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邪神に転生した私 無色の主人公編

・ヒーロー不在。私の人生は自分で歩いていく。

【ラスト】(サブヒーロー)。茶髪、群青の目を持つ傭兵。主人公が最初に出会った人物の一人。束縛(無)→(強)、執着、過保護。

 どれだけ泣いただろう。この世界で三度目の夜がきた。


「さすがに泣くのも飽きてきた」


 ぽつりと呟いたのは無意識だ。さすがに三日も泣き暮らせば、いくら食事も排泄も睡眠も必要ないからと言っても精神は飽きてくるのだと初めて知った。普通は生理欲求が出てくるから、どうしても悲しみだけに集中していられない。社会人なら生きていく上での心配も頭をよぎるから、一人暮らしで泣き暮らすなんて絶対無理だ。


「はー。本当に飽きた」


 倦怠感はあるが、それほど辛いものではない。あれだけ泣いたのだからまぶたが腫れてもおかしくないのに、涙の後はあってもひどい顔ではないとわかる。


「さすがにここに引きこもっているわけにはいかないか。とりあえずここから出て、服と靴……あ~、マントなんてあるんだ。アレ、欲しいな」


 これからのことを考えながら口に出せば、暴力的な思考に力なく笑う。盗みなど前の人生では考えもしなかったことなのに、ここでは自然とどうにかして手に入らないだろうかと考えが浮かぶのだ。

 白濁したドームの向こう側を鮮明に見ている違和感には気づいていたが、今はそれを置いておくことにして周囲を囲む彼らを観察する。


 江戸時代の甲冑のようなガチガチに固めた鎧は着ていない。移動手段は馬……らしき生き物だ。馬っぽいものにつながっている幌車が見えるから、少なくともここまで来るのにアレを使ったのは間違いないだろう。

 森の中だというのに真っ白なマントを羽織った立派な連中と、この世界で初めて会った連中のような森に紛れるような地味な色の服を着た男たちがいるようだ。多分仲は良くない。白マントの方が偉いらしく、何やら指示を出しているものの、地味服の男たちはノロノロと従っているように見える。


 人数は圧倒的に地味服の方が多くて白マントがいればそれなりに立派にしているように見えるものの、彼らが視界から消えれば再び面倒くさそうに気を抜いているのが判った。

 命の危機を感じないのをいいことに、とにかく周囲を観察し続ける。一日に一度、ある方向に向かって走っていく幌馬車には交代するらしい地味服の男たちが乗っていく。白マントたちは騎乗する者がほとんどで、召使のような人たちもいた。


「狙うならあの辺りかなぁ」


 地味服連中には少数ながら女性もいた。身に着けているものもローブだったり鎧だったりするが、ゴツイ女性ばかりではないので誤魔化しがきくかもしれない。


「それと気になるのは……」


 美紅は少し離れた草原に張られ始めた大きなテントを眺める。

 白マントの連中のテントよりも大きく真っ白で金の装飾が施されているのを見れば、彼ら(・・)のボスが来ることは素人でも予測できた。


「逃げ出すなら、あれ(・・)が来たとき……かな」


 まるで超大型巨大怪獣が見張られているような警戒の中、三日ほど観察して判った彼らの警戒パターンと、美紅が動いても反応しないことからドームの中を見通せないことに期待してその時を待つ。

 いつの間にか脱げていたパンプスを履いて、借りる(・・・)予定のマントを確認しながら半日で外の連中の動きがあわただしくなった。バタバタと走っていく白マントとだるそうに腰を上げる地味服連中を見送り手薄になった部分からなんの抵抗もなく抜け出すと、目をつけていたフード付きのマントを被って(盗んで)目的の場所へと迷いなく歩き出す。

 いつもなら午前中の早い時間に出発するはずの馬車が残っていたのは、白マントたちのボスとすれ違わないようにするためなのだろう。


(本当、好都合)


 まるでスパイ映画のようだと自画自賛しながら馬車に乗り込む人々に紛れて隅に陣取った。足元を見せないように気を付けながら、それでいて疲れて眠っている風を装って話しかけられるのをなるべく回避する。

 馬車の中は汗臭い男の匂いとダミ声に眠っている連中と様々だったが、愚痴のように交わされる会話からこの馬車は傭兵ギルトと呼ばれる組織のもので、彼らは傭兵なのだと知った。

 白マントの連中は『聖殿騎士』で、先ほど着いた彼らのボスが『聖騎士』と呼ばれる男らしい。そしてこれから向かうのはフィアーラと呼ばれる街だということも、美紅の顔どころか性別すら傭兵たちは判っていないことも知った。


(まぁ、普通邪神といったら人外を思い浮かべるよね)


 さらに今回の仕事は傭兵ギルトの緊急要請らしく、金にならないのだと不満が聞こえてくる。あのドームがいつまであるかは判らないが、街のから離れるまでは消えないでほしいと祈るしかない。あれがあれば当分は邪神(美紅)の不在を誤魔化せるだろうし、さらに傭兵の数も減らせて他の街に逃げやすくなる。


