望んだ未来 【月夜譚No.132】
魔王には、魔王なりの正義がある。
人間側からしてみれば、勇者の方が絶対的に正義なのだろう。魔族側が何を言っても、何をやっても、人間達には届かない。
そんなことは、最初から判ってはいた。これまでに魔族が人間にしてきた仕打ちは、何をどう返せば良いのか判らないほどに酷いものだ。
しかし、それもここまでにしたい。先代の魔王のように人間達を蹂躙することは、当代魔王の望むところではないのだ。できることなら、人間達と手を取って、双方が平和に暮らせる世界を作りたいのだ。
だが、先代魔王が残していったものは、あまりにも大き過ぎた。彼が焼いた村は、殺した人間は、もう戻ってはこないのだ。
つい先日、当代魔王は勇者と相見えた。とはいえ、人間に姿を変えて人間の町に出向いた際だったので、勇者の方はこちらが魔王だとは気づいていないようだったが。
最初、魔王は警戒したが、勇者はすっかり人間だと信じ込んでいたので、すぐに打ち解けた。話は合うし、共に呑んだ酒も美味だった。
そこで初めて知ったのだ。勇者も、本当は戦いたくはないのだと。魔族と共に生きていく道があるのなら、そこを目指したいのだと。その時見せた彼の真っ直ぐな笑顔が、忘れられない。
彼とならば、もしかしたら――そんな希望が見えた。だから、諦めるわけにはいかない。
当代魔王は口元に笑みを零した。彼女の望む未来は、意外とすぐそこまできているのかもしれない。