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9.山頂付近にて

 山頂は、常人であれば一瞬で皮膚が焼け爛れるだろうほどの熱気で包まれていた。ただ火口に近いというだけではない、そこを巣とする巨大な魔物達が発する熱のせいである。

「ファネの防護魔法が無かったらって考えると、恐ろしいわね……」

「うふふっ、すごいでしょう! もっとお姉ちゃんを頼ってくれていいんですよ!」

 だが我々一行は、ファネさんの魔法により炎天下の日陰程度のダメージで済んでいた。マジですげぇな、この人。

「お姉ちゃん……? お姉、ちゃん……」

 そして、ルルーナがファネさんの姉力に落ちかけていた。ずっと家族というものに縁遠かった彼女だ、無理もない。

「おいレディーども、呑気している場合じゃないぞ」そんな彼女らに、ウェンデル君がガルガル唸りながら言う。

「できるだけ気配を消せ。ここはとっくに奴らのナワバリだ」

「そんなこと言われたって、アタシ達気配消すとかしたこと無くて」

「はい。どちらかというと、敵対者の存在を消す方が得意です」

「ロクロー……」

「言ったでしょう、彼女らはほとんど災害のようなものだと」

 ウェンデル君、だんだん新入社員というより子犬のように見えてきたな。不思議だ。

「! ロクロー、いたわ! ゴウモウドラゴンよ!」

「ええ、ご報告ありがとうございます、ルルーナ。では、ウェンデル君」

「おう」

 目視でようやく確認できる距離に、黒く濁った皮膚をしたゴウモウドラゴンがいる。家族なのかもしれない。数は大小合わせて三匹いた。

 そこ目掛けてウェンデル君が弓を引き絞り、びょうと放つ。鈴と袋をつけられた矢は、横たわるドラゴンのすぐ横に刺さった。

 軽やかな音色にドラゴン達が気を取られ、そこに鼻先を向けた時。続けざまに放たれた二本目の矢は、一本目の矢につけられていた匂い袋を見事に射抜き、辺り一面に中の粉をばら撒いた。

 次の瞬間、どう、とドラゴンが倒れる。揺れる地面にビクともせず、ウェンデル君はふぅと息を吐いた。

「眠り薬だ。三時間程度で目が覚めるだろう」

「わあ、すごく上手ですね、ウェンデル君!」素晴らしい技術に、ファネさんが手を叩いて喜ぶ。

「私の親戚の種族も弓が上手いのですが、あなたほどの腕の方は見たことありませんよ!」

「種族……?」

「ああ、ファネさんは妖精の血も入ってるんですよ」

「妖精!?」

「驚いていただけるような大袈裟な存在ではありませんよ。確かに人間嫌いな方が多い為、あまり人前には姿を見せませんが……」

「……!」

 それを聞いたウェンデル君は、口元を手で覆い何やら考えていた。その横顔は……少し、青ざめているような?

「……ウェンデル君?」

「! な、なんだ」

「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」

「き、気のせいだろう。オレは何も問題無い」

「そうですか」

 ……否定するのなら、今は追及しないほうがいいだろう。これは絶対何かある時の顔だが──具体的にいうと過去に何か因縁がある時の顔だが、ひとまず今は置いておこう。

「あら、またゴウモウドラゴンがいるわ。さっきと同じぐらいの大きさかしら」そして、目のいいルルーナがいち早くドラゴンを見つけた。

「ふむ、今度は二体ですね。ウェンデル君、お願いできますか」

「あ、ああ」

 彼は、かなり動揺しているように見えた。しかし、こういう時でも瞬時に精神状態を凪ぎさせることができるのが一流のハンターである。

 ウェンデル君の気配が消える。いや、姿はそこにあるのだ。なのに今の彼は、ともすれば背景と同化してしまいそうなほど世界に溶け込んでいた。

 ゾクリと肌が粟立つ。彼のいる空間から、再び弓が放たれた。

「……眠った。行くぞ、ロクロー、レディー共」

 同じ手際でドラゴンを眠らせたウェンデル君が、こちらを向く。紛うことなき確かな手腕に、ルルーナは腕を組んで感嘆のため息をつく。

「やっぱいい腕だわ。ただ誰も傷付かないのはいいけど、ちょっと時間がかかるわね。ねぇロクロー、やっぱ力で上下関係を教えこむのはダメなの?」

「今回に限ってはやめましょう。計画に差し支えが出る可能性があります」

「そっかぁ、計画かぁ」

 うんうん頷いてくれるルルーナである。わかってくれたようで何よりだが、この子ドラゴンとタイマン張って勝つ気らしいな。

「……いや、たとえお前のような災害レベルのレディが戦ったとしても、この山のボスには敵わないだろう」

 しかしここで、ウェンデル君は小さく首を横に振った。

「すべてのゴウモウドラゴンの頂点に立つ魔物──その名もボスデス。数百年もの時を生きており、ひとたび体を動かせば周りの山は潰れ、海の水は全て跳ね上がるとまで言われている。今は眠っているらしいが、何を隠そう三日前に起きた地震も、麓の村じゃ奴が寝返りを打ったからと言われている」

「ほう、そんなに強いんですか」

「強いなんてもんじゃない。大きさ、強さ、理不尽さ……どれをとってもそれこそ災害そのものだ。それこそコイツが本気を出せば、世界が滅んでもおかしくないほどの、な」

「へぇ、世界が滅んでも……」

「ああ。……ロクロー。お前だから連れてきてやったが、本当にそんな奴と渡り合える作戦があるのだろ……な……!?」

 驚いた顔のウェンデル君が、みるみる遠ざかっていく。その隣にいた、ルルーナとファネの姿も。

 ──いや、違う。俺の体が離れているのだ。

「ボオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 背後から凄まじい熱気と爆音がする。俺の体は、ゴウモウドラゴンのボスことボスデスの爪に摘み上げられていた。

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