 そんなことを考えながらもよく判らないものになった影響か、三時間も馬車に揺られていた割にはお尻も痛むことなくフィアーラの街に着いた。

 馬車の後尾から外を見れば程よく大きな街であることが判る。よそ者がいれば一発でばれるような小さな街でなくてよかったと安堵しながら、傭兵ギルドの建物らしき前で止まった馬車から素直に降りた。全員建物に入るかと思われたが、チームで動いている連中はあらかじめ役割が決まっているらしく、少なくない人数が建物に入ることなく街中へと歩き出す。


 美紅はさりげなくそれに紛れながら、最初に出会った彼らを思い出していた。

 彼らは美紅を娼婦と思っていた。ということは黒髪、黒に近い茶色の目はそれほど目立つ色ではならしい。黒髪が不吉だとか面倒な世界でなくて良かったと心底思いながら、これからの予定を考える。

 少なくとも食事も睡眠も必要としないから、当面の目標はここから離れることだ。それと靴をどうにかしたい。さすがにパンプスでは外歩きには向いていないだろう。


 そのためにお金が必要だが、美紅の持ち物で換金が可能そうなのがピアスと時計だけだった。時計は最初の彼らに見られているから、なるべく遠くの街で換金しないと外に出たのがばれてしまう。

 しかし残念ながらピアスの宝石はフェイクで値段も高いものではなかった。目立つことのないように小さめだし、石も一つきりのシンプルなもの。元の世界なら質に入れることもできないような品だ。


「ダメ元で不思議パワーでどうにかならないかな」


 ピアスを両手で包んで気合を入れてみても、見た目は何ら変わった様子はない。そういえば自分は宝石が本物か偽物かを見極められるほどの知識はないのだ。


「迷ってても仕方がないか。女は度胸」


 もし元の世界なら絶対にありえない程やる気に満ちているのは、満足するほど泣いたからだろうかと自己分析しつつ、市場のようなところで気のよさそうな女将に話しかけて質屋を教えてもらう。ちなみに言い訳としては『親元に帰るためにこの街まで来たが、馬車が減っていて困っている。少しお金を工面したいので、装飾品などを売れるお店はないだろうか』で通した。

 現に邪神のところに人を送り込むために街から出ている馬車を借りているのは傭兵たちが話していた。旅人が幾人か足止めを食らっているという話も街を歩いている間に聞こえてきている。


 案の定、女将は疑うことなく換金所のような店を教えてくれて、恐る恐るピアスを一つだけ換金した美紅はいくばくかのお金を手に入れることができた。

 今まで不運続きだったのが嘘のようにすんなりと事が運び始め、歩きやすそうな靴と古着だがブラウスとジャケット、タイトなズボンまで手に入れる。替えの下着や服は諦め、古着を持ち込む際に使われたという古着屋に置かれていたボロボロの肩掛けの袋にスーツ一式を入れると、街を出るために歩き出した。


 もともと馬車を使うつもりはなかった。何かに襲われても死なないし、たぶん飢えも乾きもない。歩くことで体を酷使しても平気だろうし、何より目的地を聞かれるのが一番困るのだ。

 ドームが消えて美紅がそこにいないと判ればしつこく探すかもしれない。その時一番に疑われるのは一番近い街(フィアーラ)である。女の一人旅など心配で(目立って)仕方がないと女将が言っていたし、うまく馬車に乗れたとしても足がつきやすい。


「本当にスパイ映画の世界になってきた」


 一周回って楽しくなってきた美紅は、傭兵ギルドの馬車が入ってきた門とは正反対の門から街の外にでる。一応土を踏み固めただけだが街道は整っているようだし、この先には別の街があるはずだ。というかなくては困る。このまま地図もなく道から少し外れて歩いていく予定だからだ。

 我ながら行き当たりばったりという前の世界では考えられない行動だが……


「なんだか楽しくなってきた」


 空は晴れ渡り小さな雲が浮かんでいる。離れたところに見える森では鳥の鳴き声が聞こえ、湿度の低い風が優しく美紅の黒髪を揺らした。これだけ静かなら馬車が近づけばすぐに判るだろう。姿を隠すのはそれからでも遅くはないと森の(ふち)を歩き始めた美紅に声がかけられたのは、街から出てすぐだった。


「おい」


 低くて硬い男性の声に軽やかに歩いていた足がピタリと止まる。振り向くとそこには見覚えのある茶髪の体格のいい男が警戒した面持ちで立っていた。


「うわ! 驚いた」


 まったく人の気配はなかったはずだ。同じ街から来たのだとしたら、いったいいつからつけられていたのだろう。


「ええと、確か……ライトさん」

「ラストだ」


 うろ覚えの名前を上げたら不機嫌そうに即座に訂正された。


「あ、ごめんなさい」


 本当に申し訳なくてぺこりと頭を下げると、男は群青の切れ長の目を眇めて見下ろしてくる。威圧感に会社の上司を思い出してびくつきながら見上げると、ラストは大きくため息を吐いて前髪をくしゃりとかき上げた。


