の友に単身で立ち向かう。さながらその姿は正義のヒーローそのものであり、彼が老いてなお慕う者は世界中にいた。

「……」

 そんなワジャスだが、パーティーを組まない主義であった。戦場において、弱き者はあまりにも呆気なく蹂躙される。本来自分が守るべき者を死に近づけるなど、どうしてできようか。

「…………」

 でき、ようか……。

「………………」


 ――何故、儂はあそこにおる凡夫から目が離せないのだ!?


「あ、あのー、ワジャス様?」

 酒場にいた一人がおずおずと話しかけてくる。彼は情報屋。どこの酒場にも一人はいる存在だ。

「あちらのパーティーが気になるんで? へへっ、今日結成したばかりのスキスキロクロー団です」

「今何と?」

「スキスキロクロー団です」

「儂の耳が悪いのか? それとも彼らの頭が悪いのか?」

「後者でしょうな。おおかたあの中心にいる男―――ロクローが金を積んで呼ばせているのでしょう。いやらしい男です。金持ちの道楽で愛人とパーティーを組んでみたのでしょうが、そう長くはもちませんよ。早い段階で魔物に殺されて終わりでしょうね」

 ……果たして本当にそうだろうか。ワジャスは、髭を撫でながらじっと考えた。確かに見目麗しい女性を連れているが、一人は圧倒的強者のオーラを放ち、一人は隠せぬほどの凄まじい魔力を放っている。加えてロクローの態度も、愛人を侍らせる金持ちというよりは保護者的な目線で距離を保っているように見えた。


 ……へえ、ロクローって名前なのかぁ……。


「だが、パーティーは最低四人でないと組めないだろう。残る一人は誰だ?」

「ああ、そりゃロクローの後ろにいるウェンデルですよ」

「ウェンデル……というと、あの神狼と呼ばれた?」

「はい。今まで頑なに一匹狼を貫いていたのが、なんであんなパーティーにいるのかは分かりませんがね。まあ、ヘマをして弱みでも握られたんでしょう。縮こまって、みっともないったら」

 神狼ウェンデル――噂では、孤高の凄腕ハンターと聞いている。しかし今の彼はというと、ロクローの背中で服の裾を摘んで無言でこちらを睨みつける、まるで幼い喧嘩に親を連れてきた子供のようだった。しかし、みっともないとは思わなかった。何なら少し羨ましかった。

 とはいえ、ゴウモウドラゴンの毛を三十本も集めたハンターとなれば、彼をおいて他にいないだろう。ワジャスは人を見る目に乏しい情報屋に金貨を一枚投げてよこすと、スキスキロクロー団のテーブルへと向かった。

「失礼。儂の名はワジャス・ベル。ハンター・ウェンデルを擁するスキスキロクロー団とはここか?」

「……はい。私がリーダーのロクロー・キレイヤです」

 ワジャスが胸を高鳴らせながら話しかけたロクローは、どこか遠い目をして答えた。落ち着いた対応で素晴らしい。百点。

「して……ゴウモウドラゴンを討伐したとのことだが」

「討伐という表現は適切ではありません。あくまで種と環境に配慮し、目的物だけ採取した形です」

「儂を前にしながら臆せず訂正したこと、褒めよう」

「ありがとうございます」

「しかし、ゴウモウドラゴンの群れとなれば我が円卓の天秤でも手を焼く。単刀直入に聞くが、どうやって成したのだ?」

「ゴウモウドラゴンは、ドケミソウから作られた催眠剤に弱いとされています。まずそれで群れを眠らせてからリーダーに近づき、礼を尽くすことで毛を頂戴したのです。長くを生きたドラゴンは人の言語を解します。正直賭けではありましたが、ここにいる仲間のお陰で達成できました」

「偉業を成し遂げながら奢らぬ態度、褒めよう」

「ありがとうございます」

「俄には信じられぬがな。とはいえ、証拠がある以上、真実として認めざるを得ないだろう」

 ここでワジャスは、改めてスキスキロクロー団のメンバーを見た。皆まっすぐな目をしており、美しい。邪悪にも卑劣にも染まらぬ、決意と団結に支えられた凛とした目だった。

 ―――なるほど、これならば心配ないだろう。

 体躯や力に恵まれたとしても、心に隙が生まれることはある。そしてそうなれば、強者であればあるほど弱者への脅威となりうるのだ。だからこそ絶対強者である円卓の天秤は、正義の執行者として慎重に強者を監視せねばならなかった。

 ―――スキスキロクロー団は、正義側だ。

 一つの確信を胸にしたワジャスの口元は、知らずの内に緩んでいた。やはり、どれほど醜い結末を知ってはいても、志を同じくする強者に出会えるのは嬉しい。さて、そろそろ戻らねば。自分が長居しては、客も酒の味を楽しめないだろう。

「…………」


 楽しめない、だろうが……。


「………………」


 ――何故、儂はここを動けぬのだ!?


「大丈夫ですか、ワジャス様?」

「どこかお加減が悪いとか?」

「足を攣ったならよく効く薬を調合できるが……」

 そんなワジャスに、スキスキロクロー団の若者達は積極的に声をかけていた。純粋な優しさが沁み目が潤みかけたが、なんとか堪えた。

 ―――何が起こっているのだ。決して弟子を取らぬ主義だった自分が。誰かと共闘するなど考えたこともなかった自分が。


「こちらにお座りください、ワジャス様。水も用意しております」


 このロクロー殿の率いるスキスキロクロー団に――よもや入りたいなどと!


「……ロクロー殿」

「は、はい」

「……儂が今、魔王四天王の一人・惨劇のディゴースの討伐を任せられていることは知っているか」

「ええ、かなり厄介な相手だそうで」

「其奴の討伐に貴殿のパーティー、スキスキロクロー団の力を借りたいのだ」

「え?」

 言葉の意味を理解するまで時間がかかったのか、ロクローは目をしばたかせていた。周りのスキスキロクロー団も、更には酒屋の面々ですら口をあんぐりと開けている。しかしこの発言に一番驚いていたのはワジャス本人だったので、数秒の沈黙など些細な問題であったのだ。

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