「本当に、お前はなんなんだ」


 男らしい低くかすれた声は前回ほど厳しくはなく疑問を口にする。


「森永美紅と申します。この間は失礼しました」


 先に手を出してきたのは相手だし勝手に自爆したのも連中だが、不可抗力とはいえ一応仲間の腕をもぎ取ってしまったので謝罪してみると、男はますます困惑した様子を見せた。美形ではないが意志の強そうな男らしい眉と通った鼻筋、薄い唇に長い手足を持つラストは、出会った時と同じように軽い胸当てと腰に下げた剣を身に着けているが敵意を向けてくるようなことはない。

 美紅の自己紹介に黙り込んでしまった青年はこのままでは埒が明かないと判断したのか、違う質問を投げかけてきた。


「あの時、なんで俺たちを助けた」


 ファーストコンタクトでの失敗を問われて、美紅は軽く首をかしげる。


「私にあなた方を傷つける意思がなかったからです。人を勝手に娼婦だと誤解した挙句、突然乱暴を働いてきたのはあなた方ですよね? 助けていただいたことには感謝していますが、謝礼を渡そうとしても物の価値が判らないからと理不尽な要求をしてきたので反撃しただけですし」


 散々嘆き悲しんだあとに残ったのは理不尽に対する怒りだけだった。あの白い女にも、彼らにも。彼らにしてみても不運だったのだろうが、美紅にしたって彼らに会わなければあんな大騒動にならなかったのだ。

 こちらの言い分を聞いて再び考え込んでしまったラストは、それでも生真面目な表情で頭を下げる。


「俺たちも無礼な真似をしてすまなかった。仕事の貴賤で相手を判断するなどあってはならなかった」


 謝罪とともに向けられる視線に居心地の悪い思いをしながら、今度はこちらから問いかけた。


「あの……他の人たちは」

「……邪神退治に向かった」

「そうですか」


 そろそろここから離れたいと会話を切ろうとすると、ラストが再び口を開く。


「本当に人に危害を加えるつもりはないんだな?」

「血を見ただけで卒倒しそうでした。他から危害を加えられなければ、私が誰かを傷つけることはありません」


 あれだけ圧倒的な力を見せつければ用心深くもなるだろう。かといってこのまま彼を街に戻すのも不安なことにようやく美紅は気が付いた。ここから街まではあっという間だ。彼が邪神が逃げ出したと報告すれば山狩りでもされかねない。


「どこに行くつもりだった」


 この質問が一番困るのだが……恐怖も緊張もなしに彼に対していた美紅はラストを巻き込めないかと思い始めていた。

 だから自分の今の状況を正直に全部話すことにしたのだ。これで信じるようなら人の好さに付け込めばいいし、信じてもらえないなら逃げ出すしかない。飲まず食わずで動けるのなら、森の中に入ってしまえば逃げ切れるのではないかと微かな期待もある。


 そして。








 とある港町。


 国の端にある小さな町にも邪神復活のうわさは届いていた。人々が不安になる中、一人の傭兵がこの町を訪れて妹を探していると聞いて回っていたという。

 犯罪に巻き込まれたのかと心配する町人に彼はこう言った。


「ミクは俺を守るために離れたんだ。だが俺は納得していない。どんなに面倒な状況になったとしても俺のそばにいていいんだと伝えたいんだ」

「どうして消えたんだい」

「うわさの邪神が黒髪黒目で、一緒にいると俺が誤解されると手紙には書いてあった。俺はそんなことなど気にしないのに……」


 気落ちする青年を慰めた人々は見かけたら絶対知らせると約束した。彼は見つけたら傭兵ギルドに伝言を頼んで町を出て行ったという。

 (くだん)の女性が兄を名乗った相棒(ラスト)を巻き込まないように逃げ出した理由のほかに、彼の囲い込みとも思える過保護にわずかな恐怖を感じていたことを彼らは知らない。

 そして彼が自分の好み(一般教養)を一から教えた女性に人並み以上の執着を持ったことも、美紅の特性を十分に理解して追いかけていることも知らないのだ。


 それは大陸中を駆け回る壮大な鬼ごっこの始まりでもあった。


「お前が邪神ではないことは、俺が一番よく知っている。だから俺から離れるな」

「え~と、最初のころはお世話になりましたけど、私もう一人で旅もできますし生きていけると思うので、ラストは仲間のところに帰ったらいかがでしょう?」

「だが、お前はまだまだ世間知らずだぞ」

「それはおいおい学ぶので大丈夫。それよりもあの金髪男がウザいから、ラストは戻ってください」

「俺はもう必要がないか?」

「(うっ、情に訴えられるのが弱いの知っててこういうんだもんなぁ。結構性格を見透かされてる気がする)……そんなことはないですが……」

「ならいいだろう。このまま一緒に旅を続けよう」

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